悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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闇の書への道のり

ペン先で机を叩く。

一回、二回、三回。

規則正しい音が、胸の内側の不規則を浮き彫りにする。

 

職員室の入口で足音が止まった。

軽いが迷いがない。

子どもの歩幅なのに、空気の踏み方が戦場のそれだ。

俺は顔を上げる前から察して、わざと面倒そうに言ってやる。

 

「覗き見が趣味なら止めないが、入るなら入れ。俺の机に用があるならな」

 

小柄な影がすっと入ってくる。

赤い服、短いツインテール、鋭い視線。

ヴィータは室内を一度だけ確認し、誰もいないのを確かめると、真っ直ぐ俺の机の前へ来た。

 

「……久しぶりだな、ツカサ」

 

「久しぶりってほどでもない。用件を言え。今日は忙しい」

 

ヴィータは歯を食いしばり、次に言葉を投げた。

「単刀直入に言う。闇の書に、魔力を入れてくれ」

 

その単語が落ちた瞬間、空気の温度が少しだけ下がった気がした。

俺は椅子にもたれ直し、表情を崩さない。

驚けば相手は焦る。

焦れば結論が乱暴になる。

乱暴な結論は闇の書の餌だ。

 

「理由を言え。お前が俺にそんな頼みをするってことは、はやての具合が良くないか、ページの進みが悪いか、その両方だ」

 

ヴィータの眉がぴくりと動く。

“はやて”の名前を口にされた、その一点で。

 

「……闇の書は、ページを集めなきゃなんねぇ。集めなきゃ、はやてが……」

言葉が詰まり、拳が固く握られる。

弱さを見せるのが嫌いで、隠し切れない時だけ指が震える。

その震えだけは、嘘じゃない。

 

「それで俺の魔力を入れたい、と」

俺が淡々と整理すると、ヴィータは一歩だけ踏み込んだ。

 

「ゼータのこと、知ってんだろ」

 

「知ってる」

短く返す。

余計な説明は要らない。

あいつは俺の近くにいるだけで、もう十分厄介だ。

 

ヴィータは言葉を続けた。

「ゼータの実力は分かってる。あいつ、やべぇだろ。隠れてても気配が消えねぇ」

 

「で、俺はそのゼータより強いって聞いたか」

 

ヴィータは悔しそうに口を歪め、それでも頷いた。

「……聞いた。ゼータが言ってた。ツカサは、あいつよりヤバいって」

 

ヤバい、か。

誉め言葉として受け取るには味が濃いが、否定する気もない。

まともに勝てるなら、そもそも俺は教師なんてやってない。

 

ヴィータは机の縁に手を置き、目だけで俺を刺した。

「だから、ツカサなら入れられる魔力があるだろ。頼む。はやてを助けたい」

 

俺は黙った。

闇の書に魔力を入れる行為が危険なのは分かっている。

ページが進めば、完成へ近づく。

完成すれば、暴走へ近づく。

転生者の断片情報は、その暴走が偶然じゃない可能性まで匂わせていた。

 

それでも、考えが一つ立ち上がる。

暴走の原因に手を伸ばすには、闇の書の内側へ侵入する必要がある。

内側へ侵入するなら、闇の書に「俺の魔力」という目印を刻ませるのが早い。

魔力は匂いで、痕跡で、座標になる。

闇の書が俺を覚えれば、俺はその覚え方を逆利用できるかもしれない。

 

そしてもう一つ。

俺は魔力がなくても戦える。

ディケイドに変身すればいい。

この世界の理屈に合わせて、手加減してやる義理はない。

 

口元だけで少し笑い、余裕の演技を作る。

「……面白い頼みだな、ヴィータ」

 

「ふざけてんのか」

短い返しが飛ぶ。

 

「ふざけてない。だから条件を出す」

俺は机に指を一本置き、釘を打つように言い切った。

 

「決して人を襲わないことだ。ページのために人を傷つけるなら、俺は協力しない。はやてを助けるために別の誰かを壊すのは、筋が違う」

 

ヴィータの目が揺れた。

反発じゃない。

痛いところを突かれた顔だ。

 

「……分かってる」

声が低くなる。

「アタシらは、はやてを守るためにいる。人を襲うためにいるんじゃねぇ」

 

「誓え。言葉にしろ。闇の書は言葉を食う。ならこっちも言葉で縛る」

 

ヴィータは一拍置き、拳を胸の前で握った。

「誓う。絶対に、人は襲わねぇ」

 

よし。

少なくとも今のヴィータは踏みとどまれる。

なら取引は成立する。

 

「分かった。渡してやる」

ヴィータが息を呑む。

期待と恐怖が同時に浮かぶ顔は、騎士らしくない。

 

俺は続ける。

「ただし、場所と量とタイミングは俺が決める。無制限は無しだ。闇の書に餌を与えるなら、餌の形も俺が選ぶ」

 

「……ケチくせぇ」

「賢いって言え。闇の書相手に気前よくする奴は、だいたい先に死ぬ」

 

ヴィータは悔しそうに唇を引き結んだが、頷いた。

「分かった。ツカサのやり方でいい」

 

俺は立ち上がり、椅子を戻す音をわざと大きく鳴らした。

「行くぞ。ここでやる気はない。職員室で何か起きたら面倒だ」

 

「どこでやるんだよ」

「人がいない場所だ。二人だけで済む場所にする」

 

廊下へ出ると、夕暮れの光が床を薄く切っていた。

校舎は静かで、部活の声も遠い。

俺は階段を降り、体育倉庫の裏手――風が止まり、音が死ぬ場所へヴィータを連れていく。

ここなら誰の目にも触れないし、誰の噂にもならない。

 

倉庫裏で立ち止まり、俺はヴィータを見た。

「闇の書はどこにある」

 

ヴィータは一瞬だけ迷い、それから短く答えた。

「……はやてのところだ。アタシが呼べば、反応はする」

 

「呼べ。ただし忘れるな。人は襲うな。お前が守護騎士なら、守り方くらい選べ」

 

ヴィータが目を閉じ、気配を立ち上げる。

闇の書を呼ぶための手順が、空気の圧を変えていく。

 

その変化を感じながら、俺は内心で確信していた。

闇の書に俺の魔力を刻ませる。

刻ませた痕跡を座標にして、闇の書の内部へ侵入する。

暴走の原因に辿り着けるなら、転生者の濁した核心を先に奪える。

ディエンドが笑う前に、笑う余地を奪える。

 

そして万一、闇の書が俺の魔力を餌として欲しがるなら――その時はその時だ。

魔力が枯れても、俺は戦える。

仮面をかぶるだけで、世界の理屈を踏み倒せる。

 

倉庫裏の影が濃くなり、紙が擦れるような音が耳の奥で鳴った気がした。

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