キラキラTCGホビアニ世界にTS転生したはずなのに!   作:いる科

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第九話「生きている」

 ビジネスホテルの一室で、天井を見上げながら──私は思考を過去に飛ばす。

 

 私が私に課した命題は、ダルネスシリーズとやらの再構築だ。

 

 戸巻にはああ言ったが、ただ潰して終わり、というつもりはない。

 ヤクザによる統治、それを単なる悪として潰してしまえば、街は死んでしまうだろう。

 秩序を失った悪が他に流出し、同じことをまた別の場所で繰り返すことになる。

 街や国といった社会は、一定のバランスの上に成り立っている。

 であるなら、膿だけを出す。

 

 ギャングスターに、私はなる!!

 

 そのためには、ダルネスのルールにおいて最強であることを示し、圧倒的な影響力を持たなければならない。

 

 そう決めた私が北九州に来て最初にしたことは、現地の闇への接触である。

 分かっていることは、北九州を中心とした地域が、ヤクザによって取り仕切られているということだけ。

 

 私は新幹線を降りて、ストリートビューで目星をつけておいた路地裏へ向かった。

 

 人通りのなさそうな路地裏。

 古びた雑居ビル。

 監視カメラの有無。

 表札の有無。

 

 それらの条件に合致する怪しい建物をピックアップし、訪問したのだ。

 ヤクザへの接触などありえない、危険すぎる──と、前世の価値観であれば思うかもしれない。

 

 けれど、この世界では「デュエルの契約以外で、了承なしに誰かを傷つけることはできない」という絶対のルールがある。

 法律ではなく、物理法則として存在するその守りは、何よりも強固な盾となる。

 

「ダルネスに出たいのですが」

 

 インターホン越しに要件を告げると、出てきたのはスキンヘッドの男だった。

 男は私の姿を上から下まで舐めるように確認すると、満面の笑みを浮かべた。

 

「ようこそ、歓迎しますよ。本日の会場はここから少し離れた"西海環状"です。この地図をお持ちください。夜道は暗いですから、足元にお気をつけて」

 

 まるで高級ホテルのコンシェルジュのような、丁寧すぎる対応。

 彼らにとって参加者は、自ら金を落としに来る"ネギを背負ったカモ"であり、あるいはショーを盛り上げる"演者"なのだろう。

 その異常な親切さが、逆にここが普通の場所ではないことを雄弁に物語っていた。

 

 ダルネスへの参加方法は、聞いてみれば拍子抜けするほど簡単だった。

 会場に向かい、デッキを登録し、契約に【署名】するだけ。

 

 スマホの電源はその場で切らされた。

 配信卓のゴースティングや、外部との通信を防ぐためだろうか。

 

 この参加敷居の低さこそが弱者搾取の根幹なのだろう。

 参加するだけならタダ同然。むしろギャラが貰える。

 だが、負けた代償は高くつく。

 軽い気持ちで足を踏み入れさせ、一度失敗すれば骨の髄までしゃぶり尽くす──そんな悪意に満ちたエコシステム。

 

 実際に参加してみれば、なるほど、カードショップ〈アザミ〉の店舗大会とはわけが違う。

 カードから実体化したエフェクトが、物理的な衝撃としてアニマに響いてくる。

 カードゲームを極めるうえで体得したポーカーフェイスで耐えてはいたが──正直、めちゃくちゃ痛い。

 

 顔一点が、ドアの角に足の小指をぶつけたときの、ゆうに十倍は痛い。

 それが勝負を決める一撃ともなれば──あぁ、ゾっとする。

 

 ダメージの実体化、その強弱はどうやらデュエリストのアニマの性質に左右されるらしい。

 不幸中の幸いか、私のアニマの攻撃力は人よりもずっと弱い。

 

 アニマはおよそ十四歳以降に覚醒するという設定がある。

 ──私の身体年齢は十二。なるほど、おかげで対戦相手を必要以上に傷つけずに済むわけだ。

 

 デスティニードローなし、プレッシャーなし、物理攻撃不可──飛車角落ちといったところか?

 

 だが、問題はない。

 アニマの性質が私の足を引っ張らないことは、既にこのデッキが証明してくれている。

 むしろこの弱点を、ブラフや異端の象徴として活用してやればいい。

 

 対戦相手を傷つけないで済むのなら、むしろずっとやりやすい。

 ──たとえ、その未来を奪うことに変わりはないとしても。

 

「あ、あぁ……嫌だ、待ってくれ……負けたくない……!! 嫌だぁあっ……!!」

 

 脳裏に過るのは、一回戦の記憶だ。

 

 対戦相手は無所属の、ボロボロな少年だ。

 借金か、あるいは家族のためか。追い詰められた目でデッキを握りしめ、必死に勝利にすがろうとしていた。

 ……悲しいほどに、弱かった。

 

 私は彼を、完膚なきまでに叩きのめした。

 

 トドメの一撃が通り、ライフがゼロになった瞬間。

 地下行きが決まった彼の、絶望に染まった顔。

 言いかけた「ごめんなさい」という言葉を、私は無理やり飲み込んだ。

 それは、罪悪感から自分が楽になりたいだけのただの欺瞞だ。

 

 ──契約が履行される。黒服に、少年が連れていかれる。

 

(転生と同じように、天国や地獄があるなら……私は、間違いなく地獄に落ちるだろうな)

 

 たった今、自分の手で少年を崖から突き落としたのだ。

 デスゲーム形式である以上、勝負の結果として当然のことではある。

 

 だが、私は巻き込まれたわけではない。

 自らここに踏み込み、目的のためにルールを受け入れた。

 そういう意味で、デスゲームモノの悲劇の主人公たちとは──決定的に違う。

 

 私の意志は自分の美学を通したいという自己満足であり、決してすべてのデュエリストを救うような、真に正しく善良な行いではない。

 

 それでも、やらなくてはと思ってしまったのだ。

 そしてやるからには──こうして突き落とした全てを、いつか必ず取り戻さなくてはならない。

 

 ──もう戻れない。

 

(……あれ?)

 

 強張った頬に触れて、私は違和感を覚えた。

 引きつっているのではない。逆だ。

 私の口角はなぜか、上がっていた。

 いったい、私は。

 

 ──何を、笑っているんだろう。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 決勝の相手だった如月 メイのアニマは凄まじかった。

 そもそも放っているオーラの重圧が違う。

 あの子の周りだけ、まるで重力が何倍にもなっているかのようだ。

 どこぞの戦闘民族の王子様なら、「くそったれーっ!」と叫びながら喜んで腕立て伏せを始めるレベルである。

 

 彼女に負けた対戦相手は皆、担架で運ばれていった。

 デュエルの内容は秘匿されているため分からなかったが、中身が凄惨なものであることは想像に難くない。

 

「跪けゴミども!! 神だ……!! アタシは神に選ばれたデュエリストだ!!」

 

 壁を隔ててなお届く、けたたましい勝利宣言。

 

 神──それは比喩ではない。

 共通して破壊耐性を持つ、大型ユニット群のことだ。

 デッキに直接入れることはできず、対応するカードの効果によって場に呼び出される。

 

 結局のところ、決勝において私を勝利に導いたのはこの情報格差だ。

 もしこれを知っていなかったなら、私はマリガンでキープするカードを変えていただろう。

 

 メイは、自身の力を誇示するあまり私に負けた。

 

 デュエルの内容自体は概ね筋書き通りだったのだが──。

 

(……いや痛かった……死ぬほど痛かった……!!)

 

 デスティニードローからの神三体召喚。

 想定していたとはいえ、実体化した神の拳による三連打は、私の精神を限界まで削り取っていった。

 大の大人が衆人環視の中、のたうち回ってギャン泣きするところだった。

 私は長男だから我慢できたけど、次男だったら我慢できなかった。

 

 いくら覚悟を決めていようと、痛いものは痛い。

 そもそも私はこの前まで、スリーブの角で指を切っただけで「痛ぁっ!」と騒いでいた生粋の現代っ子なのだ。

 

 ただ、悪い事ばかりではない。

 そこには脳髄が痺れるような高揚があった。

 前世、命を賭けて極め、名声を残したとはいえ──世間的には、ソルアクは数ある知的遊戯の一つに過ぎなかった。

 

 だが、ここでは違う。

 私の命が、痛みが、全てがソルアクの一部になっている!

 命を賭けてソルアクに没頭できる喜びは、筆舌に尽くしがたいモノがあった。

 

(私は……)

 

 ……今日、ダルネスで優勝して分かったことがある。

 

 ──私は、矛盾している。

 

 デュエリストが傷つかないキラキラ世界を守ることを、目的としているのに。

 私個人は、命懸けのデュエルへの没頭、その狂気に身を委ね、快楽を享受している。

 

 もう戻れないと感じたあの刹那、私が笑ってしまった理由はきっとそれだ。

 己の抱える命題を、崖っぷちの背水を、"面白い"、"楽しい"と思ってしまっている。

 ポーカーフェイスは得意なはずなのに──口角が、自然とあがってしまう。

 

 これまで、前世も含めて。

 これほど、「生きている」と感じたことはなかったから──抗う術が、分からない。

 この矛盾に抗うべきなのか、否かさえも……今の私には。

 

「……あー……」

 

 ……さて。

 記憶整理や自己分析という名の現実逃避は、そろそろ終わりにしよう。

 矛盾に対する認識は重要だが、今考えても答えは出ない。

 

 目の前には、現実がある。

 ビジネスホテルのベッドですやすやと眠る、金髪の少女──ヨツバ・リリー。

 私の今の外見とはまた違うベクトルで、小動物的な愛らしさを持つ美少女だ。

 

 まず私のやったことを、客観的事実のみに基づいて述べよう。

 

 一、中高生程度の少女を路上で抱きかかえ。

 二、そのままホテルに連れ込んだ。

 

(…………)

 

 待って。待ってよポリスメン。弁解させてほしい!!

 これは不可抗力である、と!!

 

 唐突な彼女の接触に対し、私がとった行動は、これから仲間に入れるべきかの判断に必要な人となりの確認だった。

 だがそれとは別に、「この子を休ませること」は、私にとっての最優先タスクでもあったのだ。

 

 近くで見れば見るほど、リリーの顔色は悪かった。

 目の下のクマは酷く、肌は荒れ、疲労の色が濃く滲んでいた。

 かわいい顔が台無しだ、なんてキザなイケメンのテンプレセリフがあるけれど、まさにそれだ。

 

 こんなに必死でボロボロな女の子を、放っておくことなんて出来るわけがなかった。

 

 私は前世、「いつか彼女が出来たときのためのスパダリムーブ」を、一人でイメージトレーニングしていた時期がある。

 歩くスピードを合わせるだとか、階段を上り下りするときに「足元気をつけてね」って言うとか、さりげなく財布を出して無言で奢るとか。

 SNSで散々男女が論争していたし、「こういう男はモテない!」と弱者男性を断罪するコンテンツはいくらでも転がっていた。

 だから、反面教師としての教材には事欠かなかったのだ。

 

 前世では結局活用する機会がなかったが──その努力が花開くときがついに来た──と。

 

 鼻息荒く実践した結果が、これだ。

 正直、ハイになってしまって詳細をあまり覚えていない。

 

(……コンプラ的に、アウトだろうか……?)

 

 私は床に敷いた毛布の上で体操座りをしながら、頭を抱えた。

 

(セクハラだったかもしれない。ていうかセクハラ。いやでも、あの状況じゃ仕方なかったし……? 私も今は美少女なわけだし……? いやいや言い訳か? うわぁあ……!! 許してポリスメン……!!)

 

 一旦、贖罪として。

 とりあえず彼女が目覚めるまでは、床で大人しくしているとしよう。

 そう自分に言い聞かせ、私は硬いカーペットの上で、毛布にくるまって小さくなった。

 

 ──ヨツバ・リリーの携帯が鳴り響いたのは、その一時間後のことであった。

 

(で、でるべき……?)

 

 表示名は『牙神 鷹矢』。

 ああ、覗いてしまった。その上人の携帯に勝手に出るなど、プライバシーの侵害も甚だしい。

 

 だが、この深夜に何度もかけてくる相手だ。

 保護者か、あるいはそれに準ずる重要な連絡かもしれない。

 もし緊急の用件だったら? 無視して事態が悪化したら?

 

 そんな幾多もの逡巡の末に、私が通話ボタンを押すことを選んだのは──。

 着信が切れそうな十コール目、ギリギリのタイミングだった。

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