ホラゲーの怪異を愛でていたら、いつの間にか自分が怪異になっていた少女 作:まとめサイトから
静かな朝ー!
窓から差し込む、朝の柔らかな光だけが、わたしの生活に彩りを与える唯一の騒がしさだ。
わたしはその光を浴びながら、熱いミルクティーをカップに注ぎ、小さく息を吐いた。
「おー、完璧」
食卓に並ぶのは、素朴ながらも手間をかけた料理たち。
昨日採れた新鮮なハーブをたっぷり使ったオムレツ。地元の硬いパンをカリッと焼いたトースト。そして、たっぷり砂糖を入れたミルクティー。
前世で過労死したわたし――スイ。
徹夜でホラゲー『残響』の開発中に過労で死んだと思ったら、この世界に少女として転生していた。
なんで少女の姿に? と、最初は思ったけど、ホラゲーの主人公も少女だったから、その設定に引っ張られたのだろう。
この淡い髪色とか、まんまその設定だ。見た目も日本人のそれとは随分かけ離れている。
とにかくわたしとしては、二度とあんなブラックな生活は二度と御免だ。
この温かい朝食こそが、あの地獄の反動で手に入れた、何にも代えがたい至福の時。
毎日、誰にも邪魔されず、自分で稼いだお金で、好きなものを作って食べる。これが13歳のわたしの人生最大の目標だ。
「朝ごはんよ。もちもち」
そう言ってわたしが皿を置くと、テーブルの隅に置いてあった小さな水たまりのような影が、『ぶよん!』と勢いよく音を立てて不定形に膨らんだ。
影は、半透明の淡い黒色の「それ」へと変化する。
体高は大きな猫ほど。形は決まっておらず、まるで大きなスライムか、溶けかけのゼリーのようだ。
この世界には本来存在しないはずの「怪異」。
私が召喚したこの怪異――もちもち――は、私の腕に『ちゅむっ』とくっついてきた。冷たい弾力のある感触。不定形ゆえに、私の腕を包み込むように波紋を描いてへこむ。
「もう、甘えん坊さんなんだから」
わたしはもちもちの頭頂部らしき場所を撫でる。
もちもちは満足そうに、私の腕に『ふるる……』と震えながら擦り寄る。
その体表に浮かぶ大きな一つの瞳が、私を見つめて瞬く。この仕草が、もう、とんでもなく可愛いのだ。
わたしはオムレツを一口食べ、もちもちのそばに皿を寄せた。
「ほら、もちもち。どうぞ」
もちもちは、不定形の身体の一部を、まるで小さな口のようにへこませる。
その口の奥には、鋭い牙が覗いている
そして、わたしが食べやすく切って置いたトーストの切れ端を、その『口』でゆっくりと咀嚼し始めた。
「ちゅむ、ちゅむ……」
音は鳴らないはずなのに、わたしにはそう聞こえた。
怪異ってご飯とか食べる必要あるのかな? とか考えていた時期もあったけど、こうして食べ物を与えるとおいしそうに食べてくれる。
「だめだよ、もちもち。これは私のご飯。全部食べちゃだめ」
「ひにゅ~……」
もちもちは不満そうに、空気の抜けるような高い音を立てて小さく縮んだ。その姿は、まるで駄々をこねる子供のようだ。わたしは思わず笑ってしまう。
「よしよし。いい子だから、食後は一緒にお散歩だよ。ただし、気配を消してね。もちもちのことが、バレたら街を追い出されちゃうかもしれないんだから」
もちもちは私の足元に戻ってきたが、まだ機嫌が直らないらしい。
この可愛らしいホラゲーの怪異を従えるチートを使い、誰にも知られずに、完璧な平穏を維持する。
これが13歳のわたしが、この世界で決めた人生のルールだ。
「さ、今日の薬草採取で、来週分の食費を稼がなきゃね」
◇◆◇
街のギルドから少し離れた、人が立ち入らない「危険区域」とされている森の奥。
今日のわたしの仕事は、ギルドの依頼にある薬草『日の出草』の採取だ。この薬草は危険な場所にしか生えないので、簡単には見つけることができない。
ふっふっふ。まあ、わたしなら、気にせず森の中に入れるんだけどね!
わたしが目当ての日の出草の群生地を見つけ、腰をかがめた瞬間、進行方向からガサガサという重々しい音が聞こえてきた。
間違いなく、このエリアの主である魔物の気配だ。普通の冒険者ならここで逃げ出す。
「もちもち、お願いね。姿を表して」
わたしは足元で、半透明の淡い黒色を保ち、気配を消していたもちもちに声をかける。
もちもちは『ぶよん』と音を立てて、完全に姿を現した。
その瞬間、身体の表面が鏡のように黒く鈍く光を反射した。
気配を解いたので、魔物にも、もし人間がいたらその人間にも、はっきり見える状態になった。
そして、もちもちが『ふるる……』と、その不定形の身体を一度震わせた瞬間、二回りほど大きく膨れ上がっては、さらには、体表に無数の瞳と、鋭い牙が出現した。
わたし狙っていた狼型の魔物は、金切り声にも似た悲鳴を上げ、一目散に逃げ去った。
もちもちのような「怪異」は、この世界にとって本能的な恐怖の対象だ。
だからか、姿を現すだけでどんなに強い魔物も本能的な恐怖で戦意を喪失し、逃げ出す。これがわたしの最大の護衛スキル。
「よし、これで安全だね」
「……ひゅっ」
もちもちはそう言うと、再び気配を消した。
魔物に邪魔されないから、わたしは人がめったに来ない、危険な場所で悠々と作業に集中できるというわけだ。
まあ、やりすぎると、力を隠しているのではないかと怪しまれるので、ほどほどにしなきゃだけどね。
わたしは採取した薬草の束を、迷わずもちもちの身体へ。
「はい、もちもち。今日の収穫分だよ」
わたしは採取した薬草をバスケットから取り出し、もちもちの目の前に置いた。
「これ、後でギルドに持って行くんだから、ちゃんと預かってね」
もちもちは、不定形な身体を薬草の上にふわりと乗せると、『じゅるっ』という独特な音と共に、薬草の束を身体の中へ取り込んだ。
まるで水がスポンジに吸い込まれるような光景だ。
もちもちの能力は、触れたものを異空間に吸い込み、完全に消滅させること。
ホラゲーでは、プレイヤーの重要アイテムやセーブポイントを吸い込み、絶望的な状況を作り出すための設定だった。
だけど、この世界では、重さも劣化もなく物を保管できる、究極の「アイテムボックス」というわけだ。
もちもちは嬉しそうに薬草を『じゅるっ』と吸い込み、『ふるる』と満たされたように震える。
これのおかげで、重い荷物を運ぶ必要もないし、保存を活かして疑われないように何回かにわけて、売りさばくこともできる。
何より、危険区域の鮮度の高い薬草を、一切傷つけずにギルドに持っていけるから、高値で買い取ってもらえる。
戦闘スキルや魔法スキルで成り上がり、活躍する冒険者なんて馬鹿げている。
目立たずに確実に稼ぎ、温かいご飯を食べて安らかに眠る。
もちもちの力を最大限に利用して、誰よりも効率的に生きる。それこそが人生の勝利だ。
「うん、今日も満点。もちもち、お疲れ様」
わたしはもちもちのことを撫でて、満足げにギルドへと向かうのだった。
しかし、このときのわたしはまだ知る由もなかった。
目立たず平穏に生きるという、わたしにとっての『人生の勝利』が、ギルドへのたった一つの訪問によって、大きく揺さぶられることになるのを。