キラキラTCGホビアニ世界にTS転生したはずなのに! 作:いる科
魂札荘〈アザミ〉。
表向きはソウル・アークのカードを扱う
煙草の紫煙が充満する店内。
対戦卓では男たちが唸り声を上げ、金銭や利権を賭けたカードバトルに興じている。
ここは東京の吹き溜まり。
敗者は全てを奪われ、勝者だけが富を得る修羅の庭。
そんな場所に不釣り合いな来訪者が現れたのは、平日の夕暮れのことだった。
「……あの。8パックと、空のコピーカード二十枚をください」
いつの間にかそこに立っていたのは、顔立ちの整った銀髪の少女だ。
薄汚れた布切れ一枚を纏っているが、その肢体は磨き上げられた宝石のように美しく。
外見年齢とは釣り合わない落ち着いた立ち振舞いのせいか、妙に現実感が薄い。
場末の賭場には、あまりにも似つかわしくない上玉だった。
店長である
薊はかつて、人を陥れることを生業とする悪徳マネージャーだった。
だが数年前に結婚し、娘が生まれてから──足を洗って、この店を構えた。
今では、表向きだけでも真っ当な商売を心掛けている。
……にも関わらず、かつての悪評を聞きつけた荒くれ者たちが溜まり場にしてしまっているのが現状だ。
彼らは薊の過去を知り尽くしており、下手に追い出せばどんな腹いせをされるか分からない。
だから、見て見ぬふりを決め込んでいる。
店内で起きる客同士のトラブルは、当人同士の問題。
自分はあくまで場所を貸しているだけだ──と、そう割り切ることによって。
……だがそれは、あくまでも客が
「……嬢ちゃん。店を間違えてねェか? ここは子供が来るような場所じゃねェぞ」
薊は「早く帰れ」と祈りながら、威圧するように低い声を出した。
──こんな掃き溜めに、未来ある子供が関わっていいはずがない。
「いえ、合ってます。カードショップ……ですよね?」
「……ああ、それはそうだが……」
「なら、お願いします」
──これは、追い返すのは無理そうだ。
薊はため息を一つつき、諦めて注文の品を取り出す。
「あいよ。……で、金は?」
「お金はありません」
「──あん?」
「優勝賞金が出ますよね。このパックでデッキを組んで、優勝して払います」
薊は己の耳を疑った。
これはつまり「大会で優勝するから参加するためのデッキを作らせろ」ということだ。
無銭飲食ならぬ無銭参加。
──まるで、ギャンブル漫画の主人公のような理屈だ。
昔の──。
吐き気を催す邪悪を孕んでいた頃の自分なら、少女のこの無謀さを利用して骨の髄までしゃぶり尽くしていたことだろう。
だが──今は違う。
脳裏に愛娘の笑顔が過ぎり、薊は首を横に振った。
「……帰んな。うちはツケはやってねえ」
「そこをなんとか。あとスマホの充電も」
「図太い嬢ちゃんだなァ、オイ……」
交渉決裂と見るや、間髪入れずに別の要求を重ねてくる。
ずいぶんと肝の据わった子供だ。
いくらなんでも外見の儚さとギャップがありすぎる。
薊は呆れつつも、どこか憎めないその態度に毒気を抜かれていた。
「そらよ、型落ちのバッテリーだ。……くれてやるから持ってけ」
ドア・イン・ザ・フェイス。
過大な要求を断らせた後に、本命の小さな要求を通す交渉術だ。
(そんなことせんでも、充電くらいさせてやるっつーのによ……)
苦笑しながら、少女の可愛らしい策に乗って──。
先ほどのおかしな要求が本気でなかったことを安心した、その直後だった。
「ありがとうございます……カードは?」
──前言撤回。
策ではなかったらしい。
この少女は、ただ欲しいものを順番に要求しているだけだ。
そのあまりの図太さに、薊は軽い眩暈を覚えた。
「ダメだ」
薊が首を振ると、少女は首をゆっくりと傾げる。
長い睫毛が震え、宝石のような瞳がとろんと甘く潤んだ。
「……ぜったい、だめ……?」
「っ……」
──これは、破壊力が高すぎる。
暴力的なまでの愛らしさに一瞬頭が真っ白になっていたことを、薊は遅れて自覚した。
断じて己はロリコンでないと言い切れるが──それはそれとして、可愛いものは可愛い。
可愛いとはすなわち正義である。
これは将来、この国を傾ける類の魔性だ。
薊は、この年で自らの強みをコントロールする少女の手腕に恐怖すら覚えつつも──。
大人としての最後の意地で踏みとどまった。
脳裏に浮かんだ、妻の暗い笑顔の存在も大きい。
それに、この少女がいくら可愛いとしても、この世で一番可愛いのは娘である。
首を横に振り、店長としての仮面を被り直す。
「……絶対にダメだ」
「……そうですか。それは残念……」
刹那、少女の顔から色が消えた。
スン……という効果音が聞こえそうなほどの早業で、無感動な鉄仮面へと戻る。
ダメ元の策が失敗したと見るや、即座に損切りしたのだ。
そのあまりの潔さに薊が唖然としていると──。
「ハハッ!! ──優勝だァ?」
少女の後ろから、野太い嘲笑が浴びせられた。
そこに立っていたのはガッシリとした大男だ。
服の下から覗く和彫りと腕の古傷が、彼がカタギの住人ではないことを雄弁に物語っている。
大会で何度も優勝したことのある、実力の高い常連客──その名を、戸巻という。
そして薊の、最も警戒する客のうちの一人でもある。
「オイ嬢ちゃん、冗談じゃ済まねえことも世の中にゃあるんだぜェ……? この俺を差し置いて、誰が優勝するって?」
「──私です」
少女は振り返ることすらせず、息をするように断言した。
これはいけない。それ以上、戸巻を挑発しては──。
「……上等だゴラ。じゃあ俺が払ってやるよ……その代わり」
ドンッ! とカウンターに万札が叩きつけられる。
そして宙に浮かび上がったのは──『契約』のウィンドウだ。
これに【署名】してしまったら、
「大会で負けたら、その身体で払ってもらうってのはどうだ?」
……考えうる限り、最悪の展開だ。
薊は血相を変えて立ち上がった。
「おい戸巻! 店でそういう真似は──」
「うるせえなァ店長。双方合意なら文句ねえだろ? ──クハッ!! それとも、昔みてェにテメェがこの嬢ちゃんを食いてえのかァ?」
「ッ……!」
痛いところを突かれ、言葉に詰まる。
その隙に戸巻は、銀の少女へと詰め寄った。
「満足するまで使って、それから売ってやるよ。なァオイ、どうする嬢ちゃん? ビビって逃げるか?」
「──条件の変更を要求します」
少女は一歩も引かず、むしろ一歩、前へ踏み出した。
「この身体を賭けるのなら、貴方の全財産を乗せてようやく等価でしょう。……それとも、ビビッて逃げますか?」
明らかな意趣返し。
だが戸巻は怒るどころか、勝利を確信した者の余裕で嗤った。
「ハッ! テメェなんぞに負けるわけねェんだ、ノってやるよ……!!」
「交渉成立ですね。……ここに、名前を書けばいいんですね」
危機感のかけらもない少女の様子に、薊は叫んだ。
「バカがッ!! やめておけ!!」
店長としての立場も、握られた弱みのことも忘れ──少女の甘い考えを真っ向から否定する。
大人として──。
何より一人の人間として。
これだけは見過ごせない。見過ごしてはいけない。
この少女の未来を、守らなくては。
「テメェ、自分が何をしようとしているのか分かってンのか!? デッキホルダーも持ってねェ初心者が、うちの大会で勝てるわけねェだろうが!! 人生棒に振ってどうする!?」
頭に浮かんだ正論を、処理することなく叩きつける。
少女は言葉がのみ込めないのか、瞬きを数回繰り返した。
一拍の静寂。
やがて──すとんと腑に落ちたように「ああ」と吐息を漏らす。
「……心配してくださるんですか?」
「は……?」
どこか焦点のズレた感想。
少女はそれまで能面のようだった顔を動かして、ふわりと笑った。
「──優しいんですね」
薊は言葉を失った。
その笑顔が、あまりにも無垢だったからだ。
こんな掃き溜めで、汚れた大人たちに囲まれているというのに。
この場で彼女だけは──どこまでも透明だ。
「でも大丈夫です」
薊の焦燥などどこ吹く風。
彼女は軽やかに、ダンスのステップでも踏むようにくるりと回って──無表情のまま、指で小さくピースを作る。
そのあどけない仕草とは裏腹に、紡がれた言葉はあまりに傲慢だった。
「──私、最強なので」
薊は、それでも口を開こうとした。
ここで止めなければ取り返しがつかない。なんとしても、説得しなくてはいけない。
だが、何を言えば。
「では【署名】を……ええと」
少女は一瞬、なぜか充電中の手元のスマホに視線を落とした。
そして、次の瞬間には迷いなく【署名】してしまった。
──終わりだ。
本人によって【署名】され、同意された契約は……必ず履行される。
魂の強制力が働く。
「なんてことを……」
薊の嘆きは、誰にも届くことなく虚空に消えた。
仮に届いていたとしても──それに共感できるまともな大人は、この場のどこにもいなかった。
■ ■ ■
一回戦突破。
マグレだろう、と誰もが笑った。
二回戦突破。
ツイているガキだ、と誰かが笑った。
三回戦突破。準決勝突破。
もう誰も、笑っていなかった。
薊は、カウンターの奥で戦慄していた。
「……俺は、何を見ているんだ……?」
大会管理用のタブレット。
そのモニター越しに見る少女のプレイングには、派手さのかけらもない。
ただ淡々と、最適解を選び続けているだけだ。
だが、その一見簡単そうに見えるプレイが、どれほど異常なことか。
手札事故へのケア、相手のリーサル計算、リソース管理。
まさに教科書だ。
……デュエルシリーズのプロリーグでも、果たしてこれだけのプレイングを毎度拝めるだろうか。
本来なら、長年の経験で培われるはずの嗅覚──。
それがたった今デッキを組んだばかりの少女に備わっている。
これでは、天才という言葉ですら生温い。
これはもっと得体のしれない──老獪な、完成された強者の気配だ。
そして、決勝卓。
化け物の正体を見極めんと凝視する薊の先で、少女の対面に座ったのは──戸巻だった。
「ハッ……運だけは良いようだな」
言葉と裏腹に、顔は笑っていない。
当たり前だ。
この場に運だけでたどりつくなど不可能だと、戸巻は自身の経験として知っている。
「──おかげさまで」
デュエルがはじまる。
──序盤。
互いに小型ユニットを展開する、堅実な立ち上がりだった。
「受け切れるかァ!?」
戸巻のユニットはどれも、押し付けが強い。
デメリット効果を持つ代わりに、ATKやVITといったスタッツが高いのだ。
単純な殴り合いでは少女が不利。
かといって、放置すればライフがどんどん削られる──。
だが、少女は慌てなかった。
「ユニットにアタック」
一体ずつ派手さのない処理、効率の良いトレードを繰り返す。
スタッツ差によって打ち漏らしたユニット群はAoEでまとめて捉え、顔への被害を最小に留める。
削られたライフは丁寧に回復し、常に一定の数値を保つ──。
それを繰り返すうちに、徐々に戸巻の顔から余裕が消えていく。
「──十五点」
「……あ?」
迎えた中盤、少女がカードの宣言ではない雑談として──口を開いた。
「最速六ターン目に十五点。……【赫蒼ガルシュート】ですよね」
「は……?」
──まさか。
──相手のデッキタイプを看破していたというのか。
ありえない。
ありえない。
カードは、遺跡から発掘される『遺物』を解析することで生まれている。
対戦したことがある相手ならまだしも。
初めて戦う相手のデッキタイプを公開情報から当てるのは至難の業だ。
一体、どれほどの経験と知識が必要になることか。
大会の様子を盗み見したか?
否、それこそありえない。
大会時は、他者の対戦内容やカード情報を見ることはできない。
負けてドロップすれば観戦は出来るが……。
少女には当てはまらない例外だ。
導き出される答えはたった一つ。
この少女はタダモノではないということだけ。
──そして、直に少女と対面する戸巻の受ける衝撃は、薊の比ではなかった。
(……一体、いつから……いつからだ……ッ!?)
いつから狂ったのか。いつから手のひらの上だったのか。戸巻には分からない。
序盤、攻めていたのは自分だった。
手札の調子も最高だ。
いつものように、削ったライフの残りをガルシュートコンボで削り切って終わり。そのはずだった。
──だが、現実は。
「……アグロの弱点……守護を突破できる良いデッキですけど、フィニッシュが空中打点ですから。中盤の盤面が弱いですよね」
ゆっくりと言葉を紡ぎながら、少女はカードのプレイを宣言する。
少女の盤面には、数は少ないが質の高いシステムユニットが並んだ。体力も高い。
処理しなければ盤面が横に広がり、ジワジワとアドバンテージが積み重なっていく。
一方戸巻の場は、空中打点コンボを前提とするが故の薄さが露わになっていた。
その弱点を覆い隠すための、中盤以前にゲームを畳むための序盤の猛攻であったが──。
少女は、それを完全にケアしてみせた。
「だから、ライフ十五点のワンキルラインをケアされると——こうなるわけです。自由枠のカードも割れてますし……詰みですよ」
序盤の猛攻によって、戸巻の手札は枯れている。
そもそも、中盤を返せる札はデッキコンセプト上ノイズになるため入っていない。
「バケ、モンがッ…!!」
ドクン、ドクン、と心臓が嫌な音を立てている。
負けるはずがない。負けるわけがない。相手は子供だ。
だが、盤面は残酷なまでの敗勢を示している。
(どうする、どうするどうするどうするどうするどうする──!!?)
──負ければ、全て失う。
(夢だ、これは悪い夢だ……ッ!! こんなはず、ねェんだ……ッ!!)
思考が真っ白に染まる中で、幻聴が聞こえた。
これまで自分が踏みつけ、奪ってきた敗者たちの嘲笑い声。
今度は自分がそちら側に回るのだという、死の宣告。
「うわぁぁああああッ!!!」
数ターン後、戸巻は歯噛みしながらコンボに踏み切った。
それしかないのだ。
──守護貫通、十五点。
だが。数字は嘘をつかない。
十六点あったライフが、示し合わせたかのように一点残る。
コンボの性質上、戸巻の盤面は完全に空になる。
切り札を使い切ったその直後──勝負は終わった。
「……では、ライフに総攻撃します。──決着ですね」
「お……あ……ま、け……?」
「六ターン目。あなたは私の挑発に屈せず、コンボを走らせるべきでした。……そうすれば、トップから追加の空中打点を引くといった……薄い勝ち筋が残りましたので」
薊はそれを聞いて、心の底から震え上がった。
──なんということだ。
これから自分のすることを当てられて、狼狽しない者はいない。
違う道を探してしまう。
しかし少女曰く、それは戸巻の使う【赫蒼ガルシュート】においては悪手らしい。
事実として戸巻はターンをいたずらに浪費した。
つまりあの雑談も含めて、精神を追い詰めるプレイングの一つであったということだ。
そして今のこれも──決して、マウントではない。
全て手のひらの上だったことを強調することで、戸巻の心を完全に折った。
いや……戸巻だけではない。
薊を含め、この場にいる全員が──少女をたった今、格上として認識した。
「俺、の……負け……だって……? う、うそだ……夢だ……ッ!! お、おれの……う、うぁ……うぁあああ……っ!!」
戸巻は目の前に広がる現実に耐えきれず──その場にがっくりと項垂れ、泣き始めた。
少女は興味なさげにそれを一瞥し、疑問を口にする。
「全財産……って言いましたけど。──どのようにいただけば?」
「強制的に履行される……。嬢ちゃんの口座が自動的に作られ、そこに振り込まれているだろうな。スマホを確認してみるといい」
「──なるほど。そういうモノなんですね」
静まり返る店内で、薊はゆっくりと息を吐いた。
「……何はともあれ、有言実行……優勝だ。見事という他に言葉が見つからねェ。──名前を、聞いてもいいか」
少女は立ち上がり、薊を見た。
優勝したのにもかかわらず。
たった今、自分の人生を賭けていたにもかかわらず。
相手を破滅させ、大金を得たにもかかわらず──!!
──その顔のどこにも、感情の揺れはない。
「トバリ」
一拍おいて──。
「──ヤミノ・トバリ」
──風が吹き抜けるような予感。
鳥肌を抑えながら、薊は声を張り上げる。
「──平日アザミ杯優勝は、ヤミノ・トバリ!! ヤミノ・トバリだ!! 万雷の拍手を送れェッ!!」
トバリの圧巻のプレイングに、男たちの拍手が鳴り響く。
後にこの大会での出来事は、闇に舞い降りた少女の──最初のドラマ。
伝説として、語り継がれることになる。
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