EVIL LIVE   作:烏丸英

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激情態~レイジモード~

「ぐっ! ぎぎっ! ぐぎぎぎっ!?」

 

 初田の頬に俺の爪が食い込む。掌から放たれる熱が、奴の顔を焼いていく。

 その痛みに呻き、屈辱に歯軋りする初田を放り投げた俺は、奴が立ち上がるのをただ黙って見続けた。

 

「舐めるなよ、【復讐者(リベンジャー)】……! 俺を、見下すんじゃねええっ!!」

 

 憎しみを込めた雄叫びを上げた初田が、身を屈める。

 バッタが跳び立つ時のように体勢を低くし、脚部に力を込めて跳躍の勢いを増幅させようとする奴は、次の一撃で俺を仕留めようとしているのだろう。

 

 それを理解していながら、俺は一切防御や回避のための動きを見せない。その余裕が初田をさらに苛立たせたようだ。

 地面にひびが入るほどの力を脚に込めながら、奴は怒りを込めた目で俺を睨みつけてくる。

 

「俺はお前より上だ! この世の全てを見下ろす男なんだ! その俺を、見下すんじゃねええええっ!!」

 

 狂乱し、吠える今の初田に最初の頃の余裕は微塵もない。

 奴と契約した悪魔が言っていた傲慢さは、大物が持つ図太さではなく、少しでも自分より優位に立った者を許せない矮小な心が生み出しているものだと……それを理解すると共に、人を見る目のない悪魔の言葉をおかしく思った俺が小さく笑った瞬間、初田が全ての力を解き放った。

 

「ぶっ殺す! 殺す殺す殺す! 殺ぉぉぉぉすっ!!」

 

「速――っ!?」

 

 地面を蹴った初田の速度は、普通の人間が目で追うことが不可能なレベルだった。

 ブライトアクアでさえそのスピードに驚愕し、まともに言葉を紡ぐことすらできていない。

 

 決着は一瞬、というのはこんな状況を指すのだろう。

 百キロ近い巨体が、音速に近しい速度で突っ込んでくる。まともに直撃すれば、魔人だってただじゃ済まない。

 しかし俺は灼熱を帯びた吐息を漏らしながら腕を伸ばすと……初田とぶつかる寸前にそれを振り下ろし、地面へと叩きつけてみせた。

 

「がっ? はぁ……!?」

 

 初田には何が起きたのかわからないだろう。攻撃を仕掛けていたはずの自分が、何故か地面に叩きつけられているのだから。

 地面にぶつかり、バウンドした初田と目が合った俺は、ようやく状況を理解し始めた奴へと爪を振るう。

 

 一撃、大振りな攻撃が肩から胴を切り裂く。

 二撃、左の爪を初田の腹に突き刺し、その痛みに奴が悲鳴を上げる。

 三撃、燃える炎を纏った爪撃によって深手を負った初田は、怒りを掻き消される痛みに呻きながらよろめいた。

 

「な、なんで……!? どうして、お前と俺で、ここまでの差が……!?」

 

「今から死ぬお前が、その答えを知ってどうする?」

 

「ひっ……!?」

 

 完全に戦意を失った初田の姿は、元の緑色のバッタに戻っていた。

 わなわなと全身を震わせ、恐怖に怯える奴の姿を見れば、もう初田が戦えないことがわかる。

 

 だが、それで終わりにはできない。終わらせるわけにはいかない。

 俺を恐れ、逃げるように後退る初田へと近寄ろうとしたところで……それを制止する声が響いた。

 

「待って! それ以上はもう止めて!」

 

「……!」

 

 倒れていた風花……ブライトウインドが傷だらけの体を起き上がらせながら言う。

 真っすぐにこちらを見つめ、必死に訴えかける妹の姿に、俺は思わず動きを止めた。

 

「決着は着きました! もうその魔人に戦う意思はありません! それ以上、痛めつける必要なんてないでしょう!?」

 

 ……風花の言う通りだ。もう初田は戦意を失っている。この後はブライトの力で奴を浄化し、魔人への変身能力を消滅させればそれでいい。

 それがこの世界の普通で、風花たちにとっての当たり前。ブライトとして戦う少女たちがすべきことだ。

 

 だが、俺たち特別犯罪者の心臓に埋め込まれた悪魔の種がある以上、それを許すわけにはいかない。

 もしもブライトたちが初田を浄化すれば、彼女たちは人殺しになってしまう。そんな業を、妹に背負わせるわけにはいかないと、そう思った俺の前で初田が悲鳴を上げながら駆け出す。

 

「うっ、うわあああああああっ!」

 

「あいつ、逃げるつもり!? だったら――!!」

 

 往生際の悪い行動。逃亡という道を選んだ初田へと浄化の一撃を食らわせる構えを見せるブライトフレアよりも早く、俺は地面を蹴った。

 高く、高く……炎を纏いながら宙を舞う俺は、標的である初田を捉えながら妹の姿を見やる。

 

 風花の目は、逃げる初田ではなく俺に向けられていた。

 縋るような、俺を止めるような……向けられる視線から妹の意思を感じ取った俺は、心に痛みを覚える。

 だが、それでも俺は止まるわけにはいかない。妹を、何の罪もない少女たちを守るためには、俺がやるしかないのだ。

 

「だ、誰か、助け――っ!!」

 

「待って! 止めて!」

 

 助けを求める声も、制止の声にも、耳は貸さない。かつて六十六人を殺した時と同じだ。

 あの時も俺の心は怒りの炎に燃えていた。だが、今はそれ以上に強い覚悟がある。

 

 今度こそ、妹を守ってみせる……そんな強い想いを炎として燃え上がらせながら、俺は初田にトドメの一撃を叩き込んだ。

 

魔狼獄炎撃(ディアボロス・ヘルブラスト)……!!」

 

「あがっ……!?」

 

 紅蓮の炎を帯びた俺の跳び蹴りは、魔人となった初田の体を貫いた。

 断末魔の悲鳴をあげることもないまま、爆発を起こした初田の体が粉々に砕け散り、燃え尽きる。

 

 その中から悪魔の種を回収した俺がゆっくりと立ち上がれば……風花の悲しみに満ちた声が響いた。

 

「どうして殺したの……? そこまでする必要なんてなかった! なんでそんなひどいことができるの!?」

 

「………」

 

 その答えは、いつか語るべきなのだろう。ブライトたちを守るためにも、特別犯罪者の存在や悪魔の種の力について話す必要がある。

 しかし、今それを話しても信じてくれる人間がいるわけがない。魔人が妙な言い訳をしたと思われるだけだ。

 

 故に何も答えられる押し黙る俺を、ブライトたちが取り囲む。

 困惑を滲ませながらも強い敵意を放っている彼女たちの姿と、初田の死を悼む風花の涙に胸を痛める俺であったが、不意に強い風が吹いたではないか。

 

「なっ、何!? 前が見えない!」

 

「これもあの魔人の仕業なの!?」

 

 突然吹いた風は、明らかに俺を取り囲むブライトたちの動きを封じるためのものだ。

 しかし、誰がこんなことを……? と困惑する俺とアモンの疑問に答えるように、妖しい声が響く。

 

『フフフフフ……! 今の内だ。早く逃げるといい、我が友よ』

 

「っっ! 別の魔人が隠れてたの!?」

 

「ダメ……! 何も見えない……っ!」

 

 その声は、丸子を倒した際に回収した悪魔の種から聞こえたものと同じだった。

 今回も俺たちを監視していたのかと、思惑がわからない相手の行動に苛立つ俺へと、アモンが言う。

 

『相棒、癪だがここは退散しよう。これ以上、妹ちゃんと争いたくないだろ?』

 

「……ああ」

 

 上位の悪魔が何を思って俺たちを助けたのかはわからない。だが、今はこれを利用すべきだ。

 ブライトたちが身動きが取れなくなっている隙に会場から離脱した俺は、最後に風花を一瞥する。

 

 たとえ相手が犯罪者であろうとも、必要以上に傷付けたり命を奪うことは良くないと……そうはっきり言い切れる妹は俺の誇りだ。

 だからこそ、何をしてでもその優しさを守らなければならない。それが俺の使命であり、すべきことだ。

 

「ごめんな、風花」

 

 それを妹が望まないなんてことはわかっている。きっとこれは、俺の我がままなんだろう。

 自分が駄目な兄であることを自覚している俺の謝罪の言葉は、吹き荒ぶ風に飲まれ、消えていった。

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