悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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仮面の刺客

「それで、正常だった夜天の魔導書に触れられれば、はやても……」

 

美雷の声が、細い路地の奥へ吸われていく。

抱えた本を胸に押しつけたまま、あいつは振り返らずに歩いていた。俺は半歩後ろを取り、ライドブッカーのガンモードを下げきらないまま、その背中と周囲の気配を同時に見る。塀の上、電柱の影、倉庫の屋根の縁。見ているだけの視線は、まだ散っている。だが、そのうちの一つだけが、さっきから妙に近い。近いくせに、殺気を殺しきれていない。

言葉を継がせる前に、呼吸を浅くした。

 

「止まるな」

短く切る。

「そのまま歩け」

 

美雷がびくりと肩を揺らす。

理由は聞かない。聞く余裕がないと分かったらしい。足音だけが一拍速くなる。その瞬間、頭上の気配が落ちた。

 

低い音。

靴底が壁を蹴る音と、布が裂けるみたいな風の擦過が、ほとんど同時に来る。

俺は美雷の肩を掴み、強引に壁際へ押しやった。細い体がよろめき、本を抱えたまま息を呑む。そこへ、さっきまであいつがいた位置を、黒い影が真っ直ぐ切り裂いた。仮面。男の輪郭。だが、重心の置き方が妙に軽い。作った“男”の動きだ。

着地と同時に、そいつの腕が美雷へ伸びる。

 

「不要な干渉は排除する」

 

感情のない声。

迷いもない。狙いは最初から俺じゃない。美雷だ。

それだけで十分だった。

 

引き金を引く。

ライドブッカーの銃声が、狭い路地で硬く跳ねた。マゼンタの閃光が仮面の足元を抉り、石片が散る。影は一歩分だけ軌道をずらす。その一歩で、伸びた指先が美雷の喉から外れた。

外したなら、次は止める。

 

「下がってろ!」

声を飛ばす。

「本は開くな!」

 

美雷が壁に背をつけたまま頷く。

頷き方が小さい。けれど、ちゃんと聞いている。

仮面の男は返事の代わりに踏み込んだ。速い。正面からじゃない。俺の射線を嫌って、塀際を舐めるように回り込み、美雷へ届く角度だけを選んでくる。手慣れている。訓練された動きだ。だが、隠しきれない癖もある。踏み込みの軽さ。腰の落とし方。力で押す“男”の運びじゃない。違和感が、一拍遅れて確信へ変わる。

 

二発目。

今度は肩口じゃない。進路だ。

マゼンタの弾が塀を砕き、破片の雨が路地へ跳ねる。仮面の男が腕で顔を庇う。その遮りで一瞬、視界が切れた。そこへ俺は半歩だけ前へ出る。近い。撃つなら、ここだ。

銃口を胸の中心へ据えた、その時だった。

 

美雷の本が、勝手に鳴った。

乾いた頁の音。風もないのに、紙だけがざわつく。壁の貼り紙が細かく震え、術式の匂いが薄く漏れる。仮面の男の視線が、俺から逸れて、そっちへ走る。まずい。

狙いが、また美雷へ戻る。

 

「ちっ」

 

舌打ちと同時に、撃つ。

三発。短く、間を詰めて。

一発目で足元を削り、二発目で壁際を断ち、三発目で仮面の頬を掠めた。割れはしない。だが、仮面の角が欠ける。白い裏地が覗いた。作り物だ。

相手はそこで、深追いを切った。美雷を掴めないと判断したんだろう。後ろへ跳び、屋根の縁へ手をかける。撤退が早い。引き際まで訓練されている。

 

「待て!」

 

追うより先に、視線だけが美雷へ戻る。

本はまだ震えている。今、俺が追えば、次に狙われるのはこっちじゃない。

仮面の男は、その一瞬の迷いすら読んだみたいに、闇へ溶けた。残ったのは、欠けた仮面片と、塀に残る浅い爪痕だけ。静かだ。さっきまでの殺気が嘘みたいに、路地が冷える。

 

美雷が壁にもたれたまま、やっと息を吐いた。

青い顔で、それでも本だけは離していない。

「……言った、でしょ。私が近づいたら、潰されるって」

 

「見れば分かる」

銃口を下ろし、短く答える。

監視じゃない。あれは排除だ。しかも、迷わず美雷を狙った。闇の書を守るためじゃない。闇の書の“復活”を乱すものを消すために動いている。

はやての周りにいるのは、見張るだけの連中じゃない。進行を壊すものを、静かに切り捨てる側がいる。

 

欠けた仮面片を拾う。

軽い。薄い。見た目だけを“男”に寄せるための細工だ。

海東の置き土産に、美雷の話。そこへ今の襲撃まで重なる。繋がり始めた線が、嫌な形で太くなる。

 

俺は破片を握り込み、美雷を見た。

怯えている。悪意もない。だが、抱えているものは危険で、そのせいで余計な敵まで呼び寄せる。

夜はまだ静かな顔をしているのに、中身だけが騒がしすぎた。

 

「……面倒なのが、また増えた」

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