記憶喪失やオペレーターたちの指揮官として戦場に出ることに困惑しながらもロドス・アイランド製薬で奮闘するドクターの元に、前衛オペレーター・ラップランドがやってきた。
チェルノボーグでの戦いで疲弊したロドスにとって彼女は大きな力となってくれたが、そんな彼女が戦場で見せる狂気と残虐性はドクターが看過できるものではなかった。
ドクターはラップランドを説得しようと試みるが……?
執務室のドアを開けた時、彼女はもうそこにいた。
朝日を背に白い長髪を揺らし、まるでそこが自分の席であるかのように——否、最初から自分の居場所だと信じて疑っていない様子でドクターの机へ腰かけてくつろいでいる。
抜き身の剣が差し込む光を浴び、ぎらりと輝くのが目に痛い。
「やあ、ドクター。今日も良い朝だね」
数日前に入職したばかりの前衛オペレーター・ラップランドは、片手をひらひらと振りながら無邪気な笑みを向けてくる。
「……またここに武器を持ち込んでいるのか」
ドクターは思わず眉をひそめた。
ラップランドがロドスにやって来てからドクターは既に何度か彼女に同じ注意をしているが、一向に改善される気配はない。
「必要だからさ。ボクにとって剣は身体の一部と同じ。持ち歩かない方が不自然なんだよ」
軽口を叩く声はひどく軽やかで、しかし底に氷のような冷たさがある。
ドクターの脳裏に昨日の戦闘の光景が生々しく蘇った。敵の部隊長に対しラップランドは迷いなく片腕を斬り落とし、続けて脚を断ち、地に這わせたうえで、悠然と首を刎ねた。
恐怖と苦痛に歪んだ叫び声。刃が肉と骨を断つ、湿った音。
そして、真っ赤な返り血を浴びながら笑う彼女の姿。
それはあまりに猟奇的だが、それ以上に美しく、煌めいていて——。
そう感じてしまった自分に気づき、喉の奥がひくりと痙攣する。
「……ラップランド」
慌てて奇妙な熱を振り払うと、ドクターは勇気を振り絞って口を開いた。
声が震えているのが自分でも分かる。
「昨日のような戦い方はもうやめてほしい。たとえ勝つために必要なことだとしても……あれは、必要以上に相手を苦しめている。敵だとしてもいたずらに恐怖や苦痛を与えることは、私には間違っているとしか思えない」
ラップランドはくすりと笑った。
「間違ってる?フフッ……面白いね。ドクター、ボクに『正しい戦い方』を教えてくれるのかな?」
銀の瞳が細められる。その奥にあるのは興味、嗜虐、そして何か別の……危うい好意のようなものだろうか?
彼女はわざとらしく肩をすくめた。
「いいかい?ドクター。殺られる前に殺らなきゃ、ボクたちが死ぬんだよ。そんなの御免でしょ?」
「でも、だからって……!」
「それにね、雑魚なら一太刀で十分さ。でも、ある程度の相手なら違う。まずは能力を奪って、手足を削いで文字通り手詰まりにして……」
楽しそうに微笑み、唇を吊り上げる。
「それから殺す。確実でしょ?それに指揮官を派手に潰せば向こうの士気もがくんと下がる。ほら、良いことづくめだよ」
悍ましい内容をまるで料理の手順でも語るように涼しい笑顔で話すラップランド。
ドクターは込み上げてくる吐き気を堪え、拳を硬く握りしめる。
彼女の主張も、そしてそれを正しいとほんの一瞬でも思ってしまった自分も、心底嫌でたまらなかった。
「……確実なら、何をしてもいいのか?」
掠れた声で問いかける。
「君のやっていることは、ただの……」
「ただの?」
そう言って首を傾げるラップランドの仕草はひどく愛らしい。
それがなおさらドクターの背筋を冷たくさせる。
「ただの暴力でしかない。私には、君は……自らの快楽のため、いたずらに敵を傷つけているようにしか見えない。ロドスは血に飢えたマフィアでも、狂った殺戮者の集団でもないはずだ。だから、もうあんな戦い方はやめてくれ……」
執務室の空気が凍りついたように静まり返る。
ラップランドの唇がゆっくりと歪んで、笑みを浮かべた。
「へぇ……。ドクターはそんなふうに見てたんだ、ボクのこと」
穏やかな声。
感情の読み取れない笑み。
「違うなら否定してくれ……!」
ラップランドはその切実な問いかけに答える代わりに、机から降りて一歩、二歩とドクターへ近づいていく。
そして真正面に立つと、静かに口を開いた。
「じゃあさ、ドクター。キミはボクのことが嫌いなんだね」
責める調子は一切ない。事実を確認するだけの、あまりに落ち着いた声色。
「……嫌い、というより……怖いんだ」
ドクターは正直に答えた。
「君の戦い方も、考え方も。私には理解できない。……それでも、ロドスにいる以上……」
「いいよ」
言葉を遮るように、ラップランドはあっさりと言った。
「え……?」
「無理に理解しなくていいさ。」
彼女は肩をすくめる。
「ボクは変わらないし、キミがそれを嫌だと思うのも自由だ」
そして一歩、距離を詰める。剣の柄がドクターの視界の端で揺れた。
「嫌ってもいい。怖がってもいい。でもたった一つだけ、覚えておいてほしいことがあるんだ」
ラップランドは穏やかな声で呼びかけた。まるで不安がっている子どもを宥めるように。
「キミはボクの後ろにいればいい」
それは命令でも懇願でもなかった。
当然の前提を告げるような口調。
「前に出なくていい。傷つかなくていい。キミはただ、自分の前にボクを配置してくれれば良いんだ。」
銀の瞳が、柔らかく細められる。
「だから安心しなよ。キミがどんなにボクを否定しても、キミを傷つけようとする奴らは全部ボクが刻んであげるさ!」
それはある種の告白だった。
血と死を前提にした、あまりにも歪んだ庇護。
受け入れてしまえば、戻ってこられないだろう。
ドクターはゆっくりと目を閉じた。
——これは間違っている。そう思える理性が、まだ残っていた。
けれど。
間違っていると理解したままその手を取ってしまうことを、人は何と呼ぶのだろうか?
目を開けた時、ラップランドはまだそこにいた。
変わらず、笑って。
変わらず、待って。
今、この胸にある感情は恐怖なのか、安堵なのか、あるいは恋なのか——。
もうドクターには区別がつかなかった。