『なあ、相棒。一つ聞かせてもらっていいか?』
「助けてもらった恩があるから別に構わねえけど、相棒って言うな」
『そう言うなよ。同じ
悪魔たちの巣から脱出した俺は、その翌日には大きな街にいた。
もしかしたら追手を差し向けられるかもしれないから、できるだけ人が多い場所に身を潜めた方がいいというアモンのアドバイスに従った形だ。
ちなみにだが、囚人服はアモンの力で別の服に変えてもらった。
特に目立つところのないTシャツと黒のファー付きジャケットにダメージジーンズという、厳ついがまあまともと呼べるデザインの服は、少なくとも囚人服よりはマシだと思う。
そして、アモンはシルバーのブレスレットに憑依した状態で契約者である俺と行動を共にしていた。
このアモン、かなりおしゃべりな奴で相手をさせられている俺は若干辟易させられてしまっている。
しかも言葉にして会話しているわけではなく、どういうわけか頭の中に直接あいつの声が響くせいで無視することもできない。
アモン曰く、俺の思考を読んでいるわけではないから、伝えようとしていないことはこっちには伝わってこないとのことだが……最低限のプライバシーが守られているとはいえ、頭の中に響く声はやかましいことこの上ない。
ただ、俺が持っていないこの世界の情報に関しては適時教えてくれているし、協力的な悪魔であることは間違いないみたいだ。
人間が好きだという言葉にも嘘はないのだろうと考える俺は、一応恩人(人ではないが)であるアモンの質問に答える構えを見せる。
「んで? 何が聞きたいんだよ?」
『ズバリ、だ……相棒は本当に人を殺したのか?』
アモンのその質問に、俺は動かしていた足を止めた。
そのまま、無言でいる俺に対して、アモンはさらに言葉を続ける。
『俺には相棒がどうにも特級犯罪者って呼ばれるような人間には見えねえ。動けない爺さんを背負って逃げたり、安全圏への脱出より敵討ちを優先することを考えても、相棒は明らかに善人寄りの魂を持ってるはずだ』
「ありがとう、悪魔にそう言ってもらえると自分がいい人間だって勘違いできそうだ」
『なあ、相棒は本当に人を殺したのか? 誰かに罪を擦り付けられたとか、誰かを庇ってるとか、そういう事情があるんじゃないか?』
悪魔が人の善性を信じるだなんて思わなかった俺は、そのおかしさについ笑みを浮かべてしまった。
小さく息を吐いた俺は、自嘲気味に笑いながらアモンの質問に答えてやる。
「……残念ながらそういうんじゃねえよ。俺は本当に人を殺した。立派な大量殺人鬼だ」
『……どうしてそんなことをした? 一体化して戦ったからわかる。相棒は、殺すことに喜びを見出すような類の人間じゃあねえだろ?』
見透かされているようなその言葉に、苛立ちを覚えることはなかった。
恩がある悪魔に対し、俺は正直に自分の身に起きたことを話していく。
「……俺には妹がいたんだ。風花って名前でな、ちょっと体が弱いけど本当にかわいくて、優しい妹だった」
生まれた時から病弱で、だけど本当に優しく、かわいい妹だった。
俺も両親も、風花にはありったけの愛を込めて接したし、風花も俺たちのことを愛してくれていたと思う。
幸せだった、胸を張ってそう言える人生を俺たちは過ごしていた。
……あの日が来るまでは。
「ある日、俺たち家族が出掛けた先でちょっとした事故が起こった。その事故で妹は怪我をして、病院に搬送されることになったんだ。ただ、病院までの距離はそう離れちゃいなかったし、適切な治療を受ければ妹も助かるはずだった。だが――」
『……何かあったのか?』
「ああ。地球環境を守る会だとか、この星の未来を考える会だとか……そんな感じの名前の環境保護団体が病院に続く道のど真ん中で座り込みをしてたんだよ」
救急車の中で妹を励ましていた俺たちの前に現れた深くて大きな絶望は、人間の姿をしていた。
救急隊や俺たち家族の説得を受けても、妹が苦しんでいることを伝えても、その人間たちは抗議をやめないどころか半泣きになって自分たちの行動の正当性を主張し、道を空けようとはしなかった。
「結局……そのせいで妹は間に合わなかった。直接手を下されたわけじゃない。だが、妹は、風花は……あいつらに殺されたんだ」
『だから相棒は復讐に走った、そういうことか?』
「……あなたの妹の死は、この世界の未来を考える大きなきっかけになる。これは必要な犠牲なんだ……道を空けてくれって頼む俺に、あいつらはそう言ってきたよ。この星にとっては、小さな犠牲だともな。俺は、どうしてもそれが許せなかった」
多分、あいつらは善人だったのだろう。地球という大きな単位で見れば、妹の命はほんのちっぽけなものだということも正しくはある。
だが、俺たち家族にとって風花の命はちっぽけなものではなかった。到底看過できる犠牲じゃなかったし、あいつらの主義主張のために利用されるべき命でもなかった。
妹を殺され、そのことに対して何の罪悪感も抱いていない連中の顔をニュースで見た時、俺の中で何かが壊れたことを覚えている。
そして俺は、抗議活動をした団体の集会に潜入して……そこで、六十六人殺しという大罪を犯した。
「一連の出来事は連日ニュースで報道されたみたいだ。環境保護団体に妹を殺された青年の復讐劇……元凶の団体こそ悪で、俺を罪に問うのはおかしいって声も多く上がってたみたいだ。だけど、俺がやったことはただの殺人……そこにどんな理由があったって、その罪は消えない」
『それで【悲劇の復讐者】なんて異名で呼ばれるようになったのか』
「気に入ってないけどな、その名前」
俺はただの犯罪者だ。そんな大層な名前で呼ばれるべき人間じゃあない。
まあ、特別犯罪者は何かしらの異名を持つ人間ばかりだし、俺にも何かいい名前を付けたかったんだろう。
『話したくない過去だったろうに、俺の質問に答えてくれてありがとうな、相棒』
「別にそっちは構わねえよ。ただ、相棒って呼ぶんじゃねえ」
アモンへとそう言いながら、俺は思う。俺はやはり、ただの殺人犯だ。
元の世界で六十六人、こっちの世界でもまた一人……命を奪っている。
でも、そんな俺だからこそできることもあるはずだと、この世界に起きている異変を理解している人間の一人として、今後のことを考え始めた時だった。