Ghost & Dash― 最速を継ぐ者 ― 作:Kataparuto
ただ、カナタには避けられない運命がある。
MFGのサマーバケーション。
これはあくまで運営側の話であり、出場するレーサーたちにとっては一番大事なオフタイムであった。
開催から3戦、3回も走れば車の課題、レーサー自身の課題も否応でも見えてくる。
だが、レーサーという生き物は総じて我が強い、自分の走りそのものに自負がある。
だから多くのチームはまず先にクルマの更新へ手を出すのだ。
そしてそれはTTF(ツチヤチューニングファクトリー)も同様であったが、こちらは少し毛色が違う。
第3戦、真鶴にはSTAGE2改装が突貫工事で間に合わせた。
だが、その弊害で、車両が要求する走行限界に対して、必要なダウンフォースなどのスペックを発揮するためには自殺行為に等しい速度での走りを求められる状態となっていた。
ただ、原因ははっきりしており、STAGE3への布石として装備していた新規装備で得られる結果とのかみ合わせが悪い状態であったことだ。
なので、STAGE3への更新が終わればそのような無茶は必要なくなる。
「んで、具体的にはどういう改造なんだJ」
「ここまで丸裸にするっていうのは相当な改造だよね」
静かに作業台に収まるRX-8は、これからボディ形状にも手が入るのだろう、バンパーなども外されほとんどフレームだけの状態だった。
そんなRX-8を、椅子の背もたれを前にして肘を預けた豪が眺めていた。
その横では烈が興味深そうに資料に目を通している。
そんな二人に、RX-8でほかの作業員に交じって作業を続けていたJが顔を上げる。
「現時点での土屋式空力論の集大成だよ、搭載するのはヴォルテックスジェネレータージェット、通称VGJにシンセティックジェットアクチュエーター、SJA」
「えーっと、ヴぉるて……?しん?」
唐突な横文字に豪の頭にはてなが浮かぶ、だが、宇宙開発に携わっている烈のほうは航空力学にも多少覚えがあるため文字列になるほどといった表情をしていた。
「まぁジェットって名前がついてるけど加速装置ってわけじゃない。ボディの表面を流れる空気の流れをはがれにくく強固にするのがVGJ。そして剥がれかかった空気を整え最後まで流し切るのがSJAのほうさ」
「たしかVGJは戦闘機とかでも使ってる技術だよね」
「そう、もともと土屋博士は戦闘機のパイロットだったから、土屋式空力論は空中制御で用いる空力を地上車両へ応用するという題目がある。だからVGJを搭載するのさ」
Jと烈が話す中豪はいまだにピンと来ていないようだった。
「えっと、つまりそれがどう速くなるんだ?」
「ダウンフォースが抜けにくくなる。だけど、ダウンフォースは空気抵抗にもなるから最高速下げてしまうものでもあるのはわかるね?だけど、VGJを搭載すればその出力調整でストレートでは抵抗を少なくし、コーナーではトラクションを上げるとかもできる。先の真鶴で豪君が踏めないと思ってたダブルトンネル後のコーナーでも安心して踏み込めるんだ」
「へぇー、すげぇじゃん」
「お前あんまりわかってないだろ……」
「うるせー、烈兄貴だってわかんねーだろ?」
「VGJは知ってたさ、ただSJAのほうは知らないな、どういう技術なんだい?」
ぶー垂れる豪を横目に烈が研究者としての目でJに説明を促した。
軽く頷いてからJが続ける。
「空気の流れっていうのはどれだけ整えてもどこかで絶対に剥がれる。はがれた瞬間にダウンフォースが消失してしまい、挙動が乱れるしアクセルを踏めなくなる。それにこれが抵抗になって理論値より空力性能が下がる、これは仕方ないことなんだ。だけどSJAはこの剥がれようとする空気を微細な振動でたたくことで整えるんだ。わかりやすく言うと曲がったくぎをハンマーで真っすぐに直す感じ。ただ、この技術は研究途上でね、このRX-8への搭載と実装で得られるデータは相当貴重なものになる」
「つまりは?」
「豪君がどれだけ振り回してもVGJがダウンフォースを安定させて、SJAがその効果の切れ目を無くすってことかな。 特にコーナーへ入るときの速度や車体向きでのダウンフォースの変化がかなり滑らかになって、粘り強くなるから速度変化が減ると思うよ」
「うーん?」
「J君、だめだ、直感型のこいつは出来上がって乗せるしかない。まぁ乗ったらすぐわかるだろ豪」
「まぁな、とにかく、Jに任せとけば心配はいらないってことだな!」
「ははは、うん。まぁ任せといて、土屋博士の研究もこれで一つの集大成なんだ、これで実証して見せるよ」
そういって作業に戻ったJ、その時ふと豪が烈に尋ねた。
「っていうかそもそも土屋式空力論って何なんだよ兄貴」
「お前なぁ、藤原コーチと一緒で博士にもだいぶ世話になったんだからJ君が書いた本ぐらい読めよ……、まぁ簡単に言うと、風を味方につけるってことだ。ダウンフォースだって増やしすぎればダメ、でもなけりゃ困る、だからこそ、空気の流れを常に意識して、どんな時でも風が味方でいてくれるようにするっていうものさ」
「風を味方につける……か……」
「サイクロンマグナムを使ってたお前なら、言葉より理屈でわかってるだろ?」
「……そうだな」
こうしてRX-8はTTFにより半月ほどで組みなおされシェイクダウンが行われることとなった。
これほどのハイペースで仕上げることができたのは、そもそもTTFはチューナーではなく研究所としての側面が強く、このRX-8も実験個体として運用されている。
よって、つきっきりで作業が行われるため非常にスピーディーなのだ。
こうしてTTF、星馬・豪はMFG第4戦、シーサイドダブルレーンへと挑む。
その訃報は突然だった。
片桐カナタがMFG挑戦のために身を寄せている西園寺家。
その家長の口から、実の父、片桐健の訃報が伝えられた。
末期がんだった。治療の甲斐もなく、そのまま……。
こうして片桐カナタは、母も父も失ってしまった。
MFGで名を上げ、父に見つけてもらう。
そんな目標が潰えたことさえ、この瞬間にはどうでもよかった。
父の死、その事実の前では、何もかもが遠かった。
呆然としていた、という言葉が一番近い。
それでも父の妹から詳しい話を聞いた帰り道。
MFGが始まってからずっと親しくしてくれている西園寺恋が、「私がいる」と泣きじゃくってくれたことは、沈み切った心に確かなぬくもりを残した。
そしてなにより……。
父が亡くなったのは7月16日、13時09分。
それは、あの真鶴で自分が走っていた時刻。
そして、使えなかった二速へギアを叩き込み、巻き返しへ踏み出した、まさにその瞬間だった。
偶然だと言われればそれまでなのだろう。
実際そうなのかもしれない。
かつて、藤原拓海が語っていた。
願った拍子に落雷が落ち、モーターが完成したなどという与太話を。
理屈で片付けるなら、あれもこれも、ただの偶然だ。
だが、片桐カナタにとっては違った。
あの瞬間、父が自分を助けてくれたのかもしれない。
今際の際に、ついに心を通わせることができたのかもしれない。
そう思えたことは、悲しみとは別に、確かな充足感としてカナタの中に残った。
母を失ったあと、一度ひきこもってしまった自分を引き戻してくれたのは、人とのつながりであり、差し伸べられた優しさだった。
そして今、自分の中にはそれだけではないものがある。
託されたものがある。
藤原拓海の走り。
レースへの情熱。
新たに目指すべき場所。
そして、決着をつけるべきライバル。
だからこそ、彼は別れの言葉を口にできた。
(ママは性格がきついから、天国で父さんをいじめないでね)
それは拒絶ではない。
喪失を自分の中へ刻み込み、それでも前に進むための言葉だった。
忘れはしない。
その喪失さえも、きっと彼の中で崩れない足場へと変わっていく。
そうして、片桐カナタにとって真のMFGが、今、始まったのだ。
ここは避けられない。
内面の描写に関してはこの二次創作ゆえの解釈になるので原作版のメンタリティとは違う可能性が高いと思いますので、ご了承ください。
では、改めて次回、ダブルレーンをお待ちください。
土屋式空力論とは
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風を味方につける
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風を支配する
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とにかくダウンフォースだ!