悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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夜天と闇

「……歩きながらでいい。そこで止まると、余計に目立つ」

 

ライドブッカーのガンモードは構えたまま、銃口だけをわずかに外す。

急所から半歩ずらした位置。まだ撃てる距離に置きつつ、必要以上に怯えさせないための角度だった。九鬼美雷は息を詰めたままこちらを見て、それから、抱えた本を胸に寄せるようにして小さく頷く。

細い路地へ二人分の足音が落ちた。先を歩くのはあいつで、後ろからついていくのは俺だ。追い立てている、というほど強くはない。ただ、逃げ道だけはきちんと切っている。塀、倉庫の壁、街灯の切れ目。見られにくいが、安全とは言い切れない道を選ぶ。

 

「落ち着いて、順番に話してくれ」

声を低く保ったまま言う。

「急いでるのは分かる。でも、言葉が飛ぶと、こっちも判断を間違える」

 

美雷は振り向かずに、喉を鳴らした。

「……はやてを、助けたいんです。何もしないまま見てるより、助かる可能性がある方法を、私は知ってる」

言い切ったあとの声はかすれていた。嘘をついている時の震えじゃない。言わなきゃいけないことだけを無理に前へ押し出している声だ。

それでも、言葉だけで信じるには早い。善意が本物でも、手段まで正しいとは限らない。

 

「助けたい、か」

足を少し詰める。距離は保ったまま、声だけをまっすぐ届ける。

「その気持ちは分かった。じゃあ、そのために何をしようとしてる?」

 

肩越しに見えた横顔が、少しだけ強ばった。

そこで迷うなら、肝心なところに危ないものが混じっている。

「夜天の魔導書は……本来、もっと違う形だったはずなんです。今みたいに壊れたものじゃなくて、正常だった時の“記録”に触れられれば、戻せるかもしれない。リィンフォースも、消えずに済むかもしれない」

 

夜天の魔導書。

その名が出た瞬間、思考が一段深くなる。はやてだけじゃない。その中にいるものまで含めて、こいつは救う気でいるらしい。願いとしては真っ当だ。真っ当すぎて、逆に怖い。

救いたいものが増えるほど、人は危険な手段を“必要なこと”だと思い込みやすい。

 

「……そのために、お前のその本を使うんだな」

 

俺がそう言った途端、美雷の腕の中で、閉じていたはずの本がかすかに鳴った。

紙の端が、風もないのにめくれる。路地の壁に貼られた古い紙が、一枚だけ小さく震えた。乾いた術式の匂いが、夜気に薄く混じる。

普通の本じゃない。しかも、持ち主が意識していないところで反応する。

 

「……閉じてくれ」

少しだけ語気を強める。

「大丈夫、まだ撃たない。だから、まず落ち着いて、それを止めろ」

 

「っ、ご、ごめんなさい……!」

 

美雷は慌てて両手で本を押さえ込んだ。

紙の鳴る音が止まるまで、ほんの半拍。長くはない。だが、見るには十分だった。こいつの力は、使う/使わないの線が曖昧だ。制御が甘いというより、抱えているものが広すぎて、本人の意思より先に反応が漏れている。

危険だ。だが、それを自覚していない顔じゃない。むしろ、こうなることを怖がっている顔だった。

 

「……今のが、お前の力か」

責めるようには言わない。確認だけを置く。

美雷は唇を噛み、目を伏せた。

 

「本を媒体にする魔法なら、たぶん……ほとんど使えます。だから、夜天の魔導書にも触れられる。でも、私が直接はやてに近づいたら、見張ってる人たちが絶対に邪魔をする。私が動いた時点で、向こうも動くから」

 

路地の先、電柱の影がひとつだけ揺れた。

やっぱりいる。俺たちを見ているだけじゃない。美雷の方を、ずっと追っていた連中だ。

海東が置いていった断片が、そこで嫌に繋がる。闇の書を狙う奴。闇の書を監視する奴。そして、その両方を鬱陶しがっている海東。

面倒な連中が、まとめて同じ場所を見ている。

 

「……だから、俺に先に接触したのか」

 

美雷はそこでようやく振り向いた。

怯えているのに、目だけは逸らさない。怖いのに、引けない。子どもっぽい顔立ちのまま、背負っているものだけが重すぎる。

「はい。あなたは、はやてに悪意がない。強い。……ゼータさんのそばにいる人なら、少なくとも、話も聞かずに切り捨てたりはしないと思って」

 

買いかぶりだ、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。

見捨てないことと、信用することは別だ。だが、はやての名前を出す時の息の詰まり方も、リィンフォースを口にする時の迷いのなさも、作り物には見えなかった。

本心だ。だからこそ、軽く扱えない。

 

「……言ってることは、筋が通ってる」

そう言うと、美雷の肩がわずかに緩む。

そのまま安心させるつもりはない。俺は足を止めず、前を向いたまま続ける。

 

「でも、お前の力はまだ危なっかしい」

言葉を切る。強くはないが、曖昧にもしない。

「助けたい気持ちは分かった。だからこそ、余計に急がない方がいい。焦ったまま近づけば、はやてまで巻き込む」

 

美雷は何も言えずに、本を抱え直した。

指先だけが白い。自分でも分かっているらしい。善意だけでは足りないことも、この本が事故を連れてくることも。

そういう自覚があるなら、まだ話はできる。

 

「続きは場所を変える」

銃口を少し下げる。ただし、しまわない。

「知ってることは全部聞く。こっちも、全部を信じるとは言わない。でも、聞く価値はあると思った。……それで十分だろ」

 

美雷は目を見開いて、それから小さく頷いた。

「……はい。全部、話します」

 

路地の奥へ、また足音が重なる。

背後の視線は消えない。むしろ、少しずつ増えている気配すらある。静かな夜だ。なのに、見えない連中だけがせわしない。

俺は前を見たまま、ひとつだけ付け足した。

 

「変な真似だけはするな。お前を止める時は、たぶん躊躇しない」

それでも声は、さっきより少しだけ柔らかかった。

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