悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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遺跡に眠る影

校門を出ていくユーノの背中を見つけた時点で、今日の放課後が面倒になることはだいたい分かっていた。

あいつは普段、必要以上に焦った歩き方をしない。なのに今日は違う。急いでいるわけじゃないのに、足の運びだけが妙に前へ滑っている。遺跡へ向かう人間の歩幅じゃない。確かめたいことがあって、確かめるのが怖い時の歩き方だ。

 

「……なんとなくで着いてきたが、どうも怪しいな」

 

独り言は小さく、風に混ざる程度に落とす。

表向き、俺はただの教師だ。放課後に生徒以外の子どもを気にかける義理はない。だが、あの街の空気の濁り方を見たあとで、何も知らないふりを続けるほど器用でもない。

 

「本当は生徒以外の子供を見るつもりはないが、大人の責任って奴が」

 

そう呟きながら、道の反対側へ渡る。

ユーノの隣を歩くエルナは、昨日と変わらない穏やかな顔をしていた。資料を抱える手つきも、遺跡へ向かう者らしい落ち着きも、見た目だけなら何もおかしくない。

だからこそ引っかかる。

 

「それに、もしもあのエルナというのも転生者ならば、見た目は子供だけど中身は違う可能性があるかもな」

 

17:18 海鳴市・遺跡

 

遺跡の空気は外より少し冷えていた。

石の壁に残る湿り気と、古い紙の匂いが混ざっている。ユーノは目を輝かせるように壁面の文様へ顔を寄せ、エルナが示した亀裂の先を覗き込んだ。

 

「凄いよエルナ! まさか、ここまで調査が出来ているなんて」

 

懐中電灯の光を受けたエルナは、少しだけ肩をすくめた。

「そう? まぁ、私もこうして何年も調査をしていたからね、これぐらいは当然だよ」

 

その言い方は柔らかい。

だが、“当然”と口にした時の間が妙に短かった。考えて言ったというより、最初からそこに答えが置いてあった響きだ。

ユーノもそれに気づいたのか、頷きかけた顔が途中で止まる。

 

「そうだね、けど」

そこで言葉が切れた。

エルナが首を傾げる。

「……どうかしたの? ユーノ」

 

「えっ、なっ、なんでもないよ。とにかく調査を進めよう」

 

ごまかし方が下手だ。

だが、それでいい。疑い始めたばかりの人間は、たいていああいう顔をする。

 

俺は少し離れた崩れ壁の陰に身を寄せる。

ふたりの距離、光の当たり方、逃げ道の幅。見ていると、ユーノの警戒はまだ浅い。知り合いを疑う目だ。敵を測る目までは、まだ届いていない。

 

遺跡の奥へ進むにつれ、エルナの案内は正確すぎるほど正確だった。

亀裂の入り方、石の響き方、隠し通路の位置。資料と照らし合わせる前に、そこに何があるかを知っているように見える。

ユーノもさすがに黙っていられなくなった。

 

「エルナの調査能力は確かに凄い。凄いけど」

 

足を止めた声には、もう笑いが混じっていない。

エルナが振り返る。

「どうしたのユーノ?」

 

「エルナ、聞きたい事があるんだけど、これって、本当に君がさっき調べて分かった事なの」

 

少しの沈黙。

長くはない。ただ、その一拍で遺跡の空気が変わった。

 

エルナはすぐに笑った。

「もぅ、ユーノったら、いきなり何を聞くの」

 

「だって、こんなにすぐに分かるのは、なんというか違和感があって」

 

ユーノの声が細くなる。

問い詰めたいわけじゃない。確かめたいだけだ。まだ引き返せる答えを、どこかで期待している。

 

その時だった。

 

「へぇ」

 

低い。

さっきまでのエルナの声より、少しだけ乾いていた。

 

「っ」

 

ユーノの肩が跳ねる。

目の前に立っているのは同じ姿のままなのに、見ているものが違う。さっきまでは文様や資料を見ていた目が、今はユーノの反応そのものを値踏みしていた。

 

「ふふっ、どうしたのユーノ。そんなに怯えて」

 

「えっ、いや、なんでもない」

 

声が裏返りかけて、辛うじて持ち直す。

ユーノ自身、何に怯えたのかうまく言葉にできていない顔だった。

エルナはそれを面白がるみたいに見つめ、すぐに柔らかい声音へ戻る。

 

「それよりも、行こうよ。奥にまだ何かあるよ」

 

軽い口調。

なのに、その背後に黒いものが揺れた気がした。影とも煙ともつかないものが、石壁に貼りついて、次の瞬間には消える。

見間違いではない。あれは“人の中にいる別の何か”が、表へ滲む時の気配だ。

 

「……んっ」

 

喉の奥で短く鳴らす。

あの感じ。昔、イマジンが契約者に取り憑いているところを見た時の、あの“表面の人間は同じなのに、中の温度だけが入れ替わる”感触に近い。

 

「さっきの感じ、まるで別の人間のような感じがした」

 

ユーノはまだ気づいていない。

いや、気づいていても認めたくないだけかもしれない。どっちにしろ、あのまま奥へ行かせればろくなことにはならない。

 

「……あの感じ、イマジンが契約者に取り憑いている感じと似ているような」

 

石の陰で呼吸を落とす。

遺跡、転生者、黒い気配。守護騎士の襲撃とは明らかに質が違う。あっちは奪うために来る。こっちは“価値”を嗅いでいる。

質が違う脅威が、同じ街に二つ。そういうのが一番面倒だ。

 

「これは、思った以上に厄介な事になりそうだな」

 

そう呟いて、壁から背を離した。

まだ正体は見えていない。だからこそ、ここで見失うわけにはいかない。

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