キラキラTCGホビアニ世界にTS転生したはずなのに!   作:いる科

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いつも応援ありがとうございます。
放置するとマズい矛盾に気づいてしまって、序章を大きく改稿しているので、確認いただけると幸いです。


第十二話「牙神組」

 重厚な振動が収まり、搬入用ゲートがゆっくりと開く。

 暗闇に慣れたトバリの網膜を柔らかな光が焼いた。

 

「……これは」

 

 トバリは思わず、身を乗り出してフロントガラスの向こうを見上げた。

 そこにあるはずのないものが広がっていたからだ。

 ()()

 どこまでも高く青く澄み渡る、偽りの空。

 

「──凄いですね」

 

 地下深くに建設された巨大空間。

 雲の流れ、太陽の位置──そして色合い。

 恐ろしいことに、どこにも違和感がない。

 

 何も知らずにここで目覚めたなら、ここが地下数百メートルの底であるとは夢にも思わないだろう。

 アレは、天蓋をスクリーンとして映し出された映像なのだろうか。

 大阪万博でもこれほどの感動は得られなかった。

 一体どんな技術が使われているのか、トバリにはさっぱり分からない。

 

(そういうモノだよねって思考停止もときには必要……。実際現実としてあるんだし……それよりも)

 

 莫大な電気代と空調設備、そして維持管理費。

 ざっと試算しただけでも目眩がする金額だ。

 

「この地下は、全て牙神組のモノなんですか?」

 

「もちろん違うよ、トバリちゃん。地下は凄く広くて、牙神組はその一角の管理をしているだけ」

 

「なるほど。いえ、管理費用がバカにならないんじゃないかと、ふと思ったんですが──」

 

「うーん……ボクも詳しくは知らないけど、それは黒帝会全体で賄ってるはずだよ。うちがボロっちいのは、上納金とかシリーズの成績で予算の優先度が決まっちゃうから……そのせいかな」

 

「……そうなんですね」

 

 トバリは丁寧なリリーの返答を受け取ると、内心で『黒帝会』なる存在への認識を改めた。

 利害だけで繋がった群雄割拠の寄せ集め──戦国時代のそれだと思っていたが、その実態はインフラまで共有する連邦国家のようなものらしい。

 地盤として横たわる一定の秩序の上に、人工的な混沌が形成されている。

 

 トバリはひとまずの考察をそこで打ち切り、改めて流れる景色へと目を向けた。

 

 コンクリートの支柱にへばりつくように増築された家々や、軒を連ねる古い商店街。

 色褪せた看板や赤提灯が並び、そこには確かな生活の息吹がある。

 

 ……イオンモールの一つでも建てば途端にさびれたシャッター街となり果てそうな、前時代的な風景だ。

 すっかり令和という時代に毒されていたトバリの目には、それが逆に新鮮に映った。

 

 車は商店街をゆっくりと進んでいく。

 黒塗りのセダンに気付いた人々が、次々と足を止めて声を掛けてくる。

 

「お! たっくんおかえり~!」

 

「お疲れ様です、鷹矢さん!」

 

「たっちゃん! これ、ウチの畑で取れた野菜だ! 持ってってくれよ!」

 

 八百屋の店主らしき壮年の男が、段ボール箱を抱えて駆け寄ってくる。

 鷹矢は窓を開け、サングラスを少しずらして苦笑した。

 

「源さん。……気遣いは嬉しいが無理はしないでくれ。そっちも厳しいだろう」

 

「何言ってんだい。俺たちの希望はアンタらなんだ。これくらいしか出来ねぇのが歯がゆいくらいさ……! 遠慮なく食ってくれ!」

 

「──そうか。恩に着る」

 

 鷹矢が段ボールを受け取ると、男は嬉しそうに手を振って去っていった。

 

 その後も、すれ違うたびに声がかかる。

 商店街のオバちゃん、遊んでいる子供、気の良さそうな若者たち。

 老若男女の誰もが鷹矢に対し、畏怖ではなく親愛の情を向けている。

 

 住民たちからの差し入れが積み重なり、いつの間にか──。

 広かった後部座席はすっかり手狭になっていた。

 

(……ヤクザの若頭っていうより、完全に街の顔役だな)

 

 積み上げられた好意の圧に、物理的に押し潰されつつ──。

 トバリは隙間から運転席を覗き見て、感嘆の息を漏らした。

 

「人気者なんですね」

 

 暴力による支配ではない。

 この男が積み上げてきた信頼と実績が、この街の空気を形作っているのだ。

 

「ふふ……トバリちゃん、お義父さんは凄いんだよっ」

 

「……リリー……やめてくれ」

 

「ふふっ、耳赤くなってるよお義父さん」

 

 リリーもまた、そんな鷹矢の横顔を誇らしげに見つめている。

 車は商店街を抜け、少し開けた場所へと出た。

 その奥に、周囲の無骨な建築物とは一線を画す、古風で立派な日本家屋が鎮座していた。

 

 瓦屋根に、重厚な門構え。

 所々瓦が落ちていたり、塀にヒビが入っていたりと──。

 ボロボロでガタが来ているのは否めないが、それでもかつての威厳を漂わせている。

 

「到着だ。──ここが俺たち『牙神組』の本部だ」

 

 車を止めて鷹矢が告げる。

 車を降りて、門をくぐろうとしたその刹那──。

 

「りぃちっ!!」

 

 悲鳴のような声を上げて屋敷から飛び出してきた小柄な影が、弾丸のようにリリーへ突き刺さる。

 それは桃色のハーフツインテールを揺らす、アイドルめいた愛らしい少女だった。

 彼女はリリーの細い体を力一杯抱きしめ、整った顔をくしゃくしゃに歪めて泣きじゃくる。

 

「バカ……! 心配したんだよぉ……っ!」

 

「……エイ姉……。ごめん、なさい……」

 

 リリーもまた、申し訳無さそうに眉を下げ、桃色の少女の背中にゆっくりと腕を回す。

 「りぃち」、「エイ姉」。

 互いをあだ名で呼び合う様子だけで、その親密な関係性が察せられる。

 ひとしきり抱き合った後、その少女は涙を指先で拭うと、パッと表情を切り替えてトバリに向き直った。

 

「──お兄さんが言っていたのはキミのこと? あたしは桜華(おうか) エイル、よろしくね」

 

「ヤミノ・トバリです。エイルさん、よろしくお願いしま──」

 

「きゃーもう超かわいいっ!! お肌すべすべ~! とばちでいい? いいよね、よろしくねっ! ぎゅ~っ!」

 

 うわ陽キャだこいつ距離感がイカれてやがる──と、トバリが思う間もなかった。

 有無を言わさぬ勢いで抱きすくめられ、「ぁぅ」と声が漏れる。

 鼻孔をくすぐる甘い香りと、顔面に押し付けられる豊かな果実の弾力。

 それはまさに、視界も呼吸も遮断する桃色の暴力だった。

 

「……あの……エイルさん。……いきなりハグは、驚きます」

 

「え~? そっかあ、ふふっ、かわいいねえ」

 

 エイルはにこにこと笑うばかりで、一向に腕を離そうとしない。

 むしろ、小動物を愛でるように頬ずりまでする始末だ。

 

(やわらかぁ……)

 

 密着する体温と、甘い匂い──そして初めての乳圧。

 まんざらではない。

 むしろ前世において「オタクに優しいギャル」の存在を渇望していたトバリとしては、ありがたい展開である。

 リリーのときと違い、完全なる受動的イベントである以上──。

 罪悪感を覚える必要は一切ない──!!

 

(なってよかった!! 美少女っ!!)

 

 このとき、トバリの心中におけるだらしない思考──そのほんの一滴だけがポーカーフェイスを貫通した。

 無を湛えるトバリの頬に、微かな赤み。

 とろん、と甘く揺らめく瞳。

 それはサイゼリヤの間違い探しの如き極小の変化であったが──。

 

(……あれ……なんか──。モヤモヤ、する……)

 

 大好きな姉貴分が、新たな仲間であるトバリと仲良くじゃれ合っている──喜ぶべき光景であるはずなのに。

 リリーの胸に、言語化するにはあまりに小さな、どろりとした種が生まれていた。

 

「トバリちゃ──」

 

「ボス、ご苦労様ァ──っすッ!! リリングもおかえりッ!! 顔色良くなったんじゃねえか?」

 

 きゅうと締め付けられた胸の逃げ場を求めるリリーの呼びかけは、元気すぎる挨拶によって遮られた。

 声の出どころは、目つきの悪いワイルドな少女だ。

 緑のウルフカットがまさに狂犬といった風体で、よく似合っている。

 

「フェン姉──うん。ただいま。……心配かけてごめんなさい」

 

 リリーは、申し訳無さそうに頭を下げる。

 だが緑の少女はそんな湿っぽい空気を吹き飛ばすように、左手でリリーの頭をワシワシと撫で回した。

 

「心配かけたのはオレの方だろ? 悪かったなリリング。しっかしやるときゃやる奴だとは思ってたが、家出たぁ痺れたぜ!」

 

 褒められているのか叱られているのか。

 リリーは心地よい乱暴さに目を細めながら、力なく笑う。

 

「……寝ていろと言ったはずだぞ──風雲(ふぇんうん)

 

 鷹矢が眉間を押さえながら溜息をつくと、風雲と呼ばれた緑の少女はケラケラと気丈に笑った。

 

「ボスも分かってんだろ? じっとしてる方が性に合わねえんだ、オレぁ。心配いらねえ、今度の大会だって出てやるよ」

 

「ダメだ。まずは怪我をしっかり治せ」

 

「ったく、ボスは……。そんなんだから、リリングにも心配性が伝染っちまったんじゃねえのか?」

 

「お前が大切なんだ。──頼む」

 

 組織の長としての命令ではなく、家族を想う親としての懇願。

 

「……っ。そういわれちゃ、仕方ねぇ……か?」

 

 不意打ちの殺し文句に風雲は頬を赤らめ、バツが悪そうにそっぽを向いた。

 

(狼系ツンデレオレっ娘とか属性過多だなあ……。……いや、TSうすほそ銀髪美少女の私が言えたことじゃないか!!)

 

 微笑ましい光景を肴にそんな感想を抱きつつ、トバリの思考はすぐに別の違和感へとスライドした。

 

 ──それにしても。

 目上の者に「ご苦労様」というのは果たして適切なのか。

 いや、ヤクザの世界とビジネスシーンでは、言葉の持つ文脈が異なるのかもしれない──。

 

 目的もなく回るトバリの思考は、風雲の持つ明らかな負の情報に帰着する。

 右腕が包帯で吊られ、痛々しいギプスで固定されているのだ。

 

 その視線によってようやくトバリの存在を認識したのか──風雲は、黄色の猫目で怪訝そうにトバリを睨みつけた。

 

「……ああん? オイ、オマエは誰だ? まさかボス──こんなちんちくりんをウチに入れるってんじゃあねェよな……」

 

「こら、ふぇんちっ。せっかく来てくれたんだよ、そんな言い方はないでしょ? ごめんねとばち、この子気が立ってて……」

 

「エイリングは黙ってろ、オレぁ今こいつに話しかけてんだ」

 

「エイルさん、お気になさらず。……はい、この組に入るつもりです」

 

 エイルの気遣いは、同時に行われた両サイドからの即答によって、瞬時に霧散した。

 取りつく島もない二人の様子に、おろおろと視線を彷徨わせるエイルを見かねて──。

 鷹矢が、静かに口を開いた。

 

「……彼女を見た目で判断するな、風雲」

 

 静かな忠告。

 だがそれは、沸騰寸前だった少女の感情に、最悪の形で火を点けた。

 

「……ッ、見損なったぜボス………!! こんなヨソモンのガキに任せるくらいならオレが出る!! 怪我がなんだってんだ……ッ!!」

 

「風雲ッ!!」

 

 風雲はギプスの嵌められた右腕を、血が滲むほどに強く握りしめた。

 痛々しいほどに稚拙で、それゆえに純粋な激情。

 だがトバリにはそれが、言葉通りのトバリへの拒絶でも鷹矢への失望でもないことがすぐに分かった。

 

(自分自身への怒りが八割……って所かな。他にも部外者を組に入れたくないとか小さい子巻き込みたくないとか、色々あるんだろうけど。……そこまでは分からないし、一旦丸ごと「不器用な善人」の括りに入れてしまおう。人間って一つの理由で動くほど単純じゃないし、考えるだけ無駄)

 

 だが彼女は今、真に自分の弱さと向き合えていない。

 今の彼女に必要なのは、安っぽい慰めでも、道理を説くことでも、仲間との憩いの時間でもない。

 ──それを与えられるのはどうやら、この場でトバリだけのようだった。

 

(……人を教えたり導いたりは、どっちかっていうと苦手なんだけど)

 

 トバリは小さく息を吐くと、一歩踏み出した。

 

「──では、風雲さん。勝負をしましょうか」

 

「……は?」

 

「それが一番手っ取り早いですから。私があなたより強ければ、何も問題はないでしょう」

 

 トバリの荒っぽい提案に、エイルが慌てて声を上げる。

 

「ええっ!? なんでそうなるのぉ……!? もっと、話し合いとか──」

 

 エイルが助けを求めるようにしてリリーを見ると、彼女もこくっこくっ、と首を縦に振った。

 対して、風雲は──。

 呆気に取られた顔から一転、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「──ハッ、面白ぇ!! ちんちくりん、オマエのその威勢の良さは気にいったぜ……!!」

 

 風雲は踵を返し、顎で奥の部屋をしゃくる。

 

「オレの力を見せてやるよ。──来な、デュエルスペースはこっちだ」

 

「はい」

 

 風雲はズカズカと住居の中に入っていき、トバリもそれに続いた。

 残されたエイルとリリーは、オロオロと背中を見送るしかない。

 

 エイルの心配は、トバリに。

 リリーの心配は、風雲に向いていた。

 これから起こるデュエルの結末は──。

 トバリの実力とデッキタイプを知る鷹矢とリリーにとっては、火を見るよりも明らかであるが故に。

 

「……フェン姉、なんであんなに……」

 

「──ふぇんちは……悔しいんだよ」

 

 消え入りそうなリリーの声に、エイルが答える。

 その視線は、不器用な仲間の背中に注がれていた。

 

「それに……あの子にとって、組は家族だから……」

 

「それはっ、ボクだって……ッ!! ……なんで、皆同じ気持ちなのに……同じ方向を向けないんだろう……」

 

 答えようとして言葉に詰まり、エイルは唇を噛みしめる。

 脳裏に、薄い励ましや綺麗事が浮かんでは消える。

 その言葉を自分が吐くことは、許されないように感じた。

 

 リリーと同じ方向を向けていないのは──風雲だけではない。

 己も同じだからだ。

 

「エイ姉……? なんで何も、言ってくれないの……?」

 

(……ごめんね)

 

 リリーが一人で飛び出したことの意味。

 それは『牙神組』の面々にとっては「今のあなたたちには何もできない」と叫ばれたに等しい。

 本人が自覚しているかは定かでないが──。

 

 誰も頼れない。誰も変えられない。

 だから外部に助けを求めるしか道がなかった。

 他の誰でもなくリリーがそうしたという事実は、あまりにも大きい。

 

 風雲はそれを今、怒りとして発露している。

 対して、エイルは──。

 

(……)

 

 ──重苦しい沈黙が場を支配している。

 鷹矢はそんな空気を断ち切るようにして、力強く歩き出した。

 

「──行くぞ二人とも。ぶつかり合うことでしか……それを見ることでしか、手に入らないモノもある」

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