男女比1:20の世界で、元社畜の俺が『高嶺の花』扱いされるまで 作:おぷらてぃー
教室は地獄だった。先ほどの自己紹介で上げた咆哮によって、俺の平穏な学園生活という甘い幻想は、文字通り木っ端微塵に砕け散った。
担任の大門先生は、筋骨隆々とした体格に、短く刈り込んだ髪をしていた。どこをどう見ても体育教師にしか見えないが、担当科目は国語らしい。大門先生は教卓をバンと力任せに叩き、教室の狂乱を無理やり収めた。
「静粛にッ!わかっているな、女子ども!佐藤君は男子保護法に基づき、いかなる強引な接触からも守られなければならない!彼の貞操は、この学園の、いや、国の未来に関わるのだ!」
貞操という言葉が、まるで国家機密であるかのように大声で叫ばれた。この世界の女性にとって、男子生徒は守るべき花であり、同時に将来の配偶者候補という、極めて現実的な価値を持つ存在なのだろう。四十人の女子たちは、ぐっと唾を飲み込みながら、獲物を前にした大型肉食獣のように席に着いた。
俺の席は、教室の最も奥、窓際の特等席に指定された。隣の席に座っていたのは、少し控えめな雰囲気の美少女だった。透き通るような肌に、ふんわりとした茶髪が印象的な彼女は、俺が席に着くと、顔を真っ赤にして小刻みに震え始めた。
「あ、あの・・・・・・わたし、氷室愛華(ひむろあいか)って言います。その、隣の席で、ごめんなさい・・・・・・!」
なぜ謝られたのかは分からなかったが、俺は前世で培った営業用の柔らかな笑みを浮かべた。
「佐藤一真です。こちらこそ、よろしく。氷室さん」
「ひゃっ・・・・・・!? な、名前で呼んでくれた・・・・・・!それに今の笑顔、あんなに優しく微笑む男子がいるなんて・・・・・・」
氷室さんは今にも倒れそうなほどに動揺し、机に顔を伏せてしまった。ただ挨拶をしただけなのだが、この世界の男子はもっとツンと澄ましているのが普通なのだろうか。
ホームルームが終わると、すぐに数学の授業が始まった。担当は、知的な雰囲気の女性教師、藤本先生だ。彼女は黒板に、難解な微分積分の数式を書き連ねていく。
「この問題は、去年の入試でも難問とされた箇所です。誰か解ける人はいますか? ・・・・・・あら、佐藤君。まだ転入したばかりで教科書も届いていないでしょうが、前の学校で習っていたら答えてみてもらえますか?」
クラス中の女子たちが、期待と不安の混じった視線を俺に送る。だが、俺にとってこれは赤子の手をひねるようなものだった。俺は前世で、それなりの偏差値の大学を卒業している。高校数学の、それも基礎的な計算であれば、十年以上のブランクがあっても解法は脳に染み付いている。
俺は迷いなく立ち上がり、黒板に向かった。チョークを手に取り、淀みのない動きで数式を展開していく。
(商社マン時代に叩き込まれた数字の感覚をなめるなよ・・・・・・)
わずか一分足らずで、俺は完璧な回答を書き終えた。教室中が、水を打ったように静まり返る。
「・・・・・・正解です。それも、教科書には載っていないような、非常に効率的な解法ですね。佐藤君、あなたは一体・・・・・・」
藤本先生が驚きに目を見開く。同時に、女子たちの間からため息のような歓声が漏れた。
「嘘・・・・・・男子なのに、数学があんなにできるの?」 「あんなにサラサラと解いちゃうなんて・・・・・・知的でかっこいい・・・・・・」 「ワイルドなだけじゃなくて、頭脳まで完璧なんて、もう反則よ・・・・・・!」
俺は適当に謙遜しながら席に戻った。隣の氷室さんは、尊敬と憧れが混じったような潤んだ瞳で俺を見つめている。その後も、俺は次々と当てられる問題をなんなく答えていった。中身が三十歳なのだから当然なのだが、周囲には「稀代の天才美少年」がやってきたと映ったようだ。
そして、待ちに待った昼休みがやってきた。チャイムが鳴った瞬間、再び女子たちが立ち上がろうとする気配を感じたが、それを遮るように氷室さんが勇気を振り絞って声をかけてきた。
「さ、佐藤君!もしよければ、わたしが食堂を案内しますっ!この学校、広くて迷いやすいから・・・・・・」
その申し出は、今の俺にとって救いの手だった。俺一人で歩き回れば、飢えた女子たちにどこへ連れ去られるか分かったものではない。
「それは助かるよ。お願いできるかな、氷室さん」
「はいっ!喜んで!」
氷室さんは、他の女子たちの羨望と嫉妬の入り混じった視線を背中に浴びながら、少しだけ誇らしげに俺を先導し始めた。
廊下を歩くだけで、他のクラスの女子たちが教室から身を乗り出して俺を見てくる。氷室さんは、まるでお姫様を守る騎士のように、時折鋭い視線で周囲を牽制しながら、俺を食堂へと導いてくれた。
「あの、佐藤君。食堂には、男子専用の特別室もあるんですけど・・・・・・どうしますか?」
「いや、普通の席でいいよ。皆がどんなものを食べているのか興味があるしね」
俺がそう答えると、氷室さんはまたしても驚いたような顔をした。
「佐藤君って、本当に変わってますね。でも・・・・・・そういうところ、すごく素敵だと思います」
彼女の向けた純粋な笑顔に、俺は初めて、この狂った世界でもやっていけるかもしれないという、淡い希望を感じた。