悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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世界の基盤

 白月が完全に沈黙したのを確認し、俺は静かに息を整えた。火炎剣烈火の炎が収まり、夜の空気が戻ってくる。ネオディケイドライバーから取り出したカードには、白い翼の紋様が刻まれている。奪う力も、焦りも、全部まとめて封じ込めた。俺はそのカードをライドブッカーに収め、留め具を閉じる。

 

「……一件落着、とはいかねぇか」

 

 背を向けた、その瞬間だった。乾いた破壊音が夜に響く。金属が歪み、何かが叩き壊される音。反射的に足を止め、音の方向を読む。――動物病院だ。胸の奥で嫌な予感が膨らむ。

 

「また暴れてる奴かよ……」

 

 ぼやきながら、俺は腕を伸ばす。

 

「来い」

 

 低い駆動音と共に、闇を切り裂くようにマシンディケイダーが姿を現す。跨った瞬間、迷いは消えた。エンジンを唸らせ、音の源へ一直線に走る。さっきまでの戦いの余韻は、もう切り替えた。守るべきものがある場所で、好き勝手されるのは我慢ならない。

 

 動物病院の前でマシンディケイダーを止めた瞬間、嫌な予感が確信に変わった。割れたガラス、歪んだ外壁、空気に残る異質な振動。ここはもう、ただの事故現場じゃない。視線を上げた俺の目に映ったのは、光を纏い、奇妙な装備で必死に戦う小さな背中だった。

 

 ――なのは。

 

 一瞬、思考が止まる。生徒だ。守るべき子供だ。教師としての立場が、遅れて胸を叩く。だが、それ以上に強く湧き上がったのは、別の感情だった。困惑でも驚きでもない。妙な納得だ。ああ、やっぱりな、という感覚。胸の奥で、長年の旅が積み上げた経験が静かに答えを出していた。

 

 彼女が相対している存在は、明らかにこの世界の住人じゃない。形も、動きも、理屈も噛み合っていない。異物だ。世界の外から滑り込んできた、歪みそのもの。なのはは必死に応戦しているが、恐怖に飲まれていない。震えながらも、逃げず、守ろうとしている。その姿を見た瞬間、胸の奥がひりついた。

 

 思い出す。これまで渡ってきた数多の世界を。クウガの世界、剣の世界、時を巡る世界。そのどれにも、必ず“中心”がいた。世界を象徴し、物語を引き寄せ、歪みを背負わされる存在。仮面ライダーであることもあれば、ただの人間であることもあった。だが共通しているのは、本人の意思とは関係なく、戦いの渦中に立たされるという事実だ。

 

 なのはを見て、点が線になる。この世界が静かだった理由。転生者どもが嗅ぎつけ始めた理由。全部、彼女に繋がっている。世界の基盤。ここを軸に、物語が回り始めている。本人は、まだ何も知らない。だからこそ、無防備で、危うい。

 

「……冗談じゃねぇな」

 

 思わず、低く呟く。胸の奥に、苛立ちが溜まる。世界ってのは、どうしてこうも同じことを繰り返す。力を持たせて、背負わせて、試す。子供だろうが関係ない。役割だの基盤だの、そんな言葉で片付けられるほど、軽いものじゃないだろうに。

 

 だが、考えるのは後だ。今は目の前で、明らかな異物が暴れている。なのはが傷つく可能性がある。それだけで、十分すぎる理由になる。教師として? 旅人として? ディケイドとして? どれでもいい。

 

 俺は一歩、前に出る。視線は、なのはではなく、その敵へ。

 

「……また厄介な役を押し付けられてるな、お前も」

 

 誰に向けた言葉かは、自分でも分からない。ただ一つ確かなのは、ここから先は見過ごせない、ということだけだった。

 

 異物がなのはを追い詰め、攻撃の軌道が完全に重なった瞬間、俺は舌打ちした。ここで倒れるような相手じゃないと分かっていても、あの距離は不味い。介入は最小限。そう決め、ライドブッカーをガンモードに切り替える。照準は敵そのものじゃない。なのはの死角、次に踏み込もうとする一瞬先の空間だ。引き金を引くと、乾いた音と共に光弾が走り、敵の動きが僅かに逸れる。

 

 それで十分だった。なのはが反射的に距離を取り、体勢を立て直す。その肩にしがみつく、小さな影が視界に入る。フェレット――に見える。だが、俺は眉をひそめた。普通の動物じゃない。戦況を理解している視線、魔力の流れを読むような動き。これまでの旅で何度も見てきた。喋らなくても分かる。こいつは“ただのフェレット”じゃない。

 

「……やっぱりな」

 

 小さく呟いた瞬間、なのはとフェレットが同時にこちらを見た。視線が、確かに俺を捉えている。なのはの目には驚きと戸惑い。フェレットの方は――警戒だ。知っている。あの目は、得体の知れない存在を前にした時の目だ。ディケイドを、じゃない。仮面ライダーを、でもない。ただの“謎”として、俺を見ている。

 

 それでいい。名前を知られなくていい。理由を説明する必要もない。

 

 俺は物陰から一歩だけ姿を現し、ライドブッカーを下げたまま軽く肩をすくめる。

 

「気にするな。通りすがりだ」

 

 当然、通じるわけもない。なのはは口を開きかけ、フェレットは何か言いたげにこちらを見る。その前に、俺は踵を返した。役目は果たした。これ以上ここにいる理由はない。

 

 物陰に身を引き、視線だけを戦場に残す。なのははすぐに戦闘へ戻った。迷いはもうない。フェレットも的確に指示を出している。やっぱり、だ。普通じゃないが、敵でもない。少なくとも、今は。

 

 胸の奥に、静かな感情が落ち着く。世界の基盤。その言葉が、また頭をよぎる。だが、今はそれでいい。介入しすぎない。見守るだけでいい。

 

「……無事に終わらせろよ」

 

 誰に向けた言葉か分からないまま、俺は壁にもたれ、夜の戦いの結末を静かに見届けた。

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