キラキラTCGホビアニ世界にTS転生したはずなのに! 作:いる科
「ぎゃあああああああああああああっ!?」
リリーの絶叫が、早朝のビジネスホテルの一室に響き渡った。
「……おはようございます。……大丈夫ですか?」
毛布にくるまったまま。
トバリはゆっくりと体を起こし、目をこすりながらリリーに声をかけた。
その表情は極めて平穏。寝起き特有のけだるげなアンニュイさが漂っている。
だが、その仮面の下は穏やかではない。
(何今の叫び!? まさかセクハラって言われる……!? どうしようどうしようどうしよう──)
一方、リリーの網膜に映し出された映像は、それとは全く別のジャンルに属していた。
朝日に照らされた銀髪の少女。
無防備に目をこする小さな手、とろんとした瞳。
その破壊力は核弾頭級で、パニック状態のリリーの脳内を「かわいい!」という暴力的な感情が焼き尽くしていく。
「お、おかわわわわ……っ!」
顔を真っ赤にして何やら奇声を上げたかと思うと、次の瞬間。
リリーは自分の頬を両手でパァン! と叩き、ベッドから飛び降りる。
そして見事な勢いで床に額を擦り付けた。
「ごめんなさいボクはニンゲンのクズです!!!!」
その土下座のフォームは完璧だった。
背筋の伸び、額の接地角度、手の配置。
そこから浮かび上がるのは──美しい黄金長方形。
(……美しい。本気の土下座だ。私がこの域に達したのは二十代後半……)
トバリは思わず見惚れた。
プロカードゲーマーとして前世の一生を終えた彼女には、ビジネスシーンにおける日本の伝統芸──『DO・GE・ZA』への理解は殆どないだろうに、と思うかもしれないが。
事実、前世においてはいくらでも土下座を行う機会はあった。
新弾カードの事前評価を間違えたとき。
悪ふざけがすぎて運営に怒られたとき。
何度も炎上し、その度にそれなりに頭を下げてきたトバリだからこそ、プロカードゲーマーだからこそ──!!
自身の誇る"謝罪道"には、自信があった。
それでもこの謝罪の美しさには圧倒された。
この誠意としてのエネルギー量──!!
謝罪力53万。あの焼き土下座に、匹敵するだろう。
──いや、そうではなくて。
(なぜ土下座を……?)
我に返ったトバリは、少し考えて答えにたどりつく。
そうか、忘れがちだが自分は今、ロリ美少女の外見をしているのだ──と。
そんないたいけな少女が、ベッドではなく床で、毛布にくるまって寝ていたのだ。
リリーからすれば、罪悪感がマッハで沸くのも無理はない。
(よかった。セクハラって思われてるわけじゃない……よね?)
そうと分かれば話は早い。
トバリは安堵すると同時に、リリーを罪悪感のスパイラルから解放すべく口を開いた。
「慣れているので大丈夫ですよ。むしろ、お部屋の中であるだけ快適でしたから」
それは慰めでも強がりでもなく、純然たる事実だった。
前世のトバリにとって、布団の上以外での就寝など日常茶飯事だったのだ。
カードショップで閉店ギリギリまで調整に没頭し、終電を逃して公園のベンチで夜を明かした回数は数知れず。
あるいは深夜の駅前で、泥酔したサラリーマンや浮浪者にカード効果を熱心に説明して回り、新規ソルアクプレイヤーを増やすという慈善事業──。
もとい、布教活動を行っていた時も、よく道端で寝落ちしたものだ。
むしろコンクリートの上でなかっただけ、昨晩は天国だったと言える。
──あぁ、懐かしい。あの頃の情熱が、今の私を支えている──と。
そんな感慨に浸りながら、トバリは自然と頬を緩ませた。
……だがここにきてなお、トバリは自身がロリである自覚が足りなかった。
(慣れて、る……!?)
その言葉と笑みを見て、リリーはさらに愕然とした。
この幼い少女が、野宿を日常とするほどの過酷な生活を送っていたなんて。
もしかしたら、昨夜は彼女にとって久しぶりの、屋根のある場所でふかふかのベッドを使えるチャンスだったのかもしれない。
──それを、自分が奪ってしまった。
だというのに、彼女は怒るどころか、困ったように柔らかく笑っている。
その笑みが"前世の奇行を懐かしむ笑み"であることなど知る由もないリリーには、それが"自分の非礼を許し、気遣う聖母の微笑み"に見えてしまう。
胸が、きゅうと痛む。
「あ……」
──この状況で、何を自分は言うべきなのだろう。
これ以上の謝罪は、余計に彼女に気を遣わせてしまうだけだ。
混乱するリリーの脳裏に、ふと、義理の父の教えが蘇る。
『リリー。こういう時は……ごめんじゃなくて、ありがとうって言うんだ。その方が相手も嬉しいだろう?』
「……っ、ほんっとうに、ありがとうございました……っ!!!」
「──どういたしまして」
──それは本来、親切を受けた時に素直になるための教えである。
断じて、芸人顔負けの"すれ違いコント"を解消するためのライフハックではない。
だが、二人の認識が致命的に噛み合っていないこの局面においては──。
それが奇跡的な最適解となり、オチてしまった。
無論、大体思わせぶりなトバリのせいである。
自分がロリであるという自覚が、全くもって不足している──!!
こうしてトバリへのリリーの誤解が生まれたところで──。
トバリは、サービスのインスタントコーヒーを二つ作り、その片方を差し出しながら本題を切り出した。
「それで、一体どのようなご事情が?」
「あ……えっと」
湯気の立つカップを受け取り、少しだけ心を落ち着かせてから。
リリーは、ぽつりぽつりと話し始めた。
所属している組──『牙神組』が、存続の危機に瀕していること。
何とかしなくてはという焦燥感に駆られ、各会場を回ってめぼしいデュエリストを探していたこと。
そしてあの決勝戦を見て、トバリが会場を去ろうとしたあの瞬間。気づけば体が勝手に動いていたのだと。
「自分でも、なんであんなことをしたのか分かんないんです。まるで何かに突き動かされたみたいに、身体が勝手に……」
リリーは俯き、恥じ入るように語る。
だがトバリは、その衝動こそが"生"であると思っている。
「……それだけ、あなたが本気ということでしょう。……きっと、リリーさん自身が自分で思っているよりもずっと」
「ボクが思ってるよりも……。で、でも流石にアレはやりすぎでしたよね……うう、恥ずかしい……」
「いえ。若いうちの無茶はし得ですから。グッジョブです」
(この人、ほんとに十二歳だよね??)
無表情のまま行われるシュールなサムズアップ。
その達観した物言いに、リリーは一瞬だけ感動を忘れて真顔になった。
外見と精神年齢の乖離があまりにも大きい。
「──それで、詳細についてですが。実はその……既に鷹矢さんから伺っています」
トバリが言いにくそうに告げると、リリーはパッと顔を上げた。
「えっ……? お、お義父さんと……いつの間に!?」
「リリーさんが寝ている間に着信がありましたので。……勝手に出てしまってすみません」
「ひぇ……いえ、ぜ、全然気にしないです!」
リリーがスマホを取り出し通話履歴を見れば、確かに『牙神 鷹矢』の名前と通話記録が残されていた。
トバリは申し訳なさそうにしているが──。
リリーが「ひぇ」と情緒を揺さぶられた理由は、プライベートへの侵食ではない。
まさか自分が優雅に高反発マットレスで惰眠を貪っている間に、保護者への報・連・相が完璧に済んでいるとは思わなかったのだ。
その仕事ぶりに、感嘆と畏怖を覚えざるをえない。
事実としては、トバリはしばらくあたふたした後に悩みに悩んで電話に出たのだが、リリーにそれを知る由はない。
プライベート云々については、何も言わず飛び出してきたリリーとしては、義父に合わせる顔がないわけで──。
むしろこの伝達の代行には、感謝しかありえなかった。
「何から何まで……ほんと、ありがとうございます……っ!!」
「リリーさんを酷く心配している様子でしたよ。……お迎えにいらっしゃっているはずですから、早く顔を見せてあげて安心させてあげましょう」
「は、はいっ……!」
早々にチェックアウトを済ませ、二人はホテルのエントランスへと向かう。
自動ドアが開くと、朝の澄んだ空気が流れ込んできた。
ロータリーには、一台の使い古された黒塗りのセダンが止まっている。
そのボンネットに寄りかかるようにして、一人の男が立っていた。
「君がヤミノ・トバリか。うちのリリーが世話になったな。ありがとう」
その声は、朝の空気にひどく澄んで響いた。
ヤクザのステレオタイプとして想起される、威圧的なドスなど一切ない。
だが、その静けさの中には確かな理知と、決して揺るがない芯の強さが宿っている。
──牙神 鷹矢。牙神組の若頭にして、実質的なリーダー。
リリーが義父として慕うその人である。
トバリは無言で一礼し、そっと一歩退いてリリーの背中を押した。
部外者が割って入る場面ではない。
まずは親子の再会を済ませるのが筋だろうという配慮だった。
「お義父さん……その……」
「…………」
──ごめんなさい。
その言葉が出る前に、鷹矢の大きな手が、リリーの頭にそっと乗せられた。
乱暴にわしゃわしゃとするのではない。
どこまでも優しい手つきで、ポンポンとその小さな頭を撫でる。
「あ……」
大粒の涙が、ぼろぼろと溢れ出す。
何も言わずに家を出たのは、顔を見れば決意が揺らぐと思ったから。
"ボクなんかを大切にしないで欲しい"と、そう願ってしまったからだ。
組のために、義父のためになるのなら、この身の全てを喜んで捧げるのに。
「……お前が無事なら、それでいい。帰ってから、しっかり話をしよう」
それでも、この人はどこまでも優しいから──。
きっと、リリーを犠牲にすることなど一生できない。
その優しさに甘えてはいけないと思った。
けれど、自分がした行いがどれほど義父の心を締めつけたか。
自分のした選択は、本当に正しかったのか。
──分からない。
答えが出ないから、リリーには己の狭い視野と小さな脳を恨むことしかできなくて。
「──うん」
リリーは、ギュッと唇を噛んで頷いた。
鉄の味が、苦かった。
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