悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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破壊者への問い

オーロラカーテンを抜けた先は、人通りの絶えた小さな公園だった。

夜の入口みたいな薄い青さが遊具の錆を鈍く光らせ、風もないのに、鎖の緩んだブランコだけがときどき小さく軋む。

遺跡の湿った空気に比べればずっとましだが、あの場所の後だと、こういう当たり前の静けさでさえ妙に遠く感じる。

 

ユーノは着地した瞬間にエルナの身体を支え直し、崩れそうになる肩を両腕で受け止めた。

エルナは意識を失ってはいないものの、焦点の合わない目で自分の手を見つめ、喉元に触れては短く息を呑み、そのたびに何かを思い出しかけては取り落としている。

自分の内側で何が起きていたのかを、頭より先に身体だけが怯えている顔だった。

 

俺は変身を解かないまま、二人から少し距離を置いて立つ。

今さら素顔に戻ったところで安心材料にはならないし、むしろ半端な説明を増やすだけだ。

言うべきことは、まず一つしかない。

 

「もう、あの身体の中に転生者はいない」

 

その言葉に、ユーノの肩がわずかに揺れた。

安堵したのか、まだ疑っているのか、その両方が混ざったような反応だった。

知り合いを救われた事実と、救った相手の正体が何ひとつ分からない現実が、同時に胸へ落ちた時の顔だと考えれば不思議でもない。

 

「……助かったんだと、そう思いたい」

ユーノはエルナを支えたまま、俺へまっすぐ視線を向けた。

「でも、簡単に納得できるほど、僕は何も分かっていない」

 

答えを促すような沈黙が落ちる。

やがてユーノは一度だけ喉を鳴らし、逃げずに踏み込んだ。

 

「さっき、あいつはお前のことを世界の破壊者って呼んでいたよな」

声は強くないが、揺れてもいない。

「それは、どういう意味なんだ」

 

公園の隅で、誰かの家の窓が閉まる音がした。

普通の夜の音が混じるせいで、こっちの会話だけがひどく場違いに聞こえる。

 

「そう呼ばれるだけの理由がある」

それだけ答えて、ブランコの影へ視線を流す。

「俺には、そういう役割がある。それだけだ」

 

ユーノは納得していない顔のまま黙り込み、その沈黙の中で、次の問いを選んでいるのが見て取れた。

ここで引けば楽だろうに、引かないあたりがあいつらしい。

 

「……じゃあ、お前も転生者なのか」

問いは短い。

だが、その奥には警戒も恐れも、その全部を押し込めた必死さがあった。

「僕たちが見てきた連中と、お前は同じなのか」

 

その聞き方なら、何も返さないわけにもいかない。

ただし、全部をここで話すつもりも、話したところで理解が追いつくとも思っていない。

 

「お前たちが見てきた転生者と、俺を同じ棚に並べる気はない」

言葉を選びすぎると嘘くさくなるので、そこで一度切る。

「少なくとも、今この世界を壊すつもりでここに立ってるわけじゃない」

 

ユーノはそれ以上すぐには言い返さなかった。

安心したわけではなく、むしろ余計に分からなくなった顔だったが、それでも今ここで敵だと決めつけるほど浅くはない。

そういう中途半端さが、かえって信用できた。

 

その時、公園の入口の方で、砂利を踏む足音が急いだリズムで近づいてきた。

振り向くより先に分かる。

息の乱れを隠そうとして隠しきれない、あの走り方は高町なのはだ。

 

「ユーノ君!」

 

声と同時に、なのはが街灯の下へ飛び込んでくる。

視線はまずユーノへ向かい、その次にエルナの混乱した顔へ止まり、最後に変身したままの俺を見て、わずかに息を呑んだ。

何が起きたのかまでは分からなくても、ただ事ではないことだけは一目で察したらしい。

 

「……何があったの」

 

強い声ではなかった。

強く出るより先に、空気そのものがおかしいと理解した時の声だった。

 

ユーノはエルナを支えたまま、要点だけを切り出した。

遺跡でエルナの中に別の存在がいたこと。

それが転生者だったこと。

そして、今はもういないこと。

説明は短かったが、なのはにはそれで十分だったらしい。

驚くより先に、表情の奥で「やっぱり」と「まだ別がいるのか」が重なる。

 

「……昨夜の相手とは、別なんだね」

なのはは俺ではなく、ユーノへ向けてそう言った。

「街をかき回してるものが、一つじゃないってことだよね」

 

「そうなる」

ユーノの返事は重い。

バクラの件が終わったばかりなのに、もう次を考えなければいけない現実が、ようやく追いついてきたんだろう。

 

そこまで話した時、公園の空気が一度だけ沈んだ。

ほんのわずかな変化だったのに、なのはの肩が先に反応し、俺も同時に空を見上げる。

立ち上がった気配は、さっきまでの転生者の歪みとは違う。

もっと整っていて、もっと底の冷えた、昨夜感じたあの襲撃者の系統に近い圧だった。

 

「……来た」

 

なのはの声が細く落ちる。

その一言で、会話の続きはそこで終わった。

答え合わせをしている暇はない。

厄介事は、片づいた順から次を連れてくる。

 

「エルナは私が見る」

なのはは迷わずそう言って、ユーノの腕の中にいる少女へ手を伸ばした。

「ユーノ君はどうする」

 

ユーノは一瞬だけ俺を見て、それからエルナとなのはを見た。

迷っている。

知り合いを放っておけない気持ちと、今ここで異変を追わなければもっと大きなものを見逃すと分かっている顔だった。

 

「……僕は行く」

小さくそう言って、エルナの肩をなのはへ預ける。

「何かあったら、すぐ知らせて」

 

「うん、任せて」

 

短い受け答えのあと、なのはは俺へ問いを重ねなかった。

聞きたいことはいくらでもあるはずだ。

それでも今は後回しにした。

その判断は間違っていない。

 

「立ち話はここまでだ」

俺は公園の出口へ視線を向ける。

「続きがあるなら、生きて戻ってからにしろ」

 

誰へ向けた言葉か、自分でも半分曖昧なまま歩き出す。

背後ではエルナの浅い呼吸と、なのはが落ち着かせるためにかける低い声が、夜の静けさに溶けていた。

助かったのに安心できない夜は、たいていこういう音がする。

 

その頃、街の灯りを遠く見下ろせる場所で、もっと気楽に夜を眺めている男がいた。

海東大樹は片手をポケットへ入れたまま、海鳴の夜景の向こうに広がる見えない気配を、値踏みするみたいに細く眺めている。

風がコートの裾を揺らしても、その視線は一度もぶれない。

街の底で、また別の厄介事が目を覚まし始めたのを、誰より面白そうに見ていた。

 

「なるほど、そういう始まり方なんだ」

 

軽い声だった。

けれど、その奥だけはよく冷えている。

危機を見ている目じゃない。

価値のある騒動を見つけた時の目だった。

 

「退屈はしなさそうだね」

 

笑みが少し深くなる。

その横顔の向こうで、海鳴の街は何も知らないまま静かに灯っていた。

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