兎と刃と遥かな空へ 作:ダーインスレイヴ
乾いた風が吹き抜け、乾燥した砂埃が舞い上がる。
「フゥ…………」
壊れた家屋の残骸の影に身を隠す、一つの影。
利権、土地、食料、水、人種、金、宗教。争いの種には事欠かない中東では、武力衝突が生じる事は正直珍しくはないものだったりする。
この放棄された町もその一つ。乾燥地帯に多い、日干しレンガと石造りの町並みは数日前の戦闘によって戦闘地帯と化していた。
ぶつかり合うのは、国軍と一帯の部族の連合軍。
後者の言い分は、聖戦。先祖代々の土地を守り抜く事を主目的とし、国軍を撃滅する事で国に対する発言力を強めることが目的。
一方で、前者は言わずもがなこの反乱の鎮圧が主目標となる。
「……暇だな」
燦々と照り付ける日光を避けて、瓦礫の影に座り込んだ褐色肌の少年はウンザリと青い空を見上げた。
作戦開始時間は、まだしばらく先。それでもこうして戦地に待機しているのは、不測の事態が起きた際に即応するためだ。
携帯食料や水などを消費する訳にもいかず、暇潰しといえば装備の点検位か。
拳銃が一丁。その予備マガジンが二つ。ナイフが二本にサーベルが一振り。大型の鉈が一振り。以上。
近接に寄り過ぎた装備だが、少年の仕事は不意の強襲。寧ろ、長物系のライフルの類は行動の支障に繋がる上に持ち運ぶ装備が増えれば重量が増えすぎるというもの。
砂埃を考慮して、銃の分解清掃は出来ない。という訳で、最初に手を付けたのはナイフ。
胸部に、柄を下にして刃が外を向くように配された一本。腰の後ろに配された一本。その内、腰の物を引き抜いて
刃の曇り、錆や欠けが無いかを見聞する。
因みに、どちらのナイフもフルタングとなっており、重量は嵩むが戦闘時における頑丈さは折り紙付き。
ナイフをそれぞれ確認し、次に手に取るのはサーベル。
装飾の一切を排したシンプルなデザイン。印象的なのは、柄がパラコードグリップとなっており刀身は反りを極力なくした直刀気味。鍔は無く、その代わりに柄と刀身の境目に窪みとでっぱりがあり、これが一種の滑り止めを果たしている。更にその刀身は、鋳造ではなく鍛造という手間がかかった代物。
何より、とあるギミックも仕込まれており少年の相棒とも言える一振りだったりする。
最後に、背負っている大鉈。短めの柄に対して、先端に行くにつれて太くなって切っ先の無い片刃の刀身を持つ一振りだ。
用途は主に、障害の破砕。只管に頑丈さを突き詰めた一振りは、
検品を終え、そこで不意にナイフとは反対に取り付けたトランシーバーが着信を知らせる。
『奴らが来たぞ。仕事だ、アダート』
「ああ」
短いやり取りを挟んで、少年アダートは立ち上がった。
瓦礫の影から見るのは、町の外。砂埃を巻き上げて近づいてくる一団である。
正規軍。その装備もさることながら、最も厄介なのは彼らの引き連れた巨大なトレーラーの中身。
「奴ら、ISまで持ち込んできたか。本気でこっちを潰しに来たな」
呟いて、アダートは瓦礫の影から音もなく移動して町の影を外回りに駆けていく。
IS、正式名称インフィニット・ストラトス。凡そ、
スーツと呼ばれるがコレは衣類の様なものではなく、どちらかというと外骨格的なパワードスーツの方が近い。
宇宙環境での作業を目的として作られている関係上、搭乗者保護の機能は既存のあらゆる設備や装置を凌駕しており宇宙デブリの衝突すら無傷で乗り切れるほど。
だが、その一方で
先の通り、凄まじい防御力を持ち、且つ宇宙空間での運用を想定している為機動力も既存の戦闘機以上に高い。
そこに武装を乗せれば、戦車以上の防御力に、戦闘機以上の機動力、戦艦以上の攻撃力を有した兵器の完成というもの。
欠点を挙げるならば、そもそものISの数が世界で数えて467機しかないという点。その内322機が実戦配備され、残りの145機が企業や国家機関に所有され研究などに充てられている。
そして何より、燃費が悪い。継戦能力という点においては、既存兵器の方に軍配が挙がるだろう。
もっとも、本来の用途とは違う事をやっている時点でこの指摘は的外れというものだが。
そんなISの戦地投入。それだけ、国側もキレているらしい。
砂地を蹴りながら、アダートは腰の左側に差したサーベルを抜いた。
彼が大回りして町の入り口近くに辿り着いた頃には、既に装甲車や銃火器で武装した小隊が入り込んでいる。
路地の影から入り込んだ正規軍を見送り、彼ら背を突ける、と判断した瞬間その体は影から飛び出て加速した。
「……!敵しゅ――――」
言い切る前に、装甲車上部に設けられた機銃席の銃手が首を狩られていた。
続けて、アダートは装甲車の天板へとサーベルを逆手に持ち替え突き立てる。
まるで、薄紙。合金製の鋼板は容易く貫かれ、その中に居た兵士は一瞬の苦痛も無く事切れた。
ISの登場は、人類の科学技術を次の段階へと進めるに大きな役割を果たした。
特に、科学技術の発展には戦争がつきものである。
例えば、飛行機。ライト兄弟の動力飛行に始まり、第一次大戦では複葉機。そして金属製の単葉機となり、二次大戦ではジェット戦闘機。それ以降には大型の旅客機も出来上がった。
その他にも、ミサイルはロケット技術に。潜水艦や造船技術等々。戦争が、技術的なブレークスルーを起こしている事は否定できない。
アダートの振るうサーベルもまたその一つ。
高周波ブレードと呼ばれる刀身を超振動させる事で切断力を格段に高めた一振りだった。これにより、アダートは装甲車の鋼板だろうが、鉄筋コンクリートだろうが容易く一刀両断。コレに加えて、彼自身の剣の腕前が加われば正に鬼に金棒だった。
瞬く間に装甲車が輪切りにされ、中身の兵士はなます斬り。
だが、彼らとて訓練を積んだ熟練の兵隊だ。
「弾幕を張れ!奴は一人だ!」
「チクショウ!くたばりやがれ!!」
アサルトライフルが一斉に火を吹いた。
だが、
「……」
ガンッ、とアダートは足元の装甲車の残骸を踏みつける。すると、残骸はその装甲を前にして彼の正面を塞ぐようにして壁のように起き上がるではないか。
火花が咲いた。衝撃と共に、遮蔽となった装甲が揺れるがその後ろには一発の弾丸も通される事はない。
弾幕を張る一斉射撃。その見た目は派手で、制圧射撃という言葉もある様に威力や効力も馬鹿にはならない。
しかし、問題もあった。
それは弾数。アサルトライフルの弾倉は、平均30発前後。重量や
勿論、彼ら軍人も素早いリロードは訓練している。しているが、しかし射撃が止まる瞬間を完全になくすことはできない。
弾幕の密度が薄くなった瞬間、アダートは動く。
足元に転がった死体の一つを掴んで、遮蔽の外へと投げ捨て、それとは反対方向へと勢いよく飛び出したのだ。
古典的なやり口だが、有効な手。
案の定、銃口をつられた兵士側は逆方向へと飛び出したアダートの動きを追えていなかった。
姿勢を低くして距離を詰める少年兵は、銃口が己を向く前にその右手を振り切っている。
瞬く間に殲滅し、そして――――
「貴方、本当に人間なの?」
「……」
戦車を一人で潰し、その残骸の上に立ったアダートを見下ろすのは一機のパワードスーツ。
砂漠地帯での運用を目的とした褐色の装甲。肌の露出を抑えるために、ウェットスーツ型のISスーツに身を包み顔にはフルフェイスのヘルメット。
フランスの企業、デュノア社が開発した第二世代IS。
「……まあ、良いでしょう。反乱軍に与する不穏分子は掃討の指令を受けていますので」
「……」
応えるように、アダートは右手にサーベルを左手には大鉈を握った歪な二刀流となった。
逃げる選択肢も、降伏する選択肢も彼には無い。より正確には、
紛争地生まれの紛争地育ち。傭兵団に拾われて物心つく頃にはナイフを片手に戦場を走っていた。
敵を殺す事、金を得る事。大事なのは、これだけ。
退くように言われていないのなら、後は戦うだけだった。