悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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再会の怪盗

門を出て、角をひとつ曲がったところで足を止めた。

背中に残っていた家の灯りの温度が、夜気に押し流されていく。さっきまでの笑い声はもう届かない。代わりに、塀の向こうや電柱の影に散っていた視線だけが、じわりと位置を変えた。

 

――来るな、と思った直後だった。

 

「へぇ。やっぱり勘がいいんだねぇ、先生さん」

 

軽い声が、道の脇の暗がりから落ちてくる。

姿を見せた男は、気負いのない顔で片手を上げた。敵意を隠す気はないが、最初から喧嘩腰でもない。ゼータから聞いていた特徴と、妙に噛み合う。

 

馬場城戸。

 

「ゼータから聞いてる」

俺は正面を向いたまま言う。

「闇の書だけを狙ってる、盗人気取りの転生者だろ」

 

馬場は肩をすくめて笑った。

「気取り、はちょっと心外かな。狙うなら狙うで、ちゃんと見て、選んで、盗る。そこは大事にしてるんだ」

 

言いながらも、目は俺の後ろ――はやての家がある方角を測っている。距離、時間、護りの厚さ。あの目つきは、獲物を見てる目だ。

 

「それにしても、ゼータが見逃すとは思わないがな」

「召喚には、まだ不慣れのようだったからね」

「・・・なるほどな」

 

そうしながらも、俺は構える。

だから、会話を長引かせる理由はない。

 

腰に手をやる。

ためらいなくネオディケイドライバーを引き寄せ、構える。夜の街灯を受けた装甲が鈍く光った。

 

馬場の目が細くなる。わずかに、面白がる色が混じる。

 

「それ、あんたのか。へぇ……いや、なるほど。ゼータさんが妙に落ち着いてたわけだ」

「感心してる暇があるなら消えろ」

「怖いなぁ。挨拶しに来ただけ――って言ったら、信じないよね」

 

「信じる理由がない」

 

ラッパラッターを指で弾くような仕草を見せながら、馬場は一歩だけ横へずれた。逃げ道を作る動きだ。戦うにしても、逃げるにしても、準備が早い。ゼータが「盗る前の目だ」と言った意味がよく分かる。

 

「今日は家の中に用はないよ」

馬場は口調を崩さないまま、視線だけを鋭くした。

「でも、あれを持ってる子の周り、前よりずっと面白くなってる。騎士に、お姉さんに、先生までいる」

 

ネオディケイドライバーを握る手に力が入る。

こいつは試しに来た。襲撃じゃない。配置確認と、反応の採点だ。

 

「採点は終わったか」

「半分くらいかな」

馬場は笑う。

「追加戦士を出した時のゼータさん、すごく良かったし。今度は“育てた側”も見てみたいって思っただけ」

 

その言い方に、鼻で笑うしかなかった。

見世物じゃない。だが、向こうがそういうつもりなら、こちらも遠慮はしない。

 

「だったら、今ここで見せてやる」

ベルトを押さえ、前に出る。

「お前みたいなのを、家の近くに寄せないやり方をな」

 

空気が一段、張る。

馬場の指先がラッパラッターにかかり、周囲の視線が一斉に息を潜めた。街灯の下で、互いに一歩分の間合いだけを残して止まる。

 

夜気の冷たさが、さっきまで残っていた家の灯りの温度を少しずつ削っていく。

街灯の明かりは頼りなく、道の端に落ちた影をかえって濃くしていた。馬場と向き合って張り詰めていた空気はまだ切れていない。視線の置き方、間合いの取り方、どこから何が出てきてもおかしくない――そんな嫌な静けさだけが、夜道に薄く張りついている。

 

その時だった。

 

「ふぅん、少し気に入らないね。僕と似たような力を持っている奴がいるのは」

 

軽い。

なのに、耳に入った瞬間、場の輪郭が変わる。馬場のような“獲物を値踏みする軽さ”とは違う。もっと勝手で、もっと馴染みがあって、だからこそ厄介な声音だった。

 

「っ」

 

その声を聞いた瞬間、俺は全身で警報を鳴らす。

考えるより先に背筋が硬くなる。視線は前を向いたまま、意識だけが一気に広がった。どこから入った。いつからいた。馬場との間合いの外側に、こいつの気配を通したまま気づけなかったのか――苛立ちに近い感覚が、喉の奥に引っかかる。

 

聞き間違えるはずがない。

忘れるような相手でもない。

 

「その声は、まさか」

 

馬場も小さく反応した。

さっきまで余裕を崩さなかった男の目が、わずかに横へ流れる。空気が動いたというより、最初からそこに立っていたものに、こっちが気づかされた感覚だった。

 

「んっ」

 

夜道の先に、既にその人物は立っていた。

街灯の光が肩口をかすめ、制服の輪郭だけを先に浮かび上がらせる。どこかの組織のものらしい整った服装。それ自体はこの街じゃ珍しくもないはずなのに、そいつが着ると妙に芝居がかって見える。立ち姿のせいだ。人の視線を集めることに慣れきった、あの嫌に様になる構えのせいで。

 

「やぁ、ツカサ、久し振りぃ」

 

間延びした挨拶。

ふざけているようで、こっちの反応を一番よく見ている声色。胸の内に浮かんだ名前を、確認のために口にする必要すら本当はない。それでも言わずにいられないのは、目の前の現実に輪郭をつけるためだ。

 

そこには、どこかの組織の制服を身に纏っているが、間違いない。

 

「海東大樹」

 

海東は笑っていた。

さっきまでと同じ、軽い調子の口元のまま。けれど、馬場の言葉を拾った瞬間から、目の奥だけがきれいに冷えている。

 

「同じ転生者、ね」

 

その言い方が、妙に静かだった。怒鳴りもしない。言葉を荒げもしない。ただ、そこに立っているだけで、夜道の空気が一段細くなる。

馬場がラッパラッターを弄ぶ指を止める。軽口の続きを探している顔だったが、海東は待たない。

 

制服の裾がわずかに揺れた。

次の瞬間、手の中にはもう銃がある。見せつけるでもなく、隠すでもない。いつものように自然で、だから余計に神経を逆なでする取り出し方だった。

 

ネオディエンドライバー。

 

街灯の明かりを受けた銀と青の意匠が、夜の色を薄く跳ね返す。

海東はそれを軽く傾け、馬場を見たまま肩をすくめた。

 

「勘違いは困るな。君みたいなのと同じ箱に入れられる趣味はないんだ」

 

馬場の眉がぴくりと動く。

その一瞬の隙に、海東の手つきだけが先へ進む。カードを滑らせる動きに無駄がない。指先が馴染みきっていて、道具を使うというより、もう癖で呼吸するみたいに見える。

 

俺はネオディケイドライバーに手をかけたまま、半歩も動かない。

動けない、じゃない。動く順番を切り直している。馬場、海東、家の方角。どれを先に見るべきか、嫌でも頭が回る。

 

海東はちらりとだけ俺を見て、すぐに前へ視線を戻した。

口元の笑みが、わずかに深くなる。

 

「見せてあげるよ。違いってやつを」

 

前部を引く乾いた音。

金属が噛み合う感触が、夜道に短く響く。馬場の肩が落ち、重心が後ろへずれた。退くか、出すか。あいつも一瞬で測っている。

 

海東はためらわない。

 

「変身」

 

引き金にかかった指が沈む。

 

『KAMEN RIDE DIEND』

 

低く響いた音声と同時に、青白い光が銃口の周囲に走った。

光はただ広がるんじゃない。細い板片みたいに分かれて、海東の身体の周りを巡る。肩、胸、腕、脚。輪郭をなぞるように配置が決まり、音もなく噛み合っていく。まるで最初からそこにあるべき形を、夜の中から順番に引っ張り出してくるみたいだった。

 

馬場が思わず息を呑む気配がした。

その反応に海東は振り向きもしない。

 

最後に、顔の前を走った光が弾ける。

青い複眼が街灯を受け、冷たく光った。

 

仮面ライダーディエンド。

 

変身を終えた海東は、すぐには撃たなかった。

銃口をわずかに上げたまま、馬場を見下ろすでもなく、ただ狙いを定めた視線だけを置く。撃てる、という事実だけを先に突きつける立ち方だ。

 

「さて」

ディエンドの声が、装甲越しに少しだけ硬く響く。

「君の“面白い”が、どこまで通じるか試してみようか」

 

厄介なのが増えた。しかも最悪の形で。

そう思うのに、目の前の馬場から先に動けなくなっている時点で、もう海東のペースだ。

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