悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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裏で手を引いていた者

ファイブキングの巨体が崩れ落ちる瞬間、俺は追撃に踏み込まなかった。

いや、踏み込む必要がなかった、と言った方が正しい。

 

轟音が引いていく。

焼けた空気が冷え、瓦礫の隙間を風が通り抜ける。

さっきまで世界を押し潰すみたいに暴れていた存在は、嘘みたいに静かだった。

 

光が剥がれ落ちるように、怪獣の輪郭が消える。

残ったのは人の形――膝をついた一人の女だけだ。

 

俺は変身を解かない。

この場で素顔を晒す理由はないし、何より――まだ終わったと決めるには早い。

 

仮面越しに見えるプレシアは、肩で息をしている。

狂気は薄れているが、後悔や安堵とも違う。

あれは……燃え尽きた残り火みたいな顔だ。

 

フェイトの息を呑む気配が背後にある。

なのはは一歩前に出かけて、踏みとどまった。

クロノは状況確認に走り、管理局の連中が慌ただしく動き出す。

 

それでも、この場の中心は静かだった。

戦闘の余韻が、重たい膜みたいに俺たちを包んでいる。

 

俺はライドブッカーを下ろし、銃口も刃も向けない。

敵意は見せないが、油断もしない。

――この距離、この沈黙が、今は一番の圧力だ。

 

プレシアが、ゆっくりと顔を上げる。

視線がぶつかる。

そこに憎しみは薄い。だが、まだ折れてはいない。

静寂を破ったのは、管理局の足音だった。

金属床を踏む靴音が規則正しく近づき、空気が仕事の匂いに切り替わる。戦いは終わった――そう判断された瞬間の、あの独特の慌ただしさだ。

 

「プレシア・テスタロッサ」

 

クロノの声は冷静だった。

怒気も、焦りもない。だが、感情がないわけじゃない。むしろ、その抑制こそが彼の強さなんだろう。

 

「あなたが回収したジェルシードは、どこにある?」

 

その問いに、俺は一瞬だけ眉をひそめた。

――来たか。

 

プレシアは俯いたまま、すぐには答えない。

肩の上下が少しずつ落ち着いていくのが見える。さっきまで、すべてを賭けていた人間とは思えないほど、今は静かだ。

 

「……ここには、ないわ」

 

短い言葉。

言い訳も、虚勢もない。

 

クロノが一歩踏み込む。

「ない、というのは? あなたが確かに確保したはずだ。管理局の記録にも――」

 

「記録?」

 

プレシアが、かすかに笑った。

嘲りでも、勝ち誇りでもない。疲れ切った人間の、乾いた笑いだ。

 

「そんなものに、全部書いてあると思って?」

 

その瞬間、場の空気が張り詰める。

なのはが不安そうにフェイトを見る。フェイトは唇を噛み、母の背中から目を離せずにいる。

 

俺は黙って聞いていた。

この手の空気には慣れている。

戦いが終わった“後”に、本当に厄介な話が始まることを、何度も見てきた。

 

「ジェルシードは、渡したわ」

 

プレシアの言葉に、クロノの眉がわずかに動く。

「……誰にだ」

 

ほんの一瞬、間があった。

意図的か、無意識かは分からない。だが、その一拍が妙に長く感じられた。

 

そして、プレシアは小さく呟いた。

 

「――海東……大樹」

 

その名前を聞いた瞬間、俺は思わずため息を吐いた。

 

仮面の内側で。

誰にも聞こえないように、深く、重く。

 

(……あいつか)

 

頭の中で、青い影が勝手に笑った気がした。

盗むことに迷いがなく、厄介事に首を突っ込む天才。

そして、こういう“世界の綻び”に、やたらと鼻が利く男。

 

クロノは、その名を知らない。

なのはも、フェイトも同じだ。

だが俺だけは分かってしまう。

 

――これは、まだ終わっていない。

 

ジェルシードは失われたんじゃない。

“次の手”に渡っただけだ。

 

俺は無言のまま、オーロラの気配を探る。

まだ使わない。

だが、いつでも開けるように。

空気が、わずかに揺れている。

視覚でも、聴覚でもなく、もっと厄介な感覚だ。世界そのものが、次のページをめくろうとしている時の、あの違和感。

 

管理局の連中は、まだ事後処理の段階に頭を置いている。

捕縛、確認、報告、収容。

正しい。実に正しい。秩序の側に立つ人間として、何一つ間違っていない。

 

だからこそ――噛み合わない。

 

(遅い)

 

心の中で、短く切り捨てる。

責めているわけじゃない。焦っているわけでもない。ただ、純粋な速度の話だ。

 

ジェルシードはもう、この場にない。

そして、それを奪った人間の名前が出た時点で、次に起きることはほぼ確定している。

 

(あいつは、黙っていない)

 

海東大樹。

世界を渡り歩く中で、何度も遭遇した名前。

彼は悪党じゃない。英雄でもない。

ただ一つ確かなのは、「面白そうなもの」を見逃さないという一点だ。

 

アルハザード。

ジェルシード。

世界を越える力。

 

(役者が揃いすぎてる)

 

俺は、内心でそう結論づけた。

偶然にしては出来すぎている。

誰かが盤面を整えている――そんな感覚が、背中に貼りつく。

 

「ディケイド」

 

クロノの声が、俺を現実に引き戻す。

警戒と敬意が、半分ずつ混ざった呼び方だ。

 

「あなたは、この名前を知っているようだが」

 

問いではあるが、確認に近い。

察しがいい。さすが管理局の現場指揮官だ。

 

俺は首を横に振る。

肯定も否定もしない、曖昧な仕草。

 

「……重要なのは、知ってるかどうかじゃない」

 

声は、仮面越しで低く響く。

感情は抑えているが、隠してはいない。

 

「そいつが関わった時点で、この事件は“終わった話”じゃなくなった。それだけだ」

 

クロノが、わずかに目を細める。

理解しかけている顔だ。だが、完全には届いていない。

 

無理もない。

管理局は「管理」する組織だ。

だが、俺が相手にしてきたのは、管理そのものを踏み越えてくる連中ばかりだった。

 

(世界の外側から、世界を引っ掻き回す連中)

 

転生者。

イレギュラー。

呼び方はいくらでもあるが、本質は同じだ。

 

――自分の欲望を、世界より優先する。

 

プレシアも、そうだった。

ただ、彼女は「失ったもの」に縛られていただけだ。

だが海東は違う。失うことも、得ることも、全部“楽しむ”。

 

(だから厄介なんだ)

 

なのはとフェイトの気配を、背中越しに感じる。

不安と混乱、それでも前に進もうとする感情。

子供特有の、危うくて眩しい熱だ。

 

(……巻き込ませるわけにはいかない)

 

それが、俺の中で確信に変わる。

守るべきものが、はっきりしてきた瞬間だった。

 

管理局は様子見を選ぶだろう。

正体不明の存在。計測不能の力。

不用意に動く理由がない。

 

だが――

 

(俺は、待たない)

 

待った結果、手遅れになる光景を、何度も見てきた。

だからこそ、俺は通りすがる。

世界が壊れる“前”に。

 

仮面の奥で、静かに息を吐く。

次に開くオーロラの向こう側を、もう思い描いていた。

静かだ。

戦いが終わった直後の静寂というより、選択が確定した後の無音に近い。

 

管理局の連中は動いている。

負傷者の確認、周囲の封鎖、結界の再展開。

誰一人として無駄な動きはない。統制が取れている。

――だからこそ、俺とは噛み合わない。

 

「ディケイド」

 

リンディ艦長の声が、通信越しに届く。

柔らかい口調だが、覚悟を量る目をしているのが分かる。

 

「今回の件、あなたの介入には感謝しています。ですが――」

 

続きは言わなくても分かる。

“これ以上の独断行動は困る”。

“あなたは管理下にない”。

“話し合いが必要だ”。

 

正論だ。

そして、俺が一番聞き慣れている言葉でもある。

 

「……俺は、管理されるつもりはない」

 

短く、はっきりと告げる。

拒絶ではない。宣言だ。

 

「この世界を壊す気もない。守る気はある。だが、管理局の判断を待ってる時間はない」

 

クロノが一瞬、言葉を詰まらせる。

理屈では理解できるが、立場上、肯定できない顔だ。

 

(そうだろうな)

 

それでいい。

組織に属する人間として、正しい反応だ。

 

俺は視線をずらし、なのはとフェイトを見る。

二人とも、まだ緊張が抜けきっていない。

だが、確かに前よりも強くなっている。

 

(……十分だ)

 

今は、それでいい。

これ以上、俺が前に出る必要はない。

 

「ディケイド」

 

今度はクロノだ。

迷いと警戒、その奥にある純粋な疑問。

 

「あなたは……何者なんだ」

 

俺は少しだけ、肩をすくめる。

このやり取りも、何度目だろうな。

 

「通りすがりの仮面ライダーだ」

 

それだけ言って、背を向ける。

追及する声は、来ない。

止める理由も、もうない。

 

オーロラカーテンを開く準備をしながら、最後に一つだけ思う。

 

管理局は、この世界を“守る”。

俺は、壊れる前に“通り過ぎる”。

 

やっていることは似ている。

だが、立っている場所が違う。

 

(……またな)

 

なのはの視線を背中に感じながら、光の裂け目へ踏み出す。

次に開く世界が、どこかは分からない。

だが、次に厄介な名前を聞くことだけは、もう分かっていた。

 

――海東大樹。

 

思わず、ため息が漏れる。

 

「……ほんと、懲りない奴だ」

 

光が閉じ、世界が切り替わる。

管理の世界と、通過者の世界は、ここで一度、分かたれた。

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