ホラゲーの怪異を愛でていたら、いつの間にか自分が怪異になっていた少女 作:まとめサイトから
冒険者ギルド。
そこは、荒くれ者たちが酒を酌み交わし、手に入れた獲物の自慢話に花を咲かせる、喧騒の殿堂だ。
のはずなんだけど、どうしてか、わたしが足を踏み入れた瞬間に周囲が不自然に静まり返る。
石畳を踏み鳴らすわたしのブーツの音だけが、やけに大きく響く気がした。
おかしいな。
今日も目立たないように、地味な茶色のマントを深く被ってきたのに。
「……こんにちは。換金をお願いします」
受付カウンターへ向かうと、そこにはいつもの受付嬢さんがいた。
彼女はいつもどこか無愛想で、必要最低限のことしか喋らない。
でも、変に愛想を振りまかれるよりは、これくらいビジネスライクな方が、人付き合いにトラウマのあるわたしにはありがたいのだ。
「……あ、す、スイ様ですね。本日も、ありがとうございます」
彼女は淡々と、でも丁寧な手つきで、わたしが差し出した薬草の束を検品していく。
足元では、半透明の状態で気配を消したもちもちが、わたしの足首に『ちゅむっ』と巻き付いている。
どうやら、人が多いこの場所で興奮しているらしい。
普段より少し膨らんだもちもちは、受付嬢さんをじーっと見つめている。
正確には、身体のあちこちから生やした無数の瞳で、獲物を定めるように睨みつけていた。
ひええ、もちもち、やめて!
牙まで見え隠れさせてるけど、一般人には見えていないはずだから、セーフ……だよね?
薬草の量だって、怪しまれないように、もちもちの「四次元胃袋」から少しずつ小出しにしたのを日付を変えて換金しているし、バレる要素はないはず。
わたしは、どこにでもいる平凡……いや、どちらかと言えば無能寄りの、しがないF級冒険者なのだから。
「あの、スイ様。……その、少しよろしいでしょうか」
検品を終えた受付嬢さんが、申し訳なさそうに視線を落とした。
なんだか、いつもより声が震えている気がする。
「はい、なんでしょう?」
「ギルドマスターが、お呼びです。奥の応接室まで……」
……えっ?
ぎ、ギルドマスター!?
あの、この街の冒険者の頂点に立つ、雲の上の存在の!?
心臓がドクンと跳ねた。
なんで? どうしてわたしみたいな下っ端が?
もちもちの正体がバレた? いや、それなら今頃、衛兵に囲まれているはずだ。
ギルドマスターはめちゃくちゃ強くて、怒るとすっごく怖いって噂を以前耳に挟んだことがある。
記憶を掘り返しても、呼び出しを食らうような悪いことをした覚えはない。
薬草の納品ペースだって、平均的な冒険者にあわせて納品しているのに!?
わたしは不安に押しつぶされそうになりながら、案内されるがまま、ギルドの最深部にある重厚な扉を叩いた。
◆◇◆
部屋の中にいたのは、いかにも「歴戦の勇士」といった風貌の、ガッシリした体格の中年の男の人だった。
名前は、バルカスさんだったかな。
かつて単身でドラゴンを屠り、この街を壊滅の危機から救った英雄として知られるS級冒険者。
筋骨隆々の身体に、数々の死線を潜り抜けてきた証である鋭い眼光がある。
そんな「歩く伝説」のようなギルドマスターが、わたしの前に座った瞬間、不自然なほどに背筋を伸ばして迎えた。
「おお、スイさん! よく来てくれた。さあ、そこのソファに座ってくれ。今、最高級の茶葉を淹れさせよう」
……ええええええ!?
不自然なほどに丁寧なおもてなし。
普通、わたしみたいな雑魚冒険者、挨拶すらしてもらえないような立場のはずなのに。
怖い。逆に怖い……!!
これ、絶対、後でとんでもない高額請求が来るとか、死地へ向かう特攻任務を押し付けられるパターンだ!
わたしの目には、じわじわと涙が溜まってくる。
「あ、あの……わ、わたし、なにか、やってしまいましたか……?」
震える声で尋ねると、ギルドマスターは目に見えて慌て出した。
「い、いやいや! 滅相もない! 君が毎日、真面目に依頼に取り組んでくれていることは、ちゃんと把握しているよ。本当に、いつも感謝しているんだ。……本当だよ?」
必死すぎる。
冒険者として働いてきて今まで、感謝なんて一度もされたことがないから、余計に困惑してしまう。
すると、ギルドマスターは一度、重々しく咳払いをした。
「……それで、呼んだ件なのだがね。スイさんについて、ある良からぬ噂を耳にしてしまってな。いや、私は信じていないんだが、念のために確認しておこうと思って……」
「う、噂……ですか?」
「ああ。君が裏で、夜な夜な街の孤児たちを連れ去っては……地下室で、その、拷問に耽っている、という……」
「はえっ……?」
あまりにも脈絡がなさすぎて、頭が真っ白になった。
拷問? わたしが?
昨日の夜なんて、もちもちを抱っこしながら「明日の朝ごはんは何にしようかなー」ってニヤニヤしてただけなのに。
でも、ふと気づいた。
目の前のギルドマスターの様子が、明らかにおかしい。
彼はわたしの顔を見ようとせず、目が泳いでいる。
それどころか、さっきから膝が小刻みにガクガクと震えているのだ。
……ん?
視線を落とすと、そこには阿鼻叫喚の地獄絵図があった。
紅茶が置かれた机の上にいた、もちもちが。
凶悪な、それこそ何重にも重なった鋭利な牙をギラつかせ、今にもギルドマスターの喉笛を掻き切らんばかりの勢いで、膨張し始めたのだ。
もしかして、原因ってこれ?
ギルドマスターには、もちもちの姿は見えていないはず。もし、見えていたら、もっと騒がないとおかしい。
とはいえ、ギルドマスターが震える原因なんて他にはない……。
まさか、ギルドマスターの生存本能が全力で警鐘を鳴らしているとか!?
「あっ! ……あ、あついっ!」
わたしは咄嗟に、テーブルの上のコップを倒し、絨毯の上に水をこぼした。
「ごめんなさい、失礼しました!」
「うわっ、ああ、大丈夫かね!? 今、手ぬぐいを……」
ギルドマスターが慌てて席を立った隙に、わたしはもちもちの身体をむんずと掴んで、小声で叱りつけた。
「もう、もちもち! 人間を襲っちゃダメって、いつも言ってるでしょ!」
すると、もちもちは『しゅん……』と音を立てるように、目に見えて小さく縮こまった。
その瞳にうっすらと涙を浮かべて、ごめんなさい、とでも言いたげに私の指を甘噛みしてくる。
……もう、かわいいんだから。
って、癒やされている場合じゃないんだった。
わたしはもちもちを膝の上に乗せて落ち着かせ、話を再開した。
「すみません、失礼しました。……それで、その噂ですが、何か証拠とかはあるんですか?」
「い、いや……証拠はない。ないんだが……他の冒険者たちが、君のことをひどく怖がっていてね。君を見かけると、こう、得体の知れない恐怖が湧き起こるというか、見るのも恐ろしいというか……もちろん、そんなのおかしいとは思っているんだが……」
「し、知らなかった……」
絶望した。
スローライフのことしか頭になくて、最低限の交流しかしてこなかったから気がつかなかった。
まさか、自分が「歩く恐怖の象徴」みたいに思われていたなんて!?
怪異という存在は、本能的に人間を怖がらせたいという欲求を持っている。というのは、わたしが作ったホラゲーの設定だ。
もちもちも、召喚したばかりの頃は、通行人を無差別に怖がらせようとして大変だったんだっけ。
わたしの言うことなら何でも素直に聞いてくれるから、すっかり油断していた。
つまり、もちもちと常に一緒にいるせいで、わたしの周りの空気が常に『呪いの根源』みたいになっているってこと?
わたしの、わたしの平穏なスローライフ計画が……。
「不気味な殺人鬼」というレッテルによって、音を立てて崩れていくのを感じた。
「……とりあえず、今日はもう帰ってもいいですか……」
わたしがどん底の気分で立ち上がると、バルガスさんはビクッ! と肩を震わせ、椅子から転げ落ちんばかりの勢いで後ずさった。
「あ、ああ! 引き止めてすまなかったね! その、君のような……ええと、『高潔』な冒険者がこの街にいてくれて、私は、いやギルド一同、本当に心強く思っているんだ! 噂なんて、私が全力で否定しておくからね! だから……その、どうか……」
ギルドマスターは、なぜか脂汗を流しながら、必死に揉み手をしている。
「どうか、この街を……いや、せめて善良な市民だけは見逃してくれないか……?」
「…………え、えっと」
見逃すってどういうこと!?
わたしが首を傾げると、もちもちが再び『ふるるっ』と震え、室内の温度が急激に下がった気がした。
ギルドマスターの顔がみるみる土気色になっていく。
「い、いや、今のは忘れてくれ! さあ、これは今回の薬草の……特別ボーナスだ! 受け取って、どうか穏便に、健やかに過ごしてほしい!」
差し出されたのは、本来の報酬の三倍はあろうかという金貨の袋。
……え、なにこれ。
もしかして、これって賄賂ってやつでは!?
「……こ、こんなの受け取れないですよ!!」
わたしは弾かれたように立ち上がり、金貨の袋をテーブルに押し戻した。
こんな危ないお金、スローライフの天敵だ!
しかし、その瞬間。
ギルドマスターの顔が、さらに真っ白へと変色していく。
「そ、そうだね。こんな真似して悪かったね……、あぁ、いったいどうすれば……」
先生に怒られた幼児のように、ギルドマスターの顔はガクガクと震えている。
「大丈夫です! わたし、そんな変なことしないですから!」
これ以上ここにいると面倒になると思ったわたしは、それだけを伝えると扉を開けて逃げるように部屋から去る。
そして、走りながら思うのだった。
もしかして、スローライフへの道は、思っていたよりずっと険しいのかもしれない、と。