キラキラTCGホビアニ世界にTS転生したはずなのに! 作:いる科
《アドベント》:出たとき効果。cip。
《エピタフ》:破壊されたとき効果。pig。
「──あなたに勝てる」
メイの高笑いを引き裂く、トバリの静かな宣言。
その言葉が妄言ではないと証明するために、トバリは手札からカードを続けてプレイする。
「コード《死霊の召喚》」
フィールドに展開された紫黒の魔法陣が、脈動するように明滅する。
それは、冥界の扉をこじ開け、失われた魂を現世に呼び戻す禁忌の術式。
「墓地から、コスト⑦以下の黒ユニットを場に出します。この効果で特殊召喚されたユニットの、出たとき効果──《アドベント》は発動しません。私は《ソウルコンサル・エルネリア》を選択」
魔法陣の中から、漆黒の燕尾服を纏った女性がゆっくりとせり上がってくる。
短く刈り揃えられた黒髪、モノクルごしに光る知的な瞳。
その男装の麗人は、恭しく一礼してトバリの傍らに控えた。
清潔感のある佇まい。だが、表示されたステータスはあまりにも貧弱だった。
ATK1。VIT5。
「あのカードも、スタッツは弱い……でも」
リリーは息を呑んだ。
《絆の紡ぎ手・クルト》に続き、またしても低ステータスのユニット。
だが、リリーの記憶が正しければ、あのカードは──。
(《天使の息吹》で捨てたカード……!)
そうだ。トバリがライフを回復した際、コストとして墓地に送られたカードこそが、この《ソウルコンサル・エルネリア》だった。
あの行動は、回復だけが目的ではなかったのだ。
このユニットを墓地に用意することこそが、真の狙いだったのか。
逆転の秘策があるとするなら、このカードに違いない。
しかし──。《死霊の召喚》で出した故に、キーワード効果《アドベント》は発動していない。
……一体ここから、どうやって。
「ATK1、ね。ククッ……」
メイの嘲笑が、さらに大きくなる。
腹を抱え、涙を拭いながら、トバリを見下ろす。
「まーたとんだクズカードじゃねえかッ!! ⑦コストもするユニットが、ATKたったの1ィ!? そんなもんで神に勝てると思ってんのか!?」
メイは大袈裟に両腕を広げ、観客席へ同意を求めるように叫んだ。
「クズのアニマには、クズカードが吸い寄せられるんだなァ!! かたやアタシは神ッ!! これが選ばれし者と、そうでない者との差だ!! そうだろ!? お前ら!!」
会場から、ドッと同調するような笑い声が湧く。
「違げえねぇ!! さっさとトドメ刺しちまえ!!」
「期待させやがって! 見掛け倒しかよ!」
「おいおい泣いちゃうぞ! 地下でじっくり慰めてやるか! ギャハハ!!」
誰もがメイの勝利を疑わず、トバリを哀れな敗者として見ている。
不敵な勝利宣言をした割に、行動が伴っていない。
盤面を支配する絶望的な戦力差は、何一つ揺らいでいない。
だがトバリは、四面楚歌の嘲笑を柳のように受け流し、ただ静かにメイを見据えていた。
「まだ、効果を発動していませんよ」
その声は、驚くほど平坦だった。
まるで、騒ぐ子供を諭す教師のような、冷徹な響き。
「あァ? 効果だァ? 今さら何やったって──」
メイの増長を、トバリの静かな宣言が切り裂く。
「エルネリアは《クイック》を持っています。プレイヤーにアタックします」
トバリの指示に従い、エルネリアが優雅に一礼する。
手にした黒い羽ペンを空中に走らせると、描かれた軌跡が黒い雷撃となってメイを撃ち抜いた。
ライフカウンターが変動する。
二十から十九へ。
「はっ、たった一点──」
痛くも痒くもない。そう侮るメイの言葉を、トバリの声が上書きする。
「効果発動」
その瞬間。エルネリアのモノクルが怪しく光った。
彼女は懐から契約書を取り出し、宙に放り投げる。
「《ソウルコンサル・エルネリア》は相手のライフが減少したとき、墓地からコスト3以下のユニットを蘇生します。色制限はありません」
契約書が光を放ち、地面へと吸い込まれていく。
それに応えるように、白い光の柱が立ち昇った。
そこから這い出してきたのは──白い修道服を纏った、小さな少女。
「《殉教者ライリー》を場に出します」
ステータスは、ATK1、VIT1。
またしても、スタッツは最弱クラス。
「《殉教者ライリー》、《アドベント》。場に出たとき、敵陣にユニットが存在すれば、自分自身を破壊できます。さらに《エピタフ》によって、自壊時に相手ユニット一体をランダムに破壊します」
ライリーが祈りを捧げると同時に、その身体が光となって砕け散る。
自らの命を代償とした破壊の光が、ハデスに向かって一直線に飛ぶ。
だが──。
「無駄だァッ!! 《冥王神・ハデス》は破壊耐性持ちだッ!! カード効果じゃ破壊できねえんだよォ!!」
メイの叫び通り、光はハデスの漆黒の鎧に弾かれ、霧散した。
ハデスは揺るがない。傷一つ付かない。
無敵の神は、健在だ。
しかし。
ライリーは──確かに自壊した。
「効果発動」
トバリの声が、畳み掛けるように続く。
「《絆の紡ぎ手・クルト》は自身以外の味方ユニットが破壊されたとき、相手のライフに一点のダメージを与えます」
フィールドの片隅にいた少年、クルトの指先から紡がれた白い光跡が、幾千もの細い針となって降り注ぐ。
──メイのライフは十九から、十八へ。
「ハッ、またたったの一点かよ」
メイが再び嘲笑おうとした。
だが、トバリはそれを許さない。
「……気づかないんですか?」
「あ? 何にだよ」
トバリの問い。
その真意は、リリーにも分からない。
ソウルは使い切った。
盤面に並んだユニットも、もう攻撃できる者はいない。
「どういうこと……? これじゃ、勝てな──」
「い」とリリーが言い切った、その刹那。
メイのライフカウンターが、目にも止まらぬ勢いで回転した。
「ッ!?」
十七、十、五、──ゼロ。
一秒にも満たない時間で、ライフの数値が蒸発する。
『Game Set!! Winner:Yamino Tobari』
「──私の勝ちです」
「……は?」
あまりにも唐突な決着に、メイの声が虚ろに漏れた。
何が起きたのか、微塵の理解もできないまま。
目の前には、無傷のハデス。
盤面の優位は、何一つ変わっていない。
たった一つ、一番大事な──最大値まで回復したはずのライフという数字だけが、神隠しのように消え失せていた。
理解の範疇を超えた事象に、脳が情報の処理を拒絶する。
「な、んで……」
支えを失ったかのように、メイの膝が崩れ落ちる。
視線は宙を彷徨い、酸欠になった魚のように口だけがパクパクと動いている。
目の前の現実を、脳が拒絶しているのだ。
そんなメイを見下ろしながら、トバリは静かに──だが、残酷なまでにハッキリとした声で問いかける。
「……解説が、必要ですか?」
トバリの問いに、メイは唇を震わせるだけで言葉を発せない。
その混乱しきった様子を見て、トバリは"必要"と判断し、説明を始めた。
「《絆の紡ぎ手・クルト》は、味方ユニットが破壊されるたびに一点ダメージを飛ばします。《ソウルコンサル・エルネリア》は、相手のライフが減るたびにコスト③以下のユニットを蘇生します。そして《殉教者ライリー》は、場に出た瞬間に自壊できます」
トバリは淡々と、しかし淀みなく告げる。
「……ハデスには破壊耐性がありますね。ですからライリーのランダム破壊効果は不発します。でも──ライリー自身は、自壊できます」
トバリが一歩、前に出て──コツン、と。
靴が、硬質な床を叩く音が響いた。
その一歩が、メイの精神的猶予を削り取る。
「ライリーが自壊し、クルトの効果が発動して一点ダメージ。その一点でエルネリアの効果が発動し、ライリーを蘇生。蘇生したライリーは再び自壊し、クルトがダメージを与え、エルネリアが蘇生する……」
つまり──と。
トバリは胸の前で、パンと両手を合わせた。
「相手フィールドからユニットがいなくならない限り、この処理は無限にループします」
無限ループ。
ソウル・アークのルールにおいて、処理が無限に続くループが発生した場合──そのループの担い手が望む回数だけ処理を繰り返し、その結果のみを適用する。
トバリはメイのライフがゼロになるまで、その死と蘇生の輪廻を繰り返したのだ。
「コンボ……デッキ、じゃねえか……」
メイの声が、掠れる。
唇が震えている。
「お前……だって……あの時、アタシに見せたカードは……《魔将アバドン》……」
「……盤面デッキだと思いましたか? それ自体は正解です」
トバリは表情を変えない。
悪びれる様子など、微塵もない。
「本来は横展開による盤面制圧と顔詰めに使う──主に後手用の捲りコンボです。盤面に並べられるユニットは五体までですから、相手の盤面を一掃しつつ《クイック》と合わせて六点ですね。ただ──破壊耐性を持つカードが来たときだけ、このコンボは無限ループのOTKとして昇格します」
その言葉の意味を理解した瞬間、リリーは全身に鳥肌が立つのを感じた。
(わざと、だ……)
先攻後攻を決めるあの瞬間。わざと《魔将アバドン》を見せた。
序盤、テンポを取ることに尽力したのも。
"盤面重視の硬派なデッキだ"と思い込ませるために。
メイが警戒すべきコンボの可能性を、思考から排除させるために。
「……大会中……ずっと神だ神だと仰ってましたけれど。……神も、全能ではありませんよ」
トバリは、まるで道理の通らない夜泣きをあやす母親のように、あるいは聞き分けのない幼子を諭す教師のように。
静かに──静かに、告げた。
その優しさこそが、最も鋭利なトドメの一撃となって、メイの心臓を貫いた。
「全部……掌の上だった、ってのかよ……」
メイの声が、枯れ木のように震える。
積み上げたプライドも、絶対の自信も、神に選ばれたというアイデンティティも。
すべてはガラス細工よりも脆く──粉々に砕け散り、足元に降り積もっていく。
──自分が、道化として踊らされていたという事実だけを残して。
「なんだ……なんなんだ……なんなんだよ、お前はッ!!!」
絶叫。
それは敗北の悔しさではない。
理解不能な怪物への、原初的な恐怖。
自分が絶対権力者として君臨していた世界が、音を立てて崩れ去り、底知れぬ深淵が口を開ける幻覚。
──対してトバリは、きょとん、と。
不思議そうに小さく首を傾げただけだった。
「……? デュエリストです。あなたと同じ」
あまりにも、噛み合わない。
言語は通じているはずなのに、見ている世界が決定的に異なっている。
その返答のシンプルさが、残酷なまでの隔絶を示していた。
メイは、それ以上何も言えずに──糸が切れた人形のように、ガクリとうなだれるしかなかった。
──その沈黙が決着の証となり、会場に広がっていた停滞の魔法を解いていく。
「お……おい……負けちまったぞ!?」
「嘘だろ……? あの如月 メイが……」
「ふざっけんな! 金返せクソがァ!!」
「すげえ、すげえ!! ビッグニュースだ……ヤミノ・トバリ!! 名前覚えたぞ……!!」
会場が、数秒の空白を経て、爆発的なざわめきに飲み込まれる。
何が起きたのか理解できず狼狽する者。
賭けに負けて罵声を浴びせる者。
そして、歴史的な瞬間に立ち会った興奮に震える者。
様々な欲望と感情が入り乱れ、渦を巻く。
本来なら場を収めるべき実況の黒服ですらも、興奮と混乱で言葉を詰まらせていた。
「……すばらしい資質を持っている子でしたな。実に良いものを見られた……お嬢さん、ありがとうございます」
隣で老紳士が満足げに呟いた。
だが、リリーの意識はそこにはない。
視線はずっと、フィールドに佇む銀色の少女に釘付けになっている。
「……いえ。困ったときは……お互い様ですから」
口先だけで言葉を紡ぐ。
自分が何を答えたのかすらあやふやだ。
リリーの思考の全ては、あの銀色の少女に奪われてしまっていたからだ。
誰もが熱狂し、あるいは混乱しているカオスの中。
……当事者であるトバリだけが、デッキを片付け──平然と荷物をまとめていた。
「……じゃあ、私は帰ります」
トバリは黒服にペコリと一礼し、踵を返す。
(え?)
リリーの思考が、停止した。
(今……帰るって、言ったの?)
──インタビューも受賞式も、全部すっぽかして?
銀髪の少女は、何事もなかったかのようにスタスタと出口へ歩き出す。
その小さな背中が、急速に遠ざかっていく。
(待って!)
心の中で、リリーは叫んだ。
このままでは消えてしまう。
今ここで逃したら、二度と会えない気がした。
手を伸ばしても届かないどこかへ行ってしまう。
ようやく見つけた希望が、指の隙間からすり抜けていく感覚。
(それは絶対……ダメ……ッ!!)
理性がストップをかけるよりも早く、リリーの体が勝手に動いていた。
非常識だと分かっていた。
関係者以外立ち入り禁止のフィールドに乱入するなど、言語道断だ。
それでも、その一瞬の間だけ──世間体も、後先も、何もかもが頭から吹き飛んでいた。
リリーは観客席の手すりに手をかけ、身を乗り出し──。
──えい、と。
五メートルの高さがある虚空へ、躊躇なく身を投げた。
浮遊感は一瞬。
すぐに重力が内臓を持ち上げ、石造りの床が眼前に迫る。
ダンッ!! と嫌な音がして、強烈な衝撃が足首を駆け上がる。
メガネがずれる。
息が詰まる。
膝が笑う。
それでもリリーは、よろめきながらも駆け出した。
銀色の少女目がけて、なりふり構わず叫ぶ。
「――あの……!! ヤミノ・トバリさんっ!!」
自分でもびっくりするほどの、大きな声が出た。
周囲の視線が一斉にリリーに集まる。
黒服たちの険しい顔。観客の冷やかな目。
そして件の少女も、足を止めてこちらを向いた。
「……」
純白に近い銀の髪が、月明かりを纏ってふわりと揺れている。
ルビーを閉じ込めた瞳が、まっすぐにリリーを射抜いた。
瞬きすらゆっくりと、時間の流れが異なる世界に立っているようだった。
命懸けの勝負が終わった直後だというのに、息一つ乱れていない。
汗一滴、かいていない。
まるで、おとぎ話から抜け出してきた妖精のようだ。
(ほんとうに、綺麗な子……)
間近で見る少女のあまりの美しさに、不可抗力的に見惚れてしまう。
まるでこの世界に、二人だけが存在しているかのような錯覚を覚え──。
リリーの思考回路は数秒間ショートし、そして急速に現実に引き戻された。
(え? なに? 今、ボク、何してんのッ!? ななななんで目の前にこの子がいるの!?)
熱に浮かされていた意識が、バケツ一杯の氷水を浴びせられたように覚める。
思考が真っ白に染まる。
ドクン、ドクンと心臓が早鐘を打ち、全身から冷や汗が噴き出す。
だが、もうやってしまったことは変えられない。
ここで何も言わずに捕まるのが、一番の悪手だ。
(な、何か言わないと……!!)
リリーは息を切らしながら、必死に言葉を探した。
何から言えばいい。
何を伝えればいい。
考えて、考えて──。
結局、口から飛び出した言葉は。
「う、うちの組に……入っていただけません、かぁッ!?」
リリーの声は、物の見事に空回りし──情けなく裏返った。
あまりの恥ずかしさに、火が出そうなほど頬が熱い。
そして。
「……どなた、ですか?」
少女は、心底不思議そうに──きれいな首をコテンと傾げた。
そこに警戒心はなく、ただ純粋な疑問が浮かんでいる。
その無垢で残酷な困惑顔は、リリーのファーストコンタクトが大失敗に終わったことを、何よりも雄弁に物語っていた。
(あ、終わった……)
遠くから響いてくる黒服の怒号を聞きながら、リリーは天を仰いだ。
掲示板回ってあると嬉しいですか
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絶対ない方がいい