キラキラTCGホビアニ世界にTS転生したはずなのに! 作:いる科
決勝を目前にして、観客席のざわめきは最高潮に達していた。
「メイ! お前に賭けてんだからな、負けたら殺すぞ!」
「おいおい、あっちのガキ誰だよ。可愛くね?」
「無所属か……うちに欲しいな」
「ハッ、未覚醒だろ? メイドにでもすんのか?」
怒号、嘲笑、下卑た品定め。
闇サイトの掲示板でも、同じような言葉のやり取りが連なっている。
リリーはそれらノイズとなる情報をよそに追いやって、バトルフィールドに立つ二人の姿だけをじっと見つめていた。
騒がしい観客席とは対照的に、フィールドの空気は張り詰めている。
ピリピリとした緊張が、見ているだけで肌を刺す。
「──お嬢さん」
そのとき、不意に声がかかった。
リリーの肩が、反射で小さく跳ねる。
隣に、いつの間にか一人の老人が立っていた。
白髪を短く刈り込んだ、穏やかな顔つきの老紳士だ。
場違いなほど品の良い佇まいが、この荒んだ会場では浮いて見える。
「隣の席──よろしいですかな?」
「あ、えっと……」
咄嗟に警戒が先に立つ。
この場所で声をかけてくる人間に、まともな者はいない。
だから、とっさに断る言葉を探して――見つからない。口が乾いて、上手く声が出ない。
それでも、老人の目には濁りがなく、下心の気配も感じられなかった。
感じられないことが、逆に心をざわつかせる。
ここはそういう場所だ。優しさが安全の証明にはならない。
……真に闇に近しい者ほど、爪を隠すものだ。
「いや、失礼。怪しい者ではありませんよ。知人に誘われてここまで来たのですが、その知人が風邪で寝込んでしまいましてな……。一人で来る羽目になったのです」
「……それは……その……災難、ですね」
言葉を選びながら返す。
警戒をやめたわけではない。
ただ、最低限の礼儀も投げ捨てたくはなかった。
「ええ。実を言うと、仕事で忙しく、ソウル・アークに触れる機会があまりなくてですな……。ルールをすっかり忘れて、困り果てておるのです。子どもの頃はやっていたはずなのですが……」
老人は困ったように笑う。
その柔らかい笑みが、この場の汚れた音と匂いの中で、不自然なくらい綺麗だった。
「お嬢さん、素晴らしいアニマをお持ちだ──デュエリストでしょう? この老骨に、少しばかり付き合っていただけませんか」
……これは、断れない。
リリーは内心で音のない溜息をついた。
自分はこういうのをどうにも断れない。
断ったら"悪い人間"になる気がしてしまう。
ただ働きだと――わかっているのに。
それに、人にアニマを褒められるのはいつぶりだろう。
嬉しい、と思ってしまった自分が情けない。
こんな些細な言葉一つで揺らぐほど、自分は渇いていたのか。
本当は分かっている。
──舐められているのだ、と。
ソルアクのルールくらい、この場の誰だって説明できる。
あえてリリーを選ぶ理由があるとしたら、如何にもな善人面をしている気弱そうな少女が故に狙われた、という他に説明がつかない。
そしてそんな自分のことが、リリーは世界で一番嫌いだった。
「分かりました。観戦しながら説明しますね。えっと……分からない所はその都度聞いてください」
ささくれた内心をつとめて隠して了承すると、老人は嬉しそうに目を細めた。
その表情に、毒がないことだけが救いだった。
「ありがとうございます。このお礼は必ずしましょう」
「……いえ。困ったときは、お互い様ですから」
■ ■ ■
盛り上げ役の黒服が、声を張り上げる。
『──ダルネスシリーズTierB、"西海環状杯"決勝戦! 如月 メイ対ヤミノ・トバリ! デュエル・スタートォオッ!!』
「っしゃあ行け如月 メイ!!」
「いいや、メイが勝ったってつまんねえ!! どこの誰だか知らねえが、やっちまえ!! 俺はお前に賭けるぞ!!」
「正気か!? あんなガキがメイに勝てるわけねえだろ!!」
ボルテージの上がりきったヤジの濁流と共に、二人の間に光のウィンドウが浮かび上がった。
そこに表示された数字は20。
「あの数字がライフです。カードの効果やユニットの攻撃で減らすことができて、全て削ったら勝ちです」
「ふむふむ」
続いて、互いの手元にデッキがセットされる。
山札の上から十枚が、淡い光に引かれて別の領域──ソウルデッキゾーンへと移動した。
「あれは……はて、何でしたかな?」
「デッキの上から十枚は、ソウルとして扱います。ソウルっていうのは、ええと……。カードを使う時に支払うコストになるんです。毎ターン一ずつ、使える数が増えます」
「なるほど。なるほど」
……説明するというのは、案外難しいものだ。
左上に書かれた数字の分ソウルを使って、カードを使う。リリーにとって当たり前のこと過ぎて、逆に言葉が出てこない。
普段呼吸をどのように意識しているのか、と聞かれているような気分だ。
(これ、むしろ……ボクにとっても良い勉強になるのかも……って、そんなわけないか……)
いくら意識しなおしたところで、ルールは不変。それがデュエリストの強さに直結することはない。
視線をフィールドへ戻すと、残った山札から、四枚のカードがそれぞれの手札として加わっていた。
……マリガンを見逃してしまった。何枚引きなおしたか、そこから推察できることもあるのだが。
「ふむ。手札からカードを使うのは、覚えておりますよ」
「あ、よかった。えっと、じゃあ……先攻後攻もこの手札で決めるんですけど……あ、見てた方が早いかもです」
互いのプレイヤーが、手札から一枚を選んで公開する。
コストの高い方が先攻。
メイが公開したのは、⑤コストのカード。
トバリが公開したのは、⑥コストのカード。
リリーは身を乗り出し、公開されたカードを確認した。
「……どっちも、黒……」
メイの公開カードは《降霊の秘術》。
墓地の低コストユニットを二体、タダでプレイできる黒のコード。
トバリの公開カードは《魔将アバドン》。
墓地のカードを消費して、一気に盤面を展開できる黒のエースユニット。
(ミッドレンジデッキ……)
《魔将アバドン》が採用されているということは、トバリのデッキは盤面戦に重きを置いた中速デッキのはずだ──と、リリーは考察する。
──けれど、それは……まずい。
「数字の高い方が先攻ということでよろしいのですかな?」
「あ、はい。そうです。だから速攻デッキは先攻取りづらいとか、デッキ構築の段階から駆け引きが色々あるんですよね」
「奥が深いですな」
──先攻は、トバリ。
「対戦、よろしくお願いします」
デュエルがはじまったことで、フィールドにいるトバリの声が会場中に届く。
高く透き通った幼いそれでありながら、年齢不相応な知的な色を持つ不思議な声だ。
メイの返しは、対照的に酷く荒々しい。
「煽ってんのか? クソガキが。よろしくなんざしねえよ……叩き潰すだけだ」
「そうですか。……では、私のターンから」
一ターン目。
トバリのソウルデッキから自動的に、一枚のカードがソウルゾーンへ置かれる。
そのカードは──白だった。
「二色か、三色のデッキ……多分、二色……かな」
「色、とはなんでしたかな」
「カードを使う時、コストの他に色と、その条件数が記載されてるんです。たとえば『赫・コスト3・色条件2』だったら、ソウルを三つ支払う必要があって、そのうち二つは赫でないといけません」
自分のカードを見せ、指を一本ずつ立てて、可能な限り分かりやすく説明する。
リリーの努力が功を奏したのか、老人はすぐに顔を綻ばせた。
「なるほど、なるほど」
──序盤の展開は、トバリが握った。
(この子、強い……)
先攻の優位を活かし、的確にユニットを並べていく。
除去能力を持つユニットで相手の場を捌きながら、着実にライフを詰める洗練された動き。
「《腐乱の少女・クェト》をプレイ。VIT2以下のユニットを破壊します」
「チッ……調子に乗るなよ」
単にユニットを並べるだけだと思うかもしれないが、それは違う。
存在するであろう複数の択から、最もテンポアドバンテージに寄与するものを、間違うことなく選び続けているのだ。
(これで、十二歳って……)
「おお、あのまま勝つのではないですかな?」
「……まだ、分かりません。如月メイの恐ろしさは……ここからですから」
情報収集を怠らないリリーは、メイの使用するデッキを知っている。
《黒単ハデス》。
序盤のリードをトバリが握ったのは、互いのデッキの性質による必然だ。
《黒単ハデス》に採用されている低コストユニットは、盤面優位を作るためのカードではない。
破壊されたときに発動するキーワード効果──《エピタフ》──の発動回数を稼ぎながら、中盤に向けて手札を整えるためのカードだ。
「アタシのターンだ。《霊床の住人》、続けて《邪魂葬送》をプレイ!!」
メイが動いた。
①コスト、色条件黒①──《邪魂葬送》。
自分のユニット一体を破壊する効果を持つ。
「ふむ。彼女は何故、自分の首を絞めるようなことを?」
「そういうギミックのデッキなんです。《霊床の住人》は破壊されると発動する効果を持っていて……ほら、手札が増えました」
「ただでさえ負けている盤面のリソースを、手札に変えたということですかな? はて、理解しかねるところですが……」
「……決してプレイングミスじゃないですよ。あのデッキに、中盤までの盤面形成は……関係がないんです。全て……なかったことになるんです」
メイは引いてきたカードを睨み、獰猛な笑みを浮かべた。
覚醒したアニマの輝きによって、"あのカード"を引いたに違いない。
如月メイの《黒単ハデス》。
その真価が発揮されるのは──ここからだ。
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