転生者として姿を現したそれは、遺跡を裏返したようなアンダーワールドの奥で、最初からそこにいた闇の王みたいに肩を揺らしていた。
角は空を引っかくように歪み、黒い肉の表面には生き物めいた脈が走り、そのたびに床や壁へ染みついていた影が呼応してざわつく。
けれど、オールドラゴンへ到達した今となっては、その不気味さも脅しとしては半端だった。
両腕の爪を軽く開く。
それだけで、空気の層が一枚ずつ剥がれるみたいに震え、さっきまで押し返されなかった黒い影が、こっちから距離を取るように後ずさった。
火を核に、水と風と土が常時噛み合っている感覚は、フレイムドラゴンまでの力とは明らかに別物だった。
燃やすだけでも、砕くだけでもない。
目の前の世界ごと、こちらの戦場に塗り替えていくような強さだ。
「来ないのか」
低く言うと、転生者の口元がぐにゃりと歪んだ。
「はっ、随分と偉そうだなあ、ディケイド。ちょっと派手な姿になったくらいで――」
最後まで聞く必要はなかった。
床を蹴る。
踏み込みの瞬間に風が背中を押し、水の層が足元の滑りを消し、土の重さが前へ出る軸を一切ぶらさない。
そのまま一直線に間合いを詰め、右の爪を浅く振るう。
赤い残光が闇を切り裂き、転生者の左肩から胸へ、深い裂け目が一息に走った。
「がっ――!」
巨体がたたらを踏む。
そこへ間を置かず、今度は左の爪を返す。
水を帯びた刃筋が裂け目に沿って滑り込み、黒い肉を内側からこじ開けるように押し流した。
噴き出した闇が床へ散る。
散った先から再び形を取ろうとしたが、すぐに風の渦が巻き込み、そのまま細かく千切って吹き飛ばす。
再生の暇を与えない。
それが、この姿の一番厄介なところだ。
転生者が腕を振り上げる。
爪の生えた黒い手が頭上から押し潰すように落ちてくるが、真正面から受ける意味がない。
身体を半歩だけ開き、尾の力を背骨に通して軸をずらす。
すれ違いざま、ランドの重みを乗せた蹴りを膝へ叩き込む。
骨が砕けるような鈍い音が響き、巨体が片膝をついた。
「この……!」
怒鳴りながら、周囲の闇が一斉に集まる。
壁に染みていた黒が剥がれ、床の割れ目から影の牙が林みたいに突き上がり、頭上では翼持ちの怪物の残骸が集まり直して濁った輪を作る。
自分の魂を裂いてまで数で押す気か。
悪くない。
なら、その闇ごと使うだけだ。
腰へ手をやり、カードを抜く。
転生者の目が、そこで初めて本物の警戒を見せた。
ただの必殺じゃ終わらないと、本能で分かったんだろう。
『FINALATTACKRIDE WI-WI-WI-WIZARD』
音声が響いた瞬間、オールドラゴンの爪が赤く明滅し、その隙間へ周囲の闇が吸い寄せられ始めた。
黒い影は抵抗するみたいに蠢いたが、逃げ場はない。
火が核になり、水がそれを束ね、風が巻き上げ、土が逃げ道を塞ぐ。
集められた闇は、そのまま燃えることも砕けることもなく、圧縮され、研ぎ澄まされ、色を失っていく。
黒だったはずのものが、眩しいほどの白へ変わる。
呑み込んだ闇を、そのまま光へ転用する。
今回の切り札は、それだ。
「やめろ……!」
転生者が身を起こそうとする。
だが遅い。
両腕を交差し、次の瞬間に爪を開く。
白い光が爆ぜた。
それは熱ではなく、存在そのものを暴き立てる光だった。
アンダーワールドを蝕んでいた黒い影は、光に触れた瞬間だけ輪郭を失い、転生者の巨体もまた、筋肉の動きごと凍りついたみたいに止まる。
再生も、逃走も、影への分散も、一拍の間だけ全部封じる。
その一拍で十分だ。
「終わりだ」
言葉と同時に、地面が消えたみたいな速度で踏み込む。
風が身体を引き裂く直前まで押し上げ、水が軌道のぶれを消し、土が一撃に全体重を集め、最後に火が蹴りへ爆発する力を与える。
視界の中で、止まった転生者の顔だけがゆっくり近づき、次の瞬間には、俺の蹴りがその中心を貫いていた。
目にも止まらない速度、なんて安っぽい言い方で済ませたくない。
あれは速さというより、間合いと結果の間にある過程を全部すっ飛ばした一撃だった。
蹴り抜かれた転生者の身体は、背中から大きく仰け反り、そのまま遅れて全身に亀裂が走る。
白い光が裂け目の内側で暴れ、闇でできた巨体を内から破裂させた。
轟音とともに、アンダーワールドの景色が崩れ始める。
遺跡を裏返した空はひび割れ、床に染み込んでいた黒が一気に引き、壁の奥に潜んでいた影の群れも、悲鳴みたいな音を残して消えていく。
崩れ落ちる闇の中心で、さっきまでの悪意に満ちた声が、最後だけ妙に細く響いた。
「こんな……借り物の力で……」
鼻で笑う。
「借り物だろうが何だろうが、使い方も覚悟も足りねえんだよ」
最後の核みたいに残っていた黒い塊へ爪を振り下ろす。
それで終わった。
闇は二度と形を結ばず、白い光の粒に砕けて、風に溶けるみたいに消えていった。
静かになった。
あれほど騒がしかったアンダーワールドが、今は拍子抜けするくらい静かで、遺跡の輪郭だけが少しずつまともな形に戻っている。
この世界を食っていた本体が消えたなら、当然だ。
息を吐き、ゆっくりと爪を下ろす。
オールドラゴンの力はまだ残っている。
けれど、もう振るう相手はいない。
後は戻るだけだ。
エルナの内側に巣食っていた転生者はここで潰した。
外に残るのは、傷ついた器と、それを見ているしかなかったユーノの顔くらいだろう。
「……本当に、面倒な後始末までついてくる」
そう呟いて、俺は崩れかけた光の出口へ向き直った。
戦いは終わった。
少なくとも、このアンダーワールドの中では。