キラキラTCGホビアニ世界にTS転生したはずなのに!   作:いる科

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序章『極限からの転生』
第一話「瞬きしたら東京にいました」


 実況席の緊張がこちらにまで伝わってくる。

 ソウル・アーク世界大会。Stier。

 決勝戦BO5。二戦を勝ち越し、これが三戦目。

 

 これで……チェックメイトだ。

 

「《イーラ》でライフにアタック。──回答はありますか?」

 

「……いいえ」

 

『なんという、なんという強さ!! スイスドローから無敗!! (とばり) 響也(きょうや)選手、優勝だ──!!』

 

「……勝った」

 

 私はこの五日間、この瞬間のためだけに全てを費やした。

 

 五徹。

 笑えない。誇張でも比喩でもなく、文字通りの五徹だ。

 

 ──優勝したというのに、喜びの感情が起こらない。

 まるで、感情を起こす脳のスイッチが壊れているかのようだ。

 

 指先が微かに痺れている。

 視界の端が白く滲む。

 

 かと思えば。

 すぐに暗くなって、何も、何も見えなくなった。

 

 私が、優勝の栄誉の代わりに差し出したのは──。

 取り返しのつかない、人生そのものだった。

 

 

 

■ ■ ■

 

 ──今日という日は、実に衝撃的な日だ。

 名実ともに、私の人生を変えた日と言って差し支えない。

 

 にわかには信じがたいだろうが、このごろの私はずっと虚無の中にいた。

 終わることのない暗黒の中で、何かを考えることさえ許されない。

 そんな状態が、果たしてどれだけの間続いていたことだろう。

 

 まさに、刹那、だ。

 

 テレビのチャンネルを切り替えるが如く──あらゆる意味における空白を置いて、私の視界は突如として開けた。

 これが、一つ目の衝撃だった。

 

「眩し……っ!?」

 

 視界を満たしたのは、昼下がりの都市景だ。

 歩道を行き交う人々の姿。

 交差点を彩る信号と、癖になるカッコー音。

 そして背後に林立する、ガラス張りのオフィスビル群。

 

 そのひとつひとつが色を持っていて、やけに鮮明だ。

 

 見上げれば、空は曇天。

 日差しが特段強いというわけではなく、それでも眩しく感じられるのは──。

 

 どこまでも広がるあの虚無が、あまりにも黒く暗かったせいか。

 目の前の現実という輪郭を帯びた光景が、私にはやけに懐かしく尊いものに思えてならない。

 

 さて、情緒に浸るのはここまでにして。

 私には、ここが()()()()()()()()()()()()のだという妙な確信があった。

 

 主に直感に頼った、人様には到底聞かせられない妄言のたぐいではあるが──。

 一応理屈的にも、幾つか根拠を挙げることはできる。

 

 まず一つ。

 ……記憶が確かであれば、私はとうに死んだ。

 

 体調管理という言葉を辞書に持たなかった私は、五日間に及ぶ激詰めの徹夜によって、あえなく命を落とした。

 実にバカな最期だったと自省する次第だが、それはともかくとして──。

 

 何故私に、()()()()()()()()()()()()()()()が与えられているのか。

 

 そして、もう一つ。

 見慣れたこの東京の景色だが──誤差がある。

 サイゼの間違い探しの如く難解だが、ここは絵ではなく現実だ。

 

 水一滴の違和感が波紋を呼び、記憶を引きずり出す。

 

 ……そう。看板が違うのだ。

 建物の外観や街並みは同じでも、中身が異なる。

 これが果たして、何を意味するのか。

 

 そのとき。

 更なる深みへと己の思考を誘う私を、急激に現実へと引き戻す一つの声があった。

 

「ちょっと嬢ちゃん、そこ邪魔だよ」

 

 これは──私が、話しかけられているのだろうか。

 ──分からない。

 

 普通に考えて、私が嬢ちゃんなどという二人称で呼ばれるはずはないのだが。

 ──目の前の壮年の女性は、明らかに私を目掛けて声を投げてきている。

 

 胸中を支配する疑問の多くを一旦しまい、私は女性に失礼のないよう端的に聞き返すことにした。

 

「……? あ、私、ですか?」

 

 そして、再び思考が空白に染まった。

 

 ──誰の声だ? どこの声優だ? いや、私だ。私が喋った。

 

 私の喉から出た声は、私のものではなかった。

 鈴を転がしたような、涼やかで可愛らしいソプラノだ。

 

「──っ」

 

 女性に迷惑をかけない一心で──。

 私は全神経を捧げて、平静を装った。

 ポーカーフェイスは得意なほうだ。

 

 この私の内心を遥か高みから見ている者がいるのなら、この自制について小一時間ほど褒めて欲しいとさえ思う。

 

 果たして私の境遇に共感できる人間がいるか甚だ疑問だが──。

 もしいるとしたなら、その人とは確実に友達になれる。

 「アレはヤバかった」とこの話題だけで、小一時間ほどは盛り上がれる自信がある。

 

「嬢ちゃん以外誰がいんのさ。道の真ん中で突っ立ってんじゃないよ、ほらどいたどいた。それともなんだい、迷子かい?」

 

「い、いえ……」

 

 女性の言葉が、私の頭にはまるで入ってこない。

 迷子という単語に、かろうじて「大丈夫です、わかります」と反射的に答える。

 

「ならいいけど。困ったら大人を頼るんだよ。それじゃあね」

 

「は、はい……。ありがとうございます」

 

 もう本当にギリギリだ。

 意味が分からない。

 

 ──脳内CPU使用率、100%。

 その内訳は困惑が十割だった。

 

 プロカードゲーマーとして、IQや地頭、論理的思考力にはそれなりの自信があるつもりだったが。

 まさか、ここまで自分の頭が役に立たない瞬間が来るとは。

 これがたとえばクイズノックの伊沢さんなら、冷静に対処できているのだろうか。

 

「…………」

 

 街中の人々に溶け込んで、目的もなく歩きながら──。

 絡まった疑問と思考を、今にも吹き出しそうな不安を抑えて必死に整理する。

 

 まず。まずだ。

 私の記憶が確かであれば、私という人間の性別は男である。

 顔が特段良いわけでも悪い訳でもなく、身長が高い訳でも低い訳でもなく。

 

 一般人男性という言葉のよく似合うナイスガイだったと自負している。

 ……嘘だ。クソ陰キャだった。

 背伸びしてごめんなさい。許して、そういう年頃なの。

 

「おかしい……」

 

 ともかくこのような美声が、私の喉から奏でられるはずはない。

 前世の私の声と言えば、どちらかといえばテノールで、しかしボカロをまともに歌えない程度には低いという本当に微妙なモノだった。

 

 カラオケは好きだったので、ボイトレだのなんだのをyoutubeで調べたことはあるが──かといって、スクールに通うほどの熱量があるわけでもなく。

 地声と裏声のつなぎ方は結局分からなかったし、ミックスボイスとやらの定義もいまひとつ呑み込めていない。

 アレさ、正直人によって言ってること違くて怖くない?

 

 なんとか地声を張り上げて出した聞くに堪えない掠れ声で、音程だけは合っていて八十八点──。

 加点のためだけに揺らす小手先のビブラートで、なんとか九十点を取ることがあるか──くらいのものだ。

 そして承認欲求の爆発を抑えきれず──「余裕」という虚偽の二文字と共に、嬉々としてTwitterに写真をあげるのである。

 ……我ながら、実に情けない。

 

 そんな私からたった今出た声は、まさに可愛さの極致だった。

 多分この声で耳かきASMRを出したら、それだけで一生食べていけるんじゃないだろうか。

 試しにちょっと言ってみるか……。

 

「ざこざこ……ざぁーこ……♡」

 

 うわかわいい。えっど。

 

 ──なんてやってる場合か!!

 

 ……とにもかくにも、自身が通常の状態にないことだけは確かだ。

 故に、自身の今の容姿を確認することが急務である──。

 

 こうして私は、ひとつの目的を得た。

 

 幸いにしてここは、ガラス張りのビル街だ。

 建物に近づけば、光の反射によって自ずと私の姿が映し出される。

 果たして、そこに居たのは──。

 

「──うーわ、誰だよこれ……」

 

 ──完成された、美の極地であった。

 

 艶やかに波打つ髪のわずかに跳ねる毛先が、風をはらんでふわりと舞う。

 まず、これが異様だった。

 

 肩どころか腰の辺りまで伸びたそれは、まるで絹の糸を束ねたかのように光を纏っている。

 色は純白に近い銀。

 人工的な染色とは明らかに異なるその輝きは、神々しさの化身ともいうべき代物だ。

 

 ……いいか?

 銀髪と白髪は違うんだ。

 白髪には白髪の良さがあるけども、それは認めるけれども──。

 混同するのだけは絶対ダメだ。分かるな?

 レグルスを銀髪扱いした奴は皆、長月さんに処されてしまえばいいんだ。

 

 瞳は赤──と一言で済ませるには、あまりにも印象が強すぎる。

 濁りなく、しかし底知れぬ深さを宿すその双眸は、まさに宝石。

 創作界隈には「目の色の描写を宝石に頼るのは陳腐。アマチュア物書き特有の悪癖だ」とかぬかしているヤツがいたような気がするが──。

 そいつを連れてきてこの目を見せれば、裸足で逃げ出すだろう。

 ああ、見せてやりたいよ。

 

 小さく華奢な体躯とすらりと長い手足は、引き締まりつつも柔らかそうな曲線を描いている。

 その身に纏ったみすぼらしく頼りない布切れ一枚さえ、天使の羽衣のようで。 

 総じて、第三者の審美眼に強く訴えかけるような、造形上の「解」であった。

 

 ……と、早口でまくし立てたくなるくらいの感動が、私を襲った。

 

 分かるか? 

 

 私は散々配信やらでいじり倒されて、「眉毛を整えろ」だの「早口を直せ」だの「メガネやめてコンタクトにしろ」だの言われてきた人間だ。

 ……結局、コンタクトではなくてレーシックにした。

 つまり、人並以上にいわゆるオタク仕草(陰キャムーブ)には敏感で、意識して抑制している人間ということだ。

 その私が、脳内語彙を片っ端から引きずり回して早口で語り明かしたということは、要するに。

 

 端的に言って──超ハイパー完璧美少女(ギザカワユス)、ということだ。

 

 あぁ、どうやら私は。

 

「これは、もう……別世界に、転生した……って感じか? いや……今生まれたわけでもなさそうだし、生き返って変身した上での転移……? しかもこんな、かわ……うわぁ……意味わかんねー……。意味わかんないけど……」

 

 ……科学では到底説明のつきそうにないこのミラクルを、受け入れる他にないようだ。

 幸いにして私は科学に拘泥するような立場の人間でなく、これを受け入れるハードルはさして高くない。

 

 無論、現代人として一定の衝撃は受けたものの──。

 

「ふむ……」

 

 冷静に考えれば、これは喜ぶべき事態なのではないだろうか。

 というのも、前世において私は女性というものに一切の縁がなかった。

 

 前世を恋愛すらしないまま童貞のまま終えた私のアイデンティティは、男性であるという所には……まぁ、ない。

 

 VRchatなるもので女アバターを被り、「ふにゃオス」と自らを名乗って可愛がってもらう事を「キモチイイ」と思ってしまった程度には、男のプライドがない。

 あれはハマりそうで怖かったので三日で辞めたのだが──。

 それはともかく。

 

 であれば、美少女になったこの事象自体は手放しに喜んでいいのではないだろうか。

 承認欲求の爆発だけは怖いけれども。

 

「……わーい。わーい……なわけないよなぁ……。これどうやって生きていくんかな……」

 

 戸籍もない。

 お金もない。

 せめてゆるいファンタジー世界であったなら生きていける光明も開けるというものだが……。

 

 ないない尽くしの今の私に、法律でガチガチに固められた現代社会というのは厳しすぎる。

 美少女だからって何でも解決すると思うほど、私の脳はお花畑ではない。

 

 せめて、何かないか──と、カンダタの蜘蛛の糸を探した私にもたらされたチャンスは、二つだった。

 

「おっ」

 

 一つ目はなんと、現代の齎した文明の利器──スマホだ。これはありがたい。

 充電は切れてしまっていて、今のところただの文鎮だが……。

 

「充電器くらいどこでも貸してもらえるだろ。美少女ボディだし」

 

 二つ目は、とある気づきだ。

 

「…………? もしかして、ここ……」

 

 ビルに備え付けられたモニター。

 何故か、そこに映し出される広告は生前に私が嗜んでいたTCG──ソウル・アークのものばかりだ。

 

 それだけではない。

 行き交う人々の腰に、必ずと言っていいほどデッキホルダーが下げられている。

 

 これらの大きな違和感から導き出した、私の答えはすなわち──。

 

「……ソウル・アークのアニメの世界……か?」

 

 Soul:Ark──ソウル・アーク──通称ソルアク。

 前世の世界ではプロリーグが特に盛んな覇権TCGで、遊戯王やデュエマと並んで愛されていた。

 私の人生の多くは、このカードゲームに依存していたといっていい。

 何せ前世の私は、ソルアクのプロであった。

 

 歴代最多期間、プロリーグの戦績において一位を獲得していた私にとって、ソルアクとはまさに人生そのものなのだ。

 

 当然、販促アニメ『ソウル・アーク』も完璧に履修している。

 メインチャンネルで解説動画を出していたほどだ。

 

 ここがソルアクの世界だと言うのなら──希望が見えてきた。

 私はここで、生きていくことが出来るかもしれない。

 

 そうと分かれば──そうだ。カドショへ行こう。

 カドショに行けば、多分なんとかなる。

 

 ──なにせ私、カードだけは誰よりも強いので。

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