艦内特有の低い振動音が、会議室の床を通して伝わってくる。
円卓の中央には立体投影されたデータウィンドウ。
その中に映し出されているのは、一人の仮面の戦士――名は、未だ確定していない。
リンディは軽く咳払いをし、場を落ち着かせた。
「それでは、未登録存在――通称“仮面ライダー”に関する、最新の観測レポートを共有します」
エイミィが端末を操作すると、数値と映像が切り替わる。
だが、並んでいるのはグラフというより“空白”だった。
「……改めて見ても、ひどいデータね。測定不能、測定不能、また測定不能」
苦笑混じりの声に、何人かのオペレーターが同意するように肩をすくめる。
クロノは腕を組んだまま、投影を睨んでいた。
「魔力量の測定不能は、単に規格外というだけではない。
魔力を基盤としない力体系……もしくは、我々の測定概念そのものを無効化している可能性が高い」
「ええ」とリンディが頷く。
「重要なのはそこではありません。この存在は、他のイレギュラーとは決定的に違う」
画面が切り替わり、過去に確認された転生者・イレギュラーの行動ログが並ぶ。
破壊、自己顕示、未来知識の悪用、過剰介入。
その隣に置かれた“仮面ライダー”の行動履歴は、あまりにも簡素だった。
「被害軽減、救助、戦闘後即離脱……」
なのはが思わず声を漏らす。
「……戦うために来てる、って感じじゃないですね」
「その通りよ、高町さん」
リンディは穏やかな口調のまま続けた。
「彼は勝利や支配を目的にしていない。
必要なことだけを行い、余計な干渉を避けている」
クロノが補足する。
「管理局との直接衝突も、意図的に回避している節がある。
こちらを“敵”とも“味方”とも定義していない……観測上は、そう見える」
エイミィが画面を拡大し、別の項目を表示した。
「問題はこっち。
ジェルシードの行方と、それに関与したとされる人物――」
映し出されたのは、名前だけの簡素なデータ。
《海東大樹》
「この人物、詳細はほぼ不明。
だけど、仮面ライダー本人が名前を聞いた瞬間、明確に嫌な顔をしたのは確認できてる」
「嫌悪、警戒……あるいは疲労ね」
リンディがため息混じりに言う。
「彼が唯一、感情を露わにした瞬間と言っていい」
クロノの表情が険しくなる。
「つまり、その海東という人物は……
仮面ライダーにとって“無視できない存在”ということですか」
「そう考えるのが妥当でしょう」
会議室に、短い沈黙が落ちた。
なのはは、少し迷った末に手を挙げる。
「あの……質問、いいですか」
「どうぞ」
「その……仮面ライダーさんは、危険なんでしょうか?」
問いは、子供らしくも、核心を突いていた。
クロノは即答しかけて、言葉を選び直す。
「……危険“ではある”。
ただし、意図的な敵意は確認されていない」
リンディが続ける。
「現段階での結論はこうよ。
彼は管理局の管理下に置けない。だが、敵と断定する理由もない」
「監視対象、ってことですか?」
「ええ。ただし――」
リンディは一拍置いた。
「直接干渉は推奨されない」
エイミィが軽く肩をすくめる。
「下手に刺激したら、測れない分、こっちがどうなるか分からないしね」
クロノは静かに息を吐いた。
「皮肉な話だ。
これほどの力を持ちながら、未来を知っている様子がない……
転生者たちとは、根本から違う」
「だからこそ、厄介でもあり……希望でもある」
リンディはそう締めくくった。
「今後の方針は決まりました。
この存在を“仮面ライダー”と仮称し、接触・対話を最優先。
敵対は、最後の手段とします」
なのはは、胸の奥が少し軽くなるのを感じていた。
あの時、自分たちを助けた仮面の人影。
少なくとも――守ろうとしてくれた事実だけは、ここでも否定されなかった。
会議室の照明が少し落ち、データが閉じられる。
残ったのは、
管理局ですら測りきれない存在が、同じ世界を歩いているという事実だけだった。