悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

6 / 149
教師として

 夜の気配が、昼とは違う顔を見せ始める頃だった。

 

 光写真館の奥、薄暗い部屋で、ツカサは壁に凭れながら話を聞いていた。

 向かいにいるイータは、ソファに半分沈み込むように座り、視線を落としたまま、淡々と口を開く。

 

「……今日……翠屋の帰り……視線があった……」

 

「視線?」

 

「……強い……悪意……でも……直接じゃない……」

 

 イータは言葉を選ぶように、少し間を置く。

 

「……獲物を見る目……子供に向けるには……不自然……」

 

 ツカサは小さく息を吐いた。

 

(やっぱりか)

 

 この世界に来てから、妙な違和感が続いている。

 表向きは平穏。だが、裏で何かが“噛み合っていない”。

 

「なのは、だな」

 

 断定ではない。

 だが、否定する理由もなかった。

 

 イータは小さく頷く。

 

「……たぶん……」

 

 それだけで十分だった。

 

 ツカサはジャケットを羽織り、無造作に写真館の扉へ向かう。

 

「散歩だ。すぐ戻る」

 

「……気をつけて……」

 

 背後から聞こえたイータの声は、いつもよりわずかに硬かった。

 

 

 

 夜の街は静かだった。

 住宅街の街灯、公園の影、遠くで聞こえる車の音。

 

 ツカサは特に急ぐ様子もなく、ただ歩く。

 だが、その視線は周囲を“見る”というより、“測って”いた。

 

(隠す気はある……が、素人だ)

 

 気配の消し方が雑だ。

 だが、隠そうという意思は感じる。

 

 そして――公園の外れ。

 

 街灯の届かない位置に、一人の少年が立っていた。

 

 整いすぎた顔立ち。

 年齢に似合わない落ち着き。

 何より、周囲を“評価するような目”。

 

 ツカサは、足を止めた。

 

「……夜更かしは感心しないな」

 

 何気ない声。

 教師が、生徒にでもかけるような調子。

 

 少年――白月龍磨は、ゆっくりと振り返った。

 その目が、一瞬だけ細められる。

 

「……誰だ?」

 

「ただの散歩中のおっさんだ」

 

 ツカサは肩をすくめる。

 

「それより、聞きたいのはこっちだ。こんな時間に、こんな場所で……何を見てる?」

 

 白月は一瞬、黙った。

 そして、口の端を吊り上げる。

 

「関係ないだろ。モブ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ツカサは確信した。

 

(ああ……これは)

 

 この世界の人間じゃない。

 少なくとも、“まともな大人”ではない。

 

 ツカサはため息をついた。

 

「……忠告してやる」

 

 一歩、距離を詰める。

 

「その目で子供を見るのは、やめとけ」

 

 白月の表情が、わずかに歪んだ。

 

「……何様だ」

 

「通りすがりだ」

 

 ツカサは、静かに告げる。

 

「それ以上踏み込むなら……止める」

 

 夜風が吹き抜ける。

 街灯の光が、二人の影を地面に落とした。

 

 ――やっぱり、そう来るか。

 

 背後の空気が軋んだ瞬間、俺は直感した。

 言葉で止まる相手じゃない。さっきの沈黙は、引き金を引く前の間だ。

 

 白月が踏み込む。

 速い。年齢に見合わないどころじゃない。地面を蹴った瞬間、距離が一気に詰まる。

 

 拳が来る。

 

(殺す気はない――が、壊す気はある)

 

 そういう動きだ。

 

 俺は半身で躱し、返すように肘を打ち込む。

 だが、当たる寸前で――空気が“重く”なった。

 

「……っ」

 

 腕が鈍る。

 まるで、力を削ぎ落とされていくような感覚。

 

(触れられたか? いや……近いだけで、影響が出てる)

 

 白い輪郭が、白月の背後に滲む。

 翼――のように見えるが、実体はない。

 光でも影でもない、ただ“力の形”がそう見えるだけだ。

 

(厄介だな……理屈が分からん)

 

 だが、分からないまま殴り合うほど、若くもない。

 

 俺は距離を取るために後退しながら、懐に手を伸ばす。

 

 取り出したのは、見慣れた黒とマゼンタのベルト。

 

 ――ネオディケイドライバー。

 

 白月が目を見開いた。

 

「……変身、か?」

 

 口調に、はっきりとした高揚が混じる。

 

「やっぱりな。モブじゃ――」

 

「うるせぇ」

 

 短く言い捨て、腰にベルトを当てる。

 

 この街で、これ以上好き勝手させる気はない。

 まして、子供のいる夜だ。

 

(ここで止める)

 

 カードを構え、白月を正面に捉える。

 

 あの“翼みたいな何か”が、再び膨らみかける。

 空気が震え、皮膚が粟立つ。

 

(正体は知らん。だが――)

 

 俺は一歩、前に出る。

 

(危険なのは、十分すぎるほど分かった)

 

 ドライバーを握る手に力を込め、静かに宣言する。

 

「……これ以上、踏み込むな」

 

 白月は笑った。

 

「止められると思ってるのか?」

 

 次の瞬間、夜が弾ける。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。