男女比1:20の世界で、元社畜の俺が『高嶺の花』扱いされるまで   作:おぷらてぃー

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第18話:放課後の密室、揺れる境界線

 放課後のチャイムが鳴り響く。

 一真は、昼休みに自販機の影で交わした「密会」の余熱が、まだ首筋に残っているような居心地の悪さを感じながら、手早く鞄をまとめた。

 

 だが、席を立つよりも早く、左右から逃げ道が塞がれる。

 

「一真さん。今日はこのまま、私の車で送り届けますわ。演習の疲れも考慮して、特別にサロン仕様のリムジンを手配させましたの」

 

(サロン仕様のリムジン……って、なんだよ。

 送迎に“仕様”が付く時点で、もう普通じゃないだろ。

 ていうか、俺はいつから“疲れたら高級車で回収される立場”になったんだ)

 

 頭の中でそう突っ込みながらも、一真は否定の言葉を即座に口にできなかった。

 アカリが本気で「配慮している」時ほど、拒否すると話が大きくなることを、彼はすでに学習してしまっている。

 

 アカリが当然のように隣に立ち、一真の腕を抱え込む。

 昼休みに見せた焦りを覆い隠すように、今の彼女は自信に満ちた女王の表情をしていた。

 

「いや……さすがに悪いな、わざわざそこまでしてもらうのは」

 

 一真が戸惑って愛華の方を見ると、彼女もまた、一歩も退く気配を見せない。

 

「……私も、駅まででいいから、一緒に乗せてもらってもいいかな。まだ、一真君に聞きたいこと……あるから」

 

 愛華の瞳は、今朝に名前を呼ばれて以来、はっきりと変わっていた。

 自分も“特別な距離”に足を踏み入れたのだという自覚が、彼女の背筋を支えている。

 

「……よろしいですわ」

 

 アカリは薄く微笑む。

 その声音は穏やかだが、瞳の奥には冷たい光が宿っていた。

 

「氷室さん、その覚悟だけは認めましょう」

 

 こうして一真は、二人の少女に挟まれる形で、校門前に横付けされた黒塗りの巨大なリムジンへと乗り込むことになった。

 

     ◇

 

 リムジンの後部座席は、外界の喧騒を完全に遮断した豪華な密室だった。

 一真を中央に、右にアカリ、左に愛華。

 

 車が滑らかに走り出すと、アカリは迷うことなく一真の肩に頭を預けた。

 照明は落とされ、淡い間接光が三人の輪郭をぼかす。

 

「……ふう。ようやく、外の視線から解放されましたわ。

 一真さん、少しだけ……こうしていても?」

 

 許可を求める口調とは裏腹に、腕に込められる力ははっきりとしたものだった。

 高級な香水の香りが、狭い車内に満ちていく。

 

「星野さん……それ、ズルいよ。一真君、困ってる」

 

 愛華が反対側から制服の裾を掴む。

 

「ズルくありませんわ。ここは私の車、私の空間ですもの」

 

 アカリは一真から視線を外さず、静かに続ける。

 

「私のこと、ちゃんと分からせてくれるって……言ってくれましたでしょう?」

 

 昼休みのやり取りを思い出し、一真は小さく息を詰めた。

 アカリはその反応を見逃さず、愛華へと視線を投げる。

 

「確かに……愛華さんのことも、名前で呼びましたわね。でも……」

 

 アカリの声が、わずかに低くなる。

 

「私を呼ぶ時の声は……少し、違いましたわ」

 

「……っ。一真君、そうなの?」

 

 愛華の潤んだ視線が、一真を捉える。

 一真は、前世で最悪の謝罪会見に立たされた時以上の冷や汗を感じていた。

 

「……二人とも、大切だよ」

 

 一真は、慎重に言葉を選ぶ。

 

「愛華は、一緒に戦った仲間だ。

 アカリは……俺を信じて、全部預けてくれた」

 

「仲間と信頼……」

 

 アカリは小さく笑う。

 

「逃げ道としては、悪くありませんわ。

 ですが……」

 

 彼女は一真の耳元へ顔を寄せる。

 唇が触れそうな距離で、囁いた。

 

「……あの時、私、考える前に動いてましたわ。

一真さんの声だけを、頼りにして」

 

 廃倉庫での一真の的確な指示。

 その記憶は、アカリにとってすでに“支配”と“快感”の境界を越えていた。

 

 一方、愛華も負けてはいない。

 彼女はそっと一真の手を取り、自分の膝の上へ導く。

 

「……私も、一真君の役に立ちたい。

 お弁当だけじゃなくて……一真君が帰ってこられる場所に、なりたい」

 

 絡められた指が、離れない。

 

 右からは、アカリの熱と独占。

 左からは、愛華の純粋で重たい献身。

 

 揺れる車内。

 一真は、どちらかに傾くことが、この均衡を壊すと理解していた。

 

「一真君……どっち、かな」

 

 愛華が覗き込み、

 アカリの指が首筋をなぞる。

 

 密室の温度は、確実に臨界点へ近づいていた。

 

 その時――

 一真のスマートフォンが震える。

 

 表示された名前は、『早苗』。

 

 家で待つ、絶対的な包容力からの着信。

 一真は、助かったような、そしてさらに面倒な未来を予感するような、複雑な溜息を漏らすのだった。

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