夜を歩く鴉と、待つ女たち   作:鉄猿

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再会 2

 

 

 

 

ドアベルが、控えめに鳴った。

 

由衣とみなみは、その音に反応してほぼ同時に顔を上げる。

午後の光が、入口から差し込む。

 

男が一人、入ってきた。

入口に立つ男の姿を見た瞬間、息が止まる。

 

思っていたよりも小柄で、派手さのない服装。

周囲を一度だけ確認する視線は鋭いが、歩き方は静かだった。

黒のジャケット。派手さのない服装。

視線は低く、店内を一度だけ確認してから、静かに歩く。

 

――思っていたより、小柄。

 

それが、みなみの最初の感想だった。

もっと、威圧的な人を想像していた。怖そうで、無口で、近づきにくい人。でも、目の前の男は違う。背は高くない。雰囲気も、どこか落ち着いている。

 

 

(……え?)

 

由衣が、息を呑んだ。一瞬、言葉を失って。次の瞬間――

 

「……っ!」

 

椅子を引く音が、少し大きく鳴った。

由衣は、椅子を引いて立ち上がる。

 

「…あ…あなたは……!」

 

その声には、抑えきれない感情が滲んでいた。

驚きと、喜びと、安堵が、全部混ざった声。

 

呼ばれて、わずかに目を見開く。

少し驚いた顔。だが、すぐに表情が変わる。

警戒が、抜ける。

 

「……無事だったか」

「はい……はい!」

 

由衣は、何度も頷く。目が、少し潤んでいる。

 

みなみは、その様子を見て完全に困惑していた。

 

(……知り合い?え、そんな……)

 

二人の間に、明らかに“過去”がある。

九郎は由衣の様子を見て、少し困ったように頭を掻いた。

 

「……元気そうで何よりだ」

「貴方が助けてくれました」

 

由衣は深く頭を下げる。

そして顔を上げ、ほっとしたように微笑んだ。

みなみの方を振り向いて言った。

 

「私……前に言ったでしょ。悪い人達に捕まったって」

 

みなみの身体が、固まる。

 

「……うん」

「その時に……助けてくれた人」

 

由衣ははっきりとそう言った。

 

「この人が、助けてくれたの。

 お元気そうで……本当に、よかったです」

 

九郎は少し困ったように視線を逸らす。

 

「……無事なら、それでいい」

「いいえ……あなたが助けてくださらなければ……」

 

言葉を区切り、由衣は隣に座るみなみを見た。

 

「こちらが……私の友人です。

 今回、相談させていただいたのは……彼女の件で……」

 

みなみは目を丸くして九郎を見つめる。

思っていたよりもずっと普通で、どこにでもいそうな男だった。

 

(……この人が……?)

 

想像していた“戦闘屋”と、全然違う。目つきは鋭いのに、

表情はどこか穏やかだ。

九郎は、みなみの視線に気づき軽く会釈した。

 

「葉佩九郎だ。初めまして」

「あ……」

 

みなみは、慌てて頭を下げる。

 

「さ、佐伯みなみです……」

 声が少し震える

 

「よろしく」

声は柔らかい。低いけれど怖くない。

九郎は二人の向かいの席に座る。その動作は落ち着いて威圧感はない。

 

「……それで」

「…はい」

 

由衣は、少し真剣な顔になる。

 

「この娘が…、みなみが……ストーカー被害に遭ってて」

 

九郎の表情が一瞬だけ変わる。だが、一般人の前だ。

感情は表に出さない。

 

「……話してもらっていいか」

「……はい」

 

みなみは、緊張しながらも口を開く。

 

「私……彼氏が……」

「……」

 

話す間、九郎は一度も遮らない。頷きも相槌も、最低限。

ただ、ちゃんと聞いている。

由衣はその横顔を見て、胸の奥が熱くなる。

 

(……やっぱり、この人だ)

 

怖い人じゃない。粗暴でも冷たくもない。助ける人だ。

話し終えたみなみは、小さく息を吐いた。

 

「……こんな話、すみません」

「謝る必要はない」

 

九郎はすぐに言った。

 

「困ってるなら、それで十分だ」

 

その言葉に、みなみは少しだけ目を見開く。

 

(……優しい)

 

危険な匂いは、確かにある。でも、それ以上に――

頼っていい人だと、直感した。

 

「九郎さんは私にとって、正義のヒーローのような方です」

「……やめてくれ」

 

九郎は、照れたように視線を逸らす。

 

「大げさだ」

「本当の事です」

 

由衣は、笑った。

喫茶店の中で三人の空気が少しだけ柔らぐ。

みなみは、その様子を見て思う。

 

(……この人なら)

 

まだ、怖い。でも―― 一人じゃない。

 

それだけで、胸の奥が少し軽くなった

喫茶店の中は、変わらず静かだった。

だが、三人の間で、確かに何かが動き始めていた。

 

ーーー

 

この先は自然に九郎が“仕事の顔”に切り替わる

みなみの話を淡々と整理していく。由衣が一歩引いて見守る。

喫茶店の空気が、少しだけ変わった。

九郎は背もたれに軽く体重を預け、視線をみなみに向ける。

その目から、さっきまでの柔らかさが引いていく。

 

由衣は、それにすぐ気づいた。

 

(……あ)

 

あの時と同じだ。

港で、倉庫で、悪い人達から助けてくれた時の――“仕事の顔”。

 

みなみは、無意識に背筋を伸ばしていた。

 

「順番に聞くぞ」

 

九郎の声は低いが、穏やかだった。

責める調子も同情もない。

 

「最初に接触されたのは、いつ?」

「……春休み前です。最初は、SNSで……」

「アカウントは残ってますか」

「……はい。ブロックしても、別の名前で……」

 

九郎は頷く。

 

「大学構内での接触は?」

「あります。声をかけられたことも……」

「帰宅ルートは固定?」

「……はい。時間も……だいたい……」

 

質問は短く正確だ。みなみが言葉に詰まると、急かさず、待つ。

由衣は、その横顔を見つめていた。

 

(……すごい……)

 

感情を切り離しているのに、冷たくない。

ただ必要なものだけを選び取っている。

 

「彼氏の件」

 

その一言で、みなみの指が震えた。

 

「……目の前で、襲われました」

「犯人は?」

「……たぶん……同じ人です」

「警察には?」

「……怖くて……」

 

九郎はそこで一度だけ息を吐いた。

 

「分かった」

 

それ以上、追及しない。

 

「今の状態は正直危ない」

「……っ」

 

みなみの顔が、青ざめる。

由衣は、思わず口を開きかけて――でも、何も言えなかった。

 

九郎は続ける。

 

「ただし、まだ最悪じゃない」

「……え?」

「相手は支配を楽しんでいる段階だ」

「……」

「だから、見せつける行動を取っている。彼氏を狙ったのもその延長」

 

みなみは、唇を噛みしめた。

 

「……じゃあ……」

「“黙って耐える”のが、一番危険だ」

 

はっきりとした断言。

由衣はその横顔を見て、胸がきゅっと締め付けられる。

 

(……はばきさん……)

 

頼もしい。怖いくらいに、現実的で。

それを意識した瞬間、由衣の頬が、じわっと熱くなる。

 

(……かっこいい……)

 

自分でも、驚くほど分かりやすく赤面してしまう。

すぐにみなみの事を考え恥じるように元に戻そうとする。

みなみは、その変化に気づいてちらりと由衣を見る。

 

(……あ)

 

何かを察して、でも何も言わない。

九郎は由衣の視線に気づき、一瞬だけ首を傾げた。

 

「……どうかしたか?」

「い、いえ……!なんでもありません……!」

 

由衣は慌てて視線を逸らす。九郎は深く考えず話を戻す。

 

「状況は把握した」

「……」

「引き受ける」

 

その一言で、みなみの肩から力が抜けた。

由衣は、胸の奥でそっと思う。

 

(……やっぱり)

 

この人は、自分にとって――正義のヒーローだ。

 

喫茶店の外では、何も知らない街がいつも通りに動いていた。

だが、この席では、確実に“歯車”が回り始めていた。

 

喫茶店の空気が、静かに張り詰めた。

九郎はテーブルの上で指を組み、みなみを見る。

その視線は迷っていない。

 

「全部、任せろ」

 

はっきりとした声だった。強くも、優しくもない。

決定事項を伝える声。

 

みなみの喉が、こくりと鳴る。

 

「……本当に……?」

「ああ」

 

即答。

 

由衣は、その横顔を見つめたまま、息を詰めている。

胸の奥が、落ち着かないほど熱い。

 

(……はばきさん……)

 

九郎は続ける。

 

「君がやることは、何もない」

「……」

「連絡も、対応も、全部こちらでやる」

 

みなみの指が、カップの縁から離れる。

 

「……私、逃げなくていいんですか」

「逃げる必要はない」

 

九郎は視線を外さずに言った。

 

「終わらせよう」

 

その言葉には、暴力的な響きはなかった。

ただ、“もう日常に戻っていい”という意味だけがあった。

 

 

---

 

由衣は、思わず口を開く。

 

「葉佩さん……」  

「大丈夫」

 

遮るように、でも柔らかく。

 

「君達が心配する必要はない」

「……」

 

由衣は、何も言えなくなる。

自分が助けられた時と、同じだ。なにも言えなくなる。

 

 

 

---

 

みなみは、勇気を振り絞るように聞いた。

 

「……どうやって……?」

「知る必要はない」

 

即答。

 

「知れば、眠れなくなる」

「……」

「知らなければ、日常に戻れる」

 

九郎はほんの一瞬だけ視線を落とし続けた。

 

「こちらの“ツテ”を使う」

「……」

「表に出ない場所で、二度と戻ってこられない形にする」

 

言葉は、そこで止めた。それ以上は語らない。

由衣はその沈黙の意味を知っている。

語らないこと自体が優しさだと。

 

みなみは、深く息を吸い、吐いた。

 

「……私……」

「…」

「……生きてて、いいんですよね」

 

その問いに、九郎は一切迷わず答えた。

 

「当たり前だ」

 

由衣の胸が、きゅっと締まる。

 

(……同じだ)

 

あの時の夜と

 

 

---

 

九郎は立ち上がった。

 

「今日は、ここまで」

「……え?」

「これ以上話すと、君達が“関係者”になる」

 

由衣は、はっとする。

みなみは、慌てて立ち上がり深く頭を下げた。

 

「……ありがとうございます……」

「仕事だ。礼は要らない。」

 

九郎は少しだけ表情を緩める。

 

「戻って、普通に生活しろ」

 

「……」

 

「それが報酬だ。」

 

由衣は赤くなったまま、深く頭を下げた。

 

「……葉佩さん……本当に……」

「……また連絡する」

 

短い言葉。それだけで、十分だった。

 

 

---

 

喫茶店を出る。

街は相変わらず平和だ。

だが、もう一つの歯車が、確かに回り始めている。

そしてそれは、みなみの“日常”を取り戻すための回転だった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

街は、相変わらず平和だった。

大学から駅へ続く道。

人の流れ。信号待ちの列。コンビニの自動ドア。

葉佩九郎は風景の一部として歩いていた。

目立たない。急がない。立ち止まらない。

 

(……来る)

 

確信は、直感に近い。だが根拠は積み上がっている。

九郎の視線は前ではなく、“同じ距離を保ち続ける何か”を捉えていた。

由衣やみなみがいる場所から、少しだけ離れた位置。

それでいて決して途切れない存在感。

 

(……だいたい、こういう手合いだ)

 

気配は、薄いようで濃い。人の流れに溶けきれない。

 

――視線が、刺さる。

 

一度だけ、振り返った瞬間。

 

目が合った。

すぐに逸らされる。だが、遅い。

 

(……捕まえた)

 

九郎は何も変えない。歩調も、進路も。

街は、何も知らないまま続く。

ストーカーの男は、“見られた”ことに気づいていない。

 

それが、決定的だった。

スマートフォンを取り出し、画面を一瞥する。

 

(……一致)

 

由衣の話。みなみの記憶。動線。時間。

すべてが、一つの影に重なる。

 

(……ここまでだ)

 

感情は、ない。怒りも、ない。

ただ終わらせる段階に入ったという理解。

九郎は進路を変え、人混みの向こうへ溶ける。

男は、気づかない。それが最後の油断だった。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

その日の夕方。

 

みなみは、由衣と並んで歩いていた。

 

「……ねえ」

「うん?」

「最近……」

「……何も、ないね」

 

二人は顔を見合わせる。

怖さは、まだ残っている。でも――“張り付く視線”が、消えている。

 

理由は、知らない。聞かされてもいない。

ただ、街が、また元に戻った。

 

 

---

 

その頃。

 

九郎は人知れず電話を切った。

短い会話。名前は出ない。場所も出ない。

 

「……終わった」

 

それだけ。ジャケットの裾が揺れる。

街の中へ戻っていく、誰にも知られず。感謝も、称賛もいらない。

 

日常を、元の位置に戻しただけ。

それが戦闘屋の、《レイヴン》の仕事だった。

 

ーーーー

 

夕方の喫茶店は、昼とは違う静けさがあった。

仕事帰りの客がぽつぽつ入り、外の光はオレンジ色に傾いている。

カップの縁に触れるスプーンの音が、やけに大きく聞こえた。

 

由衣とみなみは、窓際の席に並んで座っていた。

二人とも、落ち着かない。時計を何度も見るわけでもなく、ただ待っている。

 

ドアベルが鳴った。

 

由衣は反射的に顔を上げる。

みなみも同時だった。

九郎が入ってくる。前と変わらない服装。変わらない歩き方。

なのに――二人の胸の奥が、一斉に軽くなる。

 

「……葉佩さん」

 

由衣が、小さく呼ぶ。

 

九郎は軽く手を挙げて応え、二人の前に腰を下ろした。

席につくと、周囲を一度だけ確認する。それから、短く言った。

 

「終わった」

 

その一言で、由衣の肩から力が抜ける。

 

「……本当ですか……?」

「ああ」

 

みなみは、言葉が出なかった。

ただ、九郎を見つめる。

 

九郎は声の調子を変えずに続ける。

 

「相手は、二度と君の前には現れない」

「……」

 

説明はそれだけだった。理由も、経緯も、語らない。

由衣は、その意味を察して何も聞かない。

みなみも本能的に分かっている。

 

——もう、終わったのだと。

 

「……あ……」

 

みなみの喉から、息が漏れる。

張り詰めていたものが、一気に崩れ落ちる音がした気がした。

 

「……よかった……」

 

声が震える。視界が、滲む。

 

「……本当に……もう……」

 

言葉にならない。

みなみは、両手で顔を覆った。肩が、小さく揺れる。

泣き声は、立てない。

それでも、涙は止まらない。

由衣は、すぐに席を立ち、みなみの隣に寄る。背中に、そっと手を置く。

 

「……大丈夫だよ……」

「……っ……」

 

みなみは、何度も頷く。涙がテーブルに落ちる。

 

「……怖かった……」

「……うん」

「……ずっと……誰にも言えなくて……」

「……うん」

 

由衣は、ただ聞く。否定もしない。急かさない。

九郎はその様子を少し離れた位置から見ていた。

表情は変えない。だが、視線は柔らかい。

 

(……これでいい)

 

それだけで、仕事は終わりだ。

 

しばらくして、みなみが顔を上げる。

目は赤いが、表情は違っていた。

 

「……ありがとうございます……」

「礼は受け取った」

 

九郎はいつもの調子で言う。

 

「元に戻っただけだ」

「……」

 

みなみは、深く頭を下げた。

 

「……生きてていいって……思えました」

「それが普通だ」

 

即答だった。

由衣はその横顔を見て胸が熱くなる。

 

(……やっぱり……)

 

この人は誰にも見えないところで、終わらせる人だ。

 

九郎は椅子から立ち上がる。

 

「これで」

 

「……あ…」

 

由衣は思わず声を出していた。

九郎が、顔だけ振り返る。

 

「……何かあったか?」

「……その……」

 

言葉を探す。胸の奥が、少しだけ苦しい。

喫茶店の窓の外では、夕暮れの街が、何事もなかったように動いている。

 

由衣は勇気を出して、もう一度口を開いた。

 

「……葉佩さん……」

 

その声で時間が一拍、伸びた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

夕方の道は、昼の熱をまだ少し残していた。

アスファルトが、淡く橙色を反射している。

 

みなみは二人に何度も頭を下げてから先に帰った。

「先に行くね」と、必要以上に明るい声で言って。

気を使ったのは、はっきりしていた。

 

その背中が人混みに紛れるのを見届けてから、由衣は急に足の置き場を失ったみたいに歩調を乱した。

 

「……」

 

何か言わなければ、と思う。

でも、言葉が出てこない。

 

九郎は、隣を歩きながら、由衣を横目で見ていた。

視線はさりげなく、だが観察は正確だった。

 

(……変わったな)

 

歩き方。人との距離の取り方。視線の動かし方。

 

救助当時は当然だが怖がって、縮こまって、泣いていた。

 

今は違う。

 

背筋が伸び、人混みの中でも、必要以上に近づかない。

不安は残っているが、支配されていない。

それに気づいて、九郎は胸の奥で静かに息を吐いた。

 

(……ちゃんと、戻れた)

 

それが、何よりだった。

 

「……あの」

 

由衣が落ち着かない様子で口を開く。

指先がバッグの紐を何度もいじっている。

 

「今日は……ありがとうございました」

「もう礼は大丈夫だ」

 

即答だった。

 

「終わった話だ」

「……はい」

 

それでも、由衣は黙れなかった。

 

歩きながら、少しだけ距離を詰める。

近づきすぎないように、でも、離れすぎないように。

 

「……でも……」

 

「……」

 

「葉佩さんと……こうして話せると思ってなくて……」

 

声が、少しだけ上ずる。

 

「……変ですか」

「…いや」

 

短く返す。

由衣は、ほっとしたように息を吐く。それでも視線は定まらない。

 

「私……ちゃんと、普通に生活できてます」

「見れば分かる」

 

由衣は、驚いたように顔を上げた。

 

「……本当ですか」

「ああ」

 

九郎は前を見たまま続ける。

 

「ちゃんと日常を歩けてる」

「……」

 

「泣いてる目を、していない」

「……っ」

 

由衣の胸が、きゅっと鳴る。

 

(……見てたんだ)

 

何も言わなくても、ちゃんと見て、判断していた。

 

「……私……」

 

由衣は一歩遅れて歩きながら、言葉を探す。

 

「葉佩さんと……また、話せたら……」

「……」

「いえ、その……仕事とかじゃなくて……」

 

慌てて言い直す。自分でも、何を言いたいのか分からない。

接点がほしい。理由は、後からでいい。

九郎は、歩みを少しだけ緩めた。

完全に止まらないところが、彼らしかった。

 

「……佐倉」

「はい……!」

 

呼ばれただけで、背筋が伸びる。

 

「君は、もう戻っていい側だ」

「……」

「俺のいる場所に、無理に近づく必要はない」

「……」

 

優しい声だった。突き放すための言葉じゃない。

由衣は少しだけ俯く。

 

「……分かってます」

「……」

「でも……忘れたくないんです」

「……」

「葉佩さんが……助けてくれた事」

 

由衣は、立ち止まった。九郎も、足を止める。

 

夕暮れの道。

人の流れが、二人の横を通り過ぎていく。

 

「……覚えてるだけでいい」

九郎は、静かに言った。

 

「それ以上は、いらない」

「……」

 

由衣は、胸の前で手を握りしめ、小さく、でも確かに頷いた。

 

「……はい」

 

沈黙が落ちる。だが、居心地は悪くなかった。

九郎は由衣を一度だけ見て思う。

 

(……大丈夫だ)

 

この子は、もう歩ける。

それを確かめられたことに、静かに安堵していた。

道は、続いている。二人は並んで、ゆっくりと歩き出した。

 

一軒の小さなアパートの前で俯いていた由衣が意を決したように顔を上げた。

 

 

「……あの!私の部屋に寄っていきませんか?」

 

上げた顔は夕陽に照らされて真っ赤に染まっていた。

 

 

 

 

 

 





九郎 

女に甘い。というよりも女好き。
仕事以外だと一般常識は持ってる。


名も無きストーカー 

九郎の”ツテ”で海外に消耗品として飛ばされた。
多分死ぬ。少なくとも五体満足で日本に戻る事は出来ない。

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