キラキラTCGホビアニ世界にTS転生したはずなのに! 作:いる科
「……すみません。興奮してしまって……あはは。ボク、ヨツバ・リリーっていいます」
完全に、やってしまった。
人生で一番の失態だ。
穴があったら入りたい。いや、埋まりたい。
むしろ埋めてほしい。
そして誰にも気づかれることなく土に還りたい。
精一杯に取り繕った自己紹介に対し、少女──トバリは、ふむ、と小さく顎に手をやった。
「リリーさん。……何か、込み入った事情が?」
「え、あ、はい。えと、その……」
言葉が出てこない。
喉が張り付いて、乾いた音しか出せない。
一世一代の賭けだったはずなのに、自分の不甲斐なさが全てを台無しにしていく。
完璧な準備を済ませたはずの面接で、頭が真っ白になってしまった就活生のような悪夢。
(どうしよう、どうしようどうしよう──)
リリーの頭の中に湧いて出てくるのは、何の役にも立たない嘆きばかりで。
その時。
キン、と硬質な音が鳴った。
トバリがいきなり、懐から取り出したコインを親指で弾いたのだ。
銀色の硬貨が月光を反射しながら回転し、高く舞い上がる。
「裏表、どっちですか?」
「へ……?」
唐突な問いに、リリーの思考が凍りつく。
(運試し……!?)
まさかその正否で、自分を測るつもりなのか。
戦慄が背筋を走る。
アニマの強いデュエリストは、運さえも味方につける。
ここぞという場面で引く『デスティニードロー』と呼ばれる奇跡は、アニマの輝きによって引き起こされる必然の事象だと言われている。
ならば、このコイントスは──リリーのアニマの強さを測るための試練。
だが、自分にはそんな力はない。
あるわけがない。
ないからこそ、ここへ来たのだ。
ないからこそ、探しに来たのだ。
(裏? 表? 裏……? わ、わかんないよ……ッ!!)
混乱しながら、リリーは回転するコインを凝視する。
分からない。見えるわけがない。
重力に引かれ、銀色の輝きが落ちてくる直前に──リリーは声を張り上げた。
「──う、裏ッ!!」
パシッ、と乾いた音がして、トバリの手がコインをキャッチした。
(お願い、お願いお願いお願いお願いお願いお願い──)
開かれたトバリの掌の上には──。
「……表ですね」
それは、無慈悲なまでの現実だった。
輝く銀色の表面が、リリーの願いをあざ笑うかのように月光を弾いている。
「あ……あぁっ……」
終わった。
完全に、失敗した。
世界が音を立てて崩れ落ちていく。
全身から急速に血の気が引いていき、指先の感覚がなくなる。
激しい目眩に視界が白く明滅し、地面がぐにゃりと歪んで迫ってくる。
立っていられない。
呼吸の仕方さえ忘れて、リリーの体は重力に従うまま無様に崩れ落ち──。
だが──。
「……どうやらここは、話し合いの場には相応しくないようです」
(え……?)
トバリはどうやら、リリーの話を聞くつもりらしい。
であれば先ほどのコイントスは一体、なんだったのか。
トバリの視線が、冷静に背後を射抜く。
地響きのような足音。
黒服たちが、猛然とこちらへ肉薄していた。
当然だ。
神聖な決勝のフィールドを汚した代償は、安くはない。
──その、刹那。
「──失礼」
重力が、消えた。
「え?」
視界がふわりと浮き上がる。
次の瞬間、目の前にあったのは──涼しげに前を見据える、トバリの横顔だった。
「……はい?」
状況が理解できない。
リリーは今、十二歳の少女に──お姫様抱っこをされていた。
「逃げます。掴まっていてくださいね」
「え、ちょ、まっ──」
待って、と言う暇もなかった。
「喋ると舌を嚙みますよ」
トバリはトン、と石畳を蹴ると──信じられない速度で駆け出した。
黒服たちの怒号が背後で遠ざかっていく。
風が耳元で唸る。景色が飛ぶように流れていく。
リリーは振り落とされないように、必死でトバリの首に腕を回した。
細い。折れてしまいそうなほど華奢で、柔らかな体だ。
なのに、どうしてこんな力があるのか。
そしてなにより──。
(いい匂い……)
夜風に混じって、花の香りのような甘い匂いが鼻をくすぐる。
頬が熱い。心臓の音が、うるさいくらいに鳴っている。
それが直面している危機による身体反応なのか、それとも──。
混乱するリリーの頭では、もう何一つ判断がつかなかった。
■ ■ ■
騒然とする会場の片隅で。
先ほどの老紳士が、耳元の端末で誰かと通話していた。
『──どうだ? オヤジ。俺が目をつけた"ビジネス"は』
端末の向こうから、低い男の声が響く。
「……ふむ。悪くない。実に良いものを見せてもらった」
老紳士は、騒ぎの中心から姿を消した二人の少女──トバリとリリーが消えた方向を見つめながら、穏やかに目を細めた。
「特に、あの決勝の少女──ヤミノ・トバリと言ったか。彼女からは、極上の"金"の匂いがする」
『へェ……? 親父がそこまで言うなんて、よっぽどだな』
男の声に、僅かな驚きと、隠しきれない興味の色が混じる。
「なに、ただの商人の勘だ。カードのことはよく分からんからな」
『オヤジの勘は当たる』
「ツいていただけだとも」
老紳士は謙遜するように言って、通話を切った。
その瞳の奥には、値踏みするような鋭い光が宿っていた。
一方その頃──。
どことも知れぬ薄暗い研究室。
無数のモニターが並ぶ壁面の一つに、会場の映像が映し出されている。
映っているのは、敗北し、うなだれる如月 メイの姿。
そしてその勝者として記録された、銀髪の少女のデータだ。
「──これは、面白いねえ……!!」
暗闇の中で、白衣のシルエットが動く。
サクッ、と乾いた音がして、何かの菓子を口に運んだようだ。
「アニマパターンは凡人のそれだというのに……。ククク……!! 興味深い、実に──興味深いよ」
モニターの明かりが、研究者の白衣の胸元を照らす。
そこに刺繍されていたのは──白蛇が鎌首をもたげる、禍々しいエンブレム。
北九州を裏から支配する巨大組織の一つ、『白蛇連合』の紋章だった。
■ ■ ■
「……ふー……。ここまで来れば大丈夫でしょう」
会場から随分と離れた、人気のない公園。
トバリはようやく足を止め、リリーをベンチに下ろした。
追手が来ている様子はない。
迷惑行為とはいえ、実害は発生していない。
それに、侵入者が能動的に逃げたのではなく、優勝した選手自らが抱えて連れ去ったという構図だ。
それら複合的な理由から、貴重な人員を割いてまで確保するほどの問題ではない、と判断されたのだろう。
(た、助かったぁ……)
リリーは肩で息をしながら、へたり込む。
心臓が早鐘を打っている。
一生分の運動をした気分だ。
いや、実際に走っていたのはトバリで、リリーはへばりついていただけなのだが。
「あ、あの……ごめんなさい……重かった、ですよね……?」
「……いえ。羽のように軽かったですよ」
トバリは息一つ乱さず、さも事実であるかのように、平然と甘い言葉を口にする。
月明かりの下、その銀髪と整った顔立ちがあいまって、破壊力は抜群──。
リリーの情緒はもう限界だった。
これで本当に、十二歳なのだろうか。
「少し待っていてください」
トバリはそう言い残すと、近くの自販機へと歩いていった。
ガコン、ガコン、という音が静かな公園に響く。
やがて戻ってきた彼女の手には、二本の缶ココアが握られていた。
「どうぞ。温まりますよ」
「あ、ありがとうございます……」
差し出された温かい缶。
リリーは反射的に受け取りそうになって、ハッと手を止めた。
「え、あっ! お、お金……! 払います!」
自分は年上だ。
しかも、スカウトしようとしている側だ。
子供にお金を支払わせるわけには──。
「大会で稼ぎましたから、お気になさらず。──どうぞ」
遠慮するリリーの手を、トバリがそっと取る。
まるで駄々をこねる子供をあやすように、優しく缶を握らせた。
缶から伝わる熱が、リリーの冷え切った指先をゆっくりと溶かす。
──思わず、息が零れる。
「……あったかい……」
その温もりに、張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れた。
安堵と、情けなさと、申し訳なさと。
いろんな感情がごちゃ混ぜになって、視界が滲む。
泣き出してしまいそうな気持ちを必死で抑え、リリーは震える手でプルタブを開けた。
甘いココアの味が、疲れた心と体に染み渡っていく。
「……人に聞かれたくない話なんでしょう?」
トバリも隣でココアを一口飲み、静かに言った。
「私の泊まっているホテルが近いので。そこで話を」
「え、でも……」
「ここだと、寒いですし」
トバリの手が、差し出された。
月明かりを背負ったその手は、まるで暗闇の底に垂らされた蜘蛛の糸のように見えた。
■ ■ ■
トバリの案内で辿り着いたのは、ビジネスホテルの一室だった。
決して広くはないが、清潔感のある部屋だ。
「とりあえず、お風呂に入ってきてください」
部屋に着くや否や、トバリはそう言ってタオルを渡してきた。
「えっ? 話は……」
「顔色が悪いですよ。ずっと休めていないんでしょう。そんな状態で話しても、お互いにとって良くないです」
鏡を見ると、そこには死人のように青ざめ、目の下に濃い隈を作った自分の顔が映っていた。
数日間の寝不足と、先ほどのパニックで、リリーの体力は限界を超えていたのだ。
「……うう、ごめんなさい……」
「謝らないでください。さあ、どうぞ」
背中を押され、浴室へと追いやられる。
言われるがままだ。
年下の少女に世話を焼かれているという事実に、リリーは恥ずかしさで爆発しそうだった。
(なんて……なんて、優しい人なんだろう)
シャワーを済ませ、湯船に浸かりながらリリーはぼんやりと考えた。
優しい"子"ではない。
トバリの振る舞いは、どこか達観していて、包容力があって。
まるで、ずっと年上の"大人"に甘えているような──そんな不思議な感覚だった。
風呂から上がると、急激な睡魔が襲ってきた。
緊張が解けた反動だろうか。立っているのもやっとだ。
「髪、乾かさないと……」
「私がやりますから。座ってください」
「え、そんな……」
「……いいですから」
トバリに肩を押され、抵抗する気力もなくベッドの端に腰を下ろす。
ブォー……というドライヤーの低い駆動音が、遠くの子守歌のように響く。
温風に包まれ、トバリの細い指が髪を梳くたびに、頭の芯から痺れるような心地よさが広がっていく。
思考の輪郭が曖昧になり、意識がとろとろと甘い蜂蜜の中に沈んでいくようだ。
まぶたが、鉛のように重い。
「……トバリ、さん……ボク、は……」
舌が回らない。
言葉が形になる前に、ほどけて消える。
「話は明日でいいでしょう。……おやすみなさい、リリーさん」
バッテリー切れの画面がブラックアウトするように、リリーの意識は深く温かい闇の底へと落ちていった。
──明くる日。
ふかふかのベッドで目覚めたリリーの視界に、床で丸くなって眠る少女の姿が飛び込んできた。
毛布一枚。枕もなし。
痛々しいほど硬いカーペットの上で、トバリは小さくなっていた。
(え……?)
思考が、高速で昨晩の記憶を再生する。
助けられた自分。ココアを奢られた自分。髪を乾かしてもらった自分。
そして──泥のように眠りこけ、年下の少女のベッドを奪い、床へ追いやった自分。
「…………」
スカウトマンとしてのプライド? 年上の威厳?
そんなものはとうに消え失せている。
今ここにあるのは、人間のクズというレッテルだけだ。
あまりの申し訳なさと、自分の不甲斐なさと、トバリの海よりも深い慈悲への感激で、リリーの許容量は限界を超えた。
「ぎゃあああああああああああああっ!?」
朝のビジネスホテルに、リリーの絶叫がこだました。
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