ゼータに呼び出されたのは、放課後の見回りを終えた頃だった。短い連絡だったが、あいつが「来て」とだけ言う時は、だいたい要件が絞れている。余計な説明を省いても通じる相手だけに出す呼び方だ。
指定された家の前に立つと、玄関の向こうから生活の音が漏れてきた。鍋の蓋が鳴る音、誰かの足音、子どもの笑い声。前に聞いていた“静かな家”の印象とは違う。ゼータが先に扉を開け、いつもの薄い顔でこっちを見る。
「来たね、ツカサ。入って」
「呼び出した理由ぐらいは、入る前に言ってくれてもいいだろ」
「その方が面白くない」
言いながら、目だけは少しやわらいでいる。警戒を解いた顔じゃない。家の中にいる相手を、もう敵として見ていない顔だ。
居間に入ると、最初に視線を向けてきたのは赤髪の剣士だった。シグナム。すぐ横で小柄な少女――ヴィータが身構え、金髪の女性、シャマルは柔らかく立ちながらも距離を測っている。部屋の隅にはザフィーラの気配。人の家の居間なのに、陣形だけはきっちりしていた。
その中心で、車椅子の少女がぱっと目を丸くする。八神はやて。ゼータから聞いていたより、表情がよく動く。
「えっ、この人がツカサさん?」
はやてが俺とゼータを見比べて、肩を揺らして笑った。
「最初、私と同じぐらいの子だと思ったけど、ゼータお姉さんを育てた人で先生なんや、びっくりしたわぁ」
「……誰を育てたって?」
思わず返すと、ゼータが横で小さく鼻を鳴らす。
「間違ってないでしょ。少なくとも、放ってはおかなかった」
「言い方を選べ」
軽口を返した、その瞬間だった。
空気が一段だけ張る。俺が意識して抑える前に、癖みたいに漏れた気配を、騎士たちが拾った。
ヴィータの目が細くなり、シグナムの肩がわずかに沈む。踏み込みの前の重心だ。シャマルは表情を変えないまま、はやてとの間に入れる位置を確認している。ザフィーラの視線は、吠えずにこちらを測っていた。
悪くない反応だ。
過剰に怯えない。だが、見落としもしない。主を守る側の動きとしては、むしろ信用できる。
シグナムが俺を見る。警戒は残したまま、言葉は静かだった。
「……なるほど。ゼータがあなたをそう呼ぶ理由は分かった」
「そうか」
「そして、彼女の言う『育てた』という言葉にも、偽りはないのだろう」
横でゼータが、ほんの少しだけ視線を逸らした。照れている時の癖だ。本人は隠しているつもりらしいが、長く見ていれば分かる。
はやてだけが、張った空気に気づかないまま明るく言う。
「ほな、立ち話もなんやし、お茶にしよ? ゼータお姉さん、ツカサさん、こっちな」
その声で、居間の空気が少し戻る。
ゼータが先に動き、俺はその後ろについた。騎士たちの視線はまだ背中にある。だが、敵を見る目じゃない。値踏みを終えて、守る相手のそばに置いていいかを測る目だ。
……ゼータ、ちゃんとやってるな。
家の匂いのする部屋でそう思ったのは、少しだけ妙な気分だった。