キラキラTCGホビアニ世界にTS転生したはずなのに!   作:いる科

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序章をかなり改稿してます。次回の更新が遅れるかもしれないです。
いや計画性ゼロすぎた悔しい、私はトバリにはなれない……


第十一話「牙神 鷹矢」

 ──ひとしきり泣いて、リリーが落ち着きを取り戻した頃。

 鷹矢は改めてトバリに向き直り、深く頭を下げた。

 

「……改めて、牙神 鷹矢だ。リリーを保護してくれたこと、心から感謝する」

 

「ではこちらも改めて……ヤミノ・トバリです。──どうか、お気になさらず」

 

 トバリが言葉少なに答えると、鷹矢はサングラスの奥の目を細めた。

 

「立ち話もなんだ──車を出そう。拠点に案内する」

 

「はい」

 

 促され、トバリとリリーは黒塗りのセダンに乗り込む。

 外装は年季が入っていたが、車内はきれいに清掃されていた。

 

 運転席に鷹矢、助手席にリリー。

 トバリは一人、広い後部座席に腰を下ろした。

 

(あ……締めとこ)

 

 ふと思い直して、トバリはシートベルトに手を伸ばす。

 前世、後部座席ではベルトを締めないことが多かったが──ここは友人の車ではない。

 これから信用を積み上げていこうという相手の車だ。

 ヤクザ相手に順法精神というのはおかしな話だが、危機管理能力の高さを見せておいて損はない。

 

 あまり使われていない後部座席特有の、あの引き出しにくさを覚悟してベルトを引く。

 だが──。

 

(……軽い)

 

 予想に反して、ベルトはするりと滑らかに引き出された。

 カチャリ、と小気味よい音を立ててバックルが収まる。

 固さも、引っ掛かりもない。

 

 毎日のように使われていなければ、こうはならないはずだ。

 それが意味するところは即ち──。

 

(……普段から、後ろに乗る人がいるってことかな)

 

 ほどなくして、車は発進する。

 心地よいエンジンの振動と、流れる街の景色。

 その中でトバリは、昨晩交わした電話の内容を思い返していた。

 

 なぜトバリが、この親子──ひいては『牙神組』への協力を決めたのか。

 幾つかキッカケとなる事柄はあったが──。

 最終的な決断を後押しする最も大きな理由は、昨日の通話の中にあった。

 

 

 

■ ■ ■

 

『──リリーッ! 無事か!? 今どこにいる!!』

 

 深夜のホテルの一室。

 意を決して応答ボタンを押した瞬間、トバリの鼓膜を震わせたのは、悲痛なほどの絶叫だった。

 ビリビリと空気が震えるほどの音量。

 思わずスマホを耳から離し、トバリは恐る恐る口を開く。

 

「……あの、すみません。私はリリーさんではありません」

 

『……君は誰だ。なぜ、リリーの電話を持っている』

 

 声色が、一瞬で変わった。

 焦燥の熱が瞬時に引いて、ナイフのような冷たい警戒心だけが残り──。

 トバリの中で、顔も見えぬ相手への──切れ者としての評価ゲージが、ガコンと音を立てて一段階上がる。

 

 正体不明の相手が身内の電話に出たのだ。

 先ほどの絶叫から察するに、事態は深刻。

 リリーは行方不明に近い状態だったに違いない、とトバリは推察する。

 

 通常であれば取り乱し、怒鳴り散らしてもおかしくない局面。

 それを一瞬で抑え込み、弱みを決して相手に握らせない。

 

(この鷹矢という男……相当な修羅場を潜り抜けてきてるに違いない。まあ、冷静に話を聞いてくれるのは助かるな)

 

 己が相手に与えるあらゆる情報が、相手の手札になりうることを知っている──賢しい者に特有の、感情のコントロール。

 

「ヤミノ・トバリと申します。怪しい者ではありません。たまたまリリーさんと出会い、保護しました。リリーさんは今、私の隣で寝ています」

 

『寝ている……保護……? 君がか』

 

「はい。詳しくは後で説明します。安心してください。危害は一切加えていません」

 

 潔白を証明するため、トバリは努めて冷静に、事務的に状況を伝えた。

 だが、分が悪い。

 理由は単純。

 電話越しの言葉だけでは"リリーが無事である"という確証が得られないからだ。

 

 判断材料が決定的に不足している。

 少なくともトバリが相手の立場であったなら、信じることは難しい。

 

 必要なのは、相手の疑念を払拭する客観的で不可逆な証拠。

 何か手札はないか、と逡巡し──そして、最適解を見つける。

 

「……必要であれば、ビデオ通話にしますか?」

 

 トバリの提案は、膠着した状況に風穴を開けた。

 

「──頼む。君を信じたい気持ちは山々だが、情報が少なすぎる」

 

「同感です。では」

 

 トバリは返答に従い、通話モードをビデオに切り替えた。

 

 画面に映し出されたのは、ベッドの上で無防備に寝息を立てるリリーの安らかな寝顔。

 そして、その傍らでスマホを掲げる、銀髪の幼い少女──トバリ自身だ。

 

『……!!』

 

 百聞は一見に如かず。

 リリーが無傷で、薬物に特有の症状もなく、安らかな寝息を立てている事実。

 そして通話相手は、どう見ても危険人物には見えない──あどけない子供であるという視覚情報。

 

 何より、誘拐犯であれば堂々と顔を晒すリスクを冒すはずがない。

 それらの情報が、鷹矢の警戒心を瞬く間に氷解させた。

 

『……リリー……良かった……。──トバリ君、疑ってすまなかった。リリーを助けてくれて、本当にありがとう』

 

「いえ……疑うのは当然ですから……疑念が解消されたようで、何よりです」

 

『──自己紹介が遅れたな。俺はリリーの……父親代わりの、牙神 鷹矢という者だ。牙神組の若頭をしていて、リリーのコーチも務めている』

 

 その名前を、トバリは知っていた。スマホに表示されていたからだ。

 

(──コーチ……ね)

 

 "コーチ"という言葉は、このアニメ『ソウル・アーク』の世界においては、デュエリストでない者が使う言葉だ。

 アニマの資質を持たないためカードに恵まれず、自身では戦えないが、知識と理論でデュエリストを支える者。

 それがコーチという役割だ。

 

(つまりこの人は、非デュエリスト……)

 

 だが、その声には確かな知性と、デュエルに対する深い理解が感じられた。

 

 その後、トバリは昨晩の出来事──リリーとの出会いについて、簡潔に説明した。

 それを聞いた鷹矢は、リリーの暴走の理由を即座に悟った。

 彼女が焦燥に駆られ、なりふり構わず"力"を求めた結果なのだと。

 

『……子供はスカウトするなと、あれほど聞かせたというのに』

 

 画面の向こうから、苦渋に満ちた呻きが漏れるのをトバリは聞いた。

 リリーが必死になるほどの危機的状況。

 ならば、なりふり構わず戦力を欲するのが道理ではないか。

 だが、この男の反応は違った。

 

『トバリ君。……君を巻き込んでしまって、本当に申し訳ない』

 

 鷹矢は、モニター越しに深く頭を下げた。

 小中学生くらいの子供に対し、本気で頭を下げる大人の男。

 

「……お気になさらず。私はTierBの大会で優勝した訳ですから、一般的な子供の枠組みから外れたというだけでしょう。リリーさんに、あなたの教えを破るつもりがあったとは思えません」

 

『──こうして話していて、君が聡明であることは分かる。それでも君はまだ、子供なんだ』

 

 決して、未熟だと侮っているわけではない。

 一人の人間として尊重しつつ、危険から遠ざけようとする意志。

 極道という職業からは想像もつかないほど、理知的で誠実だ。

 トバリは素直に好感を抱いた──抱いたのだが。

 

(……ほんと、マトモな人だな。でもまぁ私中身が子供じゃないから、すっごい複雑なんだけど……!!)

 

 ──だからこそ、不思議だった。

 

「あの。……少し、お聞きしても?」

 

『……なんだろうか』

 

「あなたは、とてもデュエリストを使い潰すような人には見えません。……なぜリリーさんは、あんなに追い詰められていたんですか」

 

『…………』

 

「部外者が踏み込んでいい領域ではないかもしれませんが──スカウトを受けた身として、内部の情報はうかがっておきたいのです」

 

 リリーのあの悲痛な叫びと、この男の誠実さの間に横たわる矛盾。

 それを知らずして、黙って引き下がるわけにはいかなかった。

 

 対する鷹矢は、内心酷く迷った。

 先の話を聞いたうえで『牙神組』に関わることを選ぶのなら。

 これから話すことになる現状を知ったうえで『牙神組』に来るというのなら。

 それを尊重することも含めて、初めてリスペクトの形を成す。

 鷹矢は長考の後、意を決したように口を開いた。

 

『……ここから先は、リリーの保護者としてではなく、牙神組のトップとして話す』

 

 声の温度が、一段階下がる。

 冷徹な組織人の顔。

 それを子供に見せる抵抗感を理屈でねじ伏せて、鷹矢はトバリに問う。

 

『──ダルネスシリーズは、どうだった?』

 

「何でもありの無法地帯でしたね。効果は分かりかねますが──薬物使用者もいたとか。……それに、無所属の敗者は皆……地下とやらへ連れていかれました」

 

『昔は……違った。表舞台で戦えない者、行き場のない者たちが、それでもカードに関わるための──救済手段だった。皆の理想郷を──地下に作ろうってな取り組みもあった』

 

 鷹矢の声には、懐古と、強い愛着が滲んでいた。

 弱きを助ける、任侠の道──それが確かなのであれば、今のトバリが目指すダルネスの変革は、過去にあったことになる。

 

『だが、黒帝会のトップ……『煉獄組』が、全てを変えちまった。……今やイカサマ、薬物、八百長。何でもありだ。アニマが傷ついて戦えなくなったデュエリストや、無所属の敗者たちは地下で強制労働をさせられる始末。……あの頃のダルネスはもう、影も形もない』

 

「……」

 

『俺は、それが許せない。ダルネスを、本来の……誇りある場所に戻したい。だが──俺はあの子たちを、勝たせてやれなかった』

 

 その言葉には、血を吐くような悔恨が滲んでいた。

 ルール無用の暴力に対し、ルールを守って戦うことの限界。

 正攻法では勝てない。少なくとも、ただの正攻法では。

 

 トバリが勝てるのは、プロカードゲーマーとしての知識と、経験と、そしてそれらに応えるようにして集ったカードがあるからだ。

 だが、彼らは違う。

 

『理想を実現するためには、力が必要だ。だが現実として、俺は潰れかけの組を維持するので精一杯だった。……その焦りがリリーにも伝わっちまったんだろうな。何も言わず飛び出していったのは、一週間以上も前のことだ』

 

 一通り話を聞いて、トバリの中で何かがカチリと音を立てた。

 

 ──こんな話を聞かされて、放っておけるわけがない。

 この男は、まともだ。

 腐敗したこのダルネスという世界において、奇跡的なほどに"真っ当な大人"だ。

 そしてリリーもまた、その尊くも儚い想いを受け継いでいる。

 

(私が守るべきキラキラは、ここにあったんだ)

 

 ならば、自分が為すべきことは一つ。

 トバリは画面越しの瞳を真っ直ぐに見据え、静かに、けれど力強く告げた。

 

「私が"剣"になります。──守らせてください。あなたの想いを」

 

 

 

■ ■ ■

 

「──着いたぞ」

 

 鷹矢の低い声で、トバリは回想から引き戻された。

 車が停止したのは、人気のない寂れた倉庫街の一角だった。

 目の前には、錆びついたシャッターが閉ざされた、古びたガレージがあるだけだ。

 

「……ここが?」

 

 トバリがきょとんとして尋ねる。

 組の事務所というには、あまりにも殺風景すぎる。

 まさか、潰れかけてというのは比喩ではなく本当に──?

 

 そんな失礼な推測をしそうになったトバリに向け、助手席のリリーが少し得意げに振り返る。

 

「ふふ、驚きましたか? トバリさん」

 

「思ったんですが、リリーさんの方が年上なんですから、敬語や"さんづけ"は必要ないかと……」

 

「うっ……だ、だって全然年下って感じしないんだもん……。それに初対面敬語で入ると距離の縮め方って難しくない……? コホン。ふ、ふ、おどろいたーっ? トバリちゃんっ」

 

「──無理に言い直さなくても……」

 

 ひどい棒読みだ。

 リリーのあまりの大根役者ぶりに、トバリは吹き出しそうになるのを堪え、かろうじて鉄仮面を維持した。

 そんなこととは露知らず、リリーがダッシュボードの隠しスイッチを押す。

 途端、ガレージの中で重厚な駆動音が響き始めた。

 

「組の拠点は──地下にあるんだよ!!」

 

 直後、車体がガクリと揺れ、視界が沈み始める。

 

 ただの床だと思っていたコンクリートが、長方形に切り取られたように降下を開始したのだ。

 ガガガガガ、と無骨な金属音が狭いガレージに反響する。

 地上からの光が遠ざかり、代わりに剥き出しの鉄骨と配管、そして無数のケーブルが這うコンクリートの壁が姿を現す。

 

 洗練されたSF的なエレベーターではない。

 油と鉄の匂いが漂う、無骨で荒々しい──男の子のロマンが詰まった秘密基地。

 

(イナイレの地下修練場じゃん……!!)

 

 今や花も恥じらう乙女、ヤミノ・トバリ。

 しかしその中身は、どこに出しても恥ずかしい厨二病のプロカードゲーマーである。

 内心では目を輝かせ、テンションは成層圏を突破していた。

 

 だが、その顔は相変わらず能面のようなポーカーフェイスのままだ。

 突き詰めれば隠す意味もない感情だが──トバリのこれは、もはや単なる癖の域を超えている。

 強迫観念にも似た本能の働きによって、呼吸をするように表情を殺してしまう。

 

「かっこいいですね」

 

「でしょ!? 他の組のエレベーターは色々装飾とかしてるらしいし力入れてるのは実際凄いと思うけどやっぱりこういう無骨なデザインが最高っていうかメカメカしい機構が剥き出しなのが神だしまぁお金がないだけなんだけどそれが逆に魅力になってるっていうか──」

 

 眼鏡を煌めかせ、早口で語り尽くすリリーに、トバリは深く頷いた。

 

「……ロマン、ですね」

 

「そうなんだよ~~~っ!!」

 

 ぱぁっ、と。

 リリーの顔に、その名の通り白百合が咲いたような満面の笑みが浮かぶ。

 

 ──ダルネスの事情を抜きにしても。

 リリーとトバリは、良い友達になれそうだった。

 

「ちなみにちなみにっ、このエレベーターの駆動方式はあえて旧式の油圧を使うことで──」

 

 狭い車内に反響する、リリーのマシンガントーク。

 ──賑やかなBGMを乗せて。

 三人の乗った車は、夜明けを待つ地底の闇へと吸い込まれていく。

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