夜を歩く鴉と、待つ女たち   作:鉄猿

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再会 1

 

 

 

 

 

目が覚めた時、天井は白すぎた。

日本のどこにでもあるマンション。

壁が薄く外の生活音がはっきり聞こえる。

 

エアコンの低い唸り。遠くの車の音。階下のドアが閉まる気配。

 

――安全な音だ。

 

九郎はベッドの上で仰向けになったまま、しばらく瞬きもせずに天井を見ていた。隣には女がいる。

昨夜、行きずりで一夜を共にした女だ。

 

名前は聞いた。だが、もう忘れかけている。

シーツの中の体温。柔らかい寝息。

それらは、現実に戻るための装置みたいなものだった。

 

だが――

戻り切れていない。

心拍は、まだ低いまま。呼吸は浅く、一定。耳は、無意識に音を拾っている。

 

(……切れてねえな)

 

自覚はある。仕事は終わった。敵も、現場も、片付いた。

それでも戦場のスイッチがまだ入ったままだ。

 

 

---

 

九郎は、ゆっくりと上体を起こす。

床に落ちた衣服。椅子に掛けられたジャケット。

無意識に、部屋の死角を一つずつ確認する。

 

窓。

ドア。

キッチンの影。

異常なし。

 

それでも、身体は納得しない。

 

「……ん……?」

 

女が、寝返りを打つ。肩が触れそうになる。

九郎は反射的に距離を取った。

 

(違う)

 

日本だ。ここは、戦場じゃない。

自分に言い聞かせる。

だが、キレている時の冷静さは言葉では解除できない。

 

 

---

 

キッチンで水を飲む。コップの縁がやけに軽い。

流しの前に立ち窓の外を見る。

ゴミ出しをする住民。自転車に乗る学生。

 

平和すぎる。

 

(……守ったんだよな)

 

誰に対しての確認か、自分でも分からない。

 

守った。壊した。終わらせた。

なのに達成感はない。

あるのは、次に備えるための余白だけだ。

 

 

---

 

背後で、足音。

 

「もう起きちゃった?」

 

女の声。気怠げで、日常的。

 

「……ああ」

「コーヒー、飲む?」

 

その一言が、やけに遠く感じる。

 

「頼む」

 

女は、何も疑わない。

九郎の目の奥に残っているものにも、気づかないふりをする。

それが、ありがたい。

 

コーヒーの匂いが広がる。

 

九郎は、カップを受け取り両手で包む。

温度を、確かめる。

 

(……戻れ)

 

心の中で、短く命じる。

 

戦場にいた〈鴉〉を、ここに連れてくるな。

だが、〈鴉〉は、まだ肩に止まったままだ。

 

女が何気なく言う。

 

「今日、どうするの?」

「……まだ、決めてない」

 

それは、休暇の答えでもあり、

生き方そのものの答えでもあった。

 

九郎はコーヒーを一口飲む。

苦い。

ちゃんと、現実の味がする。

 

それで、少しだけ――スイッチが緩む。

 

完全には、切れない。

切れなくていい。

 

ここが日本で、今が日常で、それでも自分が“レイヴン”であることは、変わらない。

 

その境目で九郎は静かに朝を過ごしていた。

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

朝の光は容赦がない。カーテンの隙間から差し込んで、部屋の輪郭をはっきりさせる。

 

ここは、私の部屋。いつものベッド。いつもの天井。

 

――なのに、少しだけ違う。

 

テーブルの上に冷えたマグカップ、さっきまで人がいた気配だけが残っている。

 

(……行ったんだ)

 

彼の名前は、ちゃんと聞いた。覚えてる。

でも、今それを口にする必要はない気がした。

 

昨晩のことを思い出すと、胸の奥が、きゅっとなる。

優しかったわけじゃない。甘い言葉もなかった。

 

それなのに――

安心してしまった自分がいる。

 

 

---

 

キッチンに立ち、マグカップにお湯を注ぐ。

インスタントコーヒーの匂い。

日常の匂い。

でも、鼻の奥に、まだ消えない別の気配がある。

 

金属。

煙。

それから、言葉にしづらい“緊張”。

 

(……危ない人だった)

 

そう思う。

 

根拠はない。職業も知らない。住んでいる場所すら、分からない。

 

でも、あの目。

 

ぼんやりしているようで、何かを常に測っている目。

ベッドの上でふとした物音に反応して、一瞬だけ身体が強張ったのを、私は見てしまった。

 

(普通じゃない)

 

それでも。

 

(……だから、惹かれたんだ)

 

 

---

 

私は平凡だ。

普通の会社。普通の仕事。普通の人間関係。

危険なことなんて、ニュースの中にしか存在しない。

 

でも、昨夜は――

その境界線に、触れてしまった気がした。

 

抱かれた時、守られているようで、同時に遠くに置かれている感じ。踏み込ませない距離。でも、拒まれもしない。

 

(ずるい)

 

少しだけ、そう思う。

 

(……もう、会わない)

 

それが、正しい。

連絡先は交換していない。約束もない。

 

だから、今日も普通に出勤する。メールを打って、会議に出て、

同僚と笑う。

それでいい。

それなのに――

 

マグカップを持つ手が、少しだけ震えた。

 

(……また、会ったら)

 

どうなるんだろう。

期待じゃない。恋でもない。

 

ただ、危険な匂いを知ってしまった後の静かな渇き。

窓の外を見る。通勤する人たち。変わらない朝。

 

「……忘れよ」

 

小さく呟いて、コーヒーを一口飲む。

 

苦い。

ちゃんと日常の味。

それでも心のどこかで分かっている。

昨晩の男は、私の人生には必要のない存在だ。

 

それなのに――一生に一度くらい

思い出してしまう相手。

そういう人がいることを。

 

 

朝の光は、すべてを平等に照らしていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ドアが閉まる音は小さかった。

 

九郎は廊下を数歩進んでから立ち止まる。

足音がやけに響く気がして。

 

(……日常だ)

 

何度目かの確認。意味はないが必要だった。

エレベーターで下に降り建物を出る。朝の街は忙しい。

通勤の波。自転車。コンビニの前で立ち止まる人。

誰もこちらを見ていない。それが少しだけ落ち着く。

 

ジャケットの下、身体に馴染んだ重さがある。

拳銃。

ナイフ。

 

九郎は意識的にそこへ思考を向けない。

 

(今は――違う)

 

必要ない。使う場面も想定しなくていい。

 

ただ、歩く。

 

 

---

 

交差点で信号を待つ。

 

赤。

青。

 

子どもを連れた母親。

スマートフォンを見ながら歩く若者。

眠そうなサラリーマン。

 

守る対象だ。その意識が、一瞬だけ浮かぶ。

すぐに、押し込める。

 

(仕事じゃない)

 

今日は、違う。

コンビニに入り、ペットボトルの水を一本取る。

レジで何気ないやり取り。

 

「袋、いりますか?」

「いや」

 

声は普通だ。響きも普通。

 

――問題ない。

 

外に出て、ベンチに腰を下ろす。キャップを開け水を飲む。

冷たい。

ちゃんと現実の感触がある。

 

 

---

 

遠くで救急車のサイレンが鳴る。

一瞬、身体が反応しそうになる。

 

(……違う)

 

拳を、ゆっくり開く。

呼吸を、整える。

 

街は続いている。誰も壊れていない。

それでいい。視線を上げる。

 

ビルのガラスに映る自分。武装を隠した、ただの男。

 

(これが、日常か)

 

慣れない。だが、拒むほどでもない。

 

歩き出す。

 

特に目的地はない。ただ、人の流れに乗る。

武器の存在を意識の外へ押しやる。

 

今は使わない。使う理由も必要もない。

 

それだけで、心拍が少しずつ落ちていく。

 

街は何も言わない。

ただ、受け入れている。

 

それで、十分だった。

ベンチの木目はところどころ擦り切れていた。

誰かが何度も腰を下ろし立ち上がった跡。

 

背もたれに軽く身体を預け、人の流れを眺めていた。

街は、平和だ。少なくとも――今は。

 

ポケットの奥で、短い振動。音は鳴らない。

設定で切ってある。

 

すぐには動かない。一拍。呼吸を一つ落とす。

それから、スマートフォンを取り出した。

 

画面には、登録されていないアドレス。

 

(……来たか)

 

ため息にもならない息が鼻から抜ける。

九郎はフリーの戦闘屋だ。組織には属さない。肩書きも名刺もない。

 

街の喧嘩の仲裁。裏路地の揉め事。人に見えないものの始末。

小さい仕事も、大きい仕事も、区別しない。

 

呼ばれれば行く。詳しい内容は会ってから聞く。

それで十分だ。

 

画面を消し、スマートフォンをポケットに戻す。

周囲を見る。

通行人。学生。買い物袋を提げた老人。

誰も、彼に関心はない。

 

それでいい。

 

ベンチに置いた水のボトルを手に取り、一口だけ飲む。

冷たい。

日常の感触が、まだ残っている。

 

「……終わりだ」

 

何が、とは言わない。

 

ゆっくりと立ち上がった。

ジャケットの裾が揺れる。その下の重さを意識しないようにしながら。

街の中に溶け込む足取りで、指定された喫茶店の方向へ歩き出す。

 

日常はもう一度、仕事に席を譲った。

 

――次は、どんな用件だ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

大学の中庭は、いつも通りだった。

昼休み。ベンチに座る学生。スマートフォンを見ながら歩く人たち。

笑い声。

 

何も変わっていない。

それなのに胸の奥だけが、ずっと落ち着かなかった。

 

女子大学生――佐伯 みなみは、肩に掛けたバッグのストラップを、無意識に強く握っていた。

 

視線が勝手に動く。

 

後ろ。

ガラスに映る影。通り過ぎる男。

 

(……いない)

 

確認して、それでも心臓が速く打つ。

 

「……はぁ」

 

小さく息を吐く。

 

——始まりは、些細なことだった。

 

SNSのメッセージ。知らないアカウント。

 

無視。

 

次は、構内での視線。気のせいだと思った。

でも、帰り道で名前を呼ばれた。

それから、気のせいでは済まなくなった。

 

 

---

 

「……由衣」

 

声をかけると、由衣はすぐに気づいて振り返った。

 

「みなみ?…どうしたの?顔色悪いよ」

 

その一言で、張り詰めていたものが、少し緩む。

 

由衣は最近少し変わった。前よりも姿勢がよく、視線が落ち着いている。

 

(……強くなったんだ)

 

みなみは、思い切って言った。

 

「……ちょっと、相談してもいい?」

「うん。ベンチ座ろ」

 

二人は、人の多い場所を選んで腰を下ろした。

 

それだけで、少し安心する自分がいる。

 

 

---

 

「……ストーカー、されてて」

 

声が、震えた。由衣はすぐに遮らない。ただ、聞く。

 

「いつから?」

「春休み前くらい……最初は、変なメッセージだけだったんだけど……」

 

言葉にするたび、出来事が現実になる。

 

「最近は……」

「……ついてくる?」

「……うん」

 

由衣の表情がほんの一瞬だけ変わった。怯えではない。判断の顔。

 

「警察には?」

「……行った。でも、証拠が弱いって……」

 

分かっていた答えだった。

由衣は、少し考えてから言った。

 

「……今、私、護身術習ってるんだ」

「……え?」

「道場で。怪我しない逃げ方とか、距離の取り方とか」

 

みなみは、思わず聞き返す。

 

「……怖くないの?」

「怖いよ」

 

正直な答え。

 

「でも、何もしない方が、もっと怖かった」

 

その言葉が胸に、すとんと落ちた。

 

 

---

 

由衣は声を落とす。

 

「……それでね。道場で聞いた話なんだけど」

 

みなみは、身を乗り出す。

 

「荒事なら何でも受けてくれる戦闘屋がいるって」

「……戦闘屋?」

「うん。表に出ない問題を、ちゃんと“終わらせる人”」

 

冗談みたいな話。でも、由衣は笑っていない。

 

「喧嘩の仲裁、用心棒とか、そういうのもやる人らしい」

「……そんな人、本当に……?」

 

由衣は、スマートフォンを取り出した。

 

「とあるサイトがあってね」

 

画面には、必要最低限の文字だけが並ぶ無骨なページ。

 

> 相談・依頼はメールのみ

名前不要

状況だけ送ってください

 

「ここから、メール送れる」

「……これ……」

 

みなみの指が、震える。

 

怪しい。

危ない。

普通なら、近づかない。

 

でも――

 

(……今のままの方が、危ない)

 

由衣は、はっきり言った。

 

「無理にとは言わない」

「……」

「でも、私は――」

 

一瞬、言葉を選ぶ。

 

「助けられた」

 

それだけ。

余計な説明はしない。

 

みなみは、スマートフォンを握りしめた。

 

「……考える」

「うん」

 

由衣は、微笑んだ。

 

「一人で抱えなくていいよ」

「……ありがとう」

 

その言葉は、ようやく出てきた本音だった。

 

昼の校内は相変わらず賑やかだ。

その中で、みなみは初めて逃げ道があるかもしれないと思えた。

——そして、この数十分後。

九郎の元にメールが届くことになる。

 

 

---依頼メール ――みなみ

 

スマートフォンの画面が、やけに明るい。

講義棟の隅。人通りの少ない自販機の前。

それでも完全に一人になれる場所じゃない。

だから、ここを選んだ。

佐伯みなみは、指先を画面の上に置いたまま動けずにいた。

 

(……送るだけ)

 

ただのメール。名前も要らない。顔も出ない。

それなのに、心臓が、うるさい。

 

 

---

 

彼氏の顔が浮かぶ。

 

昨日じゃない。一週間前でもない。

 

“あの日”。

 

目の前で、突然知らない男が割り込んできて。

言葉もなく、ただ――。

 

地面。人だかり。悲鳴。

 

彼氏は動かなくなって、救急車で運ばれていった。

 

骨折。内臓損傷。

「命に別状はない」という言葉だけが、

現実から浮いていた。

 

(……私のせいだ)

 

誰も、そうは言わなかった。

でも、そう思うしかなかった。

 

それ以来、彼氏は変わった。

優しかった人が、目を合わせなくなった。

 

「……もう、関わりたくない」

 

責める声じゃなかった。怯えた声だった。

みなみは、別れを告げられた。

否定できなかった。

 

 

---

 

警察に行けばいい。それが正しい。

頭では分かっている。

でも――

言えない。

あの男が、どこで見ているか分からない。

もし、話したことが知られたら。

彼氏みたいに。今度は、家族かもしれない。

指が、震える。文字を打とうとすると、誤字になる。

 

一度、画面を消し、深呼吸する。

 

(……助けて、って言うだけ)

 

それだけなのに。

 

 

---

 

件名:なし

宛名:空白

 

本文欄に、カーソルが点滅する。

 

みなみは、震える指で、文字を打ち始めた。

 

> ストーカー被害にあっています。

 

大学内と帰り道で付きまとわれています。

 

 

 

一行書いて、止まる。

 

(……足りない)

 

喉が、詰まる。

 

> 彼氏が、私の目の前で暴力を受け、病院に運ばれました。

 

 

 

指が、止まる。

 

画面が、滲む。

 

> 怖くて、警察には言えていません。

 

彼氏とは、別れました。

 

 

 

そこまで打って、一度、スマートフォンを膝の上に置いた。

 

(……これで、いいの?)

 

誰かに、読まれる。知らない誰かに。

でも――

今のままよりは、いい。由衣の声を思い出す。

 

「一人で抱えなくていいよ」

 

みなみは、もう一度、画面を見る。

 

> どうしたらいいか、分かりません。

 

助けてください。

 

 

 

最後の一文。

 

送信ボタンが、そこにある。

 

親指が、ほんの少しだけ、浮いた。

 

(……お願いします)

 

誰に向けた祈りか、分からない。

ただ、今ここから逃げたい。

 

みなみは、目を閉じて、送信をタップした。

 

――送信完了。

 

画面が、元に戻る。

 

それだけ。

何も、変わらないはずなのに。

 

胸の奥で、張り詰めていた糸が、ほんの少しだけ、緩んだ。

 

みなみは、スマートフォンを胸に抱え、小さく息を吐いた。

 

(……届いて)

 

それが彼女ができる、精一杯だった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

---喫茶店の中は、思っていたよりも静かだった。

 

昼のピークを外した時間。カップが受け皿に触れる音。

エスプレッソマシンの低い駆動音。

それらが、規則正しく流れている。

 

みなみは、両手でカップを包み込むように持っていた。

中身は、もうぬるい。

 

(……まだ、来ない)

 

視線が、無意識に入口へ向かう。ドアが開くたび、肩が強張る。

 

知らない人。

常連らしい年配の男性。

学生のカップル。

 

違う。

違う。

 

「……落ち着こ?」

 

横に座る由衣が、できるだけ柔らかい声で言った。

 

「大丈夫。今はここ」

 

みなみは、曖昧に頷く。

 

「……ごめん」

「何が?」

「こんな……巻き込んじゃって……」

 

由衣は首を横に振った。

 

「巻き込まれたって思ってないよ」

「……」

「心配はしてるけど」

 

その言い方が、正直で、みなみの胸に刺さる。

 

(……由衣も、怖いよね)

 

当たり前だ。自分の問題じゃない。

それでも、隣にいてくれている。

 

みなみは、視線を落とした。

 

 

ーーー

 

由衣は、みなみの様子を横目で見ながら、

心の中で何度も考えていた。

 

(……大丈夫かな)

 

自分が、あのサイトの話をしたこと。メールを送ることを勧めたこと。

 

間違っていなかったと、思いたい。

 

(でも……)

 

由衣は、無意識に背筋を伸ばす。

 

護身術の道場で習ったこと。

距離の取り方。視線の置き方。

 

それでも――

本物の“荒事”の世界は、知らない。

 

(……どんな人が来るんだろう)

 

優しい人?怖い人?無愛想なだけの人?

 

由衣は、“あの時”のことを思い出しかけて、意識的に止めた。

 

(……考えちゃだめ)

 

みなみを守るために、自分が怖がってどうする。

 

 

ーー

 

「……ねえ」

 

みなみが小さく言う。

 

「もしさ……」

「うん」

「誰も来なかったら……」

「……」

 

由衣は、少し考えてから答えた。

 

「その時は、私が一緒に考える」

「……」

「警察に行くタイミングも、別の方法も」

 

嘘ではない。でも、強がりでもある。

 

みなみは唇を噛んだ。

 

「……私、弱いよね」

「違う」

 

由衣は即座に言った。

 

「ちゃんと、助けを求めてる」

「……」

「それ、簡単じゃないよ」

 

みなみの目が少し潤む。

 

「……ありがとう」

 

その言葉に、由衣は胸の奥がじんわりと熱くなる。

 

(……来て)

 

誰に向けた祈りか、自分でも分からない。

 

ただ――

ここで、この時間を無駄にしてほしくない。

 

 

---

 

ドアベルが鳴った。

二人の視線が同時に入口へ向く。

 

スーツ姿の男。

コーヒーをテイクアウトする女性。

 

違う。

 

みなみの肩がわずかに落ちる。

 

由衣はそれを見て、何も言わずにカップに手を伸ばした。

 

「……飲も。冷めちゃう」

「……うん」

 

二人は、同時に一口飲む。

 

苦い。現実的な味。

喫茶店の窓の外を人が通り過ぎていく。

 

その中の誰かがこちらを見ている気がして、みなみは思わず由衣に近づいた。

由衣は逃げない。ただそこにいる。

 

(……一人じゃない)

 

その事実だけが、今のみなみを支えていた。

 

そして――

その喫茶店へ向かって、静かに歩いてくる男がいることを、二人はまだ知らない。

 

時間は、確実に進んでいた。

 

 

 





佐倉 由衣

年齢:20代前半
立場:一人暮らしの大学生
身長/体重:平均的

容姿:派手さはない
   素朴で清潔感のある可憐さ
   表情が柔らかく、警戒心が薄く見えがち

性格:基本は穏やかで優しい、他人を気遣いすぎる傾向
   一度決めたことは意外と折れない

過去:人身売買組織に拉致され、海外に売られかけた。救出が数日遅れていれば「変態の性奴隷として消費される未来」が確定していた

現在への影響:夜や人混みに対する警戒心
       無意識に出口や距離を気にする
       「助けを求めること」の重さを知っている

現在の行動:護身術を学び始めている
      同じように追い詰められた人を放っておけない

九郎との関係性:命を救われた相手だが「戦闘屋=九郎」とは認識していない彼との遭遇が人生観を静かに変えた。

佐白 みなみ

由衣の友人/依頼人

年齢:由衣と同世代

立場:女子大学生
      
身長/体重:平均よりやや高め、軽め、細身でスタイルが良い

容姿:目立つ美形、無自覚に視線を集めやすい

性格:本来は明るく社交だが、現在は常に緊張状態「自分のせいで他人が傷つく」ことを極端に恐れている


ストーカー被害:執着型・質が悪いタイプ、大学内・帰宅路での付きまといエスカレートしていった。
空手三段の彼氏が目の前で襲われ、病院送りにされた「強い人ですら守れない」という現実を突きつけられる。

彼氏:彼氏は恐怖から距離を置き、別れを選択。みなみは責められず、余計に自責感を抱く

警察に行けない理由:報復への恐怖、周囲が巻き込まれる不安「言った瞬間に終わる」という感覚

現在の状態:常に後方確認、人の視線に過敏、眠りが浅い

由衣との関係:唯一、本音を話せる相手、由衣が救出された過去を知らない(詳細までは)


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