光が砕けるみたいに視界の端から白くほどけ、足裏へ返ってくる感触が石の冷たさに変わった瞬間、俺はようやく現実へ戻ったことを理解した。
アンダーワールドの歪んだ空気はもうなく、代わりに遺跡の湿った土と古い石の匂いが肺へ入ってきて、背中に張りついていた異様な重さだけが少し遅れて剥がれていく。
同時に装甲の輪郭が変わり、魔法使いの黒と赤はほどけ、見慣れたマゼンタの直線が身体へ戻ってくる。
俺が立っていたのは、さっきまでと同じ遺跡の奥だったが、世界の奥行きだけが一度削り取られたみたいに静まり返っていた。
ユーノは膝をついたままエルナの肩を支えていて、その顔には安堵より先に、理解できないものを見た人間特有の緊張が残っていた。
エルナは意識を失ってはいなかったが、視線の焦点が定まらず、呼吸も浅く、自分の手の甲を見つめるたびに小さく肩を揺らしていた。
身体の内側で何かが消えた感覚だけが残っていて、自分が何をされていたのかを、まだうまく掴めていないんだろう。
だから最初に言うべきことは決まっていた。
「もうあの身体の中に、転生者の気配は残っていない」
ユーノの指が、エルナの肩越しに一度だけ強く食い込んだ。
それは安心した動きというより、ようやく次の問いを口にしてもいいと自分へ許可を出した仕草に近かった。
助かったかもしれない。けれど、目の前の俺が何者か分からないままでは、安心まで辿り着けない。
そういう顔をしていた。
「……信じたいけど、簡単には頷けないんだ」
喉の奥でつかえたままの息を吐いてから、ユーノは俺を真っ直ぐ見た。
「さっき、お前は世界の破壊者って呼ばれていたよな、それはどういう意味なんだ」
遺跡の天井近くで、どこかから落ちた水滴が一つだけ石を打つ。
その音が妙に遠く聞こえるくらい、場の空気は張っていた。
全部を話すつもりはないし、話したところで、今ここで受け止めきれる内容でもない。
けれど、黙ったまま歩き出すには、あいつはもう見過ごしすぎた。
「その呼び名には、一応そう呼ばれるだけの理由がある」
俺は短く息を吐き、崩れた壁の向こうを一度だけ見た。
「自分がそういう役割を背負わされてる、ただそれだけの話だ」
ユーノの眉が寄る。
納得なんてしていない。けれど、嘘をつかれたとも思っていない顔だ。
その間の場所に立っている時の人間は、たいてい次の問いを一つだけ増やす。
「じゃあ、お前も転生者なのか、それとも僕たちが知らない別の何かなのか」
その聞き方は悪くなかった。
自分の見たものを雑にまとめず、分からないものとしてちゃんと分けている。
少なくとも、目の前の子どもを守るために身体を差し出したユーノは、軽く扱うにはまっすぐすぎる。
「お前たちと同じ棚に並ぶつもりはないし、実際そこまで単純でもない」
言葉を選びすぎると嘘くさくなるので、そこで切る。
「ただ、今の俺はこの世界を壊すつもりで動いているわけじゃない」
ユーノは何も言わなかったが、視線だけは逸らさなかった。
警戒が消えたわけじゃない。むしろ深くなっている。
それでも、今ここで俺を敵と決めるほど浅くもない。
そういう沈黙だった。
足元で小石が転がる音がして、エルナがようやく自分の喉へ指先を当てた。
そこに残っていた浅い傷を見つけた瞬間、表情がかすかに曇り、そのまま何かを思い出しかけて、思い出せないまま目を伏せる。
説明を急がせるべきじゃない。
今は安全な場所へ移す方が先だ。
「ここで立ち話を続けるには、まだ嫌な気配が残りすぎてる」
俺がそう言うと、ユーノは反射的に周囲を見回した。
遺跡の奥は静かだったが、静かすぎる場所はたいてい何かの後味が残る。
転生者本人は消した。だが、現場そのものが安全になったとはまだ言い切れない。
それに、エルナをこのまま石の冷たさの上へ座らせておく理由もない。
ベルト脇へ手をやると、ユーノの肩がわずかに強張る。
変身や戦闘を見たばかりなら無理もない。
それでも逃げずに立っているあたり、こいつも随分場数を踏んできたんだろう。
空間へ手を払う。
光の膜が縦に走り、見慣れたオーロラの帯が音もなく開いた。
向こう側には人気のない公園の端が見える。
夜の入口みたいな薄い青さの中で、誰もいないベンチと、錆びかけた遊具だけが静かに置かれていた。
「話の続きが必要なら、少なくともこっちでやる」
ユーノとエルナの方へ顎をしゃくる。
「そこなら人目も少ないし、今よりはまともに息ができる」
ユーノは少しだけ迷ったあと、エルナを支える腕へ力を入れ直した。
その迷いが消えなかったことに、むしろ少し安心する。
何でも信じるようなら、この先たぶん生き残れない。
「……分かった、今はそれでいい」
声にはまだ硬さが残っていたが、それでも足は前へ出た。
エルナも混乱したまま小さく息をつき、導かれるようにオーロラカーテンの光を見上げる。
自分がどこへ連れていかれるのかさえ、まだ現実感がないんだろう。
二人が向こうへ入ったのを見届けてから、俺も後に続く。
遺跡の闇は背中側へ遠ざかり、代わりに夜気の冷たさと、公園の草の匂いが頬を撫でた。
戦いは終わった。
だが、説明のいらない静けさなんて、たいてい長くは持たない。
そのことだけは、俺も、たぶんユーノも、もう嫌というほど知り始めていた。