「待たせたな。さっきの礼だ、遠慮せず食ってくれ」
コトン、と小さな音を響かせながら俺の目の前に皿が置かれる。
カレーが盛られたその皿から立ち昇る食欲を刺激するいい香りを嗅いだ瞬間、昨日から何も食べていない俺の腹の虫の音が鳴った。
「ははっ。兄ちゃん、腹減ってたのか? おかわりもあるから、満足するまで食ってくれや」
「すいません。なんか、お世話になっちゃって……」
「いいってことよ。こっちこそ、手を貸してくれて助かったぜ」
そう俺に言ってくれているのは、先ほどの事件現場で親子連れを助けようとしていた初老の男性だ。
ブライトたちによって魔人が倒され、後処理にやって来た警察と救急隊に怪我をした親子連れを預けた俺は、この男性に近くの喫茶店へと連れて来られた。
カウンターの中に入ってカレーを用意してくれたところを見るに、ここは彼の店なのだろう。
喫茶店特有の濃厚なルーと具だくさんのごろごろ野菜が特徴的なカレーを頬張る俺へと、彼が自己紹介をしてくる。
「自己紹介が遅れたな。俺は
少し茶目っ気のある自己紹介をした立花さんは、俺の顔を見つめながら話を続ける。
「兄ちゃん、見ない顔だな。それになんつーか、雰囲気が違う。この辺の人間じゃあないだろ?」
「ええ、まあ……」
『まさか異世界からやって来ましたなんて言えないもんな。どうするよ、相棒?』
相棒って言うな、と心の中でアモンに叱責しつつ、俺はどう立花さんに返答するか考える。
馬鹿正直に話しても信じてもらえないだろうし、魔人の被害に遭ったばかりの人に俺も魔人ですなんて言えるわけがない俺が迷っている様子を見て、何かを察したのか、立花さんは真剣な顔で聞いてきた。
「もしかして兄ちゃん、何か訳ありか? 悪い人間には見えないが……」
「……そんなことないですよ。俺は悪人です」
「ははっ! 自分から悪人だって告白する奴がいるかよ。でもそうか、なんか事情があんのか」
自分用に淹れたコーヒーを一口すすった後、しばし考え込んだ立花さんは俺を見ると、予想外のことを言ってきた。
「よし、これも何かの縁だ。兄ちゃんさえ良ければ、ここに住まねえか? 家賃は時々この店を手伝ってもらうってことでどうよ?」
「えっ? い、いいんですか? 素性のわからない俺に、そんなことしちゃって……?」
「後ろめたいことがある人間なら、警察が来た段階でさっさと逃げてるはずだ。だが、兄ちゃんはあの親子連れが救急車で運ばれるまで付き添ってた。わけありだが犯罪に手を染めたことはねえ、そうだろ?」
あっているとは言えないが、間違っているとも言い切れない微妙なラインの質問に俺は答えを詰まらせる。
ただ、行く場所のない俺にとっては立花さんのご厚意は嬉しいし助かるわけで、素直にお世話になることにした。
「……ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきたいと思います」
「ああ、よろしくな。事情に関してもお前さんが話したくなったら話してくれればいいから、そんな気を遣うなよ」
深々と頭を下げて感謝を伝えれば、立花さんは笑みを浮かべながらそう言ってくれた。
異世界に来て早々、いい人に出会えて良かった……と俺が喜ぶ中、不意に店の扉が開く音が響く。
「おっとすまねえ。今日は臨時休業……って、お前らか」
店に入ってきた客の顔を見た立花さんがどこか嬉しそうに言う。
彼に続いて店の入り口を見た俺は……そこに立つ人間の顔を見て、固まってしまった。
「マスター、大丈夫!? 魔人が暴れてる現場に居合わせたって聞いたけど、怪我はない!?」
「御覧の通り、ピンピンしてるよ」
「良かった……!」
大声で叫ぶ長髪の女の子と、元気そうな立花さんの姿を見て安堵するショートボブの女の子。
立花さんの顔見知りらしい二人組の片方……ショートボブの女の子から、俺は目を離せないでいる。
『あの子がどうかしたのか、相棒?』
「……妹だ」
『は?』
「妹の風花そっくりなんだよ、あの子は……!」
多少、違う部分もあるが、あれは間違いなく妹の風花だ。
生き写しといっても過言ではない彼女の姿に呆然とするしかない俺であったが、そんな俺の存在に気付いたであろう長髪の少女が警戒の眼差しを向けながら口を開く。
「誰、こいつ? お店は閉めてるのに、どうしてカレーを食べさせてるわけ?」
「ああ、新しいバイトだ。今日から住み込みで働いてもらうことになった」
「バイトぉ? この人がぁ?」
「ちょっとほむらちゃん、止めようよ。失礼だって」
「
「っっ……!?」
ほむらと呼ばれた少女の口から飛び出した風花という名前に俺は思わず息を飲む。
じゃあやっぱりこの子は……と徐々に確信を強める中、その少女は親友をフォローするように俺へと言った。