Ghost & Dash― 最速を継ぐ者 ― 作:Kataparuto
実力が拮抗した者同士の戦いは、時として画面上では何も起きていないように見える。
だが、実際はそうではない、互いの頭の中では、すでに何十回、何百回という抜き合いが繰り返されている。
ここで仕掛ければ届くのか。
このラインなら抑え込めるのか。
タイヤは残っているのか。
次のコーナーまでに、どれだけ速度を乗せられるのか。
熱海ゴーストで繰り広げられているそれは、まさに達人同士の攻防だった。
わずかな動作の兆しを拾い、抑え込み、隙が生まれれば即座に差し込む。
派手な接触も、大きな順位変動もない。
だがその静けさの下では、刃物を突きつけ合うような緊張が続いていた。
幸い、解説席には啓介と拓海がいた。
二人がその小さな変化を拾い上げてくれるおかげで、上位陣の静かな攻防は視聴者にも伝わっている。
一方で、中団以降では順位を一つでも上げようとする目に見えるバトルも続いており、MFGの中継としては息切れせずに済んでいた。
そして熱海ゴーストは4周目を終え、残り2周。
いよいよ、その決着をつける後半戦へと突入していく。
現状、先頭は星馬・豪。
その後ろに片桐カナタ、沢渡と続いている。
ベッケンバウアーも不調から回復したのか、猛然と追い上げてきている。
だが、どれほどの技術があろうと、物理的なタイヤの損耗から逃れることはできない。
ラストスパート。
決戦の火ぶたを、誰が切るのか。
『……啓介さん、動きますね』
拓海がレースを映し出す画面から目を離さずに言うと、隣にいた啓介も頷いた。
『おい、田中、こっからもう別のところ見る暇はねーぞ!』
『え?……えぇぇぇぇ!?!?!? か、片桐カナタが仕掛けている!!ヒルクライム区間の終端!三車線区間であの豪選手と並んでいるぅぅ!!!』
――なんでそこから並べる!?
豪は驚愕していた。
片桐カナタのコーナリングは常識が通用しないものだったからだ。
完全なアウト側に張り付くように右コーナーをクリアしていくカナタ。
なぜか豪の走る通常のレコードラインに追いつき、さらには脱出速度がカナタのほうが速い。
ありえないことだ、コーナーのアウトなど本来は走行距離が延びる、同じ速度なら当然おいていかれる。
並んでいるということは、カナタのほうが速いということだ。
そんな走りを食い入るように画面を見ていた啓介がハッとした表情をしたかと思うと悔しそうにする。
『そうか、くっそ、この発想はなかったぜ。カラクリとしては簡単なもんだ。 この三車線、一番左は冬季凍結対策のために路面の質が違うんだ、ざらッとした滑りにくいものになっている、だからコーナーでもグリップが高まってるのかもしれねぇな』
『……そうか、RX-8-TTF(ツチヤチューニングファクトリー)の後方はダウンフォース低下によりブレーキングからグリップのフィーリングが乱されてしまう。となれば影響を逃れるならあれぐらい離れたい、つまり、抜くならここだったということだね……』
そんな無茶苦茶なラインを使った理由を推察に啓介も、拓海も頷いた。
一度前に出てしまえばRX-8-TTFのトリックは作用しようがない。
さらにスリップストリームを使うにしても入り組んだコースである以上、抜きどころも限られる。
残り二周、片桐カナタはここから大逃げを決めるつもりだ。
抜かれた豪も最初こそ動揺していたが、すぐに気持ちを切り替える。
むしろようやくこちらを抜いてくれたかとすら思っていた。
――俺としても、お前を後ろからぶち抜いて勝つってのは課題なんだ。
F1へ上がるために自分に課した最後の課題。
ガチンコバトルで片桐カナタを後ろから抜き去る。
残り1周へ突入するころには、豪とカナタの車間距離はほとんどない状態でレースが続いていた。
『いいぜ、こういうレースが見たかったんだ』
『カナタも上手いな、スリップストリームを使わせてはいるけど攻め手になる場所ではスポットを器用に外してる、豪はチャンスを待つしかないが……』
一進一退の攻防、並びかけるが抜けない、紙一重の所で守り切るカナタに対して豪は容赦なくアタックを続ける。
しかし、そのバトルでタイムを落とすことはない、互いに限界まで突き詰めた戦いをしているためだ。
しかし、その拮抗を崩す出来事が起こる。
熱海ゴーストのコース上にはなんと間欠泉が存在する。
真横から噴き出した水が車体に叩きつけられるハザード。
これは予想して、先にワイパーさえ動かしていればそれほど怖いものではないし、一瞬の視界不良に対してもカナタの瞬間記憶能力、豪の空間把握能力の前には問題にならない。
だが、その水そのものが牙をむく。
サイドバイサイドで間欠泉を通り抜けようとしたとき、二台にそれが直撃。
もろに水をかぶる。
『むっ……いかん!』
その光景を見た土屋が焦った様子を見せたと思えば、RX-8-TTFの姿勢がにわかに乱れた。
間欠泉は、わずかに前へ出ていたRX-8-TTFの側面を直撃する形となり、水流の大半を受け止めたのは豪のマシンだった。
その陰に入る形になったカナタの86は、視界こそ奪われたものの、姿勢を乱すほどの衝撃は受けていないため、豪より前へ出る。
対して、RX-8-TTFは違った。
『土屋式空力論の弱点が出てしまったか……。通常の雨なら問題ない。だが、あの水量では別だ。VGJとSJAに水が流れ込めば、一時的に気流制御を失ってしまう』
『つまり……』
『ただのボディ空力だけで走ることになる。数秒で回復するだろうけど、この終盤では、その数秒が致命傷になりかねない』
土屋のその言葉に拓海が首を振りどこか懐かしむような眼でグリップを取り戻した蒼いストライプのRX-8-TTFを見た。
『いや、豪は諦めない。あいつは、そうやってWGPも、今までも戦い続けてきた男だから』
「兄貴!遅れは!」
一切油断することなく豪は前を見据えながらセコンドブースの兄にカナタとのタイム差を聞く。
もはや後ろを気にする意味はない。
『1秒ジャスト!行けるな!?』
「任せとけ!!」
『VGJ、SJA、共に回復、いけるよ豪君!』
Jの言葉と共にハンドルから伝わるRX-8-TTFの呼吸が戻ったことを理解する。
そう、まだゴールしていない、あきらめる理由はない。
「行くぜ!マグナム!!」
相棒の名を叫び、豪はアクセルを踏みぬいた。
――速いっ!!
猛然と追い上げてくる豪にカナタは焦りを覚えていた。
間欠泉トラブルで後れを取った豪に対して同情心こそあれドライバーとして1位を目指すことは変わっていなかった。
そのうえで、ラストバトルができないことを心残りに思っていたところだったが、タイムを計るたびに縮めてくる。
そのペースは今、このレースの誰よりも速い。
区間タイムを更新し続けて猛然と後ろから迫ってくる。
――思い出せばWGPの頃も、後ろから捲るのが豪さんの走り方だった気がします……。
つまり、今の豪は本当の意味で豪そのもの、全身全霊で抜きにかかってきている。
――ここを抑えればボクの勝ち……!!抜かせない、絶対に……!!
豪に呼応するようにカナタも走りのギアを上げる。
もはやタイヤがバーストさえしなければいい、相手もそのつもりで全力を出してきている。
そしてカナタの中でずっと迷い続けていた走る意味がここにきて結実する。
両親がくれた才能、走ること、レースの世界で成功したい、愛する人との平凡な日々を過ごしたい、自己実現のためにドライブをしたい、打ち負かすべきは自分の中に居る弱い自分だ、と。
その弱さの象徴は豪に気圧され、逃げ出したくなる自分自身、それに打ち勝ち、最後まで戦い抜ける。
これこそが片桐カナタのMFG最後の戦いだった。
対して豪もまた猛然と追い上げる中で自分の中での目指すべきゴールが見えていた。
F1への挑戦、世界の頂点へ立つことは当然だ、走りの中で1番になることなどミニ四駆時代から一度たりとも変わっていない。
その中で、自分と完全に互角どころか、才能だけでいえば上回っているだろう片桐カナタという存在と戦える。
戦って勝利を勝ち取ることは、自分のレーサー人生において最後まで探求し続けるものになるだろう。
F1というカテゴリーに必ず片桐カナタは来る、そうなればそこに本当の意味で人生最高のレースが待っている。
ならば、ここは勝たねばならない、最後の最後まで片桐カナタの壁として立ちふさがることが自分の役割なのだ。
この世界最良のドライバーを、世界へ送り出すことこそが……!!!
熱海ゴースト最後の連続ヘアピン。
そこへ至る頃には、豪はカナタの真後ろへ戻っていた。
逃げる86。
追うRX-8-TTF。
残されたタイヤも、ブレーキも、集中力も、すべてが限界に近い。
一つ目のヘアピン。
カナタは当然インを閉めた。
ここで内を空ければ、豪は迷わず飛び込んでくる。
だが、豪の狙いはそこではなかった。
二つ目。
立ち上がりから右へ振ったRX-8-TTFが、外側へ流れる。
――お前の足回りとテクニックがあるように。
豪はハンドルを切った。
――俺には、Jの手掛けた空力があるんだよ!!
RX-8-TTFのVGJが気流を掴む。
SJAが剥がれかけた流れを押し戻す。
外側の長いライン。
常識なら、不利でしかないはずの大回り。
だが、その外側でRX-8-TTFは沈み込んだ。
車体が路面へ吸い寄せられ、先ほどカナタが見せた路面材質の違う場所を掴み、クルマを押しとどめる。
『ダブルヘアピンの二つめぇぇぇ!!!』
田中の絶叫が響いた。
『88号車、アウトから86号車を捲ったぁぁぁぁ!!!』
『豪のやつ、さっきのカナタの応用だな……』
『まぁ片桐カナタが逆の立場だったなら同じことをやってるだろうが……、星馬・豪もああ見えて一流といえるドライバーだ、マシンスペックだけじゃねーってことだな』
――アメージング、豪さんならできるとは思ってましたが……!!
――さぁ、カナタ!!抜いてみろ!!
RX-8-TTFが前に出る、すかさずカナタはその後方、スリップストリームへ迷いなく突っ込んだ。
ハンドルから伝わってくるグリップ力の低下した微細な感覚の代わりにRX-8-TTFへ吸い寄せられる。
少なくとも追走する限り、ここを使わない手はない。
コースは残り僅か、最終コーナー手前のトンネルへ突っ込んだカナタは僅かにRX-8-TTFの斜め後方へ出る。
いくら整流性能が高くとも、車体が切り裂いた空気が重なる唯一の場所。
そこは空気抵抗が増える場所、だが逆を言えばダウンフォースが最大限活用できる位置。
絶対的な土屋式空力論における唯一の穴!
トンネル出口のブレーキング勝負、だがここはカナタが最大限空力を発揮し右コーナーイン側へ突っ込む、だが、その余力をタイヤが抑えきれずアウト側へ膨らんでいく。
ダウンフォースのおかげでグリップ力に余地がある豪がラインをクロスさせてイン側へ付く。
最終コーナーは三段階の複合コーナー。
この二つ目を超えた最後のコーナーに対してカナタはそのままアウト側へ加速する。
ありえないコーナー速度で突っ込んだ86の車体がドリフトする。
だがコーナーの外壁が迫る。
ここは路面トリックもない、制御不能に陥ったのか、映像を見る全員が息をのむ。
――ゼロシフト……、GO!!エイトシックス!!
そう、そこには歩道の段差があった。
片桐カナタが藤原拓海からでもなく、自分自身で編み出した技。
段差を使ったベクトル置換、ゼロシフト―エイトシックスバージョン!!!!
ありえない速度でコーナー外へ吹き飛ぼうとしていたカナタの86の進路が変わる。
予兆なしの超加速。
RX-8-TTFの影響外、アウトからの再突入。
それを防ぐだけのグリップ余地はすでにRX-8-TTFには残されていなかった。
最終コーナーはほぼ横並びの立ち上がり、だが、わずかに、ほんのわずかに86のコーナー脱出速度が上回る。
シーサイドダブルレーンでの僅差決着を受け、MFGは競馬でも使われる高精度の映像判定装置を、臨時でゴールラインへ設置していた。
そこへ猛然と二台のクルマが突っ込んでいく。
その差は僅か……果たして……!!!!
『……チェッカー―――!!!!判定は………!!!片桐カナタ!!片桐カナタが一着!!!!最終戦にて初優勝!!誰もが望んだこの瞬間がついに訪れたぁぁぁぁぁぁ!!!』
春に始まったMFGの終わりを告げる、実況の田中の声が、秋空へと消えていく。
熱海ゴースト、優勝は……片桐カナタ。
数年後。
世界最高峰、F1のグリッド。
耳を裂くようなエンジン音。
陽炎の向こうで揺れるシグナル。
ピットウォールに並ぶ無数のモニター。
その最前列に、同じカラーリングをまとった二台のマシンが並んでいた。
片桐カナタ。
星馬・豪。
かつて拓海が言った言葉が、今ここで現実になっていた。
同じチーム。
同じマシン。
同じ空の下。
だが、勝者は一人だけ。
『お待たせしました、豪さん』
無線越しに届いたカナタの声に、豪はヘルメットの奥で笑った。
「へ、待っちゃいねーよ。俺の中じゃ、俺の隣にいつも居やがったからな」
『いいえ。豪さんは、いつも僕の前を走っていました。でも、ここからはもう違います。MFGの借りを返します』
五つの赤い光が灯る。
「……上等!」
Ghost & Dash ― 最速を継ぐ者 ―
― 完 ―
決着……!!!
1/32の峠が2025年の10月からスタートし、2026年5月でこのクロスはとうとう決着を見ました……!!
長かったようで、短かったようで……。
楽しかった日々です!!
このようなほとんど存在しないクロスをわざわざ見つけて読んでくださった皆様に感謝いたします!!
レッツ&ゴーも、イニシャルDも、MFゴーストも、どれも最高です!!!
ここまでありがとうございました!!!
豪とカナタの決着はF1でつくと思いますか?
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ハイ
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イイエ