キラキラTCGホビアニ世界にTS転生したはずなのに!   作:いる科

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第五話「老紳士の依頼」

 決勝を目前にして、観客席のざわめきは最高潮に達していた。

 

「メイ! お前に賭けてんだからな、負けたら殺すぞ!」

 

「おいおい、あっちのガキ誰だよ。可愛くね?」

 

「無所属か……うちに欲しいな」

 

「ハッ、未覚醒だろ? メイドにでもすんのか?」

 

 怒号、嘲笑、下卑た品定め。

 闇サイトの掲示板でも、同じような言葉のやり取りが連なっている。

 

 リリーはそれらノイズとなる情報をよそに追いやって、バトルフィールドに立つ二人の姿だけをじっと見つめていた。

 

 騒がしい観客席とは対照的に、フィールドの空気は張り詰めている。

 ピリピリとした緊張が、見ているだけで肌を刺す。

 

「──お嬢さん」

 

 そのとき、不意に声がかかった。

 リリーの肩が、反射で小さく跳ねる。

 

 隣に、いつの間にか一人の老人が立っていた。

 白髪を短く刈り込んだ、穏やかな顔つきの老紳士だ。

 場違いなほど品の良い佇まいが、この荒んだ会場では浮いて見える。

 

「隣の席──よろしいですかな?」

 

「あ、えっと……」

 

 咄嗟に警戒が先に立つ。

 この場所で声をかけてくる人間に、まともな者はいない。

 だから、とっさに断る言葉を探して――見つからない。口が乾いて、上手く声が出ない。

 

 それでも、老人の目には濁りがなく、下心の気配も感じられなかった。

 感じられないことが、逆に心をざわつかせる。

 

 ここはそういう場所だ。優しさが安全の証明にはならない。

 ……真に闇に近しい者ほど、爪を隠すものだ。

 

「いや、失礼。怪しい者ではありませんよ。知人に誘われてここまで来たのですが、その知人が風邪で寝込んでしまいましてな……。一人で来る羽目になったのです」

 

「……それは……その……災難、ですね」

 

 言葉を選びながら返す。

 警戒をやめたわけではない。

 ただ、最低限の礼儀も投げ捨てたくはなかった。

 

「ええ。実を言うと、仕事で忙しく、ソウル・アークに触れる機会があまりなくてですな……。ルールをすっかり忘れて、困り果てておるのです。子どもの頃はやっていたはずなのですが……」

 

 老人は困ったように笑う。

 その柔らかい笑みが、この場の汚れた音と匂いの中で、不自然なくらい綺麗だった。

 

「お嬢さん、素晴らしいアニマをお持ちだ──デュエリストでしょう? この老骨に、少しばかり付き合っていただけませんか」

 

 ……これは、断れない。

 リリーは内心で音のない溜息をついた。

 

 自分はこういうのをどうにも断れない。

 断ったら"悪い人間"になる気がしてしまう。

 ただ働きだと――わかっているのに。

 

 それに、人にアニマを褒められるのはいつぶりだろう。

 嬉しい、と思ってしまった自分が情けない。

 こんな些細な言葉一つで揺らぐほど、自分は渇いていたのか。

 

 本当は分かっている。

 ──舐められているのだ、と。

 ソルアクのルールくらい、この場の誰だって説明できる。

 

 あえてリリーを選ぶ理由があるとしたら、如何にもな善人面をしている気弱そうな少女が故に狙われた、という他に説明がつかない。

 そしてそんな自分のことが、リリーは世界で一番嫌いだった。

 

「分かりました。観戦しながら説明しますね。えっと……分からない所はその都度聞いてください」

 

 ささくれた内心をつとめて隠して了承すると、老人は嬉しそうに目を細めた。

 その表情に、毒がないことだけが救いだった。

 

「ありがとうございます。このお礼は必ずしましょう」

 

「……いえ。困ったときは、お互い様ですから」

 

 

 

■ ■ ■

 

 盛り上げ役の黒服が、声を張り上げる。

 

『──ダルネスシリーズTierB、"西海環状杯"決勝戦! 如月 メイ対ヤミノ・トバリ! デュエル・スタートォオッ!!』

 

「っしゃあ行け如月 メイ!!」

 

「いいや、メイが勝ったってつまんねえ!! どこの誰だか知らねえが、やっちまえ!! 俺はお前に賭けるぞ!!」

 

「正気か!? あんなガキがメイに勝てるわけねえだろ!!」

 

 ボルテージの上がりきったヤジの濁流と共に、二人の間に光のウィンドウが浮かび上がった。

 そこに表示された数字は20。

 

「あの数字がライフです。カードの効果やユニットの攻撃で減らすことができて、全て削ったら勝ちです」

 

「ふむふむ」

 

 続いて、互いの手元にデッキがセットされる。

 山札の上から十枚が、淡い光に引かれて別の領域──ソウルデッキゾーンへと移動した。

 

「あれは……はて、何でしたかな?」

 

「デッキの上から十枚は、ソウルとして扱います。ソウルっていうのは、ええと……。カードを使う時に支払うコストになるんです。毎ターン一ずつ、使える数が増えます」

 

「なるほど。なるほど」

 

 ……説明するというのは、案外難しいものだ。

 左上に書かれた数字の分ソウルを使って、カードを使う。リリーにとって当たり前のこと過ぎて、逆に言葉が出てこない。

 普段呼吸をどのように意識しているのか、と聞かれているような気分だ。

 

(これ、むしろ……ボクにとっても良い勉強になるのかも……って、そんなわけないか……)

 

 いくら意識しなおしたところで、ルールは不変。それがデュエリストの強さに直結することはない。

 視線をフィールドへ戻すと、残った山札から、四枚のカードがそれぞれの手札として加わっていた。

 

 ……マリガンを見逃してしまった。何枚引きなおしたか、そこから推察できることもあるのだが。

 

「ふむ。手札からカードを使うのは、覚えておりますよ」

 

「あ、よかった。えっと、じゃあ……先攻後攻もこの手札で決めるんですけど……あ、見てた方が早いかもです」

 

 互いのプレイヤーが、手札から一枚を選んで公開する。

 コストの高い方が先攻。

 

 メイが公開したのは、⑤コストのカード。

 トバリが公開したのは、⑥コストのカード。

 

 リリーは身を乗り出し、公開されたカードを確認した。

 

「……どっちも、黒……」

 

 メイの公開カードは《降霊の秘術》。

 墓地の低コストユニットを二体、タダでプレイできる黒のコード。

 

 トバリの公開カードは《魔将アバドン》。

 墓地のカードを消費して、一気に盤面を展開できる黒のエースユニット。

 

(ミッドレンジデッキ……)

 

 《魔将アバドン》が採用されているということは、トバリのデッキは盤面戦に重きを置いた中速デッキのはずだ──と、リリーは考察する。

 

 ──けれど、それは……まずい。

 

「数字の高い方が先攻ということでよろしいのですかな?」

 

「あ、はい。そうです。だから速攻デッキは先攻取りづらいとか、デッキ構築の段階から駆け引きが色々あるんですよね」

 

「奥が深いですな」

 

 ──先攻は、トバリ。

 

「対戦、よろしくお願いします」

 

 デュエルがはじまったことで、フィールドにいるトバリの声が会場中に届く。

 高く透き通った幼いそれでありながら、年齢不相応な知的な色を持つ不思議な声だ。

 メイの返しは、対照的に酷く荒々しい。

 

「煽ってんのか? クソガキが。よろしくなんざしねえよ……叩き潰すだけだ」

 

「そうですか。……では、私のターンから」

 

 一ターン目。

 トバリのソウルデッキから自動的に、一枚のカードがソウルゾーンへ置かれる。

 

 そのカードは──白だった。

 

「二色か、三色のデッキ……多分、二色……かな」

 

「色、とはなんでしたかな」

 

「カードを使う時、コストの他に色と、その条件数が記載されてるんです。たとえば『赫・コスト3・色条件2』だったら、ソウルを三つ支払う必要があって、そのうち二つは赫でないといけません」

 

 自分のカードを見せ、指を一本ずつ立てて、可能な限り分かりやすく説明する。

 リリーの努力が功を奏したのか、老人はすぐに顔を綻ばせた。

 

「なるほど、なるほど」

 

 ──序盤の展開は、トバリが握った。

 

(この子、強い……)

 

 先攻の優位を活かし、的確にユニットを並べていく。

 除去能力を持つユニットで相手の場を捌きながら、着実にライフを詰める洗練された動き。

 

「《腐乱の少女・クェト》をプレイ。VIT2以下のユニットを破壊します」

 

「チッ……調子に乗るなよ」

 

 単にユニットを並べるだけだと思うかもしれないが、それは違う。

 存在するであろう複数の択から、最もテンポアドバンテージに寄与するものを、間違うことなく選び続けているのだ。

 

(これで、十二歳って……)

 

「おお、あのまま勝つのではないですかな?」

 

「……まだ、分かりません。如月メイの恐ろしさは……ここからですから」

 

 情報収集を怠らないリリーは、メイの使用するデッキを知っている。

 

 《黒単ハデス》。

 

 序盤のリードをトバリが握ったのは、互いのデッキの性質による必然だ。

 《黒単ハデス》に採用されている低コストユニットは、盤面優位を作るためのカードではない。

 破壊されたときに発動するキーワード効果──《エピタフ》──の発動回数を稼ぎながら、中盤に向けて手札を整えるためのカードだ。

 

「アタシのターンだ。《霊床の住人》、続けて《邪魂葬送》をプレイ!!」

 

 メイが動いた。

 ①コスト、色条件黒①──《邪魂葬送》。

 自分のユニット一体を破壊する効果を持つ。

 

「ふむ。彼女は何故、自分の首を絞めるようなことを?」

 

「そういうギミックのデッキなんです。《霊床の住人》は破壊されると発動する効果を持っていて……ほら、手札が増えました」

 

「ただでさえ負けている盤面のリソースを、手札に変えたということですかな? はて、理解しかねるところですが……」

 

「……決してプレイングミスじゃないですよ。あのデッキに、中盤までの盤面形成は……関係がないんです。全て……なかったことになるんです」

 

 メイは引いてきたカードを睨み、獰猛な笑みを浮かべた。

 覚醒したアニマの輝きによって、"あのカード"を引いたに違いない。

 

 如月メイの《黒単ハデス》。

 その真価が発揮されるのは──ここからだ。

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