男女比1:20の世界で、元社畜の俺が『高嶺の花』扱いされるまで 作:おぷらてぃー
人生の幕切れというのは、案外呆気ないものだ。三十路を迎え、中堅商社で馬車馬のように働かされていた俺、佐藤一真(さとうかずま)の最期は、深夜の国道での居眠り運転だった。対向車のライトが網膜に焼き付いた瞬間、俺の意識は深い闇へと沈んでいく・・・・・・。
――はずだった。
「カズマ・・・・・・カズマ! ああ、神様ありがとうございます・・・・・・!」
鼻を突く消毒液の臭いと、耳に響く泣き声。重い瞼をこじ開けると、そこには涙で顔をぐしゃぐしゃにした母さんの姿があった。だが、何かがおかしい。母さんは俺の知っている姿よりも、ひと回りかふた回りほど若返って見えた。
「母さん・・・・・・? ここは・・・・・・」
「病院よ! もう、あんなに急に道に飛び出したりして・・・・・・! あなたに何かあったら、佐藤家は断絶してしまうところだったのよ!」
道に飛び出した? 俺は車を運転していたはずだが、混乱する頭で辺りを見渡す。病室のテレビでは、ワイドショーが流れていた。
『――続いてのニュースです。今月、国内で誕生した男児の数は、統計開始以来過去最低を記録しました。政府は早急に「男子保護法」の改正を検討しており・・・・・・』
画面に映っているのは、スーツをビシッと着こなした威圧感のある女性議員たちと、その横で申し訳なさそうに、ひらひらとしたフリル付きの服を着て微笑む男性タレントだった。違和感の正体を探るべく、俺は震える手でサイドテーブルにあったスマートフォンを手に取った。指紋認証が通り、ブラウザを立ち上げる。検索窓に「日本 男女比」と打ち込んだ。
画面に表示された数字を見て、俺は思考が停止した。
【現在の日本における男女比率――1:20】
「・・・・・・1:20? どうなってるんだ、これは?」
俺の知っている世界では、男女比はおおよそ1:1だ。
だが、この検索結果のグラフは、圧倒的な「女」の赤色が画面を埋め尽くし、青い「男」の線は消え入りそうなほど細い。
「カズマ、どうしたの? そんなに顔を青くして・・・・・・。ああ、きっとお腹が空いているのね。今、看護師さんに『殿方用』の特別メニューを持ってきてもらうわね」
殿方用?母さんはまるで俺が割れ物か、あるいは絶滅危惧種の宝石であるかのように、恭しく俺の布団を整える。運ばれてきたのは、最高級のステーキに、栄養バランスが完璧に計算された小鉢の数々。
病院食とは思えない豪華さだ。
ふと、鏡の前で自分の姿を確認した。そこには、かつての「社畜の疲れ果てた30歳」ではなく、肌がツヤツヤした、それでいてどこか中性的な美しさを備えた17歳の俺がいた。
それから、まる一ヶ月が過ぎた。 事故のダメージが大きかった俺は、検査とリハビリを兼ねて、この奇妙な世界で一ヶ月の入院生活を余儀なくされた。
一ヶ月後、退院が決まると同時に、母さんが「前の学校は警備が甘いから事故に遭ったのよ!」という強引な理屈で、より男子保護が厳重な名門校への転校を決められてしまった。
中身は30歳のサラリーマン、外見は希少価値の高い「男子高校生」。この歪な状況を抱えたまま、俺は「男子保護地区」にあるという自宅へと戻った。
街の風景は、俺の常識を完膚なきまでに破壊した。
道路の補修工事をしているのも、大型トラックを運転しているのも、高層ビルの窓拭きをしているのも、全員が女性だ。それも、みんな屈強で、生命力に溢れている。 逆に、街で見かける数少ない男性たちは、全員が日傘を差し、ボディガードのような女性数人に囲まれて、怯えるように歩いている。
「・・・・・・これ、詰んでないか?」
俺がポツリと零した独り言に、隣を歩いていた母さんが過敏に反応した。
「カズマ!外でそんな大きな声を出してはダメよ! 野性的な男の子が好きな『ハンター』たちに目をつけられたらどうするの!」
「ハンターってなんだよ・・・・・・」
「もう、事故の影響で物忘れがひどいのね。いい? 男の子は、家で可愛くお料理や刺繍を学んで、立派な女性に買い取って・・・・・・じゃなくて、プロポーズしてもらうのが一番の幸せなのよ」
母さんの口からさらっと「買い取って」という不穏な単語が漏れた。
どうやらこの世界、俺が思っている以上に、男の権利が「守られている」という名目で「制限されている」らしい。
翌日、俺はこの世界のシステムを理解しきれないまま、転入先の高校へと向かうことになった。
制服は、なぜかショート丈のジャケットに、やたらと装飾の多いスラックス。前世の感覚からすれば「ホストか何かか?」というデザインだが、これがこの世界の「男子生徒の正装」らしい。
校門をくぐると、そこには異様な光景が広がっていた。
「ひっ・・・・・・!」
思わず声が出た。 校門の両脇に、ずらりと並んだ女子生徒たち。彼女たちの視線は、期待と、渇望と、それから隠しきれない熱意に満ちていた。俺が一歩進むたびに、彼女たちの鼻の穴が膨らみ、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。
「ねえ、見た? あの歩き方・・・・・・」
「すごく堂々としてる。まるで自分を獲物だと思ってないみたい・・・・・・」
「ワイルド・・・・・・抱かれたい・・・・・・」
ボソボソと聞こえてくる呟きが怖すぎる。俺は前世で営業職をしていたから、人に見られることには慣れている。だが、これは「商談相手からの視線」ではなく、「飢えたライオンがシマウマを見る視線」だ。
担任の教師(もちろんガタイの良い女性だ)に案内され、俺は2年A組の教室の前に立った。
「いい?佐藤君、男子は非常にデリケートな存在だから、もし気分が悪くなったらすぐに言いなさい。クラスの女子には『直接触れるのは禁止』と厳命してあるから」
「・・・・・・はあ、ありがとうございます」
教師がドアを開ける、その瞬間、教室内の空気が爆発した。
「「「「「ッッッ!!!!!????」」」」」
声にならない絶叫。40人の女子生徒が、一斉に立ち上がった。その勢いで机が数台ひっくり返る音がしたが、誰も気にしていない。 彼女たちの目は血走り、何人かはあまりの衝撃に言葉を失っている。
「紹介しよう。今日から本校に転入することになった、佐藤一真君だ」
俺は、前世で培った「営業用スマイル」を無意識に貼り付けた。30歳の社会人にとって、緊張する場面での愛想笑いは生存戦略だ。背筋を伸ばし、相手の目を見て、爽やかに微笑む。
「佐藤一真です。よろしくお願いします」
深々と頭を下げ、顔を上げた瞬間――。
「「「「「ギ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」」」」」
鼓膜を突き破らんばかりの咆哮が教室を揺らした。 何人かは机に突っ伏して震え、何人かは壁に後頭部を打ちつけている。
(・・・・・・待て。俺、ただ自己紹介しただけだよな?)
この世界での俺の平穏な日常(?)は、開始一秒で崩壊したことを悟った。