Ghost & Dash― 最速を継ぐ者 ― 作:Kataparuto
お待たせいたしました。
年始からの病気や業務の立て込みでほとんど執筆する暇がなかったのですが
ようやくといったところです。
今回からは芦ノ湖GT本戦、片桐カナタ視点でつづります。
芦ノ湖GT本戦。
天候は雨。
「雨か……。カナタ、お前は大丈夫か?」
ドライバーズミーティングも終わり、後は出走を待つだけの状況。
お互いのクルマに向かいながら豪がカナタに声をかける。
「ノープロブレム、僕は特に問題としません。だって15台全員が同じ条件でフェアですから。豪さんはどうですか?」
声をかけられたカナタはどこ吹く風といった様子で答え、逆に豪に同じ質問を返す。
これに対して豪もあっけらかんと答えた。
「俺もだな、F2ほどの高速領域ってわけでもねーし。今のRX-8なら余裕だぜ」
強がりではないその言葉にカナタは改めてこの目の前の人物の底の深さを感じ取る。
カナタ自身はこれまでのRDRSでの藤原拓海からの指導でこういった路面状況でのマシンコントロールに一切の不安はないしその根拠だってある。
だが豪のほうはそうではない、レース経験は彼のほうが豊富とはいえ予想される路面コンディションに対して特段不安な様子を一切見せないのだ。
「とりあえずカナタ、前回は負けちまったが今回は俺が勝つ。一回も抜かせる気はねーから覚悟しとけ!」
「オーケー、受けて立ちます!」
お互いにこぶしを合わせていざレースへ。
隊列の最後のクルマがゲートを抜けたところで一斉にスタート。
直後トラクションに優れる4WD車を扱うドライバーたちが一斉に仕掛け、いきなり順位がいくつか変動する。
ただ、豪とカナタは特にその変動に巻き込まれることなくそのまま進行する。
とはいえ、レース序盤、豪もカナタもまだ仕掛ける状況ではないと把握しているので隊列の中で丁寧な走行を心掛けていた。
その中で、86とRX-8の二台が抱えるパワー不足というハンデもこの雨のおかげでほかのハイパワー軍団がその馬力を使い切れず、差は埋まっていた。
『ここで、解説の池田さんにお尋ねします、この雨の中でデスエリア、灰が降り積もっているエリアはどのような路面コンディションになるでしょうか?』
『最悪な状況が予想されます、たい積していた灰が雨と混ざってヘドロ状に流れ出しています。こうなると対処しようがないほど滑りやすい状況です。1周目での突入は細心の注意を払う必要がありますね』
『なるほど、っと、そう言っている間に各車デスエリアへ突入していく!!』
『やはりこの路面状況、4WDすら挙動を乱しています。繊細なマシンコントロールが要求されますが……やはりそうですね、88号車、そして86号車へ注目してください。あの二台だけ今しがた突入したデスエリアでも一切挙動を乱さずピシャリと安定しています、クルマ自身の補正にも限界がある以上、これはドライバーの能力によるものでしょう、そんな特異点が二台もいるというのは不気味で仕方ありません』
――さすが……!
視界は水しぶきで覆われ、タイヤから伝わる接地感は頼りないものへと変化する。
そんな中、目の前を走る豪の後ろにつきながら自分と同じで路面状況をもろともしない安定した挙動に舌を巻いていた。
彼の走りの安定性の源は空力だ。
彼のドライビングテクニックは元より、第二戦までの間に行われたチューニングによりボディを流れる空気が非常に整っており、その空力特性によって、ぶれようとする車体を空気が受け止め補正するようになっている。
雨の中で走っているおかげで巻き上がる水しぶきにより空気の流れがよくわかった。
自分の86は足回りの調整のおかげでこの路面状況でも何一つ不安なく操れる、だが目の前のRX-8は別アプローチで同じ安定感を生み出しているのだ。
――面白い……!
気づけば7号車を仕留めるべくアウトから仕掛けようとしていた。
豪の動きに合わせてカナタもその真後ろへ付ける。
予想するに7号車はインを締め、路面状況から来るグリップ限界により、アウトから抜かれることはないという判断だろう。
だが、見た目に変化の少ない豪のRX-8、そしてカナタの86のアップデートされたスペックとドライビングテクニックを、完全に見誤っていた。
7号車大谷のメルセデスAMG GT Rの持つポテンシャルは今まさに抜き去ろうとしている二台に比べればはるかに格上だろう。
だが、その高性能ゆえの高価格、そんな値段でも乗る顧客への乗り心地を担保する、やや過保護気味なトラクション、スタビリティコントロールがドライバーへ逆に牙をむく。
もう少し踏み込んでアウトからのオーバーテイクを防ぎたい大谷の意志に反してクルマの安全を取るためのそれらシステムがこれ以上の加速を許さなかったのだ。
だが、クルマが悪いわけでも、ドライバーが悪いわけでもない。
火山灰と雨という特異環境において、本当のぎりぎりの領域までアクセルを踏み込みコーナーへ突っ込んでいく豪とカナタのドライビングセンスが群を抜いて高いせいなのだ。
『うわっとぉ!!気づけば88号車と86号車が、7号車の前に出ている!!池田さんの予言が当たってしまった!信じられません、この難しい状況でやすやすと抜いていきます!!あの二台だけが違う世界を走っているのかぁ!?』
抜き去った7号車に目もくれず突き進むRX-8の後ろへ張り付き、カナタは次のポイントを探る。
左右へ振り回されるオーソドックスな峠コースである林間区画で先行する8号車を仕留めると決めた。
88号車ではないのは、この程度で失速して隙をさらす相手ではないとわかっているからだ。
決着は今のマシンスペックで行きついた先の限界地点。
そこでようやく、目の前を走る白と青のクルマとバトルできる。
そうこうしているうちにRX-8が左コーナーへ入る8号車をアウトから並び、次の右カーブへ入るための加速を押さえつける。
カナタも後ろへ続いているためまったく身動きが取れない8号車はラインを潰され失速し、二台の後塵を拝することとなる。
『またしても88号車と86号車が抜いたぁぁぁぁぁ!!8号車の前に出ているぅ!』
『見事なものです、長くレースを見ていますがこれほどのインパクトにはなかなか出会えるものではありません。それで実況の田中さん、今回の芦ノ湖GTにおいて高いパフォーマンスを発揮しているのは4号車、12号車、86号車、88号車ですが、この中で4と12と86に共通する点はわかりますか?88号車が仲間はずれなのがヒントです』
『えーっと……比較的非力なクルマで戦っている……ということですか?』
『それだと88号車も一緒です、まぁそれも正解ではあるのですが私が言いたいことは、この三人の共通点は欧州でレースを学んでいるということです、12号車ベッケンバウアーはドイツ生まれのドイツ育ち、4号車の沢渡光輝はフランスで長期のモータースポーツ留学をしています。86号車の片桐カナタは言うまでもないですね、モータースポーツの本場である英国で育っています』
『なるほど……』
『もちろんそれぞれが恵まれた天分持ち主であることが大前提ですが、この悪条件での強さはレーシングドライバーとして育った環境がそれを育んでいると考えます』
『降りしきる雨の中で頭角を現すのはそれなりのバックボーンがある、ということですね……。いや、待ってください、それなら88号車、星馬豪選手はどうなのでしょうか?彼はF2での活躍こそあれ、すべて国内レースの経験のみです』
『そこなのですが、星馬豪という選手は今互角に立ち会っている片桐カナタと実は共通点があります。それが、ミニ四駆のWGPで世界を相手に戦っていたというところです、星馬豪選手は第一回の日本代表、片桐カナタはイギリス代表で後に出場しています』
『ミニ四駆……ですか、確かに私も彼の活躍には興奮した記憶がありますが、あの経験が実車のレースに生きるんですか?』
『私はミニ四駆の経験はありませんが、当時私と縁のある人物が日本代表のコーチをしていたこともあり、そのシーズンの試合はすべて見ていました。記憶にある方はわかると思いますが、MFGのハザードゾーンであるデスエリアよりも過酷な環境下でのレースがほとんどです。田中さん、自分がハンドルを握っていないマシンがそんな過酷な状況を走る場合、どうやって路面状況を把握し的確なコースを走らせることができますか?』
『確かに……見ただけではわからないこともありますよね』
『そう、だからWGPを走るミニ四駆レーサーというものは想像力、正確には、見えない情報を補完する能力が高い。だから星馬豪選手はこのMFGにおいてもこのような過酷なハザードゾーンでもその環境情報を想像力で補い的確にクルマを導いているのではないでしょうか』
『そんなことが……。つまり、同じ世界を相手にした経験でも、道が違うだけと……』
『そうです、なので片桐カナタはキャリアで培われた経験と理論の二点から路面を読み的確に走る。星馬豪は想像力と環境適応力で直感的に最適解にたどり着く。最適化の道は違います。しかし、到達点は近いため、だからこそ、この二人はここまで互角なのです』
――ペースが速い……!
林間区間を駆け抜ける片桐カナタは先行する88号車を追い続けていた。
いつか来るはずであるマシンスペックによる限界。
そればかりは覆しようのないポイントのはずが、88号車はまだまだ先を目指していた。
もちろんカナタとしても今の9位という順位に甘んじるつもりはないが今の走行ペースはかなり早い。
もしかすると星馬豪はもっと上の順位を目指しているのかもしれない。
しかし、目の前を走るのは4WDでミッドシップそのほか諸々の強力な電子装備で武装した5号車、アウディのR8 V10 plus。
――アウディは速いです……4WDを作るキャリアは世界一のメーカーです。でも、前へ出なければ勝てない。
リッチマンズレギュレーションと揶揄されているMFGにおいて嫌というほど見る超高級車であり、正直なところ、この雨というコンディションでその駆動特性やエンジン配置は脅威中の脅威だ。
ただ、付け入るスキはあるとカナタは判断している。
それはこのMFGに設けられているグリップウエイトレシオという唯一のレギュレーションでそのスペックを最大限発揮することはできない以上必ずスキがある。
――楽しいです……MFGがこんなに楽しいなんて、体験してみるまで想像できなかった。
レースは大まかに三つのグループに分かれ始めていた、4号車と12号車の1位争いをするトップ、1号車石神を先頭に7台が連なる三位グループ、そしてそれより後、といった感じだ。
トップグループが三国峠を越えデスエリアで4号車沢渡がトップへ躍り出る、ベッケンバウアーが誰かに抜かれるという事態に実況が大盛り上がりだ。
だが、それをよそに、3位グループでも峠越えからのデスエリアにて動きが起こる。
5号車のわずかなスキをついて再びRX-8と86が抜き去ったのだ。
路面状況から対応力が優れる4WD相手にするりと抜いてしまったこの状況に実況が沸いている。
これは、登りから下りへの切り替わり、体にかかる縦Gの方向性の変化に対して、若干の平衡感覚の喪失から来るラインのブレを見逃さず、5号車坂本の生み出したわずかなスキをこじ開けたのだ。
その後も最悪の路面状況での88号車と86号車のペースは一切緩まない。その煽りをまともに後ろから浴びた3号車もペースの上がった状況でのコーナリング中、フロントグリップの消失から来るスピンを収束できずクラッシュしリタイア。戦列から外れることとなる。
さらには、その後の林間区間でも上がってくるペースに対応できなかった1号車もクラッシュ、リタイアはなかったもののもはやまともにレースに加わることはできないだろう。
改めて、この雨天かつ路面状況の悪い中でのレースがどれほど危険なのかをカナタに思い知らせた。
しかして、カナタの快進撃もここで足が止まる。
ペースが遅れていた1号車という存在がなくなったことで真後ろに着けていた2号車はさっさとトップ集団へ加わるべく走り去っていった。
残されたのは13号車の前園の駆るNSXで、ルールのためハイブリッドシステムを下ろされたおかげで軽量かつバランスの良いそのクルマは豪でもカナタでもここまで抜いてきた相手達より強敵だった。
路面のミューの低下のおかげで大馬力だけで走っていたようなドライバーはすでに抜き去った、だが、NSXは軽量でバランスがよく、今の自分たちと似た攻略法なのに馬力が上。
そのため、序盤や左右へ振られるテクニカルな林間セクションで何とか差を作ったところで、その後の市街地に入る高速セクションであっさり抜き返される。
このため、考えたくない現実が壁として立ち上がってくる。
今回のレースはここで終わりなのか?
目の前のNSXもRX-8も抜けずに。
気づけば雨も上がっていた、もはや雨によるアドバンテージも失われていく。
――何か、何かないのか……。
片桐カナタは焦りを覚えていた。
――開幕戦の時はこんなじゃななかったのに……
――ただ、MFGを戦えるというだけで楽しかった……
焦るカナタと違い、前の前を走るRX-8は闘志を漲らせNSXへ果敢にアタックを続けている。
――でも、今は違う、雨が降っていなくても上位と互角に戦える戦闘力を望んでいる。
――ボクはいつの間にか欲張りになってしまっているんだ……。
ぎりぎりまで張り付いて13号車へプレッシャーをかけ続けている。
ガッツやファイト、あきらめない姿勢。
その姿にかつて見たWGPでの星馬豪とビートマグナムの戦いをカナタは思い出す。
決して最後まであきらめず常に全力で走り続けていたあの力強さを。
――そんなものを思い出したら……、ボクの眠っていたレーシングドライバーとしての本能が刺激されて仕方ない……!!!
『今入った最新情報なんですが、芦ノ湖スカイラインに霧が発生しているそうです!!』
『やはり出てしまいましたか……』
田中からの情報に解説の池田の声が重くなる。
『私が恐れていたのはまさにこれのことなんです、芦ノ湖スカイライン名物、白い悪魔……、雨がやんで気流が変わるとかなりの高確率で芦ノ湖スカイラインには霧が発生します……』
『しかもですよ池田さん……、情報によりますと霧が発生しているのは芦ノ湖スカイラインの後半部分なんです……!』
『デスエリアの区間とほぼ重なってしまうわけですか……、それはまた、厄介なことになりましたね……。泥状になった火山灰と霧のタッグがMFGパイロットに襲い掛かる非常事態です。統括本部は厳しい判断を迫られることでしょう』
その非常事態に統括本部が下した決定は……、まさかの特別措置無しのレース続行、追い越し禁止などの安全策を取らずに。
『緒方より、カナタへ緊急事態だ、この先のコースで濃霧が発生している。本部が下した裁定はレース続行だ!徹底したスローダウンで突入してくれ!!』
――濃霧、ヘビィフォグ……、ハレルヤ……!!!
しかし、その濃霧は星馬豪と片桐カナタにとっては福音であった。
「緒方さん、神様がくれたチャンスかもしれません、開幕戦でやった音声カウント作戦を覚えていますか?」
『あれをやる気か?だが、状況が違いすぎるぞ、火山灰に霧のダブルパンチだぞ!!』
「ノープロブレム、ボクらはチャレンジャーですよね、緒方さん。よく聞いてください、霧のゾーンに突入すると同時に目の前の13号車を攻略します、そこからカウントを始めてください。視界の悪いゾーンで2号車に追いついて前に出ます」
『待ってくれカナタ、目の前ならRX-8、88号車だろ!?』
「いえ、88号車は前回も全くペースが落ちなかったです、彼がこの状況で攻めないなんてありえない。ボクが知っている彼なら全力でトップを取りに行きます……!」
思い出される彼のレースのすべて、WGPで見せていたあの走りは闘志の塊だ。
一回たりとも負けていいなんて発想はない本当のレーサー。
そんな彼が霧ごときで足踏みするなど――。
「ありえない……!!突入します……!」
カナタの世界が白に染まる。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
では次回、芦ノ湖GT決着となりますが……。
その順位、どうなるのかお楽しみにお待ちください
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ミニ四駆の経験が見えない場所への情報処理へ落とし込んだのはどうでしょうか?
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