キラキラTCGホビアニ世界にTS転生したはずなのに!   作:いる科

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第一章『銀閃の夜明け』
第四話「牙の抜け落ちた少女」


 北九州の夜は、見えない何かが腐っている。

 

 ──"西海環状"。

 ここは北九州でも五本の指に入るほどの、危険な違法デュエル場だ。

 

 かつて高速道路だった環状線の廃墟が再利用されており、見下ろせば海。

 横を見れば崩れかけの高架。

 鉄骨、バリケード、そして発電機の轟音。

 

 夜風は冷たく、鉄と錆の匂いにタバコの煙が混じる。

 どこかから上がる怒声、笑い声、酒の瓶が倒れる音。

 灯りはまばらで、舗装は剥がれ、視界は悪い。

 まるでここは、都市の裏側に飲まれた墓場のようだ。

 

 ──そう。

 華やかな東京のデュエルシリーズの裏側で、この北九州にはもう一つの戦場がある。

 

 『ダルネスシリーズ』。

 暴力、賭博、利権が入り乱れる闇のデュエル。

 それを支配する組織群──『黒帝会』。

 

 そして、その黒帝会に属しながらも、変革を目論む一つの弱小組織があった。

 

 これは、決して表で語られることのない伝説。

 深く暗い闇の中を駆け抜けた、一人の少女の物語だ。

 

 

 

■ ■ ■

 

 肩ほどまで伸ばした金色のくせっ毛を揺らしながら、気弱そうな少女──ヨツバ・リリーは、ここまで足を運んできた。

 2045年3月8日。

 冷たい風が頬を撫でるが、それすら気にならないほどに、少女の頭の中は焦りでいっぱいだった。

 

「はやく、しないと」

 

 メガネの奥で、視界がぼやける。睡眠不足だ。

 ここ数日、まともに寝られていない。

 

(どうして、ボクはこんなに弱いんだろう……)

 

 食事も、コンビニのおにぎりを齧る程度。それでも、足を止めるわけにはいかなかった。

 自分では何もできない。

 だから、せめて希望を探さなければと始めた会場巡り。

 

 組の新たな柱となることの出来る、本物の強者を見つけるために。

 アテもなく各地のダルネスシリーズ会場を駆け回り、才能のある無所属のデュエリストを探し続ける日々。

 

 その中でさえ、己の弱さを突きつけられる。

 たかだか数日ハードな日程をこなしただけで、もう体が言うことを聞かなくなってきている。

 

「今日こそ、見つけないと……」

 

 会場の入口には、黒いスーツを着た男たちが立っていた。

 ダルネスシリーズの会場を警備する黒服だ。腕を組み、冷ややかな視線で来場者を選別する。組織の力を誇示するように、その場に立つ。

 

 己が内から湧き出る焦りを抑え、息を整えて──リリーは黒服たちの前へ進み出た。

 

「……失礼します。観戦席に入らせていただきたいのですが」

 

 できるだけ丁寧に、低姿勢に。

 声が震えないように、必死で言葉を紡ぐ。

 黒服の一人が、鼻で笑った。

 

「あァ? 牙神の嬢ちゃんじゃねえか」

 

「おっ、ほんとだ。かっわい~~」

 

 ──あ。

 

 やはり、知られている。

 胸が、ずきりと痛んだ。

 

 『牙神組』──かつては名を馳せていた、リリーの所属する組織。

 今や落ちぶれた象徴として、黒帝会の中で嘲笑の的になっている。

 

 リリーは唇を噛んだ。

 痛い。

 けれど、胸の痛みから気を逸らすことは、できなかった。

 

「抜け落ちた牙が何の用だ? スカウトか? ハハッ、笑わせんなよ泥船が。お前んとこにゃ誰も行かねえよ」

 

「そりゃ言えてるぜ、兄弟! デュエリストなんざもうやめちまえよ、なぁ?」

 

 取り巻きの黒服たちが、声を上げて笑う。

 その笑い声が耳に刺さる。リリーは拳を握りしめた。爪が掌に食い込む。

 痛い。

 それでも、物理的な痛みなんかよりもずっと、心が痛むのだ。

 

 ──悔しい、悔しい悔しい悔しい!!

 

 反論したい。牙神組は、まだ終わっていない。

 大好きな義父は若頭として矢面に立ち、誰よりも真剣に自分たちのことを考えてくれている。

 

 自分が笑われるならばいい。カス。弱者。負け犬。

 なんとでも言えばいい。全て紛れもない事実なのだから、怒りは出てこない。

 

 だが、組のこととなれば話は別だ。義父は強い。

 組の仲間たちも、皆本当は強いのだ。

 

 自分のような、根っからの弱者とはモノが違う。ただ、その実力を出し切れていないだけなのだ。

 お前にうちらの何が分かる──と、叫び散らしたい。

 ……だが。

 

「……アハハ……」

 

 口元が、勝手に笑顔を作る。

 自嘲じみた社交的な笑顔。作り物の笑顔。

 リリーの中にある冷ややかな理性が、感情任せの利のない行動を許すことはない。

 

 ここで無様に感情のままに叫んだところで、組のメンツに泥を塗るだけなのだから、当然の判断だ。

 だが、最後の最後には実利で家族や仲間に対する義憤を抑えることのできてしまう、己の貧弱な性根に嫌気がさすところがあるのも──また、どうしようもない事実だった。

 

「ま、通れよ。どうせ何も変わりゃしねえ。せいぜい夢でも見てな」

 

 黒服たちはひとしきり嘲笑して満足したのか、最後に明確な悪意を持ったセリフをつけ足して、リリーの通行を許した。

 哀れみ。同情。そして、明確な軽蔑。

 その視線が、リリーの全身を突き刺す。

 

 メガネの奥で、視界が滲む。涙が出そうになる。

 けれど、ここで泣くわけにはいかない。絶対に。

 

「……ありがとうございます」

 

 リリーは頭を下げた。

 メガネの奥で目を伏せ、黒服たちの横を通り過ぎる。

 

 背中に、まだ笑い声が聞こえる。

 

「……ちくしょう」

 

 いつか見返してやる、だなんて。

 

「ちくしょうちくしょう──ちくしょぉ……っ!!」

 

 そう思えたら……どれだけ良いことか。

 

 自分にはそれが不可能であることを、誰よりも己自身が身をもって知っているのだ。

 才能がない。実力もない。自分には、何もない。

 

 だから、せめて──現状を変えうる誰かを、希望を、見つけなければ。

 あるかも分からない希望を探して、駈けずり回る。それしか、できることがない。

 

「……行かなきゃ」

 

 リリーは悲痛に拳を握りしめたまま、観戦席への階段を駆け上がり、暗闇の奥へと足を踏み入れていく。

 

 体は重い。頭も痛い。けれど、足は止まらない。止められない。

 ……止めては、いけない。

 

 

 

■ ■ ■

 

 観戦席は、混沌としていた。

 酒の匂い。タバコの煙。怒号と笑い声が入り混じる。

 客席の半分はスーツ姿のヤクザと金持ち、残りの半分は酔っ払いやチンピラたちだ。

 

 だが、賭博に熱をあげる観客は、この場にいる者だけが全てではない。

 今やダルネスシリーズはダークウェブや違法アプリを通し、一般人さえも巻き込んで、巨大な賭博場と化してしまっている。

 

 ギャンブル中毒で人生を台無しにするものも、後を絶たないと聞く。

 救えない話だ。

 

 リリーは喧騒の中を縫うように歩き、観戦席の端に腰を下ろした。

 メガネを直し、スマホを取り出す。

 専用アプリを起動し、今夜の大会状況を確認しなければならない。

 

「よ、よかった……間に合った……」

 

 現在は準決勝が終わったところ。これから決勝が始まる。

 リリーは出場者リストを開き、準決勝の出場者を確認した。

 

 準決勝出場者、四名。

 

 一人目:三月 葵──紅月会所属。見覚えのある名前だ。

 二人目:海星──鉄菱組所属。これも知っている。

 三人目:如月 メイ──白蛇連合所属。TierBで二度優勝している有力株。

 

 この三人は、当然スカウトなどできない。既に組織に属している以上、手の出しようがない。

 リリーの望む強き者とは、彼女らではない。

 無所属の強いデュエリスト。

 

 そんな、そうそういるはずのない者を探さなくてはならない。

 湧き上がってくる諦めの気持ちを抑えながら、表を辿る。

 

 そして──四人目。

 

『出場者:ヤミノ・トバリ』

 

「……!」

 

 リリーの心臓が、跳ねた。

 知らない名前だ。

 

「ついに、見つけた……!!」

 

 希望。宝。探し続けていた可能性。

 リリーは息を呑み、スマホの画面をタップして詳細情報を開いた。

 

 年齢:十二歳

 過去戦績:今回が初出場

 進出状況:決勝進出

 所属:なし

 

「──は? じゅう、に?」

 

 リリーの思考が、止まった。

 メガネを外して拭き、かけ直して──もう一度確認する。

 疲れているし、見間違えたのかもしれない。

 

 年齢:十二歳。

 

「うそ、でしょ?」

 

 リリーの困惑も虚しく、画面上の表示は依然『十二』のままだ。

 

 アニマが覚醒しデュエルにおいて輝きを示すのは、およそ十四歳以降だ。

 十二歳はまだ、その入口にも立っていない。

 

 未覚醒の幼きデュエリストがダルネスシリーズで戦うこと──それは、自殺行為に等しい。

 一回戦を勝つことさえあり得ない。

 

 ……理屈ではそうなのだ。

 この少女が他を措いて勝てる道理など、微塵もないのだ。

 

 だが、その少女は決勝に進出している。

 準決勝で確かな実力者を下している。

 

「……っ」

 

 リリーは顔を上げ、会場を見下ろした。

 デュエルフィールドに立つ、二人の影。

 一人は、白蛇連合の白いジャケットを着た少女──如月 メイだ。

 

 そして、もう一人。

 

 銀色の長い髪が夜風に揺れている。

 まだ幼さの残る顔は人形のように綺麗に整っているが──どこか虚ろで、目の奥に熱がない。

 表情も変わらない。

 呼吸も穏やかで、まるでここが戦場ではないかのような錯覚すら与えた。

 

 どこか危うげな異質な雰囲気を纏って、ただ静かにそこに立っている。

 

「──」

 

 メイが、その少女に話しかけているのが見えた。

 距離があるため声は聞こえない。

 だがメイの表情は不満げだ。

 口の動きから察するに「こんなガキが相手か」とでも言っているのだろう。楽しい戦いにならなそうで張り合いがない、と。

 

 銀髪の少女はきょとんとした表情で首を傾げ、何か短く返す。

 メイから発せられる覇気に、怯む素振りが一切ない。

 

(この子が……?)

 

 心臓が早鐘を打つ。

 希望の予感。

 根拠はない。

 

 十二歳という若さでダルネスシリーズに出場しなければならない幼き少女への憐憫は、何故か微塵も湧かない。

 むしろ、リリーが感じるのは──期待だ。

 

(何かが、起きる気がする……)

 

 言語化できない強烈な予感だけが、リリーの胸中を支配していた。

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