夜の気配が、昼とは違う顔を見せ始める頃だった。
光写真館の奥、薄暗い部屋で、ツカサは壁に凭れながら話を聞いていた。
向かいにいるイータは、ソファに半分沈み込むように座り、視線を落としたまま、淡々と口を開く。
「……今日……翠屋の帰り……視線があった……」
「視線?」
「……強い……悪意……でも……直接じゃない……」
イータは言葉を選ぶように、少し間を置く。
「……獲物を見る目……子供に向けるには……不自然……」
ツカサは小さく息を吐いた。
(やっぱりか)
この世界に来てから、妙な違和感が続いている。
表向きは平穏。だが、裏で何かが“噛み合っていない”。
「なのは、だな」
断定ではない。
だが、否定する理由もなかった。
イータは小さく頷く。
「……たぶん……」
それだけで十分だった。
ツカサはジャケットを羽織り、無造作に写真館の扉へ向かう。
「散歩だ。すぐ戻る」
「……気をつけて……」
背後から聞こえたイータの声は、いつもよりわずかに硬かった。
夜の街は静かだった。
住宅街の街灯、公園の影、遠くで聞こえる車の音。
ツカサは特に急ぐ様子もなく、ただ歩く。
だが、その視線は周囲を“見る”というより、“測って”いた。
(隠す気はある……が、素人だ)
気配の消し方が雑だ。
だが、隠そうという意思は感じる。
そして――公園の外れ。
街灯の届かない位置に、一人の少年が立っていた。
整いすぎた顔立ち。
年齢に似合わない落ち着き。
何より、周囲を“評価するような目”。
ツカサは、足を止めた。
「……夜更かしは感心しないな」
何気ない声。
教師が、生徒にでもかけるような調子。
少年――白月龍磨は、ゆっくりと振り返った。
その目が、一瞬だけ細められる。
「……誰だ?」
「ただの散歩中のおっさんだ」
ツカサは肩をすくめる。
「それより、聞きたいのはこっちだ。こんな時間に、こんな場所で……何を見てる?」
白月は一瞬、黙った。
そして、口の端を吊り上げる。
「関係ないだろ。モブ」
その言葉を聞いた瞬間、ツカサは確信した。
(ああ……これは)
この世界の人間じゃない。
少なくとも、“まともな大人”ではない。
ツカサはため息をついた。
「……忠告してやる」
一歩、距離を詰める。
「その目で子供を見るのは、やめとけ」
白月の表情が、わずかに歪んだ。
「……何様だ」
「通りすがりだ」
ツカサは、静かに告げる。
「それ以上踏み込むなら……止める」
夜風が吹き抜ける。
街灯の光が、二人の影を地面に落とした。
――やっぱり、そう来るか。
背後の空気が軋んだ瞬間、俺は直感した。
言葉で止まる相手じゃない。さっきの沈黙は、引き金を引く前の間だ。
白月が踏み込む。
速い。年齢に見合わないどころじゃない。地面を蹴った瞬間、距離が一気に詰まる。
拳が来る。
(殺す気はない――が、壊す気はある)
そういう動きだ。
俺は半身で躱し、返すように肘を打ち込む。
だが、当たる寸前で――空気が“重く”なった。
「……っ」
腕が鈍る。
まるで、力を削ぎ落とされていくような感覚。
(触れられたか? いや……近いだけで、影響が出てる)
白い輪郭が、白月の背後に滲む。
翼――のように見えるが、実体はない。
光でも影でもない、ただ“力の形”がそう見えるだけだ。
(厄介だな……理屈が分からん)
だが、分からないまま殴り合うほど、若くもない。
俺は距離を取るために後退しながら、懐に手を伸ばす。
取り出したのは、見慣れた黒とマゼンタのベルト。
――ネオディケイドライバー。
白月が目を見開いた。
「……変身、か?」
口調に、はっきりとした高揚が混じる。
「やっぱりな。モブじゃ――」
「うるせぇ」
短く言い捨て、腰にベルトを当てる。
この街で、これ以上好き勝手させる気はない。
まして、子供のいる夜だ。
(ここで止める)
カードを構え、白月を正面に捉える。
あの“翼みたいな何か”が、再び膨らみかける。
空気が震え、皮膚が粟立つ。
(正体は知らん。だが――)
俺は一歩、前に出る。
(危険なのは、十分すぎるほど分かった)
ドライバーを握る手に力を込め、静かに宣言する。
「……これ以上、踏み込むな」
白月は笑った。
「止められると思ってるのか?」
次の瞬間、夜が弾ける。