悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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橋の上の戦い

夜の橋は、昼に見ればただの通り道でしかないはずなのに、街灯の光が川面へ細く落ちる時間になると、妙に長い廊下みたいな顔をする。

車の音も人の声も遠く、欄干の向こうを流れる水だけが、見えないものを運ぶみたいに黒く揺れていた。

そういう夜は、大抵ろくでもない気配が先に立つ。

 

足を止めたのは、風の向きが変わったからじゃない。

橋の中央あたりで空気の重さだけがわずかに沈み、誰かが待ち伏せのために息を殺している時にだけ残る、あの嫌な静けさが肌へ張りついたからだ。

転生者の歪んだ匂いとも違うし、昨夜の襲撃者が纏っていた研ぎ澄まされた圧とも違う。

もっと作為的で、もっと人を試す気配だった。

 

「……出る気か」

 

独り言を夜へ落とし、そのまま歩幅を変えずに橋の先へ向かう。

立ち止まって見回すより、あえて近づいた方が、相手の置いた意地の悪い配置は見えやすい。

橋の両端、街灯の陰、欄干の向こうへ落ちる影の角度まで視界へ入れた、その時だった。

背後から、走り切ったばかりの軽い足音が追いついてくる。

 

振り向くより先に分かる。

追ってきた気配は、敵にしては遠慮がなく、味方にしては焦りが先に出すぎていた。

次の瞬間、白金の気配をまだ纏わないままのデルタが、肩で息をしながらすぐ隣へ滑り込む。

 

「ボス!敵っ!」

 

デルタは橋の先ではなく左右の闇へ視線を走らせたまま、こちらへ短く叫ぶように知らせた。

遅い、と言う必要はなかった。

言い終わるより早く、待ち伏せは始まっていたからだ。

 

街灯の死角から、四つの影がほとんど同時に現れる。

ただ飛び出してきたんじゃない。

前を塞ぎ、左右を切り、逃げ道を橋そのものへ縫い止めるために、最初からそこへ置かれていた動き方だった。

見慣れた輪郭ではない。だが、現れ方に見覚えがある。

本人が手を汚さず、けれどこちらの反応だけは正確に見たい時に、あいつはいつもこういう出し方をする。

 

「……海東か」

 

滅、亡、迅、雷。

四つの名を、口に出すより先に頭が拾う。

並び方も、役割の割り振りも、こちらへぶつける意味も、全部ひっくるめていやらしい。

真正面から潰す気じゃない。

足並みと反応を測り、そのうえで次の札を切るための布陣だ。

 

デルタも、現れた四つの姿を見た瞬間に眉を跳ね上げた。

だが、驚いたまま硬直するほど甘くはない。

むしろ、懐いている相手の判断へ一拍で合わせるように、身体の軸だけをこちらへ寄せてくる。

 

「ボス、これ、あの声の人のやり方っぽい」と、半歩だけ前へ出たデルタが低く告げる。

「ああ、この嫌な試し方は間違いない」と答えながら、橋の端で風に揺れたコートの裾を思い浮かべる。

顔はまだ見えない。

だが、見えないからこそ余計に、あいつの笑い方だけがはっきり浮かぶ。

 

四体は言葉もなく距離を詰めた。

橋の上という逃げ場の少ない地形を活かして、一体が正面、二体が側面、残る一体が少し遅れて牽制へ入る。

雑にぶつけた召喚じゃない。

こちらが二人だからこそ、役割を綺麗に分けてきている。

本当に趣味が悪い。

 

「デルタ、遊ばせるなよ」とだけ言い残して、腰へ手をかける。

それで十分だった。

隣ではもう、デルタがケルビムドライバーへ手を伸ばしている。

白金の外装に、天使の翼を思わせるユニットが夜の光を受け、ほんの一瞬だけ冷たく光った。

 

「もちろんっ!」と返したデルタの声には、怖さより先に戦う気配が乗っている。

懐いているぶん、こちらが構えた時の切り替えも速い。

橋の上で向かい合う四体のライダーを前にしても、その目はもうぶれなかった。

 

ディケイドライバーを押し込み、カードを引き抜く。

夜の橋に金属音が短く鳴り、川面の揺れまで一瞬だけ張りつめる。

四体の影が、こちらの動きへ合わせて一斉に踏み込んだ。

だが、その時にはもう遅い。

 

『KAMENRIDE DECADE』

 

マゼンタの光が夜気を裂き、装甲が一つずつ身体へ噛み合っていく。

直線的で無駄のない輪郭が橋の上へ立ち上がり、街灯の下に置かれた影まで、こちら側の色へ塗り替えるみたいに伸びた。

変身を終えた時には、四体の間合いも、橋の幅も、もう全部こちらの視界の中に収まっている。

 

そのすぐ横で、デルタがケルビムバイスタンプを叩き込み、翼を模したユニットが鈍く開いた。

女性のシステム音声が、夜の川風へ澄んで響く。

 

『ケルビム!』

『Enslavement…』

『Execute up!exclusion. extinction. extermination. 仮面ライダーケルビム!』

 

背中から無数の翼が展開し、白い羽が橋の上へばらまかれる。

羽の奥から現れたケルビムは、神聖さと禍々しさが同時に立つような白金の輪郭で、ディケイドの隣へ迷いなく並んだ。

変身を終えたデルタ――いや、ケルビムは、ほんの少しだけこちらへ顔を向ける。

 

「行けるよ、ボス」と、その声だけはさっきまでと変わらず、妙に素直だった。

前方の四体が、ようやくこちらの変身を見届けたみたいに間合いを揺らす。

その時、橋のどこにもいないはずの男の声が、夜の上から軽く落ちてきた。

 

「うん、いい反応だね。やっぱり君たちは、見ていて退屈しない」

 

海東の声だった。

姿はない。

けれど、その笑みだけは、橋の上の空気にくっきり浮かんでいた。

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