キラキラTCGホビアニ世界にTS転生したはずなのに!   作:いる科

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キーワード効果解説
《アドベント》:出たとき効果。cip。
《エピタフ》:破壊されたとき効果。pig。


第七話「死と再生の輪舞曲」

「──あなたに勝てる」

 

 メイの高笑いを引き裂く、トバリの静かな宣言。

 その言葉が妄言ではないと証明するために、トバリは手札からカードを続けてプレイする。

 

「コード《死霊の召喚》」

 

 フィールドに展開された紫黒の魔法陣が、脈動するように明滅する。

 それは、冥界の扉をこじ開け、失われた魂を現世に呼び戻す禁忌の術式。

 

「墓地から、コスト⑦以下の黒ユニットを場に出します。この効果で特殊召喚されたユニットの、出たとき効果──《アドベント》は発動しません。私は《ソウルコンサル・エルネリア》を選択」

 

 魔法陣の中から、漆黒の燕尾服を纏った女性がゆっくりとせり上がってくる。

 短く刈り揃えられた黒髪、モノクルごしに光る知的な瞳。

 その男装の麗人は、恭しく一礼してトバリの傍らに控えた。

 

 清潔感のある佇まい。だが、表示されたステータスはあまりにも貧弱だった。

 ATK1。VIT5。

 

「あのカードも、スタッツは弱い……でも」

 

 リリーは息を呑んだ。

 《絆の紡ぎ手・クルト》に続き、またしても低ステータスのユニット。

 だが、リリーの記憶が正しければ、あのカードは──。

 

(《天使の息吹》で捨てたカード……!)

 

 そうだ。トバリがライフを回復した際、コストとして墓地に送られたカードこそが、この《ソウルコンサル・エルネリア》だった。

 あの行動は、回復だけが目的ではなかったのだ。

 このユニットを墓地に用意することこそが、真の狙いだったのか。

 

 逆転の秘策があるとするなら、このカードに違いない。

 しかし──。《死霊の召喚》で出した故に、キーワード効果《アドベント》は発動していない。

 ……一体ここから、どうやって。

 

「ATK1、ね。ククッ……」

 

 メイの嘲笑が、さらに大きくなる。

 腹を抱え、涙を拭いながら、トバリを見下ろす。

 

「まーたとんだクズカードじゃねえかッ!! ⑦コストもするユニットが、ATKたったの1ィ!? そんなもんで神に勝てると思ってんのか!?」

 

 メイは大袈裟に両腕を広げ、観客席へ同意を求めるように叫んだ。

 

「クズのアニマには、クズカードが吸い寄せられるんだなァ!! かたやアタシは神ッ!! これが選ばれし者と、そうでない者との差だ!! そうだろ!? お前ら!!」

 

 会場から、ドッと同調するような笑い声が湧く。

 

「違げえねぇ!! さっさとトドメ刺しちまえ!!」

 

「期待させやがって! 見掛け倒しかよ!」

 

「おいおい泣いちゃうぞ! 地下でじっくり慰めてやるか! ギャハハ!!」

 

 誰もがメイの勝利を疑わず、トバリを哀れな敗者として見ている。

 

 不敵な勝利宣言をした割に、行動が伴っていない。

 盤面を支配する絶望的な戦力差は、何一つ揺らいでいない。

 

 だがトバリは、四面楚歌の嘲笑を柳のように受け流し、ただ静かにメイを見据えていた。

 

「まだ、効果を発動していませんよ」

 

 その声は、驚くほど平坦だった。

 まるで、騒ぐ子供を諭す教師のような、冷徹な響き。

 

「あァ? 効果だァ? 今さら何やったって──」

 

 メイの増長を、トバリの静かな宣言が切り裂く。

 

「エルネリアは《クイック》を持っています。プレイヤーにアタックします」

 

 トバリの指示に従い、エルネリアが優雅に一礼する。

 手にした黒い羽ペンを空中に走らせると、描かれた軌跡が黒い雷撃となってメイを撃ち抜いた。

 

 ライフカウンターが変動する。

 二十から十九へ。

 

「はっ、たった一点──」

 

 痛くも痒くもない。そう侮るメイの言葉を、トバリの声が上書きする。

 

「効果発動」

 

 その瞬間。エルネリアのモノクルが怪しく光った。

 彼女は懐から契約書を取り出し、宙に放り投げる。

 

「《ソウルコンサル・エルネリア》は相手のライフが減少したとき、墓地からコスト3以下のユニットを蘇生します。色制限はありません」

 

 契約書が光を放ち、地面へと吸い込まれていく。

 それに応えるように、白い光の柱が立ち昇った。

 

 そこから這い出してきたのは──白い修道服を纏った、小さな少女。

 

「《殉教者ライリー》を場に出します」

 

 ステータスは、ATK1、VIT1。

 またしても、スタッツは最弱クラス。

 

「《殉教者ライリー》、《アドベント》。場に出たとき、敵陣にユニットが存在すれば、自分自身を破壊できます。さらに《エピタフ》によって、自壊時に相手ユニット一体をランダムに破壊します」

 

 ライリーが祈りを捧げると同時に、その身体が光となって砕け散る。

 自らの命を代償とした破壊の光が、ハデスに向かって一直線に飛ぶ。

 

 だが──。

 

「無駄だァッ!! 《冥王神・ハデス》は破壊耐性持ちだッ!! カード効果じゃ破壊できねえんだよォ!!」

 

 メイの叫び通り、光はハデスの漆黒の鎧に弾かれ、霧散した。

 ハデスは揺るがない。傷一つ付かない。

 無敵の神は、健在だ。

 

 しかし。

 ライリーは──確かに自壊した。

 

「効果発動」

 

 トバリの声が、畳み掛けるように続く。

 

「《絆の紡ぎ手・クルト》は自身以外の味方ユニットが破壊されたとき、相手のライフに一点のダメージを与えます」

 

 フィールドの片隅にいた少年、クルトの指先から紡がれた白い光跡が、幾千もの細い針となって降り注ぐ。

 ──メイのライフは十九から、十八へ。

 

「ハッ、またたったの一点かよ」

 

 メイが再び嘲笑おうとした。

 だが、トバリはそれを許さない。

 

「……気づかないんですか?」

 

「あ? 何にだよ」

 

 トバリの問い。

 その真意は、リリーにも分からない。

 ソウルは使い切った。

 盤面に並んだユニットも、もう攻撃できる者はいない。

 

「どういうこと……? これじゃ、勝てな──」

 

「い」とリリーが言い切った、その刹那。

 

 メイのライフカウンターが、目にも止まらぬ勢いで回転した。

 

「ッ!?」

 

 十七、十、五、──ゼロ。

 一秒にも満たない時間で、ライフの数値が蒸発する。

 

『Game Set!! Winner:Yamino Tobari』

 

「──私の勝ちです」

 

「……は?」

 

 あまりにも唐突な決着に、メイの声が虚ろに漏れた。

 何が起きたのか、微塵の理解もできないまま。

 

 目の前には、無傷のハデス。

 盤面の優位は、何一つ変わっていない。

 たった一つ、一番大事な──最大値まで回復したはずのライフという数字だけが、神隠しのように消え失せていた。

 理解の範疇を超えた事象に、脳が情報の処理を拒絶する。

 

「な、んで……」

 

 支えを失ったかのように、メイの膝が崩れ落ちる。

 視線は宙を彷徨い、酸欠になった魚のように口だけがパクパクと動いている。

 

 目の前の現実を、脳が拒絶しているのだ。

 そんなメイを見下ろしながら、トバリは静かに──だが、残酷なまでにハッキリとした声で問いかける。

 

「……解説が、必要ですか?」

 

 トバリの問いに、メイは唇を震わせるだけで言葉を発せない。

 その混乱しきった様子を見て、トバリは"必要"と判断し、説明を始めた。

 

「《絆の紡ぎ手・クルト》は、味方ユニットが破壊されるたびに一点ダメージを飛ばします。《ソウルコンサル・エルネリア》は、相手のライフが減るたびにコスト③以下のユニットを蘇生します。そして《殉教者ライリー》は、場に出た瞬間に自壊できます」

 

 トバリは淡々と、しかし淀みなく告げる。

 

「……ハデスには破壊耐性がありますね。ですからライリーのランダム破壊効果は不発します。でも──ライリー自身は、自壊できます」

 

 トバリが一歩、前に出て──コツン、と。

 靴が、硬質な床を叩く音が響いた。

 その一歩が、メイの精神的猶予を削り取る。

 

「ライリーが自壊し、クルトの効果が発動して一点ダメージ。その一点でエルネリアの効果が発動し、ライリーを蘇生。蘇生したライリーは再び自壊し、クルトがダメージを与え、エルネリアが蘇生する……」

 

 つまり──と。

 トバリは胸の前で、パンと両手を合わせた。

 

「相手フィールドからユニットがいなくならない限り、この処理は無限にループします」

 

 無限ループ。

 ソウル・アークのルールにおいて、処理が無限に続くループが発生した場合──そのループの担い手が望む回数だけ処理を繰り返し、その結果のみを適用する。

 

 トバリはメイのライフがゼロになるまで、その死と蘇生の輪廻を繰り返したのだ。

 

「コンボ……デッキ、じゃねえか……」

 

 メイの声が、掠れる。

 唇が震えている。

 

「お前……だって……あの時、アタシに見せたカードは……《魔将アバドン》……」

 

「……盤面デッキだと思いましたか? それ自体は正解です」

 

 トバリは表情を変えない。

 悪びれる様子など、微塵もない。

 

「本来は横展開による盤面制圧と顔詰めに使う──主に後手用の捲りコンボです。盤面に並べられるユニットは五体までですから、相手の盤面を一掃しつつ《クイック》と合わせて六点ですね。ただ──破壊耐性を持つカードが来たときだけ、このコンボは無限ループのOTKとして昇格します」

 

 その言葉の意味を理解した瞬間、リリーは全身に鳥肌が立つのを感じた。

 

(わざと、だ……)

 

 先攻後攻を決めるあの瞬間。わざと《魔将アバドン》を見せた。

 序盤、テンポを取ることに尽力したのも。

 

 "盤面重視の硬派なデッキだ"と思い込ませるために。

 メイが警戒すべきコンボの可能性を、思考から排除させるために。

 

「……大会中……ずっと神だ神だと仰ってましたけれど。……神も、全能ではありませんよ」

 

 トバリは、まるで道理の通らない夜泣きをあやす母親のように、あるいは聞き分けのない幼子を諭す教師のように。

 静かに──静かに、告げた。

 その優しさこそが、最も鋭利なトドメの一撃となって、メイの心臓を貫いた。

 

「全部……掌の上だった、ってのかよ……」

 

 メイの声が、枯れ木のように震える。

 積み上げたプライドも、絶対の自信も、神に選ばれたというアイデンティティも。

 

 すべてはガラス細工よりも脆く──粉々に砕け散り、足元に降り積もっていく。

 ──自分が、道化として踊らされていたという事実だけを残して。

 

「なんだ……なんなんだ……なんなんだよ、お前はッ!!!」

 

 絶叫。

 それは敗北の悔しさではない。

 

 理解不能な怪物への、原初的な恐怖。

 自分が絶対権力者として君臨していた世界が、音を立てて崩れ去り、底知れぬ深淵が口を開ける幻覚。

 

 ──対してトバリは、きょとん、と。

 不思議そうに小さく首を傾げただけだった。

 

「……? デュエリストです。あなたと同じ」

 

 あまりにも、噛み合わない。

 言語は通じているはずなのに、見ている世界が決定的に異なっている。

 その返答のシンプルさが、残酷なまでの隔絶を示していた。

 

 メイは、それ以上何も言えずに──糸が切れた人形のように、ガクリとうなだれるしかなかった。

 ──その沈黙が決着の証となり、会場に広がっていた停滞の魔法を解いていく。

 

「お……おい……負けちまったぞ!?」

 

「嘘だろ……? あの如月 メイが……」

 

「ふざっけんな! 金返せクソがァ!!」

 

「すげえ、すげえ!! ビッグニュースだ……ヤミノ・トバリ!! 名前覚えたぞ……!!」

 

 会場が、数秒の空白を経て、爆発的なざわめきに飲み込まれる。

 

 何が起きたのか理解できず狼狽する者。

 賭けに負けて罵声を浴びせる者。

 そして、歴史的な瞬間に立ち会った興奮に震える者。

 

 様々な欲望と感情が入り乱れ、渦を巻く。

 本来なら場を収めるべき実況の黒服ですらも、興奮と混乱で言葉を詰まらせていた。

 

「……すばらしい資質を持っている子でしたな。実に良いものを見られた……お嬢さん、ありがとうございます」

 

 隣で老紳士が満足げに呟いた。

 だが、リリーの意識はそこにはない。

 視線はずっと、フィールドに佇む銀色の少女に釘付けになっている。

 

「……いえ。困ったときは……お互い様ですから」

 

 口先だけで言葉を紡ぐ。

 自分が何を答えたのかすらあやふやだ。

 

 リリーの思考の全ては、あの銀色の少女に奪われてしまっていたからだ。

 誰もが熱狂し、あるいは混乱しているカオスの中。

 

 ……当事者であるトバリだけが、デッキを片付け──平然と荷物をまとめていた。

 

「……じゃあ、私は帰ります」

 

 トバリは黒服にペコリと一礼し、踵を返す。

 

(え?)

 

 リリーの思考が、停止した。

 

(今……帰るって、言ったの?)

 

 ──インタビューも受賞式も、全部すっぽかして?

 

 銀髪の少女は、何事もなかったかのようにスタスタと出口へ歩き出す。

 その小さな背中が、急速に遠ざかっていく。

 

(待って!)

 

 心の中で、リリーは叫んだ。

 このままでは消えてしまう。

 

 今ここで逃したら、二度と会えない気がした。

 手を伸ばしても届かないどこかへ行ってしまう。

 ようやく見つけた希望が、指の隙間からすり抜けていく感覚。

 

(それは絶対……ダメ……ッ!!)

 

 理性がストップをかけるよりも早く、リリーの体が勝手に動いていた。

 

 非常識だと分かっていた。

 関係者以外立ち入り禁止のフィールドに乱入するなど、言語道断だ。

 それでも、その一瞬の間だけ──世間体も、後先も、何もかもが頭から吹き飛んでいた。

 

 リリーは観客席の手すりに手をかけ、身を乗り出し──。

 ──えい、と。

 五メートルの高さがある虚空へ、躊躇なく身を投げた。

 

 浮遊感は一瞬。

 すぐに重力が内臓を持ち上げ、石造りの床が眼前に迫る。

 

 ダンッ!! と嫌な音がして、強烈な衝撃が足首を駆け上がる。

 

 メガネがずれる。

 息が詰まる。

 膝が笑う。

 

 それでもリリーは、よろめきながらも駆け出した。

 銀色の少女目がけて、なりふり構わず叫ぶ。

 

「――あの……!! ヤミノ・トバリさんっ!!」

 

 自分でもびっくりするほどの、大きな声が出た。

 周囲の視線が一斉にリリーに集まる。

 黒服たちの険しい顔。観客の冷やかな目。

 

 そして件の少女も、足を止めてこちらを向いた。

 

「……」

 

 純白に近い銀の髪が、月明かりを纏ってふわりと揺れている。

 ルビーを閉じ込めた瞳が、まっすぐにリリーを射抜いた。

 

 瞬きすらゆっくりと、時間の流れが異なる世界に立っているようだった。

 命懸けの勝負が終わった直後だというのに、息一つ乱れていない。

 汗一滴、かいていない。

 

 まるで、おとぎ話から抜け出してきた妖精のようだ。

 

(ほんとうに、綺麗な子……)

 

 間近で見る少女のあまりの美しさに、不可抗力的に見惚れてしまう。

 まるでこの世界に、二人だけが存在しているかのような錯覚を覚え──。

 

 リリーの思考回路は数秒間ショートし、そして急速に現実に引き戻された。

 

(え? なに? 今、ボク、何してんのッ!? ななななんで目の前にこの子がいるの!?)

 

 熱に浮かされていた意識が、バケツ一杯の氷水を浴びせられたように覚める。

 思考が真っ白に染まる。

 ドクン、ドクンと心臓が早鐘を打ち、全身から冷や汗が噴き出す。

 

 だが、もうやってしまったことは変えられない。

 ここで何も言わずに捕まるのが、一番の悪手だ。

 

(な、何か言わないと……!!)

 

 リリーは息を切らしながら、必死に言葉を探した。

 

 何から言えばいい。

 何を伝えればいい。

 考えて、考えて──。

 

 結局、口から飛び出した言葉は。

 

「う、うちの組に……入っていただけません、かぁッ!?」

 

 リリーの声は、物の見事に空回りし──情けなく裏返った。

 あまりの恥ずかしさに、火が出そうなほど頬が熱い。

 そして。

 

「……どなた、ですか?」

 

 少女は、心底不思議そうに──きれいな首をコテンと傾げた。

 そこに警戒心はなく、ただ純粋な疑問が浮かんでいる。

 その無垢で残酷な困惑顔は、リリーのファーストコンタクトが大失敗に終わったことを、何よりも雄弁に物語っていた。

 

(あ、終わった……)

 

 遠くから響いてくる黒服の怒号を聞きながら、リリーは天を仰いだ。

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