兎と刃と遥かな空へ 作:ダーインスレイヴ
「それではー!アー君にはこれから、IS学園に入学してもらいます!」
「分かった」
「???」
目の前の話の流れに付いていけず、クロエ・クロニクルは首を傾げた。
アダートは、束の言葉に否を唱えない。元々、傭兵団で道具のように使い潰される事に抵抗も無かった人間であるから、その価値観が根底から崩れなければこの性質は変わらないだろう。
そして、束は束で情操教育など出来る筈もなく。元より身内と判断した相手にはゲロ甘な上、アダートの場合は身内であり道具であるという妙な立ち位置故に余計に矯正などする筈もなく。
結果、束の命令に全てYESで対応するアダートに置いて行かれるクロエという構図が頻繁に発生していた。
「あの、束様」
「何かな?クーちゃん」
「何故、アダートをIS学園へ?」
「それはねー、箒ちゃんが15歳になったからIS学園に入学する事になるからだよ。そ・れ・に、サプライズプレゼントも用意してるんだー!」
「……それで、アダートは……」
「箒ちゃんの護衛!アー君もちょうど15歳だし、束さんに瞬殺されない程度の実力はあるしさ!」
「……」
快活にそんな事を言う束に対して、クロエが思い出すのは訓練とは名ばかりの一方的な殺戮現場。
束お手製の特殊シミュレーターシステムによって、実地と変わらぬ戦闘を再現した上でアダートは何度も何度も束に殺されていた。
無論、シミュレーターだ。あくまでもシステム上の話――――なのだが、参加した者には相応の痛みと衝撃が付与される特別性。
鋼の精神を通り越して、謎合金の様なメンタルをしているアダートでなければ早晩廃人となっていた事だろう。
(束様のストレス発散にされていた気もしますが……)「では、アダートは世界初の男性操縦者として送り込むのでしょうか?」
「女装じゃダメかな?」
「無理では?」
ふざけた事を抜かす主に、クロエはチラリと沈黙を貫く少年を見やる。
一年弱だが、栄養バランスの解決と生活環境の改善のお陰で彼の体格と身長は年齢以上の仕上がっている。服の下の肉体は、宛らギリシャ彫刻並み。
そんな男が女装しても悲惨な事にしかならないだろう。
束としては、周囲の反応などどうでも良い。アダートも命令されれば淡々とこなす事だろう。
しかし、少なくともクロエとしては閉じた目とはいえ、劇物が創造されるのを黙ってみている道理はない訳で。
もっとも、束とてジョークのつもりだ。
「冗談だよ、冗談。それに、アー君は世界で
「二人目……?一人目は、いったい?」
「ふっふっふ、ソレはその時になってのお楽しみだね!」
「…………そう言えば、ブリュンヒルデには弟が居ましたか。彼ですか?」
「ネタバレ早いよー!」
うちの子賢い!と束はクロエに頬ずりしながらその白い頭を撫で回す。
この間放置されているアダートだが、当人は特に気にした様子もなく首を回して欠伸を一つ零していた。
彼にとって、死ねと死地に放り込まれたとしても関係がない。言われたことを淡々とこなすだけ。
そんな話が、秘密のラボで行われたのが年の瀬の迫る年末。事が起きる少し前の事だった。
*
「あいつめ……面倒ばかり寄こしてくる」
頭痛のする眉間を揉んで、織斑千冬は溜息を吐き出した。
人気の途絶えたIS学園の職員室。彼女の頭を悩ませる原因は、その手元に置かれた資料にある。
履歴書の様な内容だが、最も注目すべきは末尾に描かれたデフォルメされた兎とニンジンの絵。
(争乱の坩堝である中東出身に加えて、束の推薦を受ける形で見つかった
親友でありお尋ね者であり天災である篠ノ之束という存在は、常に千冬にとっては悩みの種であるといえた。
(何より、アイツが推薦したという事は十中八九何かしらの関りがある。そしてこのタイミング。明らかに一夏よりも早いタイミングで見つかっているはずだ。にも拘らず、
コーヒーを啜りながら、千冬は椅子に深く腰掛けると目を細めた。
ここ最近、世界をにぎわせている事件。
世界初の男性IS操縦者の発見
この件によって、世界中で自国でも居るのではないか、と男性操縦者の捜索が相次いでいる。
そんな中で、新たに見つかったもう一人の男性操縦者。オマケに、かの大天災のお墨付きとくれば厄ネタ以外の何物でもない。
コーヒーのカップを置く千冬。すると、横合いから声が掛かった。
「お疲れ様です、先輩。コーヒーのお代わりは要りますか?」
「ああ、山田先生……いや、大丈夫だ。飲み過ぎも良くない」
千冬に声を掛けたのは、緑のショートカットにメガネが印象的な山田真耶。
彼女は、千冬の机を覗き込みそこに置かれた資料を視認すると苦笑いを浮かべる。
「彼ですか。先輩の弟さんの次に見つかった男性操縦者、ですよね?」
「ああ。全く、厄介な事が続く」
「あはは………でしたら、二人を別のクラスに分ける方が良かったのでは?先輩への負担が増えてしまいますし……」
「いや、厄ネタは一所に纏めておくべきだろう。一夏……織斑もそうだが、何よりこいつだ。人間性にどんな瑕疵があるかも分からない以上、ミーハー共の中に置いておくのは止めておくべきだ」
指先で資料を叩き、千冬は目を細めた。
世界初の男性操縦者である千冬の弟、織斑一夏の為人は知っている。男女間の機微に鈍いが、家事万能でコミュニケーション能力もある。直情径行でもあるが、それでも周囲に不条理な暴力を振り撒くようなタイプではない。
一方で、世界二番目の男性操縦者としてこの学園へと送り込まれる事になる少年はというと、中々に過激な経歴の持ち主だった。
「ええっと……物心ついた頃には紛争地。そこで傭兵団にひろわれて戦場を転々とし……そこから正規軍と激突。捕縛され、実験の名目でIS起動実験を行い、これにより操縦者と判明。政府がこの結果を受けて保護を行い、IS学園へと入学……」
資料に目を通した真耶は、あんまりな内容に眉を寄せた。
IS学園は日本にある。治外法権が認められているが、一方で日本国内である事が手伝って内部の生徒の大半は日本人だ。
ISの登場から、見えない緊張感の上で成り立った世界情勢を何処か対岸の火事として見ている平和な国の子供たち。そんな国の子供と、今日を生きる事も難しい様な世界で生きてきた子供が同じ価値観を持てるかどうか。
答えを告げるならば、不可能。仮に歩み寄れても決定的な部分に差異が出てしまう。
「何処に地雷があるか分からない以上、押さえられる人間が側に付くべきだ。我々ならば、最低限の対処も出来るだろう」
「そう、ですね…………そ、それに!代表候補性の子も居ますし!」
「代表候補生か……」
気丈にふるまう真耶に対して、千冬は眉間を揉む。
先の通り、今の世界には女尊男卑の思想が根付いている。たった十年だが、その勢いは様々な混乱を招いていた。
(どう転ぶ事になるか……)
来るべき混沌に備えて、織斑千冬は胃薬をポチッた。