兎と刃と遥かな空へ   作:ダーインスレイヴ

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「ふっふふ~ん♪」

 

 無機質な金属の部屋に対して、場違いなほどに機嫌のいい鼻歌が転がった。伴奏は、キーボードの打鍵音。

 薄暗い部屋の光源は、鼻歌の主が見つめる画面のみ。青白い光が照らしだすのは、端正な顔立ちをした一人の女性だ。

 紫がかった長髪に機械仕掛けの金属製ウサミミ。不思議の国のアリスを思わせる水色のワンピースにフリルの裾を持つエプロンを合わせた様な衣装。

 垂れ目がちな目元がおっとりとした雰囲気を漂わせる彼女は、しかし世に言うお尋ね者という奴だった。

 彼女は機嫌よく鼻歌を歌いながら、不意に顔を上げると椅子から立ち上がる。

 そのまま上機嫌な足取りで向かったのは、部屋の中央に置かれた寝台の側だった。

 何やら作業をするとスポットライトが、その寝台へと降り注ぐ。

 寝台の上には、一人の少年が寝かされていた。

 上半身、もとい下着であるパンツ一枚以外には何も身に纏っておらず、褐色の肌と鍛え上げられた筋肉による陰影がライトに照らされている。

 

「やっほ~♪お目覚めかな?」

「…………?」

 

 ライトの下、眩しそうに目を開けた少年に女性は軽い調子で声を掛ける。

 

「うんうん、疑問は山ほどあるよね。ここは何処で、私は誰で、何があって、どんな目的を持って、その他諸々と山ほどね。でも!」

 

 ぼんやりとしている少年へ、女性はその白魚の様な人差し指を突きつける。

 

「束さんには、関係のない話!凡人のありふれたちり芥みたいな質問に一々答えるような暇はないんだよねー!」

 

 ケラケラと、何が面白いのか彼女は笑う。

 相手の混乱など、知った事ではない。正しく、天上天下唯我独尊。

 質が悪いのは、彼女自身のコミュニケーション能力が欠如している訳ではない点だろうか。

 つまり、コミュニケーションが可能なのに、敢えて言葉を交わす事をしない。言いたい事だけを言って、やりたい事だけやって、周囲がどんな迷惑被害を被っても気にする事は無い。

 少年が言葉を発する前に、女性は口を開く。

 

「君の事は、色々と調べたよ。中東出身で親類縁者は無し。紛争地帯で育って、最初の人殺しは5歳!ナイフで一突きってなかなかやるじゃん!それからは、傭兵団で育てられてそして今回、ISと戦った」

「…………」

「いやー、束さんもビックリだよ。何せ、私やちーちゃん以外にISを生身でぶっ壊す様なバグが出てくるとは思わなかったしさ。幾ら乗ってるのがそこらの雑魚でも、ISの防御力で既存の火器兵器程度じゃやられる事無いんだけど」

 

 わざとらしい態度と、辛らつな言葉。雑魚と称したが、相手は正規の訓練を積んだ兵士だ。それも実戦でIS操縦者に抜擢されるのだからその能力は国に認められた基準に達している。

 もっとも、彼女からすればその言葉に嘘も偽りも無い。取り繕う必要性が無いのだから。

 

「んで、本題。忙しい忙しい束さんが、態々中東の片田舎にまで出向いて君を回収した理由はその左手だよ」

 

 先の質問を遮った時のように、女性の指が突きつけられる。

 どれ程眠っていただろうか。鉛のように重い体を動かして、少年は左手を目に見えるように体の前へと持ち上げた。

 そして、その光景に目を見開く。

 手の平に変化はない。問題は、手の甲。

 

「ISコアだよ。君の左手に割れたコアが吸着してそのまま修復と同時に、肉体と一体化してる」

 

 目を見開く少年に対して、女性は空中に投影型のディスプレイを浮かび上がらせた。

 そこに表示されるのは人型。その左手が周囲の空間ごと四角く区切られ拡大されると、複数の線が手の甲に集中し、そこにある球体を示すと同時に様々な数字と文字、グラフを表示させた。

 

「元々、ISには最適化して搭乗者の体に適した形になる様に設計してるんだよね。で、自己進化機能もあるんだけど、そこにDNA情報が入った結果エラー吐いちゃった訳」

「…………」

「要するに、君の体はISであり人間である、みたいな?別に身体構造が機械化するとかそういう事じゃないんだけど、コアの影響で肉体機能が最適化されたって感じ」

 

 指で空中をかき回す様にしながら、女性はホログラフディスプレイへと視線を落とす。

 

「例えば、脳機能。今こうして束さんが話してる事も理解できてるでしょ?翻訳機能が自動的に発揮されてるからなんだよね。ついでに、会話にも適用される新設設計。更に更に、知能指数も上がってるのかな。ま、束さんには及ばないんだけどね!」

「…………」

「それで、身体能力。例えば、再生機能は切断した箇所を引っ付ければ元に戻るレベル。まあ、そもそも常時絶対防御が発動してるような状態だからよっぽどな攻撃でもなければ傷一つ付かないけどさ」

「…………」

「とまあ、メリットばかり上げたけど勿論デメリットもあるよ?エネルギー関連が主だけど」

 

 ディスプレイを操作して、そこに表示されるのが棒グラフへと変化する。

 

「ISはエネルギーキャップを付けてるからガス欠するんだけど、君の場合はカロリーを消費し続ける感じ。コレに関しては、どうしようもないね。肉体と一体化した結果、言っちゃえばそのISコアは君の臓器みたいなもんだし」

「…………」

「あ、摘出しないのか?とか思ったでしょ。この天ッ災な束さんにかかれば簡単な事だけど、折角の珍しい症例だしさ。色々と研究したい訳」

「…………」

「マッドなマッドな束さんも、流石に我が子を無理矢理他人に埋め込んだりするのは躊躇しちゃうって訳さ。まあ、早い話が私の子飼い(モルモット)になってもらうって事」

 

 ぺらぺらとよく回る口だ。同時に、相手の意思を一切聞く気が無いという証明でもある。

 女性へと視線を向けていた少年は、改めて左手の甲へと視線を向けた。

 手の甲のほぼ中央に鎮座する赤い球体。

 ピジョンブラッドの大玉ルビーにも思えるそれは、その中央にシリアルナンバーが刻まれている。

 一体化しているという話だが、コアの周りの皮膚は引き攣りを起こしており惨い有様だ。

 左手を下す。少年は自分が仰向けに寝ている寝台の天板へと両手をつくと、一息に上体を起こした。

 

「何をすればいい?」

「とりあえず、服着ようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アダート・()()()()。それが、アダートの新たな名前。

 苗字に関しては、彼自身が求められた立場がこれであるから。やるべき事は、名前の通り――――

 

「アーくん、お腹空いたー。何か作ってー」

「分かった」

 

 ()()()()

 テーブルの上に上半身を投げ出して上目遣いに見てくる今の主、篠ノ之束に対してアダートは一切の疑問の余地なく頷くとエプロンを身に着けキッチンへと向かった。

 

 ISコアが左腕と一体化し、生体ISの様な状態となっているアダートはその特異性から天災を自称する彼女に拾われた。半ば誘拐の様なものだったが、元より戸籍などが無い少年一人消えたとしても探しようもない。

 そして、日夜実験の連続、とはならなかった。

 束としては、経過観察とその後のISの進化に興味があるだけなのだ。しかしその一方で、貴重な検体を使い潰すというのも面白くないと考えた。

 とりあえず、傍に置いて観察する事に決めた。その過程で、アダートに身の回りの世話を任せたのだが、彼は優秀だった。

 家事の指南書を渡せば、そこから発展して2,3,4、と言わんばかりに次々と技能を吸収。まるで、乾いた砂漠に水が幾らでも染み込んでいくように、彼は知識と技能を吸収していった。

 補足をするならば、彼の出来がいい、というのもある。だが、それ以上に今までの人生において学びの機会が戦場しか与えられなかった、というのが主な原因。

 現地の言葉を話す、やり取りをするぐらいはできた。年がら年中365日24時間戦い続けている訳ではないのだから、手慰みに他の傭兵団メンバーがものを教えたりもした。

 しかし、それとは雲泥の質の差がある学習環境は彼の灰色の脳細胞を激しく刺激した。

 

 手際よく褐色の両手が作業を進めていく。そこに、一人の少女がキッチンへとやって来た。

 

「アダート。何かを手伝いましょうか?」

「……」

 

 目を閉じた銀髪の少女である。白と青が印象的なゴシックロリータ風の衣装に身を包んだ彼女に、アダートは一瞬視線を向ける。

 

「……いや、テーブルで博士と待っててくれ。特に手間がかかるものはないから」

「そうですか……」

 

 ションボリとした雰囲気を発する少女。儚げな雰囲気が庇護欲をそそるが、しかしアダートには彼女の手伝いを断らなければならない理由があった。

 

「こらー!アーくん!クーちゃんにイジワルしーなーいー!」

「してないが?」

 

 テーブルにだらりと上体を乗せたまま非難してくる束に、アダートは表情を崩す事無く首を振った。

 クーちゃんこと、クロエ・クロニクルは静かでおとなしい少女だ。可憐な要望で、深窓の令嬢と称されても頷けるほど。

 その一方で、この少女驚くべき程にメシマズである。

 料理が焦げる、或いは火が通っていないなどは序の口。

 黒い炭の塊から、半固形のゲル状の物体など最早食べ物と形容する事も憚られるような代物が出来上がるのだ。

 初めて食べた時には、アダートの意識が空の彼方へと消し飛び、帰ってきたのは数時間後の事だった。

 因みに、内臓まで規格外である束はこれを食べてノーダメージだったりする。義娘である事も手伝ってか、美味しいと食べてしまう。

 とにかく、アダートとしてはクロエに料理を作らせると文字通り生死に関わる。さりとて、このまま今の主である束の不興を買うのも宜しくない。

 少しの逡巡を挟んで、彼は眦を下げるクロエへと指示を出した。

 

「……皿を二枚とフォークとナイフ。それから蜂蜜とバターを用意してもらえないか?」

「!分かりました」

「あ、クーちゃん。束さんは、メープルシロップが良い!」

「かしこまりました、束様」

 

 妥協点。調理に直接関与させず、且つ要望を受ける事が可能な立場に置く事で疎外感を緩和。

 この間に、アダートの手元ではフワフワのスフレパンケーキが量産されていく。

 

「空気が抜ける前に、どうぞ」

「いっただきまーす!」

「いただきます」

 

 クロエの並べた皿に盛られたパンケーキたち。

 甘味に舌鼓を打つ二人とは別に、アダートは一本のチョコバーを取り出した。

 高カロリーチョコバー。封を切って、作業的に口の中へと放り込んだ。

 ISコアとの一体化。コレによって、彼のエネルギー消費量は常人の数倍~十数倍か場合によってはそれ以上にも及ぶ。

 故に普通の食事だけでは到底賄う事が出来ない為に、このチョコバーの様な高カロリー食品を口にする必要が求められた。

 

 新たな日常は、慌ただしくも充実している。

 血腥さも無く、硝煙の香りも程遠い。

 しかし同時に、少年の主は大天災。騒動に巻き込まれる事は確定しているのである。

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