残された端末の記録と、帰還後に添えられる監査庁の注記。
そこから垣間見る異世界の話。
[TDRO-FLU // FIELD LOG : SYNC EXTRACT]
任務番号 : TDRO-OPS-2041-231
区分 : ダンジョン(遺構B)/B-97/ARC-6
目的 : ①隔壁閉鎖状態の確認と再封鎖 ②旧制御端末ログ(未同期断片)回収 ③微小F上振れ源の位置特定(簡易計測)
深度 : LD-P1**1
指標 : E1 / F0→F1(局所F2相当×1) / N0→N1(S) / D0→D1
必須運用 : QS-GATE* / QS-DECON* / MAS-TRACE* / MAS-SEAL**2
補助手順 : CS-CUTOFF*(段階1)*3
参加者(班構成は本任務限り) :
・コール“トリガラ”/アスロポテス種(ART)/領域対処資格者(S)/班長
・コール“トオリ雨”/アスロポテス種(ART)/領域対処資格者(L1)
・コール“サビ” /スーマティス種(SOT)/領域対処資格者(L2)
・コール“イカリ” /モトゥルテス種・水生(MOT-W)/領域対処資格者(S)
・コール“ナギ” /ミエナティス種(MNT)/領域対処資格者(L3)
— 11:06 QS-GATEチェックイン完了/FLU*4オフライン運用開始
— 11:14 B-97/ARC-6 外縁到達/経路:第2搬入口→アーチ回廊
— 11:19 E:E1(安定)/F:F0→F1(上振れなし)
— 11:27 簡易計測開始(ナギ)/上振れ源の当たりを付ける
— 11:34 隔壁#A6-17 前:警告灯点灯(固定)/閉鎖状態“保持”/再封鎖手順へ移行
— 11:39 N変動:N1(S優勢)/読字遅延(軽)/手順呼称の取り違え(軽)1件
— 11:40 CS-CUTOFF(段階1)実施(班長指示)/症状軽減
— 11:48 旧制御端末を視認/表示:断続点灯(遺物作動)
— 11:52 回収:未同期ログ断片(記録媒体)1点/所在:制御盤裏(埃層下)
— 12:03 F上振れ:局所F2相当(1回)/位置:回廊中央部(床グリッド下)
— 12:07 発見:未封緘素材1点/所在:排水溝トラップ
— 12:08 MAS-SEAL発行:#B97-ARC6-041(魔石相当1)/MAS-TRACE登録(暫定)
— 12:15 隔壁#A6-17 再封鎖完了(手順通り)/警告灯:点灯→消灯
— 12:22 撤収開始(交戦なし)/経路:来路戻り
— 12:36 QS-GATEチェックアウト/QS-DECON開始
— 12:45 スワブ:C反応なし/D評価:D1(注意域)/72h自己観察指示
— 12:49 ログ同期完了/素材トレース確定/備考:回廊床グリッド下に“常時微小F”の疑い
ゲートを抜けると、匂いが変わった。湿り気が引き、乾いた金属と粉の匂いが残る。ざり、と靴底に砂が貼りつく感触が気持ち悪い。
B-97/ARC-6。遺構は黙っているふりが上手い。こちらが勝手に「止まってる」と思い込みたがるのを知っているみたいに。
「サビ、ライト落として。埃が返る」
「了解」
スーマティス種のサビは光量を絞った。明るさは助けになる。けれど、明るすぎると逆に見えなくなる瞬間がある。
壁際でミエナティス種のナギが端末を見ていた。数値は静かだ。嫌になるほど、静かすぎる。
「F、まだ。……でも、この床、嫌な出方してる」
水生のモトゥルテス種――イカリが手袋の指を鳴らすように曲げ伸ばしした。乾きが合わないのだろう。
「排水が生きてるのがね。動く遺構って、だいたい足元から癖が出るから」
回廊の先で、赤い警告灯が点いたまま止まっていた。点滅ではなく、ただ点灯。息を止めているような光り方。
「隔壁#A6-17。閉鎖は保持……だが、長い」
班長トリガラの声は低く、短い。余計な形容がないぶん、現場では頼れる。
トオリ雨が膝をつき、隔壁の縁を指でなぞった。甲殻の指先が溝の違いを拾う。
「粉が溜まってない。……触られてる。最近」
サビはつい、と案内板へ目をやった。文字は見える。なのに、意味だけが頭に入ってこない。言葉が、指先から抜け落ちていくみたいに。
「来てるな」
トリガラが言った。
「カットオフ、段階1」
命令が落ちる。サビは呼吸を整えた。吸って、止めて、吐く。ほんの少しの手順で、視界の“引っかかり”が剥がれる。案内板の文字が、遅れて追いついてくる。
「……了解」
制御盤は埃だらけだった。けれど、端末の表示が断続的に点いた。遺物が“たまに動く”という話を、淡々と肯定している。
トオリ雨が工具でパネルを外す。金属音が遺構の奥へ伸び、遠近が変な風に歪んで耳に残る。
「……来る」
イカリが短く言った。直後、どこかのスピーカーがザリ、と息を吐く。言葉の形をしたノイズ。意味を取ろうとすると引かれるやつだ。
サビは聞かない。いや、“解釈しない”。音として通し、頭の中で結ばせない。
ナギが制御盤の裏から薄い記録媒体を引き抜いた。黒い板に刻まれた番号が、傷みたいに光る。
「未同期断片、確保。……熱が残ってる。さっきまで動いてたな、これ」
「記録。袋へ」
トリガラが言う。端的で淡々とした声は、やはり頼りになる。
排水溝の蓋が持ち上がった。底で、小さな光がゆっくり明滅していた。
「未封緘だ。番号を切る」
サビが袋を差し出し、ナギが番号を発行する。光は袋の中で消え、かわりに数字が残った。
その直後、床が小さく鳴った。ナギの表示が跳ねる。
「F2相当、一回。回廊中央、床グリッド下」
トリガラは一拍も置かない。
「位置だけ。触らない。隔壁、閉める」
再封鎖は手順通りに進んだ。鍵、確認灯、復唱。最後に警告灯が消えたとき、サビの胸の奥の硬さが少しだけほどけた。
「……帰る」
帰路は静かだった。きんとした静寂は、自分の呼吸の音を大きくしてうるさい。衣擦れ、端末の振動、靴底の砂。遺構は小さな音だけを誇張する。
QS-GATEが見えると、匂いがまた変わった。冷たさがほどける。帰れる――と同時に、ここからが後始末だと思い出す。小さく嘆息をする。
チェックアウト。ラインを越え、QS-DECON。
外装の除塵。ブロワが埃を叩き、吸引が飲み込む。薬剤の噴霧が肌に冷たく当たり、苦い匂いが口の奥へ残る。関節、靴底、工具の溝。面倒なくらい丁寧に洗われる。
トオリ雨の甲殻の継ぎ目にスワブが当たる。綿棒が硬い表面を擦り、容器へ収まる。番号が付く。番号が増えるほど、現場が“現実”に戻っていく。
「C反応なし。Dは注意域、D1」
サビは息を吐き、吐いたあとの呼吸を整えた。ここで気を抜くと、ズレが顔を出す。
「七十二時間、自己観察。言語遅延、固有名詞、時間感覚。出たら申告」
「了解」
全員が復唱した。
FLU同期。ログが吸い上げられ、未同期断片も封緘番号もトレースも、ここで“確かにあった”ことになる。
同期完了の表示が出た瞬間、ゲート担当が淡々と言った。
「帰還処理、完了。退域、許可」
[BAA // POST-OP ANNOTATION : TDRO-OPS-2041-231]
確定判定 : LD-F2**5
対象 : 遺構B-97/ARC-6(回廊/隔壁#A6-17/旧制御盤周辺)
総評(官庁所見):
- N1(S優勢)由来の軽微な認知阻害(読字遅延・呼称取り違え)が確認されたが、CS-CUTOFF段階1の即時適用により、事象の拡大を抑止した点を評価する。
- 隔壁#A6-17に関し、閉鎖保持状態の確認および再封鎖の実施は妥当。警告灯の復帰(点灯→消灯)は手順起因と判断し、外部要因による強制開放の兆候は現時点で限定的である。
- 回廊床グリッド下における局所F2相当の単発上振れは、遺構側の断続作動(表示点灯・館内音声)と併せ、微小な周期性を持つ可能性がある。掘削・介入を回避し、位置記録に留めた判断は安全側として適切。
指摘事項:
1) “常時微小F”の疑いが残るため、固定計測(MTS)による24h連続記録を推奨する(ドリフト補正を含む)。
2) 未封緘素材の排水系残置は、否認可事業者(回収)による一時保管・再回収の可能性を否定できない。MAS-TRACE情報を地図資産へ付記し、同地点での再発を監視対象とすること。
3) QS-DECON結果はC反応なしである一方、D1(注意域)に達している。短時間での反復入域を抑制し、班員の自己観察ログを教育資料(B区分)へ編入すること。
推奨(措置案):
- 遺構B-97/ARC-6を「注意点」として運用地図に登録し、入域前ブリーフで“読字遅延時は解釈を止め、手順復唱→CS-CUTOFF”を標準化する。
- 次回同地点でNがN2へ遷移、もしくはF上振れが複数回確認された場合、ICD同席評価の通報閾値(暫定)を適用すること。
最低限、ある程度の用語説明を入れましたが、フレーバーテキストのようなものです。