悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

72 / 149
暖かい家を守る為に

湯気の薄くなった鍋を囲んでいた賑やかさが、食後の片づけに移るころには、家の空気そのものに馴染んでいた。

ヴィータが「今日はうちがやる!」と妙に張り切って皿を抱え、結局シャマルに「落としたら危ないですから」と半分取り上げられてむくれる。シグナムは無言で重い鍋を持って台所へ運び、ザフィーラは廊下の端で静かに気配を伏せたまま、家の内側と外側を同時に見ている。

 

その様子を見ながら箸を置いたはやてが、ふと思い出したようにこっちを向いた。

 

「なぁツカサさん、先生なんやろ?」

「一応な」

「ゼータお姉さんから聞いた。小学校の先生やってるって」

 

隣でゼータが、知らない顔で湯のみを持ち直す。

余計なことまで喋ってないだろうな、と思って見ると、目だけで「最低限だよ」と返してきた。ほんとに最低限かは怪しい。

 

はやては少しだけ背筋を伸ばして、言いにくいことを口に出す前みたいに指先を膝の上でそろえた。

 

「うちも……学校、行ってみたいなぁって、たまに思うんよ」

言ったあとで照れたのか、すぐに笑って付け足す。

「いまさら変かな、って思う時もあるんやけど」

 

部屋が静かになった。

からかう気配は誰にもない。ヴィータでさえ皿を持ったまま口を閉じて、はやてを見ている。

 

俺は椅子の背にもたれたまま、少し間を置いてから答えた。

 

「変じゃない」

はやてが顔を上げる。

「来たいなら、いつでも歓迎だ。勉強の遅れなんて、後からいくらでも埋められる。来る気があるなら、それで十分だろ」

 

はやての目が丸くなって、それからぱっと明るくなった。

 

「ほんまに?」

「嘘つく理由がない」

「……そっか。そっかぁ」

 

膝の上で握っていた手がほどける。

その小さな動きだけで、今まで何度も一人で考えて、飲み込んでいたのが分かった。ゼータが横で何も言わずに笑っている。あいつはこういう時、余計な手柄話をしない。

 

「ほな、今度……見学みたいなんでもええ?」

「いい。事前にゼータ経由ででも連絡入れろ。段差の少ない動線、先に見ておく」

「うわ、先生っぽい」

「先生だからな」

 

笑いが戻って、さっきまでの静けさがほどける。

けれど、その笑い声の外側にある気配は消えていなかった。薄く、根気よく、家を見ている。

 

食後の片づけがひと段落したところで、俺は腰を上げた。長居する理由はあるが、今日は逆に残らない方がいい。家の空気を乱す役は、今は俺じゃない。

 

玄関まではやてが見送りに来る。車椅子のタイヤが畳の縁で小さく止まり、代わりにヴィータが勢いよく前へ出て、シャマルに首根っこを押さえられていた。

 

「また来てな、ツカサさん」

「おう。学校の件、気が変わる前に来いよ」

「変わらへんよ!」

 

その返事を聞いてから、靴を履く。戸を開ける前に、ゼータへだけ視線を向けた。

 

「ゼータ」

「うん」

「このまま残れ」

言葉を短く切る。理由は言わなくても通じる。

「一人で追いかけるな。今は、この家にいるはやて達が先だろ」

 

ゼータは一拍だけ外を見て、それからこっちを見返した。いつもの涼しい顔のまま、目だけが少し真面目になる。

 

「分かってる。今日はここにいるよ」

「だいたい分かった。何か動いたら連絡しろ」

「了解。ふふっ、先生に怒られない程度にね」

 

「最初から怒られる前提で動くな」

 

小さく鼻を鳴らして戸を開ける。夜の空気は冷えていて、家の中の温度が背中に残った。

門を出るまでに、視線が二つ、三つ、位置を変える。趣味がいいのか悪いのか、ずっと見てる奴がいるな――そう思いながらも、足は止めない。

 

「さてっと、ゼータに任せっきりにはさせれないな」

 

それと共に、はやての家を狙う視線から守る為に。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。