EVIL LIVE   作:烏丸英

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契約/憤怒の魔人

「っっ!」

 

 狼がそう叫んだ瞬間、俺たちと字雲を分断するように炎の壁が出現する。

 驚いた俺が硬直する中、狼は猛烈な勢いで洞窟の横道へと駆け出していった。

 

「おっ、おい! 待てって!!」

 

 動けない鷺宮さんを抱えながら、俺は必死に前を走る狼の背中を追って走る。

 こいつが何者で、信用できる相手なのかもわからない。だが、今の俺にはこいつを信じてついていく以外の選択肢がなかった。

 

「おい、狼もどき! いったい何がどうなってんだ!? ここはどこで、お前は何者なんだよ!?」

 

「今は説明する余裕がねえ! とりあえず走れ!」

 

 懸命に走り続ける最中、俺は赤い狼に疑問をぶつけてみた。

 同じく全力で走る狼にはその疑問に答える余裕がなかったようだが、少なくとも状況を説明するつもりではあるようだ。

 それを信じ、もう少し走り続けたところで、狼が急に止まる。

 

「ここだ。ちょっと待ってろ。今、人間界に繋がる扉を開いてやる」

 

「人間界に繋がる、だって……?」

 

「ああ。ここは魔界、俺たち悪魔の領域だ。もっと言うなら、ここはお前たちが生きてた世界とは別の世界だよ」

 

「はぁ……!?」

 

 狼の言葉の意味を理解できず、困惑した俺はただ呻くことしかできない。

 しかし、どうにか状況を把握せねばと考え、鷺宮さんを背中を預けられそうな岩の傍に下ろした俺は、改めて狼に声をかけた。

 

「さっきの話、悪魔とか別の世界とか、どういう意味だ?」

 

「詳しい説明はここを脱出してからだ。ただ、何もわからないってのも気分が悪いだろうから、軽く教えてやるよ」

 

 そう答える狼の体から、赤い輝きが放たれている。

 こいつが何かを放出していることに気付いた俺が息を飲む中、狼は先の疑問について簡単な説明をし始めた。

 

「お前たちは俺たち悪魔に呼び出され、この世界に召喚された。異世界転移ってやつだよ。ここはお前たちが住んでた世界と似ているが、全く別の世界なんだ」

 

「異世界転移だって? そんな話――」

 

「信じられないか? じゃあ、ここまでの不可解な現象はどう説明する?」

 

 狼の言葉に、俺は何も言えなくなってしまう。

 そもそも目の前で話す真っ赤な狼が現実離れした存在なのだ。そいつと会話しておいて常識で物事を考えること自体が間違っていると思い直す俺へと、狼は話を続けていく。

 

「この世界には人間界の他に魔界と天界が存在している。俺たち悪魔と対を成す天使もいるし、人間たちは俺たちが存在していることを知っている。そんでありがちな話だが、俺たち悪魔は他の二つの世界を征服しようとしてる悪役ってわけだ」

 

「本当にありがちな話だな。まるで少年漫画みてえだ」

 

「だろ? 話を進めると、悪魔は二つの世界を征服したいんだが、魔界を出ると滅茶苦茶に弱体化する。その問題を解決する方法として、人間と契約して依り代になってもらうってものを編み出した。人間は悪魔と契約することで途轍もない力を得て、悪魔は魔界の外で活動する手段を得る。双方共にハッピーってわけだ」

 

「契約……! そうか、字雲が化物になってたのは……!」

 

「お察しの通り、あいつは悪魔と契約して魔人になった。ここまで話せば、お前たちがどうして召喚されたのかもわかっただろ?」

 

「……俺たちが特別犯罪者。とびっきりの悪党だから、か」

 

 悪魔がどうやって俺たちの存在を知ったのかはわからない。だが、あいつらにとって俺たちの存在はあまりにも都合が良過ぎた。

 刑務所での生活から解放された上に人間を超えた力が手に入れられるのだ、全員字雲のように悪魔と契約し、大喜びで犯罪に手を染めるだろう。

 

「ちょっと待て。だったらどうしてお前は俺たちを助ける? お前も悪魔なんだろ?」

 

 そうして事態を理解していった俺だが、そこでまた新たな疑問にぶつかった。

 この狼も悪魔なのだから、人間界を征服するために動くはずだ。それならどうして、俺たちを助けようとしている?

 その疑問に対して、狼はこちらをちらりと見ながらこう答えた。

 

「俺は()()()()()なんだよ。だから、人間界の征服にも反対してる。それに、これ以上天界との戦争が激化すれば人間界の被害が拡大する。だから――」

 

 そう語る狼には、嘘を吐いている様子はなかった。

 悪魔のくせに変なことを考える奴もいるもんだと、そう俺が考えた次の瞬間、何かが破裂したような音が響くと共に肩に衝撃と痛みが走る。

 

「ぐっ……!?」

 

「追い付いた……! さっきはよくもやってくれたな、ええ?」

 

 強い痛みを感じる肩を見てみれば、つなぎ服に小さな穴が空いていることがわかった。

 続いて聞こえた声に顔を上げた俺は、死んだ警官から奪ったであろう銃を構えている字雲の姿を捉える。

 

「ちっ! もう追い付いてきやがったのか!? まだもう少し時間がかかるっていうのに……!」

 

 狼の呻きを聞いた俺は、肩を押さえて立ち上がった。

 あと少し、もう少しだけ時間を稼ぐ必要がある。字雲がこの狼に手を出さないよう、俺に意識を向けさせなければ。

 

「おいおい、どこに逃げるつもりだ? 無駄だってのがわかんねえのか!?」

 

 狼から離れるべく駆け出した俺へと、字雲が銃を連射する。

 狙いは甘く、命中することはなかったが、あっという間に俺は追い詰められてしまった。

 

「ひひっ……! いい気味だぜ。俺より年下のガキのくせに、特級犯罪者なんて御大層な名目をもらいやがってよ……! 俺は第二級犯罪者だってのに! ちょっと殺した人数が多いからって有名になりやがって!」

 

 そんな名前に価値があると思ったことはないし、特級犯罪者の呼び名は汚名だとしか思ったことはない。

 馬鹿みたいだとしか思えないことで嫉妬する字雲は、銃口を俺に向けながら歪んだ笑みを浮かべ、言う。

 

「ここでお前を殺したら、俺が代わりに特級犯罪者になるってことでいいよな? いい箔が付くってもんだぜ……!」

 

 狂気に満ちた笑みを浮かべたまま、字雲が引き金に指をかける。

 奴が引き金を引こうとしたその瞬間、洞窟の中に大きな声が響いた。

 

「うっ、うおおおおおおおおっ! 止めろぉおおっ!」

 

「はあっ!?」

 

 その声に驚いた字雲が、思わず俺から銃口を外す。

 代わりにそれを向けられたのは、近くにあった石を手に殴りかかろうとしていた鷺宮さんだった。

 

「鷺宮さんっ!!」

 

「亜門さん、あなたは逃げてくださいっ! ここは私が――っ!」

 

 無茶な真似をする鷺宮さんが俺に大声で叫び返してきたのと、銃声が響いたのはほぼ同時だった。

 言葉を最後まで紡ぐよりも早くに動きを止めた彼は、自分の胸に空いた穴から血があふれ出している様を目にし、呆然とした表情を浮かべた後……その場に崩れ落ちる。

 

「あ、ああ……ああ~~~~っ!?」

 

 叫んだのは、俺でも鷺宮さんでもなく、字雲だった。

 硝煙を立ち昇らせる銃を放り投げた字雲は、頭を抱えながら喚き散らし始める。

 

「なんでこんな馬鹿な真似したんだよ~っ!? おかげで思わず撃っちまったじゃねえか! 俺は、俺は……人を殺す時は絞殺って決めてるのにぃぃいぃいっ!!」

 

 どこまでも馬鹿で自分勝手な事情を喚き散らし、泣き叫ぶ字雲。

 俺はその間に倒れた鷺宮さんの下に駆け寄ると、その体を揺さぶりながら声をかける。

 

「鷺宮さん! しっかりするんだ! 鷺宮さんっ!」

 

「は、はは……慣れないことは、するもんじゃないですね……おかげで、この様だ……でも、これで借りは返せた、かな……?」

 

 げほっ、と咳き込んだ鷺宮さんが口から血を吐き出す。

 彼の手を握りながら、俺は大声で呼びかけた。

 

「すぐに病院に連れて行く! だから諦めるな! 娘さんが待ってくれてるんだろ!? もう少しで会えるのに、こんなわけのわからないところで死んでいいのかよ!?」

 

「あは、はは……思った通りだ。亜門さん、いい人、ですね……」

 

 鷺宮さんには死ねない理由がある。さっき、警官に話していた娘さんとの面会を思い出させ、彼に気力を振り絞らせようとした俺だったが……鷺宮さんは嬉しさと寂しさを同居させた笑みを浮かべながら、俺に言った。

 

「あれ、嘘なんです……もうずっと前に、娘から絶縁されてます。私を待ってくれてる家族なんて、どこにもいないんですよ」

 

「そんな……」

 

 あまりにも悲しいその告白に、俺は言葉を失う。

 そんな俺を光が消えていく目で見つめながら、鷺宮さんはか細い声で言った。

 

「亜門、さん……あなたは、私みたいになっちゃ、駄目ですよ……生きて、ください……この世界で、真っ当な道、を……」

 

「……鷺宮さん? 鷺宮さん! 鷺宮さんっ!!」

 

 握り締めていた手から、力が抜ける。俺を見つめていた目が、ゆっくりと閉じられる。

 最後まで言葉を紡ぐよりも早くに逝ってしまった鷺宮さんの手を、無念を抱きながら強く握る俺の背後で、能天気な声が響いた。

 

「あっ、そうだ! ここで全員ぶっ殺せば、俺以外誰もこのジジイが銃で殺されたって知る奴はいなくなるじゃん! そうすりゃ実質全員絞殺したようなもんだし、問題ないな!」

 

 人の命を奪ったことに何も感じていないであろう字雲は、そんな馬鹿げたことを言いながら再度化物に変身した。

 蜘蛛の魔人とでもいうべき姿に変わった字雲が俺に手を伸ばそうとするが、その手が届く前に飛んできた火球が奴をぶち飛ばす。

 

「へげぇっ!?」

 

「……悪い、遅くなった。人間界への門、開いたぞ」

 

 どうにか全速力で門を開こうとしていた狼が、動かなくなった鷺宮さんを見つめながら俺へと言う。

 その声を聞き、鷺宮さんを見て、拳を握り締めた俺は、狼へと問いかけた。

 

「……なあ、お前、悪魔なんだよな? 悪魔と契約したら、魔人になれるんだよな?」

 

「……ああ」

 

「じゃあよ、お前と契約したら……あの野郎をぶっ殺せるか?」

 

「……ああ、余裕だな」

 

「そうか。だったら――」

 

 久しく感じていなかった、ドス黒い感情が胸の内から湧き立つ。

 怒り、憎しみ、恨み……そんな生易しいものではない。もっと深く、暗く、そして激しいこの感情の名前が()()であることを知っている俺は、それを剥き出しにしながら叫ぶ。

 

「俺と契約しろ……! 狼もどき、力を貸せ!!」

 

「いいぜ。お前のその怒り、思う存分叩きつけてやれ!」

 

 そう吠えた狼が、俺の中に飛び込んでくる。

 心臓を焼き尽くすような激しい熱を感じながら、それ以上に激しく滾る憎しみと怒りが入り混じった殺意の黒い炎を心の中で燃え上がらせる俺の中で、あの狼の声が響いた。

 

『契約、執行!』

 

 その声を合図に、俺の体を炎が包む。

 俺の腕が、脚が、胴体が……紅蓮の炎に撫でられる度に人ならざるものへと変化していく。

 

 燃え盛る炎と同じ紅。狼と炎を象った姿に変化した俺は、自分の体に未知の力が満ちていることを感じ、拳を握り締める。

 

 これが魔人。悪魔の力を得て、融合した人間の姿。

 拳を振るい、身を包む炎を振り払った俺と対面した字雲は、忌々し気な呻きを漏らした。

 

「なりやがったのか、お前も……! ク、カカ……ちょうどいい! お前と俺、どちらが上か! ここで証明してやる!!」

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