キラキラTCGホビアニ世界にTS転生したはずなのに! 作:いる科
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メイのターンは、まだ終わっていない。
メイは口角を吊り上げると──手札からカードを抜き取る。
さっきまでの不機嫌な態度はどこへやら。
喉の奥から漏れ出るのは、堪えきれない愉悦の笑いだ。
その情緒の振れ幅の大きさが、彼女の異常性を際立たせていた。
「コード《冥火の奔流》! 互いのライフに2点ダメージを与える!!」
どす黒い炎が奔流となってフィールドを舐め尽くし、二人のライフカウンターが同時に削られる。
「ククッ……ターンエンドだ」
トバリのターン。
「ライフに総攻撃します」
淡々としたトバリの声。
メイのライフはこれで残り六。
危険域だが──このターン中の決着は見込めない、絶妙な数値だ。
もしメイが勝利を急いで盤面を粗末に扱っていたなら、このターンでトバリに押し切られていたかもしれない。
ライフを削りつつも、決定打を与えないギリギリのラインで見切るバランス感覚。
──それでもリリーは、どうかこのターン中に決着をつけてくれ、と願わずにはいられなかった。
「続けて、コード《天使の息吹》をプレイします。手札から一枚捨てて、三点を回復。……ターンエンド」
願いは裏切られ、トバリの手札から一枚のカードが墓地へ送られた。
ライフが十九点まで回復する。
(え、それ、だけ……?)
リリーは、心の中で嘆息した。
ダメだ。それではダメだ。
次のターンを渡してしまったら──。
「──アタシのターン、ドロー……ククッ……」
メイが嗤う。
その声には、隠しきれない歓喜が滲んでいた。
「クハッ」
メイの表情。あの笑み。客席まで届いてくる熱気──アニマの圧。
デュエリストでなくとも、誰でも分かる。
──切り札が、来る。
「それで勝ったと思ってんならご愁傷様だクソガキ!! 虐殺ショーのはじまりだぜ!!」
メイが高らかに宣言し、その手札からカードが一枚ずつプレイされていく。
「フィールドカード《冥府の鍵》ッ!!」
──ああ。ついに。
ついに、来てしまった。
「……はて、お嬢さん」
リリーの緊張を知らぬ老人が、もたもたと首を傾げる。
「《冥府の鍵》──コスト①、色条件・黒③、とありますな。コストより色条件の数字が多い場合は、どうなるのですかな?」
「あ、えっと……」
説明している場合ではない。けれど、無視するわけにもいかない。
リリーは早口でまくしたてる。
「……色条件の方が高い場合は……ソウルに黒が三枚以上ある状態で、黒ソウルを一つ使うことが条件になります。黒が足りていれば、コストは一つで済みます」
「なるほど。なかなか特殊なカードのようですな」
のんきな感想。
だがリリーには、そんな余裕はない。
両手を握って──目を瞑る。
どうか、これ以上は。
そんな祈りは、メイの咆哮によって容易く裏切られた。
「──二枚目ェ!!」
二枚目の《冥府の鍵》がフィールドに置かれる。
「三枚だァッ!!」
三枚目。
リリーの目の前が真っ暗になった。
(一枚だけでも、まずいのに……っ!!)
同じカードは、四枚までしかデッキに入れられない。
この圧倒的な引きの良さ──。
如月 メイのアニマは、デュエルの神に愛されているに違いない。
TierB優勝という称号すら生ぬるい。TierAの大会に出たとしても、彼女は当然のように勝つだろう。
「……はて。何も効果がないようですが?」
老人の疑問はもっともだ。
《冥府の鍵》には、場に出たときに発動する効果も、常時発動する効果も存在しない。
ただ、一つの不吉なテキスト──《エピタフ》を除いて。
リリーは震える唇を噛んだ。
「……いいえ。来ます」
「十なる骸の咆哮よ──黒より黒く、契りを成せ。──冥府の門よ、開けェッ!!」
──それは、終わりの合図だ。
「《デモンズ・ゲート》ッ!!」
コードの詠唱と共に、フィールドが紫黒の瘴気に包まれる。
墓地から這い出した十体の亡霊たちが、苦悶の表情で絡み合い、積み重なり──やがて一つの巨大な"門"へと姿を変えていく。
耳を塞ぎたくなるような断末魔の合唱が、会場を震わせた。
《デモンズ・ゲート》。
その効果は──互いのフィールドの全てのカードを破壊するというもの。
そしてその発動条件は、キーワード効果《エピタフ》を十回発動させること。
メイはその厳しい条件を、一つ前のターンに満たしていた。
トバリの盤面が消し飛ぶ。
積み上げてきた全てが、塵となる。
だが、絶望の本番はここからだ。
メイのフィールドにあった三枚の《冥府の鍵》。
破壊されたそのカードたちの《エピタフ》が──同時に発動する。
「《冥府の鍵》!! 《エピタフ》発動ッ!! このカードが破壊されたとき──」
黒い雷光の柱が、三本立つ。
空間が歪み、深淵の底から、それが這い出てくる。
「──神を呼び出すッ!!」
巨大な影が三体、フィールドを覆い尽くす。
漆黒の鎧、王冠のような角、そして死そのものを纏った大鎌。
神話の冥界を統べる王たちが、現世へと降り立った。
「《冥王神・ハデス》降臨──!! 見ろッ!! 神のカードだッ!!」
メイが両手を広げ、恍惚とした表情で叫ぶ。
「ATK6!! VIT8!! 《クイック》!! 《ドレイン》ッ!! 神、神、神ィッ!! 三体のハデスでライフにダイレクトアタックッ!!」
神の拳が、あどけない少女へと振り下ろされる。
一度、二度、三度。
「……っ」
「三連打ァッ!!」
トバリのライフが、十九から一へと、一気に削られる。
「十八点のダメージッ!! しかもドレインで、アタシのライフは十八点回復ッ!!」
メイのライフが、一気に二十まで回復する。
対してトバリのライフは、たったの一。
風前の灯火だ。
「あぁ……っ!!」
絶望的な数字が、リリーの視界を埋め尽くす。
恐れていたことが、現実になってしまった。
「分かるか!? お前が積み重ねてきたモン全てはなァ~~ッ!! たった今、無駄になったんだよッ!!」
メイの哄笑が──会場に響き渡る。
客席からも、如月 メイの圧倒的な暴力を讃えるコールが沸き起こる。
「知ってるかァ!? 無所属はよォ、負けたら地下行きなんだぜェ~~ッ!?」
地下。
人身売買。薬物実験。強制労働。
負けた無所属デュエリストを待つのは、人の尊厳などない地獄だ。
「今の気分を聞かせろよ、クソガキィ!!」
メイの嘲笑。
勝者の傲慢。
敗者を踏みにじる快楽。
──そんなメイに。
トバリは、表情一つ変えずに答えた。
「……気分、ですか?」
その声は、圧倒的な絶望を前にして未だ──波一つ立たない水面のように凪いでいた。
メイがターンを終了する。
トバリのターンが始まる。
リリーは、ただ呆然とうつむくことしかできなかった。
(終わった……)
神のユニット。
破壊耐性を持つ、三体の《冥王神・ハデス》。
それを処理する手段など、存在しない。
(やっぱり……ただの、勘違いだったのかもしれない……)
何かをやってくれそうな予感。
根拠のない期待。
それは所詮、弱者がすがりついた、リリーの願望に過ぎなかったのだ。
あの銀髪の少女も、結局は──。
「これは、驚いた。あの子は……本当に強いですな」
老人の声が、耳に入る。
リリーは力なく頷いた。
「……はい。如月メイは、TierBで二度も優勝している生粋の実力者ですから……」
「いえ」
老人が、ゆっくりと首を振る。
「ヤミノ・トバリ……でしたかな。彼女の方ですよ」
「え……?」
リリーは、思わず老人の顔を見た。
老人は穏やかな表情で、じっとフィールドを見つめている。
「今のターンで、並のプレイヤーであれば負けていたでしょう」
──何を、言っているのだろう。
リリーの思考が、追いつかない。
トバリは今、首の皮一枚で生き残っているに過ぎないのに。
だが老人は、確信を持った声で続ける。
「先ほど彼女が使った《天使の息吹》──あれがなければ、ライフが足りなかった。あのカードのおかげで、彼女はまだ生きているのでしょう?」
その言葉に。
リリーの脳裏に、電流が走った。
《天使の息吹》。
攻め手を緩めてまで、ライフを3点回復したあのカード。
確かにもし、あの回復がなかったのなら。
十六点のライフから十八点を削られれば──ライフはゼロを下回る。
つまり、今のターンで負けていた。
「あの時点で……読んでいた……?」
メイが形成を逆転し、十八点もの特大ダメージを叩き出すことさえも。
あの銀髪の少女は──一体、どこまで未来を見据えていた?
「はて、どこまで彼女は見ているのやら」
問いかけるような老人の言葉が、ざわめきの中に溶けていく。
その答えを示すかのように──静寂な声がフィールドから響いた。
「……気分は、悪くないですよ」
トバリの手が、山札からカードを引き抜く。
その動作には、死線を前にした焦りも、恐怖もない。
ただ、日常の延長線にあるかのような──自然な所作。
その異様さに、メイの表情がひきつった。
「……は?」
「勝負に命を賭けるのは……楽しいですから」
何を言っているのか、分からない。
リリーだけではない。メイにも、観客たちにも、誰にも。
ライフはわずか一のみ。
相手の場には破壊不能の神が三体。
自分の場には、何もない。
この状況で──楽しい?
「狂ってんのかテメェ……ッ!!」
メイの絶叫がこだまする。
「お前は今から負けるんだぞッ!! 地下に落ちたらそう簡単にゃ出てこられねえ!! 地獄に落ちるってのに、何涼しい顔してやがるッ!!」
「狂気の沙汰ほど、面白いとは思いませんか?」
トバリは、初めて表情を動かし──薄く微笑んだ。
「それに、勝つのは私ですから」
会場が静まり返る。
何を言っているのか、誰にも分からなかった。
だが──トバリの瞳には、揺るがない光が宿っていた。
根拠のない自信ではない。確固たる計算の光が。
「手札から、ユニット《絆の紡ぎ手・クルト》をプレイ」
光の粒子が集束し、白いローブの少年が姿を現す。
ステータスは──ATK0、VIT3。
戦う力を持たない、非力なシステムユニット。
「何をするかと思えば──あっはっはッ!! ATK0だとォ!?」
メイは涙さえ浮かべて、その弱小ユニットを指差した。
「警戒して損したぜ!! そんな弱小ユニットに何ができるッ!!」
腹を抱えて笑うメイに、トバリは処刑宣告のように──静かに告げた。
いわく。
──「あなたに勝てる」と。
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