Ghost & Dash― 最速を継ぐ者 ― 作:Kataparuto
勢いよく2周目で前回あおりましたが、大事なシーンがいくつか忘れていましたのでちょっと巻き戻し、許して。
二週目を突入する少し前、
豪とカナタに抜かれた13号車、シビックに乗る前園は前を走る、RX-8と86の2台を分析していた。
あの2台はかまぼこストレートと名付けられたパワーがものをいうロングストレートに入るまではあのベッケンバウアーより速かった。
だが、前園が見るにどちらのクルマも大したチューニングはされていない。
その速さに秘密があるとすれば、その走り方だと踏んだ前園は、あの二人がコーナーでの走りを後ろから見てその技術を盗むつもりでいた。
しかし、追いつけない。
ストレートではターボを積んでいる前園のほうが、パワーが出るので追いつく、だが、そのあとのコーナーで徹底的に離され、気づけばもう見えない位置まで離されてしまった。
前園もMFGの15位以内に入る実力者だが、それを上回るドライビングセンスが前の二人にはあるのだろう。
その後、前園はこのレース、一度たりとも二人の背中を見ることはなかった。
「っと、死神(デスエリア)か……、なるほど?まだ行かねぇか」
デスエリア。
これはMFGのコースにおいて各コースごとに一か所は存在する障害物ゾーンを示す俗称で、ここ小田原パイクスピークは年中晴れない霧である。
その濃度は非常に濃いもので日中は視界が真っ白に染め上げられコースの先が読めなくなる。
自然とペースダウンするエリアでもあり、事故も多い。
なのでリスクをとるドライバーは少なく、もっぱら実況や解説ではレースに関連したトークが行われる閑話休題エリアでもあった。
『どうした豪?攻めないのか?』
だが、セコンドブースにいた烈は豪が予選同様攻め込むと思っていたので声をかけた。
「オレは突っ込む気だったんだけどよ、後ろのお坊ちゃんがまだそのつもりじゃねーみたいだからな、合わせてみるぜ」
『了解、まぁ、タイヤのこともあるからな』
「そういうこと、ここはおとなしく走っとくぜ」
そうして追いついた16号車のロータス・エキシージと18号車アルファロメオの4Cを操る、通称ヤジキタ兄弟と呼ばれるMFGにてタッグ走行を行う二人の後ろへ豪とカナタは付き、前の二人をペースメーカにデスエリアを抜けていく。
レースもいったん落ち着いたころ、セコンドブースがある部屋にサービスで置いてある水を取りに行こうとした烈だが、翼が見ていたレース中継の実況からふと漏れ聞こえてきた話題に思わずくぎ付けになった。
まずはカナタの経歴から、これは烈や豪も実は知っているので特に驚くものではなかった、翼はすごーいと声を上げており、烈自身もカナタの経歴は本当に天才のそれで、一度だけエキシビションでミニ四駆とはいえ一緒に走ったときに、その才能を下地に努力もしっかりしていると感心している。
だが、その続きが驚きのものだった。
『わたくしの、電話が日本からの取材であると知って、片桐カナタが首席で卒業したレーシングスクールのRDRSのスタッフの方が教えてくれたのですが……。なんと、アカデミーには日本人の講師が一人在籍しているといわれました』
「日本人だって、烈おじさん」
「へぇ、そんな名門で教えられるようなドライバーがいたんだね」
『その人の名前は、タクミ・フジワラ』
「っ!」
烈の血がわっと湧き上がる
思い出されるのは彼がTRFビクトリーズのコーチを終えて欧州へ旅立ち、ラリーで活躍し始めたころ。
日本では専用の配信サイトでしか見られない英国のラリーを父親に頼んでわざわざ契約してもらい、ビクトリーズのみんなと一緒に見ていた。
何度も電話をしたり、走りの中にあった悩みを打ち明けたこともある。
渡英して三年後には英国ラリーの国内選手権で国内タイトルを奪取するなど目覚ましい活躍を見せた。
そしていざWRCフル参戦というところで事故にあってその後は音信不通。
土屋博士は連絡を取っていたようだが取り合えってもらえず、あれからずっと行方が分からなかった。
それがどうだ、RDRSというアカデミーで今はドライビングを教えているということではないか。
烈の頬をふいに涙が流れる。
「走りにかかわること……やめてなかったんですね……、よかった……!」
「烈おじさん、泣いてるの?」
翼からの指摘に烈は慌てて涙をぬぐうと笑顔を向ける。
「いや、うれしい涙さ。……翼君、今の話はレースが終わってからお父さんに教えてあげてくれるかな?きっと豪も喜ぶから」
「うん!わかった!」
そう言って画面に戻った翼を見ながら、今ひた走るカナタに思いをはせる。
――コーチから走りを教わっているなら、MFGでくすぶってる場合じゃないぞ。
そしてレースは再び動き出す、先頭グループを皮切りに次々とデスエリアを抜け始める。
カナタたちもデスエリアを抜け最初のヘアピンへ突っ込んでいく。
――ソーリィ、ここは……お先です…
カナタはブレーキングを遅らせ、18号車よりイン側へ車体をねじ込む。
横GとブレーキングによるGが被る複雑な状況でクルマを操り切りラインを収束させたのだ。
その手際に豪も思わず感心するが、即座に86の後へ車体をつけて18号車の合流を抑える。
有利な位置取りのまま次のコーナーへ、今度は豪が前へ躍り出て16号車をアウトから抜きにかかる。
16号車も追いすがろうとアクセルを開けるが、とたん車体が不安定になり思わず速度が落ちる、その隙にあっさりとRX-8が前へ出た。
それに合わせるように86もまたその後ろから16号車を抜き去った。
――さすが豪さん……。
トラクションコントロールをカットして滑り方すら自分でコントロールする領域にいるカナタ、その動きと同じことができるのであれば豪もまた同じ条件なのだろう。
カナタも改めて目の前にいるあこがれのドライバーの強さを認識する。
同じ人物を師として仰いだいわば兄弟弟子。
自分の目的のために心強くもあり、同時に、自分自身のドライバーとしての闘志が燃え上がってくる。
一緒にMFGの謎を解き明かさないか?そんなもの建前だ、あれは一種の宣戦布告。
兄弟弟子として、どっちが速いか決着をつけようという宣戦布告。
邪魔が入らないようにお互い最速で1対1でやりあおうという決意。
「……負けられない」
『ん?何か言ったかカナタ?トラブルか!?』
「あ、いえ、大丈夫です。ここからストレート区間のためにタイムを稼ぎます。集中しますので」
思わず口に出たことに緒方が反応してしまい苦笑するカナタ。
だが、その言葉は自分自身の心から出たものだ。
目の前を快走するRX-8に負けるなと、自分自身があの藤原拓海の一番弟子であると宣言するのだと。
ダウンヒルが終わり、平坦な道へと変わっていく。
下りというマシンパワーの差が埋まる区間が終わったことは非力なマシンを使うカナタと豪にとって苦しい状況になるということだ。
だが、ここで一計を案じているのがこの二人だった。
先ほど抜かした16号車と18号車が追い上げ、小田原パイクスピーク名物の通称かまぼこストレートと呼ばれるロングストレート中ほどでカナタと豪を抜き去る。
しかし、そこを素早く86がそれらのスリップストリームへ入り、ちゃっかりRX-8もその後ろへ続く形で、速度を稼ぐ。
意識していたのか偶然か、それらはカナタと豪のみが知るところだが、それでもタイムアタックより区間タイムを伸ばし、2周目へと突入していく。
ここからが本番だ。
どのドライバーも1周目はタイヤを温存する傾向があるため大きな順位変動はない、だが、ここから、この小田原パイクスピークは大きく動く。
スタートラインからのヒルクライムを終え、ヤジキタ兄弟から遅れること4秒、豪とカナタがダウンヒルへと突入する。
「さって……ほんじゃ本気出していくか、行くぜ“マグナム”!!」
豪はRX-8をかつての愛機に代々つけてきた愛称で呼びアクセルを踏みぬいた。
はじかれるように下りへ突入していくRX-8の前には86がいる。
だが、その距離は縮むことはない、このくだりにカナタも賭けているのだ。
「お互いマシンに関しちゃ貧弱だからな……!それじゃ俺のあおりにどこまで耐えられるか試してやるぜ!」
カナタも十分に速い、86というマシンを使いながらも、彼の腕前で表現されるそのライン取りは芸術的で惚れ惚れする、だがその後ろから粗暴で力強い、一見すると無駄が多い豪の走りが追い立ててくる。
カナタのレース歴も長いほうだが、これだけ後ろからあおられるという経験はそれほど多くない。
だが、それでも彼のリズムを崩すことなくコーナーを攻略していく。
4秒のアドバンテージは一瞬で無くなり、豪とカナタは再びヤジキタ兄弟へと追いついた。
ただ、このくだりも次のセクター2は再びの登り勾配、距離は短いためそれほど離されないだろうがもどかしいタイミングだ。
だが、豪もここは我慢のドライビング。
先ほどまでの粗暴な走りと違い、丁寧なタイムを出すラインで無駄な減速を抑えた走り方だ。
コロコロとその走りの表情が変わる様子に前を行くカナタは内心冷や汗をかいていた。
――豪さんの攻め手が見えない
カナタの記憶の中にあるかつてのWGPで見せていたあのパワフル一辺倒なすべてを突破していく走り方ではなくなっている。
レーサーとして成熟し、定石を踏まえた上で我を通した走りを押し付けてくるタイプだ。
このタイプは一度勢いに乗ると手が付けられない。
前へ一度でも出したら追いつけるか怪しいというのがカナタの判断で、自分の順位もあるためブロックするのではなく逃げることを彼は選択した。
――Let’s Go!!!
「逃がすかよ!!」
カナタの逃げに豪が追いすがる、その様子にMFG本部のコンピュータがまたしても注目フラグを二人へ立てる。
『前代未聞です!!本戦初の注目フラグは先ほどの星馬選手でありましたが、今度は2台同時!!片桐選手と星馬選手!!またしてもトヨタ86とRX-8だぁぁぁぁぁぁ!!!』
実況が沸く、配信を見ている視聴者もコメント欄も大暴れだ。
その聞こえない歓声の本流を乗りこなすように次々と難度の高いコーナーを、まるで物理法則が違うかのような速度でクリアしていく2台。
お互いその速度を出せる理屈はもっていない、だが、天性の感が告げるのだ、まだ踏める、まだ突っ込めると。
その心の声に従いさらに深い領域へと突入していく。
途中ヤジキタ兄弟が前へ立ちふさがる、カナタは速めに仕掛けてヤジキタ兄弟の間へと滑り込んだ。
その素早い仕掛けに豪も舌を巻くが逆にカナタに注意が向くためこちらとして気楽だと判断し追走を続ける。
ほんの少しして道幅が広くなるコースへ出る、カナタは前後の車両をさっと確認して覚悟を決める。
――どれだけ狭く見えていても3台並べる広さがあれば抜ける、そうフジワラ先生は言っていた、ここならやれる。たぶん豪さんも……!
幅が広い緩やかな左コーナー、先行の16号車のロータスは1台入れない程度にインを締め、コーナーへ突入するその瞬間。
カナタの86がまるで瞬間移動するかのような強烈で素早いハンドリングでアウト側へマシンをつける、バックミラーやサイドミラーの死角にうまく入り込み気づいた時にはアウト側へ並ぼうとしていた。
慌てて外側へブロックをしようとしたところに今度はRX-8がイン側に鼻先をねじ込んできた。
「なんちゃってバスターミラージュだぜ!」
カナタの仕掛けを見てしまい動揺して動けない18号車の隙をついて豪はカナタとは逆にイン側で多少タイヤに負担をかけながら曲がっていく。
だが、その無茶のおかげで16号車は完全に金縛り、左右からのダブルアタックというありえない状況に事故を起こさないように動かないでいるしかない。
『抜いたぁぁぁぁぁ!!!86とRX-8!!紅と蒼のコンビネーション!!まるで示し合わせたかのような呼吸!!!電光石火の早業でアウトから行く86と釣られて空いたインにRX-8が突っ込んだ!!!16号車動けない!!これは嵐が過ぎ去るまで祈るしかない!!』
ヤジキタ兄弟を抜き去ったあとインをついていたRX-8が前へ出る。
ただ、カナタは焦っていない、この仕掛けだと、豪がイン側から来ると踏んでいたからだ。
そしてそのままデスエリアへ突入する。
乳白色の霧に包まれるそこは先の光景はほとんど見えない、そんな状況にカナタは緒方を頼ることにした。
「緒方さん、ボクには霧の中のコースが見えています、ただ、そこを走るマシンは見えません!前のマシン……いやRX-8のさらに先のマシンとのタイム差を一秒ごとにボイスカウントしてください」
『りょ、了解!だが、RX-8はいいのか!?』
「大丈夫です、ボクと同じで彼は絶対にミスしません」
『わかった……前は10号車でタイムは1秒!』
「了解…!」
緒方のボイスカウントに合わせて相対距離を想像する、瞬間記憶能力のおかげで鮮明な コース構成とマシンの位置を予想しアクセルを踏み込んでいく。
対して豪は……。
「はー、相変わらずなんもみねぇな!烈兄貴!前とのタイム差は!?」
そんな暢気なことを言いながらアクセルを緩めない豪は烈にタイム差を聞く。
『1秒だな、豪、行けるか?』
「これぐらい何ともねぇな、子供のころなんて溶岩やら落ちたら死ぬ高さやら突風やらもっと危なかったんだ!それにさんざんっぱらマグナムを走らせてきたからな周囲の状況なんて手に取るようにわかるぜ!」
『わかった、ただクラッシュするなら後ろのカナタ君を巻き込むんじゃないぞ?』
「クラッシュなんぞしねぇよ!任せときな!」
カナタのプッシュが意味をなさない突っ込み。
この2台の走りにもはや実況は悲鳴同然だった。
『もう訳が分かりません!実況者としてこれほど不甲斐ないと思ったことはないです!!しかし目の前では現実として10号車が抜かれるというこの出来事が起こっています!!88号車と86号車に追随するドローンの映像に目を疑うような光景が届いたのは皆さま先ほど見ましたでしょうか!?霧の中からテールランプが浮かぶと同時に2台が連なるように狭いスペースへ車体をねじ込んでいく!!電光石火の早業!もはや理屈が通用しない!』
『こちら緒方、次は8号車のポルシェ、1.8秒前方だ!!』
「了解、捕まえます!」
「烈兄貴!次行くぜ!」
『1.8秒、8号車ポルシェだ!』
カナタと豪はこの霧の中、マシンの位置を想像で補い、一切アタックを緩めなかった。
その猛追は続く8号車でも止めることはできず、二人の順位がまた1つ上がった。
デスエリアも終わりを迎える、ここからは勾配もゆるくなり最後はかまぼこストレートだ。
すでに7位グループとは2秒差まで詰めてから開き始めている。
追いつけないと判断した二人はこのまま順位を維持する戦略に切り替えるが、同じ順位に2人は入れない。
この9位というポジションは二人にとって大事なバトルになる。
もつれるように走り、かまぼこストレートへ入るころにはお互いに並走、全く譲らず最終コーナーへ飛び込んでいく。
だが、ブレーキを遅らせたのはカナタだった。
豪よりわずかに遅い、より突っ込みを重視したそれに豪は驚愕する。
タイヤの消費などはほぼ一緒だったはずだ、最後のグリップ差を生むタイミングはなかったはずだ……と思ったが、16号車の追い抜き、あの時豪はインコースから抜きにかかった、あそこでカナタよりグリップを使ってしまったのだ。
「くっそ!!ここまでか!」
コーナーで前へ行く86を豪は見送るしかない。
だが、その表情は晴れやかで86というマシンで9位という快挙に素直に称賛を送っていた。
こうして小田原パイクスピークはカナタ9位、豪が10位という結果で終わった。
表彰式の中継を見ながら、高橋啓介が独り言ちる。
「ふん、藤原の教え子っていうんだからあれぐらいは走れてもらわなきゃな。ただ、星馬・豪も同時期になるとは予想外だったな」
実際のところ、カナタの参戦は今期になるのはわかっていたことであり、ある種の予定調和だ、MFGの謎に対しても公道最速理論に通じる藤原の教え子であればすでに体は感じているだろうし、理屈でもそのうち気づくだろう。
だが、豪の参戦は啓介にとっても予定外だった。
その実力は当然カナタと互角か、条件次第じゃ上回る。
今年のMFGは相当に盛り上がるだろう。
こうして、片桐・カナタ、星馬・豪という二人の新参戦者がいきなり9位と10位というダブルフィニッシュという前代未聞尽くしの小田原パイクスピークは終わりを迎えた。
このレース結果にMFGで走っていた様々なチームやドライバーたちは自分たちの走りに疑問を持つ。
どちらか1台がこの順位であればまだ運がよかったなどと、何らかの言い訳ができる。
だが、走行特性やスペックが似ていた2台がこの順位につけたということは、リッチマンズレギュレーションと揶揄されているグリップウエイトレシオというレギュレーションの解釈に間違いがあるのかもしれない。
この二人の躍進はある種停滞を迎えていたMFGに新たな風を吹き込むこととなった。
ただ、そんな二人は自分たちがMFGへ起こしたわずかな変化に気づかず、豪に連れ立って焼肉を楽しんでいたのだった。
次のレースは6月上旬、芦ノ湖GTである。
ということで結果はカナタが9位、豪が10位という形になりました。
さすがにミニ四駆と違って馬力やチューニング状況という絶対条件。レギュレーションがかっちり決まっている国際大会ではない性能のばらつきがある以上ここの結果は大きく変更できませんでした。
ただ、タイム表記などに注目してもらうと原作より速くなってます。
実力が近い豪という存在が現れたことでカナタの闘争心への刺激が原作より早まっているという解釈です。
ではまた次回よろしくお願いします
レース結果はそのままとしましたがよかったですか?
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ハイ
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イイエ