夜を歩く鴉と、待つ女たち   作:鉄猿

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異能 
物理法則を無視した特殊能力。
なんの前触れも無く発現する一代限りの突然変異もあれば、一族で継承してる能力もある。 


路地裏のフーデットガール

 

 

 

 

 

――夜の路地で、鴉は立っていた

 

 

 

夜の路地は濡れていた。

雨上がりのアスファルトが街灯を歪め、ゴミ袋と吐き捨てられた缶が転がっている。

 

鷹宮迅花は走っていた。

 

逃げているわけじゃない。

追っている。

 

三人組の不良が、息を荒くして先を行く。

酔いと慢心で膨らんだ背中。

さっきまで女を囲んで笑っていた連中だ。

 

——足りない。

 

胸の奥が、じりじりと焼ける。

昼間は学校、家では普通の娘。

抑え込んだ力が夜になると溢れ出す。

 

迅花は地面を蹴った。

異能で強化された脚が距離を一気に詰める。

 

最初の一人。

後ろから足を払う。

受け身も取れずに転倒。

 

二人目。

振り向いた顔に、肘を叩き込む。

歯が飛び、壁に叩きつけられる。

 

残った一人がナイフを抜いた。

 

「クソ女——」

 

言い切る前に、迅花の拳が腹にめり込む。

内臓を揺らす一撃。

男は音もなく崩れ落ちた。

 

路地に静寂が戻る。

 

迅花は肩で息をしていた。拳が熱い。

心拍がうるさい。

 

——もう少し。

 

そこで、止まった

 

街灯の下。

男が一人、フェンスに寄りかかっていた。

小柄。派手さのない服。どこにでもいそうな顔。

 

不良は瞬時に判断した。迅花より、そっちが“安全”だと。

 

「助けてくれ! こいつ——」

 

言葉は最後まで続かなかった。

迅花が首を掴み、地面に押し倒す。

 

「逃げんなって言ったでしょ」

 

冷たい声。男は情けなく呻き、抵抗をやめた。

迅花は視線を上げる。街灯の男と、目が合った。

視線が、動かない。

怯えも、興味も、善悪もない。

だが、気配が違う。

獲物を見る目じゃない。評価する目でもない。

 

ただ、見ている。

 

「……見物?」

 

迅花は警戒を隠さない。男は肩をすくめた。

 

「いや。通りがかっただけだ」

 

嘘だ、と直感が告げる。

この男は、今の一部始終を見ていた。

迅花は一歩、間合いを詰める。

男は、薄く笑った。

迅花の苛立ちが、跳ねた。

 

「……あんたも、やる?」

 

挑発。試し。

男は、首を振った。

 

「今日はいい。発散は済んだだろ」

 

その一言で、迅花の動きが止まる。

 

——見抜かれた。

 

沈黙。

路地の奥で、不良の一人がうめいた。

男はそちらを一瞥し、迅花に視線を戻す。

 

「無茶はするな。力がある分、戻れなくなる」

 

それが、妙に癪に障った。

 

「だったら、消えて」

 

男は動かない。

代わりに、少しだけ口角を上げた。

 

「お前が終わらせたらな」

 

——なんだ、こいつ。

 

迅花は不良を蹴り飛ばし、完全に意識を落とす。

そして、男の前に立った。

 

距離、二歩。間合いに入る。

 

「文句あるなら言いなよ」

 

声が荒れる。

胸の奥の、さっきから消えない苛立ちが顔を出す。

 

「……あんたも、こいつらと同類でしょ」

 

迅花は距離を詰めた。異能で強化された脚。

男は、動かない。それが、腹立たしかった。

 

迅花は、殴った。

 

全力ではない。

だが、一般人なら確実に倒れる一撃。

 

次の瞬間。

視界が、ずれた。拳は空を切り、

気づいた時には、迅花の身体は前に崩れていた。

何が起きたのか、分からない。男は、半歩横にずれただけ。

迅花の手首を軽く払っただけだった。

それだけで、体勢が崩された。

 

迅花は歯を食いしばり、すぐに立て直す。

もう一度、蹴り。今度は本気。速さも、角度もある。

 

——だが。

 

男は、蹴りの軌道に入らなかった。

迅花の足首を掴むでもなく、ただ、踏み込みの“芯”を外す。

 

次の瞬間、迅花は壁に背中を打ちつけていた。

 

痛みはない。だが、完全に押さえ込まれている。

男の手が、肩に添えられていた。

力は入っていない。それでも、動けない。

 

「……ほら」

 

男の声は、低く、淡々としていた。

 

「慢心してる」

 

「……放しなさいよ!」

 

男は放した。あっさりと。

迅花は跳ね飛び、間合いを取り直す。胸が上下する。

 

「ふざけないで……」

 

男は手を離し、一歩下がる。

迅花は睨みつける。悔しさで、喉が焼ける。

 

「……何者」

 

「通りすがりだ」

 

名乗らない。男は手をポケットに入れたまま言った。

 

「本気出す前にやめとけ。このやり方、長く持たねぇ」

 

迅花は理解できなかった。

なぜ止めない。なぜ説教する。

なぜ、見下ろすようでもなく、褒めるでもない。

 

——分からない。

 

「……あんたに、関係ない」

 

吐き捨てる。男は答えない。

その沈黙が、さらに苛立ちを煽った。

 

迅花は踵を返す。

歩きながら、拳を握る。胸の奥で、何かが燃えていた。

恐怖でも、安心でもない。

理解されなかった怒り。あしらわれた悔しさ。

迅花は、乱暴にフードを被り、夜の中へ歩き出す。

背中に、怒りと反骨心を詰め込んだまま

 

 

外の通りは、何事もなかったように流れている。

コンビニの灯り。通り過ぎる車の音。

夜は、変わらずそこにある。

迅花は拳を握る。爪が掌に食い込み、わずかに痛む。

 

——なんだ、あれ。

 

背中に残る感触が消えない。壁の冷たさではない。

肩に触れた、あの一瞬の「重さ」だ。

掴まれていない。押されてもいない。

それなのに、身体が止まった。

 

——意味が分かんない。

 

余裕ぶって、軽口叩いて。

 

「……ムカつく」

 

声に出すと、少しだけ楽になる。

それでも、熱は引かない。

あの男は、名乗らなかった。

名乗る必要がないとでも言うように。

 

迅花は、空を仰ぐ。

街灯に滲んだ雲が、夜を押し潰している。

後は振り返らなかった。背中に視線が残っている気がして、歩幅を速めた。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

玄関の鍵を閉める音が、やけに大きく響いた。

夜の湿った空気が背中から剥がれ落ちる。靴を脱ぐ動作だけが、現実に繋ぎ止めてくれる。

 

居間の灯りは点いていた。

 

「……おかえり」

 

母の声は、いつもより少しだけ遅れて届いた。

迅花は顔を上げずに頷く。

 

「ただいま」

 

それ以上の言葉は出てこない。

喧嘩のことは言わない。言う意味がない。

理解されないと分かっているからではない。

言葉にした瞬間、全部が壊れそうだった。

 

母は、迅花の様子を見て何か言いかけて――やめた。

代わりに、湯呑みを差し出す。

 

「……陸上、辞めてから。夜、増えたわね」

 

責める声ではなかった。

だからこそ、迅花の胸の奥が軋んだ。

 

「走れないわけじゃない」

 

思わず、少しだけ強く言ってしまう。

 

「分かってる」

 

母はすぐにそう返した。

分かっている、と言いながら。

本当は、何も分かっていないことも、迅花は分かっていた。

 

異能。

理由はそれだけだった。

 

速すぎる脚。強すぎる踏み込み。

スタートの一歩で、他人との距離が壊れる感覚。

 

勝っても、誰も隣にいない。

速く走るほど、孤立していく。

 

――だから、辞めた。

 

母はその事実を知っている。

だが、その後に残ったものまでは、触れられない。

 

「……無理、しないで」

 

それが精一杯の言葉だった。

迅花は湯呑みに口をつけたが、味はしなかった。

喉を通る熱だけが、身体に残る。

 

部屋に戻ると、カーテン越しに街の光が滲んでいた。

静かすぎる。

走る音も、呼吸も、歓声もない。

 

胸の奥で、行き場を失った力が蠢く。

 

怖い。

自分が、自分で。

それでも止められない。

ベッドに腰掛けたまま、拳を握る。骨が鳴るほど、強く。

 

「……このままじゃ、だめだ」

 

誰に向けた言葉でもない。

答えもない。

迅花は立ち上がり、上着を掴んだ。

さっきより、もっと危険な場所へ行くつもりだった。

 

走るためじゃない。勝つためでもない。

ただ――この孤独を、殴り飛ばすために。

 

玄関の鍵が、再び静かに回った。

夜の風は冷たくない。

それでも迅花は、肩をすぼめて歩いていた。

 

 

 

 

街灯の切れ目。

コンビニから二本外れた細い道。

わざと足取りを遅くする。スマホを見ているふりをして、イヤホンを片方だけ外す。

 

——来い。

 

願うでもなく、祈るでもない。

ただ、そうなると分かっているから、待つ。

 

「ねえ、ちょっとさ」

 

背後から声。

一人じゃない。靴音が三つ、四つ。

反射的に振り向いて、迅花は一瞬だけ“弱い顔”を作った。

 

目を見開き、言葉に詰まる。

逃げようとして、足がもつれる。

 

演技だ。

でも、心臓の鼓動だけは誤魔化せない。

 

「なに、怖がってんの?」

「夜道一人? 不用心だな」

 

距離を詰めてくる。

肩に触れられた瞬間、迅花は一歩下がった。

 

——触った。

 

それだけでいい。

それだけで、殴る理由は成立する。

 

「やめてください」

 

声が震える。

それを聞いて、不良たちは下衆に笑った。

 

「やめてくださいだってよ!かわいい〜!」

「ほらほら、声上げんなって」

「ちょっと遊ぶだけだろ」

 

その瞬間。

迅花の中で、何かが切り替わる。

逃げ腰だった身体が、すっと立った。

背骨が伸び、重心が落ちる。

次の瞬間、最初に触れてきた男の顎に、拳が入った。

 

鈍い音。

歯がぶつかり、男が崩れる。

 

「——っ!?」

 

驚きの声が上がる前に、二人目の腹へ蹴り。

三人目が殴りかかってくるのを、腕で受けて、そのまま投げる。

 

速い。強い。そして、止まらない。

 

拳が当たるたび、胸の奥が少しだけ楽になる。

詰まっていた何かが、外へ出ていく。

 

——これだ。

 

陸上をやっていた頃には、なかった感覚。

スタートラインも、ゴールもない。

ただ、力を出せばいい。

 

倒れた不良の一人が、震える声で言った。

 

「お、お前……なんだよ……」

 

迅花は答えない。答えられない。

自分でも、分からないから。

 

最後の一人が逃げ出したのを見て、追わなかった。

深追いはしない。

“狩り”は、ここまでだ。

 

息を整える。

拳を見る。赤くなった指。痛みは、ほとんどない。

 

——また、やってしまった。

 

胸の奥に、冷たいものが残る。

スッとしたはずなのに、すぐ戻ってくる違和感。

 

強すぎる。

使えば使うほど、普通から離れる。

 

それでも、やめられない。

 

迅花はフードを被り直し、何事もなかったように歩き出した。

倒れたままの男たちを、振り返らずに。

 

夜は、まだ深い。同じ路地。

同じ時間帯。

違うのは——迅花の中の温度だけだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

夜の繁華街は、昼よりも正直だ。

欲と金と嘘が看板の光の下でむき出しになる。

 

迅花はフードを深く被り、歩道の端を歩いていた。

足取りは軽い。呼吸は整っている。

――獲物を探す時の、それだ。

 

ドラッグの匂い。

甘く、鼻につく化学臭。

覚醒してから、嫌でも分かるようになった。

 

路地の奥。

黒塗りのワゴン。後部ドアが半開き。

男が二人、段ボールを運んでいる。

 

売人。末端じゃない。動きが慣れている。

 

迅花はわざと足音を立てた。

 

「……あ?」

 

振り返った男の目が、彼女を捉える。

若い。細い。フードを被った女。

 

格好の獲物だ。

 

「迷ったのか? こっちは——」

 

言葉は最後まで続かなかった。

 

迅花は距離を詰める。

一歩。

次の瞬間、男の腹が凹む。

 

拳が沈み、空気が吐き出される音。

身体能力の差は説明にならない。

 

もう一人がナイフを抜く。

反応は早い。だが――遅い。

 

迅花は踏み込む。

回し蹴り。顎が跳ね、男が壁に叩きつけられる。

 

倒れた二人を見下ろし、迅花は呼吸を整える。

――まだ、足りない。

 

ワゴンの中から、別の気配。

 

「……何してやがる」

 

出てきたのは、三人目。

肩幅が広い。目が濁っている。

このチームの幹部だと、直感で分かった。

 

男は状況を一瞬で把握した。

倒れた部下。

立っている少女。

 

「クソが……女一人で調子に乗るなよ」

 

拳銃は抜かなかった。この距離、この場所。

“殴って解決できる”と思った顔だ。

 

迅花は、笑わない。ただ、構えた。

次の瞬間、男が突っ込んでくる。

体重を乗せたフック。

 

迅花は避けない。受けて、返す。

 

肋骨が鳴る。男の身体が横に飛ぶ。

 

「ぐ……っ!」

 

地面に転がる男を、迅花は追う。

逃がさない。

膝。肘。踵。

 

壊すためじゃない。

立ち上がれなくするため。

 

男の呻きが、路地に溶ける。

迅花は最後に、男の胸倉を掴み、顔を近づけた。

息がかかる距離。

 

「次は……売る相手、選びなよ」

 

声は低い。怒鳴らない。

手を離す。

男は崩れ落ちる。

 

迅花は背を向け、路地を出た。

胸が、ざわつく。

 

――幹部を狩った。

 

いつもより、重い。達成感じゃない。

どこか、踏み越えた感触。

 

足を止め、夜空を見上げる。

強い。だから、出来た。

 

だから――怖い。

 

遠くでサイレンが鳴り始めた。

迅花はフードを深く被り、闇に溶けていく。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

繁華街の中心にあるクラブは、

深夜になるほど現実味を失っていく。

低音が床を震わせ、照明が人の輪郭を削り、ここが「どこ」なのかを曖昧にする。

 

その奥――

関係者以外立ち入り禁止のVIPルームで、不良チームの中枢が集まっていた。

 

ソファに座る男は、リーダーだった。

見た目は派手だ。

高級そうなジャケット、腕時計、余裕ぶった態度。

だが、目は落ち着かない。

彼は――

裏の世界で戦える人間ではない。

ただ、「知っている」だけの男だ。

 

「……で?」

 

グラスを傾けながら、低く言う。

 

「例の件、間違いねぇんだな」

 

向かいに座るのは、幹部。

顔に古い傷があり、こちらは明らかに場数を踏んでいる。

 

「間違いねぇ」

 

短く答える。

 

「昨日潰されたの、ウチの“運び役”だ」

 

その言葉で、

部屋の空気が一段、重くなる。

運び役――

表に出ない金とモノを動かす、重要人物。

 

「……女一人、だって話だったな」

「そうだ」

 

幹部は、スマホをテーブルに置いた。

 

画面には、

フードを被った少女の後ろ姿。

 

夜の街。乱闘する姿。そしてフードの下の顔。

高い位置で纏めたポニーテールに勝ち気な瞳

 

「こいつだ」

 

リーダーは、舌打ちする。

 

「……ガキじゃねぇか」

「ガキだが、化け物だ」

 

幹部の声は、冗談を含まない。

 

「殴り合いになった奴ら、全員“壊されてる”」

「……殺しは?」

「してねぇ」

「だが、遊びでやってる加減じゃねぇ」

 

沈黙。

その時、部屋の隅にいた男が口を開いた。

薬の売人だ。痩せているが、目だけが鋭い。

 

「……あの女、最近、獲物を選ばなくなってる」

 

全員の視線が向く。

「最初はチンピラとかその辺の雑魚だった」

「……今は?」

「超えちゃいけねぇラインを超えやがった」

 

リーダーは、グラスを置いた。

 

「……つまり、そういうことだ」

 

幹部が続ける。

 

「もう“遊び”じゃねぇ。向こうは無自覚だろうがこっちは被害が出てる」

 

リーダーは、顎に手をやる。

 

「……ガキ一人潰すのに、騒ぎすぎじゃねぇか?」

 

その言葉に幹部の目が冷たくなる。

 

「……だから言ってんだろ。ウチだけの問題じゃねぇ」

「……組織か」

「裏の組織が、この街の流れを握ってる」

「で、その“流れ”をあのガキが止め始めてる」

 

音楽が、壁越しに鳴り続けている。

だが、この部屋の中だけは完全に別の世界だった。

 

「……特定は済んでるんだな」

「都内の学校だ。家も押さえてある」

 

幹部は、はっきり言う。

 

「顔も悪くねぇ。客は選ぶけど、“見世物”にしたら回る」

 

誰かが笑う。

最後に、ボス格の男が缶を置いた。

 

「探せ」

 

短い一言。

 

「殺すな。逃がすな。壊すな」

 

一拍置いて、

 

「手に入れろ」

 

誰も反論しなかった。

クラブの外では、若者たちが笑い、踊り、何も知らずに夜を消費している。

 

その裏で――

迅花の“狩り”は、確実に一線を越えてしまっていた。

 

ーーーーーーーーーーー

 

学校終わりの放課後、迅花は公園のベンチに腰を下ろして夕陽を眺めていた。夕方の公園は夜と違いここは静かだ。

静かすぎて、身体の奥に溜まったものが、行き場を失って騒ぎ出す。

 

脚が、まだ熱を持っている。

殴った感触が、皮膚の裏に残っている。

 

――足りない。

 

そう思った瞬間、歯を食いしばった。

 

走っていた頃は、こんな感覚はなかった。

トラックを蹴る音。

呼吸が焼けるように苦しくなって、視界が狭まって、それでも前に出る感覚。

あの頃は、速さに全部を預けていればよかった。

 

今は違う。

速すぎる。強すぎる。

誰も並ばない。誰も追いつかない。

 

自分で辞めた。

誰に言われたわけでもない。怪我をしたわけでもない。

 

「……強すぎるから、辞めます」

 

そう言った時の、顧問の顔を思い出す。

困ったような、腫れ物に触るような目。

 

迅花はペットボトルを握りしめる。

指に力が入りすぎて、ボトルが破裂した。

夕方の空気は、生ぬるかった。

走り終えた後の身体が、まだ熱を持っている。

 

背後で、靴音が止まった。

 

「……あー、やっぱ本物だ」

 

軽い声。

褒めるようで、舐め切った響き。

 

振り返るより先に、視界の下からスマホが突き出された。

画面。路地。倒れている男。逃げ惑う影。

殴り抜いた瞬間の自分。

 

どれも、角度がいい。

“撮るつもりで撮った”写真だった。

 

「昨日の。つーか一昨日のもある」

 

別の男が言う。

 

「いやー、女でここまでやるとは思わなかったわ」

 

笑い声。乾いていて、下品。

 

迅花は距離を測る。

四人。立ち位置が、逃げ道を潰している。

いける。全員倒せる。

 

そう判断した瞬間――男が、低く言った。

 

「……元気だな、迅花ちゃん」

 

名前。

その一言で、

状況が、完全に切り替わった。

 

三人目が、スマホをもう一台出した。

画面が切り替わる。

 

(……は?)

 

自分の家。昼間の外観。玄関。

 

そして母

 

さらに――友達。

 

学校の前。笑っている顔。

迅花の思考が、一瞬、真っ白になる。

 

(……なんで……)

 

男は何も言わない。ただ画面を見せるだけ。

玄関。自分の家。母がゴミ袋を持って出てくるところ。

 

……息が止まる。

 

「これな。今日の昼」

 

男は、楽しそうに続ける。

 

「母ちゃん、優しそうだよな。声掛けたら、すぐ出てきそう」

 

胸の奥が、冷える。

 

「なあ、想像した?」

 

低い声が、耳元に近づく。

 

「お前が暴れた後の家」

「窓割れて、玄関壊れて、母ちゃん泣いて――」

「それでもお前、殴れる?」

 

喉が、鳴らない。

 

「別にさ、殺すとかじゃねぇよ」

 

肩をすくめる。

 

「そんな面倒なこと、する意味ないし」

「でも――壊すのは簡単だ」

 

男の指が、迅花の顎を軽く叩く。

 

「お前が言うこと聞かねぇなら」

「写真、学校に流す」

「警察にも行く」

「あと、動画もある。音付きな」

 

一瞬、世界が遠のく。

 

――動画。

 

それは、駄目だ。

理解するより早く、本能が叫ぶ。

これは、ヤバい。初めて、はっきりと思った。

力がある。倒せる。逃げられる。

 

でも――

逃げた先に、守れないものがある。

 

「……クソ」

 

声が震える。

男達は、その反応を待っていたように笑った。

 

「いい顔するじゃん」

「やっと分かった?」

 

背後から、腕を掴まれる。反射で振り払おうとして、止まる。

スマホが、また目の前に来る。

 

母の顔。

 

「大丈夫だって」

 

リーダー格が言う。

 

「ちょっと付き合ってもらうだけ」

「お前、金になるから」

 

その言葉で、全てが落ちた。――狩られている。

 

迅花は、初めて理解する。

自分は今まで、殴れる相手だけを選んでいただけだった。

本当に下衆な連中は、殴らせてすらくれない。

 

悔しい。

腹が立つ。

怒りで視界が滲む。

 

それでも――拳は、振れなかった。

 

(……私……)

 

強いはずなのに。速いはずなのに。

――自分の“遊び”は、もう、完全に終わっていた。

 

「ほら、行こうぜ」

 

「強い女さん」

 

その呼び方が、初めて本気で、気持ち悪かった。

迅花は連れて行かれる。

初めて、“自分の力が通じない世界”に。

 

 

 

 

 

 

 






鷹宮 迅花(たかみや じんか)

年齢:高校生(都内有名学園在籍)

所属:元・陸上部(短距離)

外見:長い黒髪を高い位置でポニーテール
   目力の強い、勝ち気な瞳
   派手さはないが、完成度の高い美少女

体格:陸上で鍛え上げた四肢は無駄な肉がなく、しなやかで強靭
   走る・跳ぶ・踏み込む動作に特化した身体

現在の状況
中学から陸上一筋、学園でも有望選手として期待されていた。覚醒をきっかけに競技バランスが崩壊

スタートが速すぎる
踏み切りで地面を壊す
接触事故の危険性が増大

本人の意思で退部、目的を失い、力を持て余す

結果――夜の街で“悪いやつ狩り”を始める

善悪の基準は単純。
・声をかけてくる
・触ろうとする
・脅す
→ なら、殴っていい

裏社会の存在は知らない。自分の行動がどれほど危険かも、
まだ理解しきれていない。

異能名

身体能力強化(フィジカル・ブースト)
筋力・瞬発力・反射神経が「鍛えた成人男性」の2〜3倍
特に脚力が異常に高い。長距離戦は不得意だが、瞬間的な制圧力は非常に高い

性格:勝ち気、短気、正義感はあるが短絡的

力を持った自分に戸惑っている
褒められるのが苦手
見透かされると、露骨に不機嫌になる。
意外にミーハーな所がある。

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