Ghost & Dash― 最速を継ぐ者 ― 作:Kataparuto
どうぞお楽しみください
MFG第四戦、シーサイドダブルレーン。
湾岸にレイアウトされた高速コースであり、その名の通り二つのレーンが平行するように伸びている。
サマーバケーション明けに行われることから、誰が呼んだか夏の終わりの高速バトルとも呼ばれていた。
そんなシーサイドダブルレーンでの予選1日目、沢渡光輝が大躍進する。
注目フラグが点灯しっぱなしの大記録、コースレコードを3秒以上更新したその走りは驚異的と言わざるをえない。
そんな大記録を前にして星馬・豪は二日目でのタイムアタックとなる。
「さて……湾岸高速コースか……WGP最終戦を思い出すな」
「確かにな。幸い風は穏やかだ、豪、かっ飛ばしてこい、お前のためのコースだ」
「がんばれ父ちゃん!!」
烈がルーフを叩き、それを合図に豪が前へクルマを出す。
翼の応援を背中に受けながら豪はスタートラインへとRX-8をつけた。
「Jもテレメトリーチェック頼むな、新装備ばっかりだトラブルが怖いからな」
「わかってる、本戦のためのデータ取りでもあるんだ、本気で行ってよ豪君」
「おうよ!」
カウントダウン。エンジェルスが持つボードの数字が減っていく。
そして、ゼロ。
弾かれるように走り出したRX-8。
だが、それは世界を変えた。
沢渡のたたき出したコースレコードからさらに0.3秒更新。
実況席も、そしてMFG本部も、視聴者も、全員がそのコースレコードの前に沈黙する。
沢渡の更新だって3秒というのは驚異的なものだ、だが、そのさらに上を行くタイムの存在。
果たして現実のことかと誰もが思っていた。
ただわずかな人数はこのタイムの出現にどこか当然であるというとらえ方をしているものがいた。
そのわずかなうちの一人が片桐カナタであった。
RX-8の走りを後から録画で見ていたカナタだったが、その走りに何か納得をした様子だった。
「どうだ?カナタ」
「……豪さん、いやRX-8はとんでもないマシンです。どういうトリックかはまだわかりませんが、特に顕著なのはこのジャンプです、見てください」
「ん?」
シーサイドダブルレーンにはジャンプセクションがある、レースという環境においてはほとんど存在しない特殊なMFG特有のハザードゾーン。
それは富士山の大爆発以降、突如として吹き出した地下水の奔流を跨ぐように設けられたジャンプセクションだった。
このセクションのおかげで、数千万するような高級車が宙を舞うのだ。
そんなものMFGでしか見られない光景であり、このシーサイドダブルレーンの見どころの一つとなっていた。
そして、そのジャンプセクションを飛ぶRX-8の映像をカナタがじっくりとコマ送りで見る。
飛び始めから着地まで。
「わかりましたか緒方さん、RX-8は完ぺきな水平で着地しているんです」
「そんなの別に当たり前じゃないのか?」
「いいえ、緒方さん、クルマで一番重いのはエンジンです。ミッドシップならともかくFRのRX-8や86なら気持ち前のめりで着地するはずです」
「あ、そうか」
「空中にいる時間は短いので大きく姿勢を崩すことはないのですが……、こうもきれいに着地できればすぐさま次の動きに入れます。ほかのクルマとの姿勢の差は僅かですが、次のための姿勢づくりから速度、あらゆる点で有利です」
「おいおい……、お前がそこまで褒めるなんて珍しいな」
「あ、いえ……確かにしゃべりすぎですね……」
興奮するカナタは緒方からの指摘で少し落ち着く。
正直言って豪が出したタイムに匹敵する走りのイメージができない。
単純に速い、ドライバーとクルマの一体感、そこに強力な第三の何かが追加されている。
自分は果たして戦えるのか……。
いやそもそも追いつけるのか。
片桐カナタは自問する、しかしその答えにたどり着くことはなく彼の予選の日となってしまった。
予選五日目、パドックにはトヨタ86とカナタ、そして緒方が出走を控えて準備を進めていた。
「とはいえこっちもパワーアップは出来てるからな。今回のコースに向けて奥山さんがサスペンションに新しいシステムを搭載したんだ、奥山さんがいないから簡単に説明するけど、ずばりアクティブサスペンション、Gのかかりに対してサスペンションの硬さを自動的に調整してくれる。細かい設定は奥山さんの企業秘密で全自動だからカナタも特に操作する必要はないだろう」
「バックブレーダーを思い出しますね、あれもアクティブサスペンションでした」
「そうだな。まぁちょっと意味合いや狙いが違うが、コーナーでの姿勢制御にかかわるから、フィーリングの違いはあるかもしれないが、決してお前の不利にはならないはずだ、すぐに慣れるよ」
「わかりました、できる限りやってみます」
「ん?」
緒方はカナタからの答えに若干の違和感を覚える。
空力周りの調整も完璧、アクティブサスで戦闘力は十分、ポールポジションだって狙えるはずだ。
3戦でのカナタの闘争心ならここでトップを取ると宣言したっていいはずだ。
それぐらいにはレースへの貪欲さが出てきたように思える。
だが、その宣言をしなかった……。
その原因に思い当たった緒方は思い切ってカナタに聞いてみることにした。
「なぁカナタ……RX-8、それだけやばいか」
その問いにカナタは神妙に頷いた。
「……YES、あれは強いです、正直このコースにおいては……誰よりも」
「……勝てるのか?」
「……NO、勝つんです、全身全霊をもって挑みます」
「わかった、余計なことは言わない、行ってこい!」
『さぁ、MFGの予選も五日目、ついにやってきました。今年初参戦ですでに四強といえる位置までのし上がってきたスーパールーキー!!その名を言わずともファンの皆様はよくご存じ、深紅のトヨタ86を駆る、英国生まれの韋駄天、片桐カナタ!!全世界の期待を背に、満を持してシーサイドダブルレーンに見参!』
実況が吠える、カウントダウンボードを持つエンジェルスは西園寺恋、片桐カナタはいつか彼女にもらったお守りを掲げ、見せる。
カウントダウン。
ゼロ。
矢のように飛び出す86、最初の高速コーナーで片桐カナタは搭載されたアクティブサスペンションのすごさをたった一回で感じ取る。
コーナー中での車体姿勢のブレがかなり軽減され、荷重移動がよりスムーズでわかりやすくなる。
乗せたい重さを乗せたいタイヤへ伝えられる。
何一つ不安なく思い通りに。
更新された空力周りも確かな効果を見せていた。高速域での接地感が増し、これまでならわずかにためらっていた場面でも、もう半歩だけ踏み込める。
――速い……!
カナタ自身、86の仕上がりには手ごたえを感じている、必要なときに必要なように、滑らかにサスペンションの具合が変わってくれるのは、まるで86がこちらの意志をくみ取ってくれているような一体感がある。
前半のハイアベレージ区間で、豪や沢渡のタイムとほとんど差がないということがその証明だった。
順調に走るカナタの前に大きな滝から流れ出た水がコースに広がっているのが目に入る。
トラブルではない、シーサイドダブルレーンにはジャンプスポットとは別にもう一つハザードがある。
ジャンプスポットから噴き出た水が下のコースに広がっているのだ。
通称ハイドロトラップ。
しかしこれも運営が認めているハザードゾーン、勢いよく突っ込んだ86はそのままハイドロプレーニング現象で、文字通り滑るように水の上を通過しコースへ戻る。
片桐カナタの悪路に対する対応力は第2戦で証明済みだ、見守る緒方もそこは安心して見送る。
ハザードを乗り越えたカナタは先行タイムのペースと一切変わらず進み、有料道路区間を使ったセクター1が終わり、続いて山側のセクター2へ突入していく。
シーサイドダブルレーンというコースは全体的にセクターが三つに分けられる。
セクター1は今カナタが走ってきた海側の有料区間を使ったハイアベレージコース。
セクター2が山側の生活道路区間側となり、路面状況が若干悪くなるが、交通量が多いエリアのため整備状態はマシ。
そして最後がジャンプセクションを終えた後のセクター3、ここが一番路面状況が悪いエリアとなっている。
そのセクター2へ入ったカナタだが、マシンスペックの向上や奥山の工夫により何の苦も無くセクター3へと突入していく。
しかし、ジャンプをこなした後、異変が起こる。
マシントラブルはない、だが、セクター3へ入ってからジワジワと沢渡、そして豪のタイムから遅れ始める。
正直カナタは乗れている、しかしそれでもだ……。
理由はわからない、だが、ここに豪か沢渡が仕掛けた何かがあることはわかった。
何かに気づいたカナタだったが、今は少しでもタイム差が広がらないように粘るしかない。
こうしてフィニッシュしたカナタは現時点で3位というタイムで予選を終えることとなる。
タイムアタックから数日後、緒方自動車にはカナタと緒方、そして奥山が集まっていた。
理由は二つ。カナタのタイムが伸び切らなかったこと。そして、ベッケンバウアーまでもがポールポジションを逃したことだ。
ベッケンバウアーはタイムアタック最終日の登場となったが、結果は3位。王者ですら、今回は豪と沢渡の上には立てなかった。
もっとも、その意地は見せた。カナタのタイムを上回り、グリッドは豪、沢渡、ベッケンバウアー、カナタの順となる。カナタは4位スタートだ。
ベッケンバウアーが取りこぼした理由も、基本的にはカナタと同じだった。セクター3でタイムを削られ、巻き返しを図った時には、すでに遅かったのである。
「まさかベッケンバウアーが3位スタートだなんて思いもよらなかったよ……。豪さんのタイムは何か秘密がありそうだけど沢渡がわからないんだよなぁ……」
「沢渡のほうには説明がつく、多分足回りだ」
レース映像を何度か見返しながら頭をかいていた緒方に奥山が興味深げに映像を見ながらつぶやいた。
「シーサイドダブルレーンはセクターごとに要求される足回りが違う、セクター1はサーキット仕様でも行けるぐらい整っている、だが、セクター2以降は生活道路だからセクター3に行くにしたがって路面状況が悪くなっていく。セオリーとしては要求される特性が中間にあるセクター2に足回りを合わせるのがベストだ」
「なるほど……」
「つまり、沢渡光輝はセクター3に足回りを合わせてきた、そのうえで合わない足でセクター1と2をあのタイムで走り切ったんだ。彼の頑張りがすごかったんだ」
しかし緒方はまだ納得がいっていないらしく疑問を口にする。
「だとして、豪さんとベッケンバウアーの差はどこにあるんですか?」
その緒方の言葉に奥山ではなくカナタが答えた
「あまり褒められたものではありませんが、ベッケンバウアーは毎回トップタイムの流れを見て全力を出さずにタイムアタックを攻略しています。そこをセクター1、2でベストタイムをたたき出したうえで、実はセクター3でさらに高速で走り抜けられるという沢渡光輝の罠に気づけていなかった、気付いた時には遅かったということです」
「なるほど……」
実際にレースを走るカナタの言葉に緒方は納得した様子で再び映像へ戻る。
「それならば……なぜRX-8は沢渡の罠を超えたのか……」
奥山がぽつりとつぶやいたその疑問には誰も答えることはできなかった。
ベッケンバウアーにあった王者の油断でもない、片桐カナタのマシンスペックでもない、何か、たった一つの何かでこの差が生まれている。
だが、片桐カナタとしてはその秘密は考えても仕方のないことだと思っている。
タイムアタックの結果はあくまで一人で走った時の話。
複雑な条件が入り混じるレースという環境下であれば攻略する手立てもあるかもしれない。
できる手を尽くして挑む、それしかなかった。
そして本戦、実況の前口上も終わり、ヒートアップした観衆の熱がインターネットに満ちわたる中でレースが始まった。
先頭は豪、続いて沢渡、ベッケンバウアー、カナタと続く。
サマーバケーションでマシンの調整をしてきたであろうRX-8を前に沢渡は内心穏やかではなかった。
決死のセクター3トラップ、自分でも最高の走りを決めたと自負している中でこの目の前を走るRX-8は0.3秒も上回ってきた。
トリックを見破られたでもなく、予選では一番注力し、合わせてきたセクター3でだ。
何か根本的なところでの差が存在するのは間違いない。
だが、本戦となればやりようはあるそう思っていた、だが後ろにはベッケンバウアーがいることでその目論見ももはや怪しい。
トリックで奪ったポジションだが、ベッケンバウアーは本戦ともなれば容赦なく追い立ててくるだろう。
前門の虎、後門の狼どころではない、逃げる豪は自分と比べて0.3秒も速く走れる、何が何でも追いすがらなければならない。
だが、後ろからはベッケンバウアーが来る、前とバトルしてこちらが見せたスキは容赦なく付け入ってくるだろう。
――前を逃せば終わる、かといって守りに入れば後ろが刺してくる。
――前も後ろも見ろってことかよ……!
――ふざけんじゃねぇぞ……!
――だったら前だけ見て突き放してやる、ついてこいベッケンバウアー!
高速のセクター1、特段隊列に変化はなく最初のハザードゾーンへ突っ込む。
滝からの水が広がったそこは突入した時の衝撃が終わった後、ハイドロプレーニング現象でステアリングを奪われる。
だが、これは進入時の姿勢さえ合わせておけば、放っておいてもクルマが勝手に抜ける。
だが問題そのあと、ぬれたタイヤで高速コーナー。
RX-8が誰よりも早くアクセルを開けてアプローチに入る、そこを沢渡もついていこうとアクセルを入れる。
だが、その瞬間、水を抱いたタイヤが路面を掴み切れずわずかな横流れが一気に拡大する。
次の瞬間、沢渡のA110Sが横を向く、戻そうとする、だが戻せない……!
そして、シーサイドダブルレーンの本戦は、ここから全く別の顔を見せることとなる。
待て次回!
豪とRX-8の異質さは表現できてましたか?
-
ハイ
-
イイエ