男女比1:20の世界で、元社畜の俺が『高嶺の花』扱いされるまで 作:おぷらてぃー
「――聞いた? 二年A組の転校生の話」
「ええ、信じられないわ。あの星野委員長の竹刀を、素手で払い落としたんですって」
「しかも、一歩も引かずに睨み返したとか・・・・・・」
翌朝。
学園の廊下は、昨日までとは明らかに質の異なる熱気に包まれていた。
道場に居合わせた執行部の女子たちが、あの光景を黙っていられるはずがない。噂は瞬く間に尾ひれが付き、今や一真は「武の真理を極めた異端の男子」として、一種の伝説になりつつあった。
教室に入った瞬間、一真は自分に向けられる視線の「重さ」が変わったことを悟る。
これまでは好奇心や愛玩の対象だったそれが、今は関心、畏怖、そして「強者を屈服させたい」という歪んだ征服欲を帯びている。
「佐藤君・・・・・・おはよう」
隣の席の氷室愛華が、消え入りそうな声で挨拶してきた。顔色は、昨日よりもさらに悪い。
「おはよう、氷室さん。顔色がよくないな」
「・・・・・・だって、学園中が佐藤君の話で持ちきりなんだよ? C組の体育委員も、E組の剣道部部長も、『自分の手でその実力を確かめたい』って息巻いてて・・・・・・。佐藤君、本当にアカリさんとやり合ったの?」
「やり合ったってほどじゃない。ただ、少し意見の相違をすり合わせただけだよ」
一真が平然と答えると、愛華は机に突っ伏した。
「それが信じられないの! この世界の男の子は、女の子にそんなことしないよ・・・・・・。怖くないの? もし本気で怒らせたら、佐藤君なんて指先一つで・・・・・・」
「商売でも、相手の剣幕に呑まれたら負けだからな。それに、彼女はそこまで話の通じない相手じゃない」
そう言った瞬間、教室の前扉が勢いよく開いた。
現れたのは星野アカリだった。
背筋を伸ばし、凛とした佇まいはいつも通り。だが、その瞳の奥には、どこか艶やかな光が宿っている。
彼女は迷いのない足取りで一真の席まで進むと、クラス中の女子の視線を集めながら、机に手を置いた。
「佐藤さん。放課後、少しお時間をいただけますか?」
丁寧だが、拒絶を許さない「さん」付け。その響きに、教室全体が息を呑む。
「あいにく、今日は寄り道でもして帰ろうと思っていたんだが。また特訓か?」
「いいえ。貴方を狙っているのは、学園内の有象無象だけではありません。他校との合同演習を前に、学園の『運営委員会』が、貴方の存在を危険視し始めています。対策が必要ですわ」
アカリは身を乗り出し、一真の耳元で低く囁いた。
「・・・・・・昨日の続きをしたい気持ちは山々ですが、今は貴方を他人に奪われないよう守るのが先決です。いいですね?」
その声には、委員長としての義務感以上に、一人の女としての執着が色濃く滲んでいた。
昼休み。
一真は一人、屋上で風に当たっていた。
この世界に来てから、休まる暇がない。希少な男子というだけで注目される上に、前世で培った社畜根性と護身術を出したせいで、状況はますます混迷を極めている。
「ふぅ・・・・・・高嶺の花、か。笑えない冗談だな」
その時、屋上の扉がゆっくりと開いた。
現れたのは、保健医の九条冴子だった。白衣を風になびかせ、彼女は手すりに寄りかかる一真の隣に並ぶ。
「絶賛、注目の的ね。佐藤一真くん」
「九条先生。仕事はいいんですか?」
「今は君の観察が一番の仕事よ。聞いたわ、道場での出来事。アカリの手から獲物を奪うなんて、本当に死ぬ気? それとも、彼女をあそこまで狂わせるのが目的?」
遠くで演習準備を進める女子たちを眺めながら、九条は不敵に笑った。
「いい? 今、学園には『一真包囲網』が形成されつつある。アカリ一人が君を独占するのを良しとしない他クラスのリーダーたちが、演習で君を捕らえるための特殊な陣形を考案しているわ。君を捕まえて、アカリのプライドを粉々に踏みにじるためにね」
「俺がアカリの弱点扱いか。心外だな」
「ええ。でも、それはチャンスでもある」
九条は一真の肩に手を置いた。冷たい指先だが、そこには確かな力が宿っている。
「君の頭脳で、彼女たちの裏をかいてみなさい。男子が女子の包囲網を突破し、逆に勝利をもぎ取る・・・・・・そんな事例が生まれれば、この学園の、いいえ、この世界の歴史が覆る。君なら、できるでしょう?」
「・・・・・・コストに見合うリターンがあるなら、検討します」
一真の不敵な笑みに、九条は肩を震わせた。
「・・・・・・本当に、最悪で最高の男ね」
放課後。
一真はアカリに連れられ、校舎裏にある秘密の会議室へ向かっていた。
だが、その途中の渡り廊下で、三人の女子生徒が道を塞ぐように立ちはだかる。
二年生、他クラスのリーダー格。その中央に立つ、短髪で精悍な顔立ちの少女――伊集院烈。運動部連合のトップとして知られる存在だ。
「星野。そこの男子が、噂の転校生か?」
低く、威圧感のある声。
彼女の身体能力は、アカリに次ぐ学園二位と噂されている。
「伊集院さん。私に何か御用かしら? 今は佐藤さんとの大切な打ち合わせの最中ですの」
アカリが一歩前に出ると、空気が張り詰めた。
「挨拶に来ただけだよ。星野、あんたはその男子を宝石みたいに囲ってるが・・・・・・私らから見れば、ただの甘やかされたフラッグだ」
烈の視線が、一真を射抜く。
「佐藤、だったな。演習当日、覚悟しておけ。あんたを星野の腕の中から引きずり出して、本当の『強さ』ってやつを教育してやる」
「教育、か」
一真は、アカリの制止よりも早く前に出た。
烈の眼前に立ち、その鋭い視線を正面から受け止める。
「あんたが伊集院さんか。教育してくれるってのはありがたいが、俺の受講料は高いぞ。あんたのそのプライド全部、支払う覚悟はあるか?」
烈の表情が、驚愕に歪む。
男子が、自分のような強者に対して、ここまで対等――いや、見下すような態度を取るなど、想像すらしていなかった。
「て、てめぇ・・・・・・面白い。演習では手加減なしだ!」
「ああ、楽しみにしてるよ。星野委員長、行こうか」
一真は呆然とする烈を横目に、歩き出した。
その背を見つめるアカリの瞳には、怒りではなく、誇らしげな光が宿っている。
「・・・・・・本当に、困った人ですわ。私の独占欲を、これ以上刺激してどうなさるつもりかしら」
学園の女子たちは、一真という一輪の「毒ある花」に惹きつけられ、静かに狂い始めていた。
合同演習まで、あと三日。