男女比1:20の世界で、元社畜の俺が『高嶺の花』扱いされるまで   作:おぷらてぃー

18 / 24
幕間:残香と決意、眠れぬ夜の独白

 合同演習――それは、佐藤一真という存在の価値を、学園という閉じた世界に決定的に刻みつけた一日だった。

 だが、当事者である少女たちにとって、その意味は単なる勝利の記録に留まらない。

 それは、自らの内側に潜んでいた「獣」を、否応なく自覚させられる儀式でもあった。

 

     ◇

 

星野アカリの夜:冠を脱いだ夜

 星野邸。

 豪華な天蓋付きのベッドに身を横たえながら、アカリは自分の細い指先をじっと見つめていた。

 風呂上がり、丹念に手入れをしたはずの指には、まだあの廃倉庫で一真の肩に触れたときの、かすかな「熱」が残っているような錯覚がある。

 

「……あんな声、出すつもりはなかったのに」

 

 誰もいない寝室で、アカリはシーツを強く握りしめた。

 一真の指示通りに動き、彼に導かれて勝利を掴んだあの瞬間。

 女王として積み上げてきた誇りは、音を立てて崩れ落ちていた。

 

 代わりに胸の奥で芽生えたのは、彼にすべてを委ね、支配されることへの――

 恐ろしいほど甘美な悦びだった。

 

『交渉成立だ』

 

 彼が告げたその一言。

 軍師としての自由と、その対価としての「私生活への介入」。

 歪で、不均衡で、けれど抗いがたい契約。

 

「一真さん……貴方は、私をどうしたいのですか?」

 

 ――三センチ右へ。

 淡々とした声が、今も耳の奥で何度も反響する。

 自分を完全に把握し、最適解へと導いた軍師。

 

 明日になれば、学園中の女子が、あの“王子”を求めて動き出すだろう。

 

「……渡しませんわ。たとえ、この学園のルールすべてを敵に回したとしても」

 

 暗闇の中で、アカリの瞳だけが黄金色に、鋭く光った。

 

     ◇

 

氷室愛華の夜:少女の宣戦布告

 一方、質素なアパートの一室。

 愛華は机に向かい、裁縫セットを広げていた。

 

 一真に渡したお守り。

 彼がそれを大切に持っていてくれた――その事実だけが、今の彼女を支える唯一の光だった。

 

「……やっぱり、私じゃダメかな」

 

 アカリのような権力も、圧倒的な存在感も、自分にはない。

 そう思うたび、胸の奥がきしむ。

 

 けれど、バスの中で一真の肩に頭を預けたときの、あの静かな安らぎ。

 彼が、他の誰でもなく「自分」を隣に座らせてくれたという事実。

 

「……ううん。ダメじゃない」

 

 愛華は唇を噛み、手元の布をぎゅっと握りしめた。

 アカリが一真の腕を取る光景を見たとき、胸が引き裂かれるように痛んだ。

 その痛みこそが、紛れもない本心だった。

 

「一真君の隣にいていいのは、星野さんだけじゃない……私だって」

 

 彼女は再び針を手に取る。

 次はもっと、彼を守れるものを。

 彼を、自分の居場所に引き留めておけるようなものを――

 今度は、黙って見ているだけでは終わらせない。

 

 おどおどしていた少女の瞳には、静かだが決して消えない火が灯っていた。

 

     ◇

 

佐藤一真の夜:前世の記憶と今の重み

 そして、佐藤家の自室。

 早苗に徹底的に「洗浄」され、心地よい疲労の中で、一真は天井を見上げていた。

 

 正直、この世界に来てから、これほど頭を使った日はない。

 前世――社畜として無茶な納期と理不尽な上司を相手にしてきた経験。

 それが、この“女子が主導する世界”では、これほど有効に機能するとは皮肉な話だ。

 

「……好意、なんて言葉で片付く話じゃないな」

 

 一真は右手を顔の前にかざす。

 アカリに掴まれた腕の感覚は、早苗のマッサージによって、ようやく和らいでいた。

 だが、彼女たちが向けてくる視線の熱量は消えない。

 

 それは、これまで経験したどんな感情よりも重く、どこか捕食的だった。

 

「……俺は、ただの駒じゃない。

 無意識のうちに、“導いてくれる存在”を求められている」

 

 一真は、薄く笑った。

 支配されることを拒まない少女たち。

 だが彼にとって彼女たちは、単なる戦術的な「駒」ではない。

 

 守らなければならない、危うい存在でもあった。

 

「……やれやれ。明日からの学園生活、これ以上ややこしくならなきゃいいんだが」

 

 家の中では早苗に心身を委ね、

 外ではアカリたちの独占欲に晒される。

 

 そんな平穏とは程遠い日常が、これからさらに加速していくことを、

 一真自身の生存本能はすでに理解していた。

 

 眠りに落ちる直前、脳裏に浮かんだのは――

 火花を散らすアカリと愛華、

 そして微笑みながら髪を撫でてくれた早苗の姿だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。